キスの手前
「本当か? どこに居る?」
「あの白いテントの近くっしょ」
人差し指を向ける望月。
豪健はその先に視線を向けた。
勇者よりも先に、白テントの下に居る夏目を発見する。
今流れている音楽を管理しているようで、機材を忙しなく調整している。
「先に白テント下の夏目を見つけてしまったが」
「あっ、なっちゃんもいるっしょね。そこよりもちょっと手前です」
望月に言われて視線を手前に向けていくと、発見した。
緊張しているのかぎこちなく踊る勇者と、
その勇者の手を取って楽しそうに踊る美雪。
「やっぱり、美雪だったか」
勢い良く美術室を飛び出した宮下も、この賑やかな雰囲気に飲まれたか。
その宮下はどこに居るんだろう。校庭近くまで来ているはずだが。
「意外と美雪ちゃん、ノリノリっしょねー」
「え?」
望月の言葉に、豪健は視線を勇者に戻す。
勇者の手を取って、美雪は身体を弾ませたり
自分の腰に勇者の手を持って行ってリードしたり、積極的で楽しそうだった。
「本当だね。あんなに嫌がっていたのに」
あんなに僕と踊りたいって言っていたのに。
いざ勇者と踊ってみたら満更でも無かったのかな。
豪健は美雪の踊る様子をじいっと眺める。
「……あの子は、本心からけんちゃんと踊りたかったっしょ。
だけど、勇者にガチャを回させないために、けんちゃんのために、
ああやって、楽しそうに踊っているっしょ」
望月が淡々と言った。
ふいに急いで勇者の手を取って美術室を出て行った姿を思い出す。
そうか、美雪は他ならない僕のために、ああやって楽しそうに踊っているんだ。
特に踊りたくもない勇者と。
「モッチーナ。寝取られ属性について、何となく分かったような気がするよ」
「ど、どうしてこのタイミングっしょか」
仰け反って金網から落ちそうになる望月。
豪健はとっさに望月の肩を支えた。
「っと、危ない」
「た、助かったっしょ」
頬を薄く染めて俯く望月。
豪健は再び美雪の方を見た。
「自分の想いは別の人にあるのに、
何らかの事情でその人の相手をしなければいけない。
行為と想いの乖離が想いの強さ、儚さを際立たせる」
「……それは、けんちゃんが美雪ちゃんのことを」
望月が泣きそうな声を出す。
豪健は思わず笑ってしまった。
「あのな。美雪のことは確かに好きだけど、お前に比べたらこれっぽっちだよ」
豪健は左手の親指と人差し指で三センチ程の隙間を作って見せる。
丁度踊っている美雪の姿が間に重なった。
「本当っしょか?」
「ああ、嘘じゃない」
「それなら、行動で示して欲しいっしょ」
「……え?」
望月は頭を寄せてくる。胸にこつんと。
そのまま上目遣いで訴えてきた。
行動で示せと。
「ええっと、こういうのは大勢の人の前でやるもんじゃないかと」
「みんな踊りに夢中で気づいていないっしょよ」
頬を染め、囁くように言ってくる。
確かに誰も見ていないようだけど。やはり抵抗が。
豪健が躊躇っていると、望月が首に手を回してきた。
「文化祭中、あたいもずっと我慢してきたっしょ。
一度もあたいは、けんちゃんとデートできていないっしょ」
「モッチーナ」
そうだ。モッチーナの言うとおりだ。
世界を救うという大義名分のもと、モッチーナには勇者とデートさせ、
僕は美雪や宮下とデートをしてきた。
誰よりも大切にしたいと、好きでありたいと、想う人がありながら。
今までそれに目を背け、感覚を麻痺させ、人の皮を被って動いてきた。
さしずめゲームのキャラクターのように。
「今まで待たせて、すまなかった」
「良いっしょよ。これから時間はたくさんあります」
「そうだな」
モッチーナはそっと瞳を閉じた。
胸の中に収まる、この愛しくて可愛い顔の儚げな唇を、
やれ、ということだな。
豪健は意を決して目を閉じた。
顔をゆっくりと近づけていく刹那、脳裏に美雪と宮下の顔が交互に過ぎる。
二人とも困ったような表情をしていて。
慌てて目を開けて、静かに顔を離した。
何を余計なことを考えているんだ。
目の前の女の子とキスする時に、別の女の子のことを考えるなんて。
モッチーナに失礼だ、と豪健は顔を横に振った。
