本能を呼び覚まし裸の自分をぶつける歌
「あらー、また可愛い子が来ましたねー」
ステージに上がってきた顔真っ赤の友塚を、有泉がからかう。
大きなウサ耳を付けているのに、その言葉も耳に入っていないようで、
友塚はたんぽぽに詰め寄った。
「ちょっと、かか、勝手に、呼ばないでよ! ぽ、ぽぽちん」
「ともちんは、私に歌を教えてくれた。アレンジもしてくれた。そのお礼」
「お礼じゃないよ! 拷問だよ、こんなの!」
「まあまあ、ウサギの可愛い子ちゃん。ちょっと落ち着いて周りを見て」
有泉がなだめながら、周りを見るよう促す。
ハッと気付いて、友塚がステージ前に集まった生徒達を見た。
クスクス、面白い子が来たねー、いいぞもっとやれー!
友塚は笑い者にされていた。
ますます顔を赤くさせて、唇を噛む友塚。
「こうなったらそこの彼にピアノを弾いて貰うしかないか。
ガチャガチャ様にお願いして、ね?」
有泉がマイクから離して、勇者に語りかける。
勇者は躊躇っていた。
「ウサギ耳の可愛い彼女を救うために、あなたがヒーローになるのよ」
有泉が追い討ちをかけるように言う。
それを横で聞いていた友塚の瞳が、鋭くなった。
「あたしを救うために、ガチャを回すですってー?」
勇者に鬼の剣幕で詰め寄った。
「い、いや、まだそうと決めたわけじゃあ」
「あたしはね。ガチャガチャを回すゆうちんが大っっっ嫌いなの!
最近はそうでもなかったけど、あたしのために回すっていうなら考えがあるわ」
そう言い放ち、次はたんぽぽの方へと向き直った。
「ぽぽちん。あたしがピアノを演奏するよ。何でも弾いてあげるわ。
それで、どうすれば良い?」
今までとは打って変わって、頼もしく堂々とした振る舞いの友塚。
「ともちんが教えてくれたあの曲のアレンジをやる」
「そう来ると思っていたよ。ただ、いつもと楽器が違うしこの場限りだからね。
コード進行は柔らかめに、歌う側の負担が大きくなるけど大丈夫?」
「うん。平気」
「えーっと、俺、大丈夫かな」
「ゆうちんも知っている曲にちょっとアレンジするだけよ。いけるいける」
友塚は勇者を励まして、水無月と博士、それからドラムの人に
軽く指示を出していく。
「ともちんって、何やってる人なんだ?」
ステージ上の状況を見守っていた豪健が美雪に聞いた。
「あ、そっか。豪君は知らないよね。ともちんは、合唱部の人だよー」
「合唱部、って歌う方なんじゃないか?」
「そうなんだけど、ともちんはピアノを習っているみたいで、
合唱部では伴奏したり、時々軽音部の助っ人に入ったり、
ラジオ放送の音楽を提供したり、いろいろやってるね」
「だから、夏目ともすぐ打ち解けていたのか。いや、知らなかった」
あのたんぽぽと夏目の悪ふざけ、
ウサギの行軍の時にカセットに入っていた音源は友塚が作ったのだろうか。
「えーと、皆さん大変長らくお待たせいました。
こちらの準備が整いましたので」
「みんなも良く知っている曲なので、歌って欲しい」
横からたんぽぽが口を挟んだ。
一瞬、むっとする有泉だが、すぐに笑顔を取り戻す。
「そうですね。集まっているみんなと、少しでも近くで
このライブを楽しんで欲しいです。ではみんなで歌って、
盛り上がって行きましょう!」
うえーーーい! やっふううう! ピュイピュウーイ!
