勇者とは
豪健と美雪は落ち着いた後に体育館を出た。
勇者はもう大丈夫そうだということで、美術室の様子を見に行くことにした。
「あーあ。文化祭ももう終わりなのかなー」
美雪が明るく寂しそうに言った。
窓から差し込む夕日が、暖かく廊下を照らす。
「まだ最後のキャンプファイヤーが残っているだろう?」
「そーだけどさー。美雪は豪君と踊りたかったなーって」
「そ、それは……」
それは現実世界を救うために、叶えられない願いだ。
俯きがちに豪健が何も言えないでいると、ふふっと美雪が笑った。
「なんてね。豪君を困らせたいだけ。ちゃんと勇君を誘うから
そんな悲しい顔しないで、ね?」
豪健の顔を笑顔で覗き込む美雪。
「うん。ありがとうみゆ」
「あっ、美術室の前に何か変なのがあるよ!」
豪健が言い終わる前に、美雪が前方を指差した。
確かに、見覚えの無い立て看板がある。
「こちら美術室の展示になります、か。分かりやすく看板を作ったんだな」
「豪君豪君! こっちの裏側見て!」
美雪が慌てたように手招きした。
何事かと、立て看板の裏側を見る。
それは一枚の絵画だった。
床にあぐらをかいて、慎重に折り紙を切る勇者。
その横から、折り紙の切れ端を持ってガミガミ怒鳴っている友塚。
教室の後ろの方では、たんぽぽがつばきの指南を受けて折り紙を折っている。
その反対側の前側では、美雪が豪健の腕に絡みつき、
望月が嫉妬して今にも襲い掛かろうとしていた。
窓から差し込む暖かな日に照らされた、一枚の絵画。
「宮下から見た、僕達の作業風景みたいだな」
「こんなに楽しそうに作業していたんだねー」
美雪が愛おしそうに立て看板の頭を撫でる。
「あっ、ようやく二人とも戻って来たっしょ!」
美術室の入り口から望月が顔を出した。
「おう。ただいま戻ったよ。この絵は見たか?」
「もちのもちもちろんっしょ! みっちゃんが文化祭中に描きました!」
自分が描いたみたく、得意そうに望月は胸を張った。
「そんな短時間で、こんなのが描けちゃうなんて、凄いよあの子も」
「見ているだけで心が洗われるようっしょ」
「本当ね。特に好きな人と見ていると、うっとりしてきちゃう」
美雪は豪健の腕に磁石のようにピタッと身体を絡ませて、腰をくねらせた。
「お、おい美雪」
「こらあ、またそうやってベタベタして! 離れるっしょよー!」
望月が怒りに身を任せて駆けて来る。
美雪はひょいっと腕から離れ、豪健の背中に隠れた。
望月は豪健の肩の上から手を伸ばすが、美雪を捕らえることはできない。
「い、潔く捕まるっしょよ」
「へへーん、ワンちゃんに捕まる猫ちゃんじゃないよー」
そのまま豪健を壁にして、二人の少女は追いかけっこを始める。
犬耳と猫耳がグルグル回る。
豪健は両手を挙げて固まる以外に何もできなかった。
「おーやってるべえ、やってるべえ」
「ウサギよりやかましい」
美術室からつばきとたんぽぽが顔を出した。
「帰っていたのか、たんぽぽ。もうみんな中に居るのか?」
脇腹に望月の延ばした腕が当たっても気にせず、豪健は話しかける。
「友塚は合唱部のところ」
「夏目は放送室に行ってるべな」
「そうか。勇者と宮下は?」
豪健の股の間から顔を出して挑発する美雪。それを放って、受け答えする。
「二人は中で絵を見に来てくれた人の相手をしてる」
「へぇ、あの二人にお客さんの相手なんて務まるのかな」
「実際に見てみればわかるべな」
「それもそうだな」
豪健はひょいっ、と二人の間を抜けて美術室の入り口に向かう。
「ふっふっふ、もう逃げ場はないっしょよー」
「お、おモチちゃん。落ち着いて話し合いましょう。ね?」
壁がなくなり、望月は両手を肩の高さまで上げ、小悪魔な笑みでにじり寄る。
美雪は説得しようと笑いかけるが、頬が引きつっていた。
不意をついて踵を返し駆け出す。
しかし、そんなものが臨戦態勢の望月に通用するはずも無く、
一回のジャンプで美雪の背中に身体ごと抱きついた。
「つーかまえたっしょ」
「くうー離して! もお、離せ~~」
「離さないっしょよー」
床に倒れこむ美雪。
望月は抱きついたまま、美雪の耳たぶをはむっと唇に挟んだ。
「ひゃあっ」
可愛い悲鳴が聞こえる。
さらに脇腹にも手を入れてくすぐり始めた。
「あはは、ちょ、ちょっと、止めな、きゃっ」
「可愛い声で鳴くっしょねー。いつかのお返しっしょ」
床の上でわちゃわちゃじゃれあっている望月と美雪。
「あいつら、もしかしてとっても仲良しなのか?」
豪健が微笑ましく眺めながら小首を傾げる。
「もしかしなくても、とっても仲良し」
「だべな」
たんぽぽとつばきは強く頷いた。
そうか、と笑って美術室に入る。
「この体育倉庫の絵も素晴らしいのです!
