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あれって、何?

「まぁ、こんなものか」

 室内に既に運び込まれた荷物を必要なものだけを解包し、一通りの生活環境を整えた。派遣に登録してからの癖になった。業務に関して特に地域を拘っていないから、引越しになれた。おかげで何度目かの引越しなのに、開けてない梱包ケースがいくつもある。必要ないのに捨てられない。そのケースの中には全て本が詰まってる。電子書籍が業界の大半を占めてしまっている中で、減少を続ける司書の仕事。専ら僕の扱ってきたものは古書。僕はそれが好きだ。電子書籍の面白さと手軽さは理解してる。ラクリアのライブラリーに勤務している時は通勤で読んでた。でも、僕は好きなんだ。本のページを捲る感触と紙の擦れる音とその本を包み込んできて染み付いた匂いが。

「とりあえず、行ってみようかな」

 本格的な業務開始は明日から。その前にウォルトライブラリーがどんなものか知っておきたい。そう思って僕は、今じゃ電子標識に見慣れたせいで珍しさのある木製案内標を見ながらウォルトライブラリーに向かった。

「ほんと、絵本の世界みたいな町だな」

 どこかしこにも柔らかい日差しが程よく照らしていて、静かな中にも蝶の羽ばたきや鳥のさえずり、木の擦れ、風の囁きがここまで穏やかで温かいものだったのかと、つい歩きながら目を閉じてしまった。

人の五感は一つ一つが類まれな能力を有している。目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、口で味わい、肌で感じる。現実世界でその全てを満たすのは容易すぎて、人は忘れてしまう。それを本は教えてくれるんだ。目で文章を追い、世界を大まかに構築し、耳でその世界の音を作り出し、鼻で世界の香りを吸い込み、口で登場するものを味わい、肌で本の世界を想像から感じる。人の感性はそれぞれ異なる。それが本の魅力の魔力になる。読者それぞれの世界が、出来るものが書籍の魅力だと思っている。だからこそ、その書籍には妖精が宿る。人の創造した本の世界から、ついうっかり足を踏み出してこの世界へ落ちてきてしまった登場人物の一人が、そのまま本の妖精としてこの世界で生きている。そう言うことなら僕は認めてもいいかもしれないと思う。まぁいくら本が好きでも、そんな妄想を抱いてしまっても、進み往く現代の技術を目の前にしてしまうと、ホログラムで見る立体書籍の前にそれは崩れる。少しだけ昔の技術のなかった時代に憧憬を思ったりする。

「ここか」

 ライブラリーだけ近代建築による完全書籍保護システムの下に成り立っているものかと思った。

「景観保護法でもあるのかな。でも、良いな、こういうライブラリーも」

 目の前にある看板にはウォルトライブラリーの名前。そして視線の先にあるものは、ここまで見てきた住居と差して変わらないほのぼのとした造り。見てるだけで、この町はほっこりする。

「これは良い仕事場かもしれない」

 内装を見たわけじゃないけど、ここまで今までとは違う景観のライブラリーに少しだけ胸が高鳴った。

「あの、すみません」

 館内はやおあり僕がこれまで勤務したライブラリーとは明らかに雰囲気が違った。館内を飾るのは、本だけじゃなく洒落てるんだけれど、落ち着いた雰囲気で観葉植物などが綺麗に飾られていた。

「明日からここで勤務するアサルト・キッシュなんですけど、挨拶にうかがわせてもらいたいんですが?」

「アサルト・キッシュさんですね? 少々お待ち下さい」

 カウンターにいた女性が話は通っていたようで納得した笑みを浮かべながらキーボードを叩いていく。この人も同僚になるのかと思いながら、静かな館内に目を向けていた。

「アサルトさん、アサルトさんの担当箇所は精霊指定図書庫です。ここを左に曲がった奥にある関係者扉よりお入り下さい」

「そうですか。ありがとうございます」

 女性に言われ一礼しながらも、頭の中ではそんな部署を聞いたことがないから、考えていた。

「政令指定図書か? 法令指定の図書ってことかな?」

政令指定図書は、大方都市部のライブラリーに保存してある一般には公開されない政経資料本を主に差す。と言うことは、僕が配属されたのはそう言う書籍の管理業務なんだろうか。言われた通りに通路を通り、関係者以外立ち入り禁止の扉を潜り、古文書庫や事務室、映像保管庫、音声保管庫など様々な部屋を通り過ぎる。この辺りは知ってる名前ばかりだった。