邪念を振り払って、改めて目を閉じる。
とにかく目の前の、モッチーナに集中して。
変な考えが湧き起こる前に、スピーディに。
先ほどよりも速めに顔を近づけていき、そろそろ触れるか、
というところで額がツンと何かに押された。
目を開けると、変わらず瞳を閉じているモッチーナの顔がすぐ近くにある。
あと数ミリで唇も触れ合う。
しかし、モッチーナの人差し指が僕の額を押して、寸でのところで止めていた。
「手の力が急に入ったっしょ。一体、何を考えているっしょか?」
目を閉じたまま望月が聞いてくる。
「えっ? えーと、それは」
声が上擦ってしまう豪健。
「美雪ちゃんか宮下ちゃんの困っている顔っしょね?」
望月はパチっと目を開けた。
心の中まで射抜く視線に、豪健は目を背けた。
「両方でした」
「あは。やるっしょねー。あたいとキスする手前に
二人も別の女の子を思い浮かべるなんて」
「……面目ない」
美雪は楽しそうに言っているが、豪健は申し訳なさ過ぎて俯く。
その頭に、ふわっと柔らかな感触。
「けんちゃんは本当に、頑張り屋さんですね」
望月が俯いた豪健の頭を撫でる。
優しく微笑みながら、ゆっくり丁寧に髪の毛に沿って。
「モッチーナ。本当にごめん」
「謝る必要はないっしょよ。目の前に困っている人がいたら助けに行く。
それで良いっしょよ。それでこそけんちゃんです。
あたいはどこまでも、けんちゃんについていくっしょよ」
顔を上げると、望月が励ますように笑いかけた。
「ありがとう、モッチーナ」
「きゃっ」
豪健は望月を抱き寄せた。
小さな悲鳴を上げる望月。
だけども、次の瞬間には幸せそうにしがみついていた。
「今はこれで我慢してくれ」
「十分っしょよ。早く宮下ちゃんを探しに行くっしょ」
ぽんぽんと背中を優しく叩きながら、望月が言った。
「うん。臆していられないぐらい、励ましてやらないと」
豪健もポンポンと背中を叩いて、望月から離れる。
頷き合って、改めて校庭を見回した。宮下はすぐに見つかった。
校舎から出てすぐのところの、校庭に入る手前で寂しそうに佇んでいた。
バックネットの金網フェンスを降りていき、
無数のウサギと生徒達を避けるように校庭の外側を早足で歩いていく。
途中、白テントの前で踊る勇者と美雪の姿を捉えたが、今は放っておく。
校舎に近づいてきたところで、突然、音楽が止まった。
踊っていた生徒達はどよめく。
駆け回っていたウサギ達もその足を止めた。
「えー、皆様。ファイヤーダンスをお楽しみのところ申し訳ありません。
これより、文化祭メインアトラクションを開催致します。
ガチャガチャ様にお祈りしたい方はワープの準備をお願いします」
有泉の流暢なアナウンスが校庭のスピーカーを通して聞こえてきた。
「不穏な声っしょ」
「一体、何が始まるんだ」
豪健らが足を止めて周囲を見渡した。
「屋上をご覧下さい。今から数分後にあの大きなホースから
大量の水が噴射されます。水は校庭の中心の炎に向けてぶっかけますので、
水を被りたくない皆様は隅の方に避難を」
アナウンスのお告げに従って屋上を見ると、
大型ワームのように太くて丸いホースが校庭に向けられていた。
「ぶっかけられたい皆様は、どうぞ思う存分、水を浴びて下さい。
ただし、炎が消えれば音楽も流れなくなります。
このピンチを救うヒーローが現れることを祈りましょう」
そう言い残してアナウンスが切られた。
すぐに場違いなほど愉快な音楽が、再び流れ始める。
今まで踊っていた生徒達は、続きを踊れば良いのか逃げたら良いのか、
戸惑っているようだった。
ウサギ達だけが呑気に駆け出し始める。
「どど、どうするっしょか?」
望月が慌てふためく。
「僕達にやれることは一つ。校舎に入って、あの屋上のホースを止めるんだ。
勇者がガチャガチャのところにワープして、ガチャを回す前に」
「それしかないっしょね」
豪健と望月は意思を固めて、駆け出す。
幸い校舎を目指している途中だったので、すぐに目的地に辿り着いた。
だがそこには、藍色ローブの幼馴染みが腕組みをして壁に寄りかかっていた。
「そろそろ決着をつけようじゃないか、豪健」




