無駄っしょよ、それ
「うおっ、思っていたよりも暗いぜ」
勇者のおどおどとした声。
ここよりも暗い洞窟を何個も突破しておいて良く言うよ、と豪健が呆れる。
「きゃあっ、ドサクサに紛れてお尻を揉むなっしょ!」
「はっはっは、めんごめんご」
あの変態馬鹿親父! モッチーナに暗いのを良いことに手を出しやがって。
「あれ? 勇君とおモチちゃんの声がするね。二人も来たのかな」
「そうみたいだね」
豪健がどうにか怒りを抑えながら言う。
しかし、美雪にはバレバレだったようで。
「もう~、可哀想な豪君。おモチちゃんを取られちゃって」
美雪が甘えたように豪健の腕に密着し、耳元で囁いてきた。
ほんの少しドキッとする。
美雪も抜け目がない。
「僕には寝取られ属性はないみたいだな」
「そんな難しい言葉、よく知っているね~」
そう言いながら、美雪は豪健のお尻を揉んだ。
「おい、ドサクサに紛れて何をしている」
「慰めてあげようと思って」
まさか女の子にお尻を撫でられる日が来ようとは。
変にむずむずしてくるし。
これはまずい。
「勇者と同じことして、美雪は意外と似ているところあるぞ」
そう言ってやると、美雪のお尻を撫でる手が止まった。
寂しいような助かったような。
「似てないもん」
「美雪、お前に頼みたいことがある」
「えっ、なになに? もっと他の場所も揉んで欲しいとか?」
「馬鹿」
豪健は空いている方の手で美雪をデコピンした。
「いたっ、ひどーい豪君」
「今日の文化祭ラストのキャンプファイヤーで勇者を誘って欲しい」
「え~。えーー」
おでこを押さえて、心底嫌そうな声を出す美雪。
「ま、まあ。急に言われても困るだろうから、ちょっと考えておいて欲しい」
「……美雪は、豪君に絶対服従なので?
やれと言われれば、何だってやっちゃうけどさー」
口を曲げてそんなことを言っている美雪が酷く可愛く見えた。
思わず頭を撫でる。
「あはは。ありがとうな」
「その代わり、今日はながーく、美雪と一緒に居てね?」
「オッケーオッケー。さて、二人の動向を探るぞ」
「可愛いおモチちゃんが気になっちゃうもんね~」
むくれながら言う美雪。
どんどん自分が酷い男になっていくのを感じながら、
豪健は掲示板の端から入り口の方を見た。
二人の姿は薄暗くてはっきりと捉えられないが、
黒いシルエットがこちらとは別の方へと向かうのが見えた。
「あそこに占いの館とあるな」
「この薄暗いのに、良く見えるっしょねー」
「俺は昔から目は良いんだぜ?」
「そうだったっしょねー」
二つの黒いシルエットは、大きく四角く囲われた黒幕カーテンの前に立った。
「占い希望ならどうぞお入り下さい」
黒幕カーテンの中から、良く通る綺麗な声が聞こえた。
望月と豪健は、その声の主が誰だか分かる。
青い鳥の一員、有泉だ。
「よーし、さっそく二人の愛を占って貰おう!」
「いつからこんなに威勢が良くなったっしょね~」
勇者は勇ましい足取りでカーテンを潜る。
その後を、足取り重く望月が続いた。
「本当に勇者のヤツ、
いつの間に物怖じせず女の子の相手をするようになったんだ。
あっ、まさか、ガチャを回したんじゃ」
豪健は口に手を当てて、息を飲んだ。
「それは無いと美雪は思うなー。最近、誰かさんの差し金で、
勇君、いろんな女の子とデートしていて、それで調子に乗っているんだよー」
「そ、そういうことなのか?」
勇者が自ら動いてくれるのであれば、結果オーライ。
こちらとしても誘導が楽なのだが。
「今日は何を占いましょうか?」
「じゃあ、二人の未来永劫続く愛について」
黒幕カーテンの向こう側から、勇者のウキウキと弾む声が聞こえてくる。
こう、モッチーナと二人で居られると、腹の底から苛立たしく思ってしまう。
今すぐカーテンを剣で叩き斬って突入したい。
「わかりました。それでは、彼氏君と彼女ちゃんは
この水晶の上に手を重ねて、かざしてみてください」
「誰が、彼氏彼女だって~。しかも手まで繋いで」
血が出そうなほどに拳を強く握る豪健。
「豪君、気持ちはわかるけど、美雪がついているんだから。
和やかに見ていようよ」
その握り拳を優しく解くように包む美雪。
美雪の温かい手に豪健は目を覚まし、心に安らぎが戻る。
「そうだったな。悪い」
「ううん」
「それではこの水晶の向こう側に、あなた達の未来の愛を透視します。
熱い想いを手のひらに込めて下さい」
「わかったぜ。ふぬぬ、くぬぬぬぬ、ごおおおおお」
勇者は気合十分に想いを込めている。
隣の望月は道場の剣術修業のことを思い出していた。
まだ剣を始めたばかりの頃、師匠のけんちゃんのお父さんに
こうやって手を握って貰って、剣の振り方を教わったっしょ。
振りかぶって斬って、さらに投げる。力の入れ具合、身体の使い方。
あの頃に比べたら、大分自由に剣を扱えるようにはなったっしょよ。
そう望月が懐かしんでいると、水晶の中にピンク色の煙が出始めた。
「おお、見える。見えます。手を繋ぎ、仲睦まじく歩く、
旦那さんと奥さんの姿が」
「だ、誰が、旦那さんに奥さんだって」
豪健は望月から借りていた短剣の柄に手をかけた。
「豪君、落ち着いて、ねっねっ」
飛び出しそうになる豪健を、美雪が腕にしがみついてなだめる。
ふう、ふう、と肩で息をしている豪健。
「うおおお、マジ? マジですか! 俺の運命の人はここに居たのかあ。
いやあ、豪健に悪いなあ」
すっかり舞い上がっている勇者の声。
何が悪いだ馬鹿親父。
悪いと思うなら死んでくれ!