「政令じゃなくて、精霊、だったのか?」

 ますます意味が分からなくなった。言われた通りに進んだ最奥部の扉に精霊指定図書と書かれていた。そして、何より・・・・・・。

「何だ、ここは?」

 扉の前には乱雑に詰まれた梱包ケースの山。他の扉の前は整然としてるのに、ここだけはありえないくらいに汚くて、狭い。

「くっ、ちょっ、このっ」

 今にも崩れそうで、人一人分がやっと通れる隙間を掻い潜るように扉に手をかけた。

「しっ、失礼、し、しますっ」

 入り口を潜ろうとするだけなのに、どうしてか疲れた気がする。

「え・・・・・・?」

 そして、その瞬間、僕は呆気に取られたと言うか、物語の世界に間違って踏み落ちてしまったような、とにかく呆然と扉を潜った瞬間に固まってしまった。

「シオリーッ! シオリーッ! こらシオリッさっさと来いっ!」

「シオリちゃんなら、お出かけしちゃっていないよぉ〜」

「はぁっ!? あんのクソガキッ、まぁた、処分図書盗りに行ったわけ?」

「そぉみた〜い」

「ふざけんなっつーのっ! こっちの仕事が優先だって何回言えば分かんのよっ!」

「私に怒らないでよぉ〜」

 扉を開けた瞬間、僕の耳に聞こえてくる一人の女性の怒声と、もう一人の女性の柔らかい声。それは別に驚きはしなかった。いや、驚いたかもしれないけど、ただ聞こえただけだった。

「さ、桜? と言うか、何、ここ?」

 僕の目に飛び込んできたのは、どう見ても図書館じゃない。広い室内、いや、外なのか? 目の前には階段状の段の上に一本の桜が淡紅を満開に開かせていた。その桜を取り囲むように緑の木々が生い茂り、その枝を利用して本が無数に収納されていた。

「あ、ありえない・・・・・・」

 それだけじゃない。よく見れば天井にはガラス天井になっている。つまりここは室内。そして、木の本棚だけじゃなくて、動物のような変な生き物が僕の目の前を歩いていったり、飛んでいる。虫でも動物でもない。何なんだ、ここは?

 つんつん。

「ん・・・・・・?」

 くにゅ。

「んふふ〜。だぁれぇ〜?」

 肩を叩かれて振り返ると、頬に何かが刺さった。目を少し下げると真白で細い、しなやかな指だった。

「あ、あの・・・・・・?」

 その指を辿っていくと桜と同じ色の柔らかそうな長い髪を流す女性がいた。

「ここはぁ、関係者のみの立ち入り制限区域ですよぉ〜? 許可証はありますかぁ〜?」

 優しそうな笑顔。愛らしい服装と実に合う人形のような女性だった。

「あ、いや。えっと、僕は明日からここで働く・・・・・・」

「働く? ん〜? あ〜あぁ〜、えっとぉ、アサルト・キッシュ、君?」

「そ、そうです。今日は挨拶に来たんですけど・・・・・・」

 首を傾げる仕草もいちいち可愛いと思った。

「そぉなんだ〜。一般人と思っちゃった〜」

 にこ〜と笑う女性。可愛いんだけど、何かちょっとズレてる気がした。

「ラ〜ミ〜アちゃ〜ん。お手伝い君が来たよぉ〜」

 そう言って、木々の本棚のどこかへ向かって女性が声を上げた。なぜか僕の頬に指を刺したままで。

「はぁっ? 手伝いぃ? んなことよりもシオリはどこ行ったってのよ? 暇なら探してきなさいよねっ。こっちはそれどころじゃないってのよっ!」

「だぁかぁらぁ、私に怒らないでってばぁ」

 今度はどこかからそう返ってくる。

「あの、えっと・・・・・・?」

 何故か罪悪感がひしひしと僕に伝わってくる。

「ごめんね〜。ラミアちゃん、ちょっと書棚の管理妖精が出て行っちゃって気立ってるのぉ」

 この人ののんびりとした口調とは違って、返ってくる声は実にはきはきしていて、この人が僕に話してくる間も、あ〜もぉっ、全っ然片付かないじゃないのよっ! と、愚痴が次々に飛んでくる。

「あの、それよりもここ・・・・・・」

 見たこともない、見たことがあるとすればCGによる幻影(ヴィジョ)投影画(クション)くらいだ。どれもファンタジックな世界でしか見たことがない。そのファンタジックの世界でも見たことがないんだけど、ここにいる生き物は。

