緑色のゴブリンの耳もけも耳
「私を強引に元の世界に引きずり込んだり、故郷に恩があるからと説得した癖に」
「それは……。うん、そうだったな」
たんぽぽに言われて気付かされる。
僕には僕の信念があって、それで親父を生き返らせるために、
現実世界を平和にするために、動いているのだと。
「あなたは、どうしてここに?」
美雪が恐る恐るたんぽぽに聞いた。
「暇な時はここに居る」
「暇ってお前、調理当番じゃなかったか?」
そうして改めてたんぽぽを見ると、
頭に先のとんがった細長い緑色の耳が付いていた。
「その緑色の耳は何だ?」
「ゴブリンの耳。宮下に作って貰った」
「突っ込みどころ満載だが、まず宮下には何て説明したんだ?」
「ゴブリンの耳を作って欲しい」
相変わらず眠そうな目で淡々と答えていくたんぽぽ。
「ダメだろ! 宮下は分からんだろうに」
「絵を描いて確認してくれて、私も修正したり材料集めたり、頑張った」
どこか得意げなたんぽぽ。
確かにこの世界にモンスターがいないとは言え、
ゲームや漫画の中にはモンスターが描かれている。
そういう知識を持ってきて宮下は付き合ってくれたのだろう。
この我がまま娘に。
「それにしたって、
お前もお前のお父さんにも因縁のあるゴブリンにしなくたって」
「モンスターに罪はない」
きっぱり言うたんぽぽに、豪健はため息をついた。
「そうかい。ちゃんと宮下にお礼を言ったか?」
「うん。たくさん」
「たんちゃんも豪君と同じ世界の人、なんだよね?」
横で聞いていた美雪がおずおずと尋ねる。
豪健は頷いた。
「そうだよ。モンスター大好きっ娘のたんぽぽ」
「アイラブモンスター。クズイズ人間」
「うわあ」
美雪が引いている。
たんぽぽは意に介さず続けた。
「私は元の世界に一刻も早く戻りたい。ここに居たら、尊さを忘れる」
「尊さ?」
「死んだお父さんと過ごしていると、忘れてしまう。
お父さんがこの世にいない事実を」
「たんぽぽ、その件についてだが、まだ決まったわけじゃない。
お前のお父さんが死んだのだって、
ガチャガチャを回しにダンジョンに入ったことが原因だろう?
だったら今からでも、ガチャガチャを回させないようにすれば良い」
調理当番の交代の時に言いそびれたことをたんぽぽに聞かせる。
「無理。私、お父さんのガチャガチャを回す理由が分かったから」
「それは?」
「この増えてしまった学園ウサギを一切失くすこと。
元はと言えば、自分の蒔いた種だからって」
たんぽぽは淡々と、しかしはっきりと口にした。
「え? たんちゃんのお父さんって、つば君のこと?」
目を見開いて美雪が驚いている。
「そそ、たんぽぽとつばきは、僕と勇者の関係に同じ。
でも、学園ウサギを失くすって、良いのか? モンスター馬鹿の親子が」
「この学園が潰れて人間が死ぬ事態は避けられるから」
「いつもは人間がゴミとか言っていても、ちゃんと最終的には守るんだな」
豪健が意地悪く聞くが、たんぽぽは眉一つ動かさない。
「人間が死ねば、生きていけない動物も居ることは事実。
そんなことよりも、勇者はどこ? デートしたい」
「それだけ聞くと一途な乙女のセリフだが」
「お昼を食べ終わったぐらいじゃないかなー。
うちらの教室の近くのお好み焼き屋で見かけたよ」
美雪がそう言うと、たんぽぽはこくんと頷いて、
屋上出口に向かって去っていった。
「まあ、いろいろ衝撃的な告白だったと思うけど、
これが言えたのも、さっきモッチーナに気付かされたからなんだ。
僕の知っていること全てが真実だとは限らないって」
無責任な言い方だけどさ、と豪健は俯く。
美雪はそんな豪健の手を取った。
「そんなことよりも、豪君とデートしたい」
顔を上げると無邪気に笑いかける美雪が居た。
「それだけ聞くと一途な乙女のセリフだが」
「その通りだよー」
豪健も笑いかけて、手を繋いだまま、二人は森を歩いて行った。
さて、次のデート場所は既に決めてある。