特に朽ちかけてる柱。世界の解れを感じてしまうのですよ」
「次回のアップデートで修正が必要ね」
「ふん、展示の絵画が四点とは、ちょっと数が少ないんじゃないか?」
「……」
青い鳥の面々が絵画鑑賞していた。
豪健は思わず、ずっこけそうになる。
「四点じゃないぜ? あの黒板一面を使った作品が、目に入らぬか!」
勇者が得意そうに黒板に指差した。
「あっ、綺麗な虹になっているのです」
「本当ね。ここに入った時はわからなかったわ」
「黒板から近かったせいだろう」
「……」
いつもの三人はぺちゃくちゃ喋っているが、
ステージで初めて見たドラマーの青空パーカーの人物は
黙り込んだまま絵画を見ているようだった。
「あの肘をついている女の子は誰かしら」
「そ、それは私、かも」
勇者の影に隠れていた宮下が、おずおずと言う。
「へぇ、あなたがねえ」
有泉が意味深な笑みを浮かべる。
ほう、と水無月が感心しながら黒板を眺めていくと、豪健と視線があった。
「よ、よお」
なんとなく手をあげて挨拶する豪健。
「呑気なものだな。昨日はこんな作品、無かったのに」
「何が言いたい?」
「手伝っている暇があったかと聞いているんだ」
「大きなお世話だ。お前こそ随分とギターの練習をしたみたいじゃないか」
「……あれは魔法だ」
少しの思案の後、水無月が真面目な顔で言った。
豪健は鼻で笑う。
「豆を潰すぐらい練習しておいて、効果のうっすい魔法だな」
「なに」
豪健と水無月は至近距離でいがみ合う。
ため息をついて、有泉が間に入った。
「もう何やってるのよ大人気ない。
最後のキャンプファイヤーの準備があるんだから、さっさと行くわよ」
「し、しかし」
水無月が不服そうに何か言いたげだ。
「あい、あなたの努力は我らが青い鳥の大義ある活動に大きく貢献しているわ。
少なくとも、後先考えずに目の前の困っている人を助けちゃう、
そんな甘い人間に鼻で笑われる資格はないはずよ」
有泉は流暢にそれだけ告げると、二人の間を抜けて歩いていく。
「まったく、大人気ないのはどっちなんだかな」
水無月はため息をついて、有泉の後を追った。
「あわわ、いつの間にかセーラもあいもいなくなっているのです。
ピエッ……。早く追うのですよ」
博士が慌てたように青空パーカーの人物をせっつきながら、
白衣をばたつかせて美術室から出て行った。
豪健が何も言えないで突っ立っていると、よっ、と肩を叩かれた。
「やたら騒がしい連中だったな」
「うん、そうだね」
「……そんな深刻な顔していてもしょうがないぜ?
あいつらの言葉は所詮あいつらの都合に合わせた言葉なんだから」
「別に、何も気にしていないよ」
「そうかい? ちなみに、
後先考えずに目の前の困っている人を助けちゃうのは、『勇者』なんだぜ」
ハッとして豪健は顔を上げた。
そこには得意そうに白い歯を見せて笑っている勇者が居た。
「って俺は何を言っているんだ。勇者っていうのは俺のことじゃなくて、
別の意味での勇者があるんだけど……。あれ?」
うーん、と頭を捻っている勇者。
「ガチャガチャ様の祟り、かも」
宮下が会話に入ってくる。
「祟り? 最近はガチャガチャ様に祈ってなかったはずだけど」
「今までたくさん祈ってた分のツケが回ってきているんじゃないか?」
などと豪健は言ってみるが、さっきの勇者発言は恐らく現実世界での親父の声だ。
しかし、こうしてガチャガチャ様の祟りとして処理されているところを見ると、
キャラクターを操作するプレイヤーの気持ち以外にも、
キャラクター本人の意思で行動し発言する部分も結構あるのでは、と思う。
NPCは自分の行動の主導権は全て自分自身だが、
PCの場合はどこまでが自分の意思で
どこまでが現実世界の操作している人間の意思なのか。
少なくとも誰かに操作されている自覚は無いみたいだが……。