……。
死んでいる親父を生き返らせるために動いているのに、死んでくれはないな。
ちょっと落ち着け。
「浮かれるのは早計だわ。明るい未来の道にも一筋の影が見えている」
「一筋の影?」
「そこの可愛い奥さんの心が、本当に旦那さんのモノか、ということね。
これを取り去らなければ、影は消えず、あなたに未来は無い」
「俺は、どど、どうすれば良い?」
そうねえ、と有泉は目を細くさせて水晶を覗き込む。
「この影は濃く、並大抵のモノじゃあ取り去ることはできないわ。
そう、ガチャガチャを回す以外には」
「ガチャガチャを回せば、望月ちゃんの心を手に入れられるのか!」
「当然。ガチャガチャ様の力は無限大。
回せばあなたの未来が拓かれることでしょう」
は~反吐が出る、と豪健は足に力を入れた。
モッチーナの心を思うがままにするために、ガチャを回すだって?
そんなことをしたら、本当に僕は親父を、勇者を殺しかねない。
大体、ガチャを回したら魔王が復活するのだから、
イコール親父は死んで未来がなくなるというのに、
いけしゃあしゃあと未来が拓かれるとは良く言えたもんだ。
あっぱれ青い鳥。
どうする?
立ち位置は有泉の背中側だ。
怒りに任せて剣を突けば、カーテン越しにこのペテン師を簡単に殺せるが。
殺すか。
豪健の心はもう既に突き殺す側に傾いていた。
しかし、腕に身体ごと巻きついている美雪によって、かろうじて留まっている。
「無駄っしょよ、それ」
望月が冷たく言い放った。
「え?」
「もしかして、ガチャガチャ様の力を奥さんは疑われているのかしら?」
有泉が強気に聞くと、望月は顔を横に振った。
「いいえ、疑う余地は無いっしょ。あたいの心はきっと、
ガチャガチャの力で勇者のことが好きになります」
「そして素晴らしく明るい旦那さんと奥さんに訪れると」
流暢で鳥の奏でるような有泉の声色は、
真に明るい未来が約束されているように思わせた。
しかし、望月はその言葉を聞いて鼻で笑った。
「分かっていないっしょね~。あたいの心はどんなに力で捻じ伏せられても、
けんちゃんのモノなのに。あたいはけんちゃんを愛しているのに、
どうしてその重さが分からないのですか?」
「分かっていないのは奥さんの方よ? 重さなんて関係ない。
ガチャガチャ様の力の前では」
「関係あるっしょよー。あたいの心は今もこうして、
けんちゃんに寄り添っています。あたいがあたいで在り続ける、
その最後の時まで、あたいの心はけんちゃんの下から動きません。
思いっきり暴れて、喉が焼かれても叫び続けるっしょ」
「それでも」
「それでもガチャガチャを回してあたいの心を強引に勇者へ動かしたとして、
果たして勇者の心は受け入れるっしょか?
嫌と言うほど、勇者の心には刻み込まれているはずっしょよ。あたいの重さが」
望月の話し方に、いつもの軽さ、調子の良さは皆無だった。
声のトーンは低く、静かに言葉を吐き出していく。
相手の首を絞めるような、重々しい空気が充満していく。
「そ、そうね。そこまでの愛なら、占う必要も無いわ。出て行って頂戴」
有泉の声はかすれ気味で、搾り出すようにそれだけ言った。
「わかったっしょ。占い、ありがとうございました」
「お、おい。待てよ」
望月は一礼して、軽やかに黒幕カーテンを開けて出て行く。
その後を勇者が慌てて追う。
「手強いなあ」
有泉はぼそっと呟く。
本当にね、と美雪は心の中で呟いた。




