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嫌な予感……

「はぁ、はぁ……ふぅ」

 エレベーターが着くと、扉の先に桜を纏ったように揺れる長い髪が見えた。

「エルシェさん、おかえりなさい」

「あ、うん。ただいま、キッシュ君」

 戻ってきたエルシェさんはどことなく疲れたように少しだけ呼吸を乱していた。

「エルシェ、それでシオリは?」

 何度か大きく息をついて落ち着きを取り戻したエルシェさんの前に、ラミアさんも戻ってきた。

「へ? あれぇ? 戻ってきてないかな? こっちに走ってくの見たんだけど」

 ん〜? とエルシェさんが小首を傾げながら人差し指を唇に当てた。この人の一挙手一投足はいちいち絵になる美しさがあると思う。どことなく、エルシェさんこそ妖精という言葉が相応しいような。

「キッシュ、あんたは見てない?」

「はい? 何をですか?」

 いきなり話を振られても分からない。

「んーとね、これくらいの女の子なんだけどぉ」

 エルシェさんが僕の腰に手を当ててくる。どうして僕の体で、その女の子を大きさを示すのだろう? 

「女の子と言われましても……」

 もう少し特徴がないと、僕の腰ぐらいの女の子はいくらでもいる。不特定多数を示されても、僕には二人が探しているシオリという子がどのような子なのか検討もつかない。

「本よ、本。えーと確か……」

 ラミアさんが顎に手を置いて人差し指で眼鏡を上げる。この人もこの人で燐とした大人の女性のような魅力を醸し出している。

「春の植物って小さな図鑑だよ。ラミアちゃん、ちゃんと処分図書のことも覚えてよぉ」

「あーそうそう、そんなやつ。で、見なかった?」

 さりげなくエルシェさんの苦言を流し、僕にその本を持った少女を知らないかと聞いてくる。

「春の植物ですか? 春の植物……?」

 あれ、何だか覚えがあるようなタイトルだ。

「ん〜? もしかして、キッシュ君、シオリを見かけた?」

「あっ、そうかっ」

 そうだ。僕が駅で拾った本だ。

「ん? 何? 知ってんの? どこにいた? あの馬鹿娘は」

「あ、いえ。シオリという女の子は知りませんけど、その本なら……」

 中央部の桜の巨木下の段に置いていたカバンの中からさっき拾った図鑑を取り出す。

「これ、ですよね?」

「そうそう、それよそれ。……って、何であんたが持ってるわけ?」

「これ、ウチのコード張られてるよね? この本、持ち出し禁止だよ?」

 二人が僕に疑いの眼差しを向けてくる。

「いえ、持ち出してはいないですよ。ここへ来る途中に駅で女の子が警備員に追いかけられていて、その子が落とした本ですよ」

 実際にその女の子が、これを落としたのかは分からない。その現場は人ごみで見てない。けれど、捨てられたにしては綺麗だ。つまりはその可能性が高いだろう。

「駅〜? あんの馬鹿は。ったくどこまで逃げてんのよ」

 ラミアさんが盛大にため息を漏らした。

「でも、良かったね、ラミアちゃん。これでシオリも帰ってくるよ」

 エルシェさんは嬉しそうに僕に寄ってくる。

「ありがとう、キッシュ君。この本はね、処分図書って言って、もうすぐ廃本として焼却処分されちゃうところだったの」

 にっこりと微笑まれると、ほんわかと優しい気持ちになる。

「でも、処分図書は珍しいものじゃないですよね? そんなに大事な本なんですか?」

 書物は基本的に定期を過ぎるとその売り上げに応じて増刷されたり処分される。最近は電子書籍に押され少なくなってきてはいるが、その中でも形ある書物は一冊は確実に半永久的に国立ライブラリーに寄贈され、所蔵される法律がある。廃本になるのは珍しくないと言うのに、この図鑑はそれほどの価値があるものなんだろうか?