たんぽぽと勇者のデート場所、ライブ会場の体育館だ。
体育館は校舎を出たところにあり、
スノコ板の敷かれた渡り廊下を歩くとすぐに着く。
授業で何度か利用したっけ。
「なんか、歩く人がまばらだねー」
手を繋いで隣を歩く美雪が小首を傾げた。
「文化祭も終わりに近づいて来たからな。
出し物を回り尽してのんびりするか、一つの出し物に夢中になっているか」
「ライブもとっくに始まっちゃっているもんねー」
「下手したら体育館に入れないかもな」
「美雪は豪君と一緒に居られれば、どこだって良いけどー」
穏やかに微笑む美雪。
もうほとんどストレートに美雪は想いを伝えっぱなし。
遠慮が皆無だ。
体育館の入り口が見えてきた。
開きっぱなしのドアから重低音が漏れ出ている。
「また勇者にガチャを回すような働きかけがあっても困るから、
混んでいようが何としても中に入るぞ」
「はーい。じゃあ美雪ははぐれないようにちゃんと捕まっているね」
言うや否や、美雪は豪健の左腕に身体を絡める。
最近はこれが多すぎて、肘に当たる弾力の感触に慣れてきてしまっている始末。
後でモッチーナに気付かれて怒られるんだろうなあ、
と豪健は内心苦笑いしながら体育館の中へと足を踏み入れた。
ぎゅいーん、ぎゅいぎゅんキーーン。
けたたましいエレキギターの音が耳をつんざいた。
顔をしかめる豪健と美雪であったが、
余韻を残してそれ以上の音は聞こえてこない。
ぱちぱちぱち。ピュウーイ! ピュー!
いいぞお! かっこつけんなー! 素敵ー!
体育館は学園生徒で半分以上埋め尽くされており、
今演奏が終わったばかりのステージの生徒に向かって拍手喝采、
野次を飛ばしていた。
ステージで演奏していた四人組の生徒は、手を振りながら舞台袖に帰っていく。
「うわあ、前の方は生徒で埋め尽くされてるなあ」
「早いところ勇君とたんちゃんを見つけたいねー」
「そうだな、とさっそく発見」
「え、どこどこ?」
「ほら、ステージ手前に集まっている集団の右前に」
豪健はたんぽぽの背中の方角へ指差す。
黄身色の髪に白のメイド服、頭から斜めに飛び出た緑色のゴブリンの耳。
「さすがにあの後ろ姿は目立つわね」
「目立ち過ぎだが、監視もしやすい。僕達も右後方に行こう」
「うん」
豪健と美雪は集団の後ろにつけた。
ステージには、腰と肩を揺らしはしゃいぎながら駆け上がってくる
茶髪のやんちゃな男子生徒の姿が。
「さあて、次はいよいよ皆さんお待ちかね!
シークレットライブのお時間です!」
ステージのマイクを握って、高らかに言う。
それに合わせて、舞台袖から三人の生徒がぞろぞろと出て来た。
どこか見覚えのあるヤツら。
「見て下さい、この眩しい青色! もうお気づきですね。
青組オカルト部の皆さんになりまーす!」
イエー! 待ってたぜ! ピュウイーピュー!
オカルト部ができるのか! ゴスペル系か! ゾンビか!
拍手喝采に言いたい放題の野次も混じって、
体育館は盛り上がりを見せる。
「盛り上がってますね~。これも前の奏者さんのおかげですね」
マイクを受け取ったのは有泉。
トレードマークの青い蝶ネクタイはステージの上だとより様になっている。
「私達オカルト部がバンドを結成したのは、
皆さんと少しでも文化祭を盛り上げたいと思ったからです。
オカルト部だからって他の奏者には負けませんよ!」
強気なライブトークをしているセンターの有泉の右側には、
藍色のローブでお馴染みの水無月が、ギターにコードを刺している。
反対の左側には、白衣に水色の羽を纏った博士が
こちらもギターにコードを刺して準備中だ。
青い鳥め、一体何を考えているんだ?
「世界の隅っこに辿り着く日!」
タンタン、ドンタタターン。
三人の後ろにあるドラムが鳴り響く。
いつの間にかドラムを叩くひっそり登場した四人目のメンバー。
まっさら青空色の無地パーカーに、頭まですっぽりとフードを被っており、
その顔は確認できない。