「私は〜、サミルシア・エルシェですぅ。この精霊指定図書庫の重要保護書の管理司書官ですぅ」

「いや、そうじゃなくて。あ、いや。僕はアサルト・キッシュです。この度は司書官補助業務に赴任させて頂きます」

「はい〜、私と、ラミアちゃんのお仕事のお手伝いをよろしくお願いしますねぇ〜」

 ほんわりするエルシェさんの口調。あれ? 話が噛み合ってないよな? 確か。

「えっと、そうじゃなくてですね・・・・・・」

「ん〜?」

 ふにふに。

「あの、その・・・・・・」

 ふにふにふにふに。

「・・・・・・これは、なんですか?」

「気持ち良いよね、キッシュ君のほっぺた」

 何だろう。よく分からないけど、エルシェさんはいきなり僕の頬をつっいてくる。痛くはないんだけど、何か微妙。と言うか何故? と疑問が湧く。おかげでこの室内にいる人間以外の生物の不思議さが不思議に思えない、当然のような気すら湧いてきた。

「なんかね、女の子みたい。あんまり運動とか外に出たりとかしないタイプ?」

 のほほんとマイペースに僕の質問を流して、エルシェさんはあくまで自分の主義を換えようとしない。別にこういうタイプの人との付き合いは初めてじゃないから、良いんだけど、この行為の意味だけが分からない。

「ええ、まぁ。運動はそれほど得意ではないので」

「だよねぇ。私もね、運動音痴なの。ラミアちゃんは体育会系読書派歴史好き会のよく意味が分からないタイプなんだけどね」

「エ〜ル〜シェ〜ちゃ〜ん? 陰口言ってる暇あんなら、さっさとシオリを探してこいっ!」

 どこにいるのか姿は見えないけど、ラミアとエルシェさんが読んでいる人の怒声が響いて、すぐに無数の本と目の前をうろつく、奇妙生物たちの中に消えていく。

「ねぇ? 自分が中心じゃないとすぐ怒るの。あっ、一応ね、ラミアちゃんがラッシュ君の担当司書官だから、明日からの業務の補佐はラッシュ君がしてあげて。ラミアちゃん、本のことは理解してるんだけど、たまに口だけで頭が追いついてないことがあるの。一人で大丈夫ってよく言うくせに、誰かがちゃんと見ててあげないと、すぐダメダメに……いたぁっ!」

 エルシェさんがふいに頭を抑えて振り返った。バサッと床に落ちたのは、本だった。五年前ほどに出てすぐに発売禁止になり、回収された書籍だった。今となっては禁書目録に登録された書籍の価値は一部で高騰してると言うのに、そんな範疇の本を平然とどこかからラミアさんが投げてきた。

「なぁにするのぉ〜? ラミアちゃ〜ん〜」

「あんたはいちいち一言余計なのよっ! 話してる暇があるならさっさと探してきなさいっての」

「んもぉ、ラミアちゃん、私は良いけど、本を粗末に扱うのはダメだよぉ」

 ぷーっと頬を膨らませながら、涙目になりながらも、エルシェさんは本を拾う。

「カヅラ。悪いんだけど、これ、元に戻しておいてくれる〜?」

「あいあいあ〜い」

「うわっ! 喋ったっ!?」

 エルシェさんが目の前をふよふよと飛んでいる鳥のような羽を頭から生やして飛んでいる、女の子のような、何かファンタジーの世界に出てくるような、不思議な生き物に禁止目録登録書を渡した。

「ん〜? カヅラがどうかしたかな?」

「あ、あの、今のって……」

 ふわふわと書籍を受け取った、カヅラと呼ばれていた、何かが本を胸で課書けながら四方を取り囲む木の枝の本棚に飛んでいく。さっぱりこの現状と状況が分からない。

「カヅラのことかな? カヅラは、咲くカヅラって七年前に禁書目録に登録された児童書の妖精だよ?」

「はい? 妖精って?」

「ん〜、あれ」

 あれ、とエルシェさんが指差す。そこには、先ほどから目の前を行ったり来たりする謎の生物たちがいた。人間のようなものもいれば、鳥や小動物、四足動物などのようなものもいる。でも、動物と呼ぶにはあまりにも見たことのない生物ばかりで、どこかの国の新種か珍種なんだろうかと僕の頭は混乱していた。


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