「まぁね。これは一応第一版の初刷り本なの。本来は国立ライブラリーの神霊指定に流されるはずだったわけなの」

「でもね、どうしてかウチに流れてきて、ちょっとの間行方不明になっちゃってたの」

 行方不明って。それは何ですか? つまり管理がずさんだったからどこかへ紛失したと思っていたと言うことですか? そう聞こうにも今の僕にそんな権力はなかった。

「じゃあ、どうしてこの本をその女の子が?」

「それはね、あっ、ちょっと待ってね。今呼ぶから」

 エルシェさんがいきなり話題を転換して、僕に背を向けて段上を登っていく。

「何をするんですか?」

「まぁ見てれば分かるわよ。エルシェ、結構黒いから」

 ラミアさんの苦笑の意味を理解出来ない。そして見つめる先のエルシェさんはリズム良く段を上がり、桜の木の下に立った。なんと言うか、やっぱり桜の妖精のように見えた。

「シオリちゃ〜ん、早く出ておいで〜。三数えるうちに出てこないとぉ、この本燃やしちゃおうかなぁ〜」

 そしてエルシェさんがなかなかの大声で、そう言った。

「い〜〜〜ち」

「あ、あの?」

「ああ、気にしないで。あれもアホの子だから」

 いきなり何を始めたのかと思いきや、脅し。出てこないと本を燃やすぞと、のんびりとした口調で数え始める。

「にぃ〜〜〜い」

「でさ、キッシュ。渡した本、全部片付けてくれた?」

「あ、はい。ジョンケールに教わりながら一通りは」

「ん、よし。あんた仕事できんじゃん?」

「明日からなんですけどね……」

「気にしない気にしない。明日も明後日もどっちも一緒」

 ニッと笑うラミアさんの口元には可愛らしい八重歯が顔を覗かせていた。綺麗な人だと思っていたけど、気さくなお姉さんと言う感じに脳内で多少修正された。

「さぁ〜〜〜〜〜〜」

「うっわぁぁっ! 待って待って待って待ってぇっ!」

「え? うわっ!」

 エルシェさんがさんと言い終えようとしていたら、奥の書棚の方から小さな妖精たちを押しのけて、時折ロロのような寸胴な妖精の合間を掻い潜って女の子が飛び出してきた。なぜか僕の体に向かって突進するように。

