奥の手の励まし
「急いで回復も流すから」
宮下が手のひらを豪健に向ける。
緑色の光が豪健の身体の中へと吸い込まれていく。
焼け付くような肌の痛みが消え失せていく。
「み、宮下。これは?」
「攻撃力アップのバッファと回復を付けただけかも。僧侶だし」
そうだった。
宮下は魔王討伐の勇者パーティ最終メンバーの一人。
世界で一番腕の立つ僧侶だった。
「ついでに、職業を剣士に戻しておく?」
「そ、そんなに簡単に戻せるの?」
「場所は関係ないって言ったのかも。
それに元はと言えば私があなたをジョブチェンジしたから、要領はさらに簡単」
「お願いします」
緑色の光から暖かな色の光へと変わる。
その光は身体全体を包み込んでいき、力が湧いてくるようだった。
「はい、これでおしまいかも」
「ありがとう、宮下」
「僧侶としてこれぐらい当然、かも」
照れくさそうに頬を赤らめて俯いてしまう。
よし、と豪健は短剣を構えた。
「水無月、ここからが本番だ」
「まったく調子の良いヤツだ」
二人同時に地面を蹴って剣を交えた。
長剣と短剣のつばぜりあいも力が拮抗していた。
水無月が斬りにかかると、それを突きで防ぎ、逆に剣先を喉下へ伸ばす。
長剣を引きながら、迫る短剣を寸でのところで屈みこんでかわす。
「水無月剣、水面めくり!」
水平に素早く足元を斬りつける水無月の長剣。
それを豪健はジャンプしてかわす。
先ほどと同じ光景。
だが水無月は笑みを零さない。
幾度となく行われた手合いで、ここから巻き返す剣術を知っていた。
それでも勝ちは揺るがない。
「水無月剣、鯉の滝登り!」
しゃり、と地面に長剣をかすらせる。マッチを擦るように。
しかし、剣先からは火の代わりに水が噴き出した。
「豪健剣、不死鳥串刺し!」
一方、豪健の剣はめらめらと赤い炎を纏った。
空中からの落下速度に体重を乗せ、水無月の身体を貫くように
炎の短剣を突いた。
ギンッ、ブシャア、と金属音の後に水の蒸発する音。
白い煙が二つの剣を中心に瞬く間に広がった。
二人の手元が周りから見えなくなる。
ギギ、と詰まったような音。
次の瞬間、パンッと弾かれて煙の中から豪健が放り出された。
身体を仰け反らせ、そのまま地面に叩きつけられる。
「く、くそお」
豪健が悔しそうに歯を食いしばる。
腹部を下から縦に真っ直ぐ斬りつけられていた。
「残念だったな、ごうけ」
綺麗に着地する水無月。
しかし、右肩からは血を流してすぐに膝を地面につけた。
「ぐっ、かすっていたか。その短い剣で」
苦悶の表情で傷ついた肩を押さえる水無月。
「あらら、魔力炎の火傷は簡単に治らないのよ?」
今まで勝負を見守っていた有泉が口を出す。
「これぐらい平気だ」
「利き腕の肩でしょう? 十分時間は稼げたし、治療しにいくわ。
どうせ向こうも、これ以上は手出しできないでしょう」
血を地面にだらだらと流し、瀕死の豪健を見下ろしながら有泉は言った。
「そうだな。復活して来たらまた相手をしよう」
「ほら、肩を貸してあげるわよ」
「いい。一人で歩ける」
「遠慮はいらないわ」
そう言いながら、有泉は無理矢理に水無月の肩に身体を潜り込ませる。
「いった! そっちは右肩だろうが!」
「あは。そうだったかしら」
他愛の無い会話をしながら二人は校舎の中へ入っていく。
宮下は急いで豪健に駆け寄った。
「今、急いで回復させちゃう」
手のひらから緑色の光が出て、破かれた皮膚が治っていく。
ものの十秒足らずで。
「凄いな。これが世界一の僧侶」
「私にはこれしか、できないから」
それでも変わらず自信無さそうに俯いている。
自信の無さが板についてしまっている。
どうしたものか。
「おーい、あたいを忘れていないっしょか?」
少し離れたところから望月が不満そうに呼びかけた。
「あっ、わ、忘れてなんかいないよ。宮下、モッチーナのあれ、取れる?」
「ちょっと見てみる」
豪健の治療を終えた宮下は、白いモチに張り付けられた望月のところへ行った。
「所々に魔力による接合が見られるかも。
これを魔力で切っていけば、動けるようにはなるかも」
宮下は右手でチョキを作り、人差し指と中指に魔力を這わせた。
眩しく鋭い白の光が、指の表面を覆う。
そのままハサミで切る要領で、
望月の全身にかかった白い塊のモチを指で切っていく。
パチッ、パチッ、と切断するたびに、小さな塊がどさっと地面に落ちた。
「はい。これで全てかも」
まだ望月の身体や短剣に小さなモチはこびりついているものの、
身体を起こして自由に動かせるぐらいにはなっていた。
「ありがとうっしょ! やっぱり宮下ちゃんは尊敬できる大人っしょ!
