あっ、ちょっと?
「エルシェさんが、ですか?」
あの温厚そうで人当たりのいい、それでいてどこか悪戯好きな子供のようなほんわりとした雰囲気で、人のペースを自分のペースにしてしまう人が僕のように驚く? とてもじゃないが想像出来ない。むしろ僕の短時間でのエルシェさんの印象からすれば、
『わ〜、わ〜、か〜わいぃ〜』
とか、
『ねぇねぇ、君、だぁれかなぁ?』
とか、
『あのね、ちょっと触っても良い?』
とか、実にファンシーな一面を見せつつ、妖精たちとの交流を進めていきそうなことしか考え付かないのだけれど。
「まぁそうはゆうても、エルシェ様はラミア様と違って寛容でもありまさぁ。驚きに対しても恐怖よりも、単純に好奇に満ちた驚きになるんですがね」
ああ、やっぱり。あの人はどう考えても僕のように取り乱すことはないだろう。
「今ではエルシェ様もすっかりライブラリアンとして功績を残されて、ラミア様同様にあっしら妖精にとっては数少ない心許出来るお方なんでさぁ」
「そうなんですか。確かにエルシェさんなら、不思議と和む、と言うか引き込まれますね」
ラミアさんは一方的過ぎてまともに会話を出来ていないから、何とも言えないけれど、エルシェさんに関しては同感かもしれない。
「キッシュ様もお話が分かるお方ですゎ。きっとここの妖精たちも宜しゅうしてくれますゎ」
そうだと良い、のかな? 悪い気はしないけれど、今はまだあまり好い気もしない。まだ払拭できていない僕の心に問題がありそうだ。この精霊指定図書庫で異質は、恐らく僕の方なのだから。
「おや? エルシェ様のお帰りのようでさぁ」
僕が最後の一冊を棚に仕舞うと、ジョンケールが手すりに乗り、下を見ていた。ついでにその隣から僕も見下ろしてみると、あまりの高さに頭の中がスッと軽くなったように寒気のようなものを感じた。
「キッシュ様、とりあえず片付きましたし、戻りやしょうか?」
「そうですね。……ああ、またこの階段を下りるだった」
戻りやしょうと誘うジョンケールに続いて降りるのは、やっぱり長い階段。十分以上階段を上ってきたのに、またそれを降りなければならない。そう思い当たった瞬間、忘れていた疲れが再発してきたように僕の足は重くなった。
「大丈夫でさぁ。奥の扉はエレベーターになってるんですゎ。下りはそちらで行きやしょう」
そう言ってジョンケールが書棚を歩いていき、奥にある装飾された扉の横のスイッチをくちばしで突いた。
「あの、ジョンケール?」
「はい? 何でやしょうか?」
僕の聞き間違いだろうか? そして、僕のみ間違いだろうか? ジョンケールがくちばしを突くと、木製ドア化と思っていた扉が自動的に横開きに開いた。そしてその奥にはシンプルなエレベーターの内装が見えた。
「エレベーター、あるんだ……?」
「ええ、ありやすよ? さすがにラミア様もエルシェ様も女性。こうも長い階段の上り下りに書物を抱えては、重労働でさぁ」
ああ、何だろう。今僕の心底に沸き起こるこの感情の高まりと、失落する思いは。
「ああっ! すいやせんすいやせん。別に冗談のつもりでキッシュ様にしたわけやないんすわっ」
ジョンケールが僕に振り返って、僕の顔を見た途端に謝罪をしてくる。今の僕の勘定は表情にも出ていたようだ。
「あるならどうして使わせてくれなかったんですか?」
僕の言葉にジョンケールが尻込みをする。そんなに僕の顔は恐ろしい形相なのだろうか? そんなつもりは少ししかないのに、何だかショックだ。
「いえ、ここで働く以上、こんな階層まで来ることは茶飯事でさぁ。それに見慣れてもらう為にもこうして階段を使うた方が、妖精たちも所蔵本たちのこともご理解頂けると思いやした所存ですゎ」
姿かたちは鳥だから基本的に表情に変化はない。声色でその表情はよく分かるのは、やはり動物ではない証なのだろう。
「……言いたいことは分かりました。確かに疲れこそしましたが、大方の本配置などは覚えたつもりです」
「そ、そうでっしゃろ? さすがは司書官様でさぁ。これだけの所蔵本の配置をあれだけの短時間で記憶されるたぁ、大したもんです、はい。いやはやキッシュ様、貴方はライブラリアンの素質もあるやもしれませんなっ!」
赤い羽根を広げて僕の背中を叩くようにエレベーターの中に押し込む。何だろう? ジョンケールが次第に威を借る狐のような、図々しさのあるお調子者のように見えてきた。
「あ、あっしは飛んで戻りますんで、キッシュ様はどうぞごゆっくり〜」
ハタハタと赤い羽根を僕に振りまいてくちばしでスイッチを押す。閉まる扉の向こうに見えたジョンケールに、何故だか怒りよりも微笑みのような笑いが漏れた。