「ぁ〜〜〜んっ」

 そしてエルシェさんが数え終えると、ふふ〜と笑顔を携えたまま段を降りてくる。

「いってて……」

 腰に響く痛みに、僕は少し吹き飛ばされた。不意打ちの衝撃には対応出来ない。

「あ〜あ、キッシュ、大丈夫?」

「あ、はい。何とか」

 ラミアさんが困ったような、そうでもないような、何とも取れない微妙な顔で手を差し伸べてくれた。

「シ〜オ〜リ〜? あんたは今の今までなぁにをやってたのかしら〜?」

 そして、僕の腰に抱きついたまま起こされる女の子に、ラミアさんがこめかみを震わせて、僕から女の子を引き離した。

「わぁ〜ッ、ごめんなさいごめんなさいぃ。だ、だってだってぇ、本なくしちゃったんだもん〜」

 叩かれると思ったのか、女の子は自分の頭を両手が押さえながら小さくなった。

「大丈夫だよ、シオリ。ほら」

「ふぇ? あっ、何で? 何でエルシェ様が持ってるのっ?」

 怒り顔のラミアさんの隣から顔の出したエルシェさんが、僕が拾ってきた図鑑をシオリという女の子、のような妖精に見せると表情が一変した。

「キッシュ君がね、駅で拾ってきてくれたんだよ」

「キッシュ、様?」

 シオリが僕を見てくる。

「見つかって良かったね」

 とりあえず、事の掌握は多少は出来たから、笑ってあげる。

「ふぇ……ふぇぇぇぇんっ!」

「え? ちょっ、ちょっと?」

 いきなりシオリが僕に抱きついてきた。

「あいがとぉ、あいがとぉぉ、キッシュさまぁ〜〜っ!」

 泣いているのか笑っているのか、感情のごちゃ混ぜになった顔で僕を見上げてくる。

「う、うん。良かったね」

 それしか言えなくて、とりあえず頭を撫でてみた。正直状況がまるで理解できない。その本自体にどうしてそこまで固執し、ここまで僕の胸で安堵するのか。

「やれやれ、新人君に感謝ね、ここは」

 ラミアさんが泣いているシオリを見ながら図鑑をパラパラと捲った。

「んふふ〜。期待出来そうだね、ラミアちゃん?」

 その隣では相変わらずの笑顔のエルシェさん。二人には状況が理解できているみたいだけど、知っているなら教えて欲しい。

「さて、これも結構古いし、そろそろ一回解妖してあげましょうかね」

 軽い口調で図鑑を閉じたラミアさんが、シオリを僕から引き離した。

「キッシュ君、どうせだしもう少し良いよね?」

 エルシェさんは僕に質問をしているようで、そうじゃなかった。笑顔による拒否返答の拒絶。従うほかは僕には選択肢はなかった。

「角……?」

 こっちだよ、とエルシェさんに言われ先に歩いていくラミアさんとシオリの後姿を見て、僕はまた驚かされた。

「うん? ああ、シオリ?」

 僕の声に三人が振り返る。シオリの後頭部には小さな角が生えていた。オシャレにリボンを巻いた白い角がちょこんとあった。

「シオリもね、妖精なんだよ。ねっ、シオリ?」

「うんっ。桜優麗様の楚々坂の木の子鬼のシオリです」

 可愛らしくシオリが僕にそう言った。

「子鬼?」

 作者からするにジャパンノベルらしい。その後頭部の角もそう言う事なんだろう。どのような本なのか、少し読んでみたい気がした。

「現代小説よ。シオリは抽象的位置づけの存在なわけ。実際にこんな姿は登場してないのよ」

「え? じゃあ、どうして?」

 ジョンケールにしろその登場の姿形での妖精化だと言っていたのに、シオリは違うとは、また知らないことが出てきた。

「シオリはね、私たちの拝読後の認識から具現化したの。だから、著者の想定とは少し異なってるかもしれないね」

 そう言ってエルシェさんが笑う。この人の笑顔はそれ自身が理由になるくらいに僕を納得させるに相応しいものを感じさせてくれる。

「そうなんですか? つまり、お二人のイメージがここにいる妖精になると言うことですか?」

 素直な疑問を投げかけてみた。

「全部が全部じゃないわよ。具体的解釈のあるものならその通りに解妖出来るの。ない場合はあたしたちのご都合解釈の具現よ」

 つまり僕のことを見上げているシオリはラミアさんの言う後者にあたる妖精と言うわけか。色々と知らないといけないようなことが多そうだ、今回の派遣先の仕事場は。

「ねーねー、ラミア様ぁ」

 シオリがラミアさんの手を引いた。

「これからするの?」

 好奇と期待に満ちた少女の瞳がラミアさんを見上げる。

「そうよ。ちょっと問題あるかも知んないけど、早いほうが手を打ちやすいわね、これは」

 そう言って確証を得るかのようにエルシェさんにラミアさんが図鑑を見せた。

「そうだね。少し時間が経ちすぎてるから、今が限界かも」

 人差し指を唇に当て、エルシェさんが小首を傾げながら、もう片方の指を頬に当てた。なぜか僕の頬にまた。

「あの、どういうことでしょうか?」

 この人はどうして人の頬を突いてくるのか分からず、その細い指をそっと外しながら聞く。

「ん〜」

 ラミアさんまでもが僕に振り返り、吟味するように僕を見る。

「まっ、いっか」

 勝手に納得しないで下さい。僕には何がなんだか分からないんですよ。

「さ、始めるわよ」

「キッシュ君も来てね」

「? はぁ」

「いこっいこっ、はやくはやくぅっ」

 取り残されるわけじゃないのに、疎外感を感じる。

「心配することはありやせん。あの本の解妖を行うだけでさぁ」

 先に歩いていく三人に追従しながら、バサバサと下りてきたジョンケールが僕の少し上を羽ばたきながら、僕の疑問を解消してくれた。

「今からするんですか?」

「みたいですゎ。あの図鑑、ちぃとばかし古いもんで、面倒が起こらなければ良いんですがねぇ」

 鳥だと姿を見れば分かるのに、その口調のおじさん臭さに、妙な親近感というか変なものを感じてしまう。

「何ですか、その面倒ごとって」

 どうもラミアさんやエルシェさんたちの反応を見ていると、好奇心半分不安半分の何とも言えない嫌な予感が湧いては消えないのだけれど。

「まぁ、あれですゎ。百聞は一見に如かずってやつでさぁ」

 ジョンケールまでもが声を苦笑いに変えて、どうやら僕には経験から知れと言うことをこれから実践させようとしているらしい。いったい何が始まるのだろうか、不安が大きくなった。

「じゃあ、ちょっとそっちの部屋で待ってて」

 奥へくると二つの部屋があり、ラミアさんとエルシェさんが右のドアの前に立ち、僕には左のドアへ行くように指示してきた。

「あの、お二人は?」

 そして僕の手にはシオリの手がいつの間にか繋がれていた。

「シオリ、あんた案内しといて」

「私たちは着替えてくるからちょっと待っててね?」

 着替えに別室へ行くのか。

「はーい。キッシュ様、こっちだよっ」

 くいっと小さな力が腕から伝わり、少し前のめりにシオリの手に引かれて僕はドアを潜った。

「あれ? ジョンケールは来ないの?」

「あっしはここで遠慮しておきますゎ。キッシュ様、貴方はライブラリアンへの資格がある可能性のあるお方でさぁ。これから先のことはしかと目に焼き付けておいて下せぇ」

 片翼を手を振るように羽ばたかせてジョンケールはドアの向こうに消えた。一抹の不安を残すような口調のおかげで、僕は少しだけシオリの手を離さないように掴んだ。


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