この調子で美雪ちゃんから勇者ちゃんを強奪するっしょよ!」
「そ、そんなたいそうなことは、やっぱり私に無理、かも」
「まーたそうやって自分の殻にこもっているっしょねー」
「だって、勇者君に嫌われたらと思うと、怖くて恐ろしくて」
頭を抱える宮下。
こうなってしまう気持ちはわかる。
ずっと慕っていた幼馴染みに嫌われるとか、世界の破滅に等しい。
と、ここまで考えて豪健は気付いた。
僕はモッチーナのことを、それほどまでに大切に想っているのか。
ああ、とため息が出てしまう。
「わかりました。あたいのとっておきの、奥の手の励ましをするっしょ!」
目の前の小柄な女の子が、どこまでいっても愛おしい。
爆裂に燃える心の炎の、燃料が足りない。
突如、望月は地面に寝そべった。
白いモチを全身にこびりつかせたまま、腰をくねらせる。
扇情的に破かれたメイド服の胸の谷間を強調させて。
「はあん。だめえ。あたいには好きな人がいるっしょ!
でもでも、身動きが取れないあたいに、大勢の男に囲まれて、
いけないことをするっしょ! いやん。やめてー!」
あえぎ声を間に挟みながら望月はそんなことを言い出し始めた。
ピキッ、と先ほどまで抱えていた何か大切なモノにヒビの入る音が聞こえた。
燃え上がっていた心の炎は、一気に水をぶっかけられ鎮火していた。
そうしてあわあわと口をぱくつかせるばかりの豪健。
「も、望月ちゃん、いきなり何を?」
宮下も戸惑いながら聞く。
「けんちゃん、こんなあたいを見ても、
あたいのことを変わらない目で見てくれますか?
嫌わないでいてくれるっしょか?」
地面に仰向けになりながら、望月が尋ねた。
ピーン、と豪健は閃く。
「……当然だ!」
豪健は腕組みをし、厳つい顔つきではっきりと頷いた。
望月はその返答に満足して、すくっと立ち上がる。
「こういうことっしょ!」
「どど、どういうこと?」
宮下はどもりながら聞き返す。
「つまり、お互いを良く知る幼馴染みは、
ちょっとやそっとのことで嫌いになったりしないということです」
「で、でも普段の私を知っていたら、大胆な行動もおかしいというか」
「たとえいつもと違った行動を取っても、ちゃんと理解してくれるはずっしょ。
幼馴染みとは、そういうものです」
望月が自信満々に断言した。
同じ幼馴染みという立場を利用しての身体を張った実演。
宮下は身体に力が湧いてくるのを感じる。
「ありがとう望月ちゃん。今なら、何でもできそうな気持ちになったかも」
「その息っしょ! 愉快な音楽が鳴っているうちに、
美雪ちゃんからかっさらうっしょ!」
「か、かっさらっちゃうから!」
宮下は拳に力を込めて頷いた。
「勇者と美雪は白いテントの近くにいると思うから、そこ目指して走ると良い」
「うん! 豪健君もありがとう!」
そう言い残して宮下はとてとてと駆けて行った。
「今度こそ、大丈夫そうっしょねー」
おでこに手のひらをつけて、望月が宮下を見送る。
「そうだな。それとお前は、そこの水場で身体の白いモチを落とせ」
「ねえさっきの、あたいのアレ、けんちゃんは興奮したっしょか?」
期待に目を輝かせて望月が聞いてくる。
「馬鹿。逆だ、逆。良いから、とっとと落としてこい。
それからすぐに校舎の中へ入るぞ」
「むう。はーい」
望月はつまらなさそうに返事をする。
やれやれと豪健はため息をついた。
寝取られ属性はやっぱり理解できそうにない。