有泉が元気に声を上げると、生徒達はやる気を出して盛り上がる。
豪健と美雪を除いて。
「不安だ。勇者がやらかさないか、不安だ」
「同じく、勇君が何か変なことをしないか、落ち着かないわ」
そんな二人の面持ちを他所に、
たんぽぽと勇者もそれぞれにマイクを持った。
「故郷」
たんぽぽがマイクに向かって言うと、ドドダンとドラムが打たれた。
故郷の主旋律を含んだキーボードの前奏。
そのコードに沿ったギター、ベース。ゆったりとしたテンポのドラム。
キーボード以外は曲に対して探り探りで、音色がたどたどしい。
それでも、たんぽぽは眉一つ変えずに、まっすぐ前を見てリズムを取っていた。
「うーさーぎーおーいし、かーのやーまー。
こーぶーなーつーりしー、かーのかーわー」
牧歌的な音色の伴奏に合わせ、たんぽぽは一音一音丁寧に歌っていく。
有泉と勇者はリードするたんぽぽの歌声に沿って歌う。
「ゆうめーは、いいーまーも、めえぐーうりいてー。
わーすーれーがあーたき、ふーるーさーとー」
最初はどんな歌だったか曖昧だった生徒達も徐々に掴んできた。
歌う声に厚みが増していく。
歌詞の一番が終わったところで、キーボードを弾いている友塚が、
ドラムに合図を送る。
青空色のフードをすっぽり被ったドラマーがこくんと小さく頷いた。
ドンタタドンタン、ドンドン
ゆったりとしていたリズムが徐々にアップテンポになっていく。
「ワンモア一番」
たんぽぽがそう宣言して、再び歌い始めた。歌詞は先ほどと同じ故郷の一番。
歌っている途中でもテンポが上がっていき、辛いはずだが、
生徒達は歌詞もメロディも覚えてしっかりついてくる。
むしろ、イケイケな勢いに身を任せ、発声している。
身体の奥底からエネルギーが湧き上がるのを感じる。
たんぽぽの歌声も有泉と同様に透き通る綺麗なものだ。
しかし、有泉が神秘的な奇跡のパワーを働きかけるのに対し、
たんぽぽは生物の本能に訴えかけてくる。
一応有泉も歌っているはずだが、勢いに乗った生徒達とたんぽぽの前に、
すっかり影に隠れてしまっている。
一方勇者は、集まる生徒達と同様に本能の赴くままに歌っていた。
「わーすーれーがあああああたき、ふうううるうううさあああとおおおおおお」
マイクを通していることも忘れて、力いっぱいに歌っている。
それを見ている生徒達も負けじと声を張って歌う。
そうして、二回目の故郷一番が終わった。
「どんどんあげていくよー」
たんぽぽは頬を紅潮させながらも、口調は淡々としたまま。
ドラムはシンバルやスネアの間隔が細かくなっていく。
博士は口をぱくぱくさせ忙しなく弦を弾いていく。水無月は難しい顔のまま。
「うさぎおいしー、かのやまー! こぶなつりしー、かのかわー!」
音を細かく刻んで歌っていく。
ドラムとキーボードはちゃんと音を捉えて演奏しているが、
ギターはスピードについていくのがやっとで遅れ気味。
歌う方も遅れて歌っている声もしばしば聞こえるが、
ハチャメチャの渦巻きに勢いをつけるばかり。
いつの間にか豪健も美雪もお隣と肩を組んで、
身体を揺さぶり、声に出して自分のあるがままをぶつけていた。
体育館には破裂寸前までエネルギーが膨れ上がっていた。
「ゆめは、いつもめぐりてー。わすれがたきー」
そうして、キーボードの伴奏が止んだ。
ドラムもギターも止まる。
ふるさっ、と勢い付いた生徒の歌声が聞こえて、
体育館が一瞬静かになる。
キーボードの伴奏が最初の落ち着いた故郷のフレーズを奏でた。
「ふうー、るうー、さあー、とおー」
最後に優しく囁くようにたんぽぽが歌い添えて、演奏は終わった。
体育館中に膨れ上がったエネルギーは綺麗に破裂して、
その破片が生徒達の頭上に降り注いでいった。
エネルギー片に触れ、頭からつま先まで温かくなるのを感じ、
自然と拍手の輪が広がっていった。
「あなた、良い歌声ね」
温かな拍手に包まれながら有泉はマイクから離して、
困ったようにたんぽぽに微笑んだ。
「あなたも素敵な歌声よ」
たんぽぽもマイクを切り、有泉に言った。少しだけ笑って。
そうね、と有泉が目を閉じて納得したように頷いた。
「みんな、最後まで聞いてくれてありがとう! またね~!」
有泉はマイクを握り締め、ステージ前の生徒達に呼びかけた。
うおおお、ありがとう! お前ら最高だぜ! ピュウイピュウイー!
たくさんの野次と拍手に包まれながら、ステージ上の奏者は退場した。
「どうにか上手くいったな」
豪健はほっと胸を撫で下ろして、隣の美雪に呼びかける。
ぐすっ、と美雪は鼻をすすった。
えっ! 泣いている?
「どど、どうしたの?」
「え? あれ、涙が出てきちゃってる?」
美雪自身も困惑しているようだった。
豪健は懐を探る。
拭くもの拭くもの……。水モチしかない!
「その、辛かったことでも?」
「ううん、違うの。なんて言うのかな。
感情が、本能が、揺さぶられて、それが急に止まって、
ブレーキも効かず、出ちゃった」
えへへ、と泣き腫らした目で照れている美雪。
感じやすい子なんだな、と見ているだけでこっちにもうつりそうになり、
慌てて豪健は目を反らした。
「うん。何となく、気持ちはわかるよ。凄かったもんな、みんな。
勇者とか滅茶苦茶に歌ってたしさ。友塚もプロみたいな演奏していたし。
たんぽぽも普段からは想像つかないような歌声で」
「うん、うん」
豪健はとりとめもない感想を言っていく。
美雪は心が落ち着くまで、相槌を打った。
体育館の出入り口からは、茜色の西日が差し込んでいた。




