息子の顔よりゲーム画面
「さあ、行こう。あんまりここでのんびりしていたら、また襲われる」
たんぽぽの肩を叩いてやると、ゆっくりと立ち上がった。
身体に上手く力が入っていないようだが、歩くことはできそうだ。
敵も強くなってきているし、いざとなったら僕も戦おう。
先を歩き出すモッチーナ。
僕とたんぽぽが並んで、その後についていく。
しかし、通路の角でモッチーナが足を止めた。
「どうした、モッチーナ?」
「……」
呼びかけても、モッチーナは返答しない。
不穏に思い、早歩きで追いつく。
「おい、またゴブリンか?」
肩に触れようとした時、その肩が僅かに震えていることに気がついた。
すうっ、と息を吸ってその肩が上がり、すとん、と戻る。
「人が、倒れています」
モッチーナの肩から覗くと、聞いた通り人が倒れていた。
いや、倒れていたなんて生易しい状況ではない。
大量の血は既に流れた後で、右腕の肘から上がちぎれて
壁に血のりと一緒に張り付いていた。
うつ伏せ状態で、通路の角に左手を伸ばそうとして息絶えている。
「こいつは、また」
背中の、斜めに深く抉られたこの跡が、致命傷となったか。
「酷いやられ様です。さっき角から出てきたゴブリンっしょ」
ハッ、と耳元で息を飲む音。
ゆっくり振り向くと、両手で口を押さえた、たんぽぽが居た。
目を見開いて。
「お、お父さん?」
吐息のような小さい声。
そのまま、引っ張られるように歩んでいく。
間違いであって欲しい。
彼女は、ついさっき絶望したばかりなのだから。
身体が崩れたのか、近寄ったのかわからない。
倒れこむように死体に接近し、その顔を見る。
「はあっ。あっ、ああ」
詰まり気味の呼吸。
間違いではなかった。
その死体は、たんぽぽが探していた自分の父親だった。
乾いた涙の跡が、再び湿っていくのを見て、僕は唇を噛み締めた。
許せない。
ダンジョンガチャが、許せない。
人を悲しませて、何が娯楽だ。
この涙を見ろ! この無残な死体を見ろ!
ぶっ殺したい。身体の奥から止め処なく溢れてくる、破壊衝動。
爪が割れそうなほど、強く拳を握る。
その手に、暖かいモノがかぶさった。
「あたいも、同じっしょよ」
手を包み、上目遣いで見てくるモッチーナが、切なく燃えていた。
僕は力強く頷いて、うずくまっているたんぽぽの前へと出た。
懐から愛用の剣を取り出して、構える。剣が冷たく燃えている気がした。
モッチーナもくるりと反対を向いて、前に短剣を突き出した。
僕らは背中合わせで警護する。
たんぽぽの気持ちが、無理矢理にでも収まるまで。
その後、何体かゴブリンが襲い掛かってきたが、
モッチーナと協力して退治していった。
十体目を倒した時には、
たんぽぽは半ば放心状態ながらも歩けるぐらいにはなった。
細心の注意を払ってダンジョンから出る。
外に出ると、既に空は薄らと明るかった。
「じゃあ、さようなら」
「おい、お前」
さっと踵を返して帰路に着くたんぽぽに、僕は慌てて呼びかける。
「今日はありがと。でも今は、一人にさせて」
そう言って、スタスタと歩いていってしまった。
「ま、変な子は親が死んだぐらいじゃあ直らないっしょ」
「ぐらいって、親が死ぬよりも悲しいことが、あといくつあるんだ?」
「あたいが死ぬ、とか?」
自分を指差して、白い歯を見せるモッチーナ。
ばーか、と頭をくしゃくしゃに撫でてやる。
「ふにゃあ、か、髪が、乱れるっしょー」
くすぐったそうに笑っている。
ふっと小さく息を吐いて、僕は手をゆっくり動かす。
「今日は、ありがとうな」
「ううん、おやすい御用っしょ。けんちゃんもお疲れ様です」
眩しそうにモッチーナが微笑む。
ほんとにその笑顔が眩しくて、僕は目をそらした。
「お、おう。すまんが、また頼む」
「ドンとこいっしょ」
胸を張っているモッチーナに、再び激しく頭を撫でて、僕達も帰路に着いた。
街中でモッチーナと別れると、急激に身体が重くなる。
いくら普通の人より何倍も強いからって、女の子だ。
いざという時は、僕が守らないとだし。
モッチーナの最悪の事態とか、考えたくもない。恐ろしい。
身体を引きずって城に戻る。
自室に入って、そのままベッドに倒れこんだ。
まどろみの中で、もう一度モッチーナの眩しい笑顔が浮かんできた。
太陽が高くのぼる頃、むくりと起き上がる。
窓から差し込む日が目に染みる。
とりあえず、軽く昼食を食べようか。
部屋を出て下に降りると、メイドさんとばったり出くわす。
「あ、豪健様。丁度、昼食について伺うところでした」
「そっか。軽くパンを食べたい。庭に居るから持って来て欲しい」
「かしこまりました」
頭をぺこりと下げて、キッチンへと向かう。
僕はボサボサの髪の毛のまま、城の庭へと向かった。
噴水を横目に、ひときわ大きな樹の木陰へ入る。
そこには椅子と丸いテーブルがある。お気に入りの場所。
座ろうとしたところで、先客を見つけた。
「よお、息子よ」
「息子の顔を見ずに、ゲームとはね」
「朝帰りの息子が今起きてどんな顔をしているかなんて、わかりきっているさ」
持っていたゲームの液晶画面から目を離して、にやにやと見てくる。
ため息をついて、向かいの椅子に座った。
「どうしてそれを」
「ダンジョンガチャを引きに行った友人から聞いたんだよ。
お前、望月ちゃんと一緒に居たんだってな」
「そうだよ」
「可愛い女の子と冒険。良いなあ。昔を思い出すぜ」
人の気も知らないで、呑気なモノだ。
「あっそ。だったら、昔に戻ればいいじゃん」
「そうはいかない。その何倍も辛いことがあったんだ。
豪健、この世で一番信じちゃいけないのは、思い出だよ」
「そんな寂しいことを息子に吹き込まないで欲しいな」
「ちなみに、一番信じられるのは今だ。お前がRHLに手を出してくれて、
俺は嬉しい。ガチャ引きまくって、早く俺に追いついてくれよな」
「だから、ダンジョンガチャを引きに行ったんじゃないって」
僕が煩わしそうに反論したところで、メイドさんがイチゴジャムを塗った
トーストを持って来てくれた。ナイスタイミング。
「む、そうなのか? てっきり俺の布教活動が実ったかと思ったが」
「父さんのRHLの説明は耳にタコだよ。勇者をここまでハマらせるなんて、
本当に良くできたゲームだね」
「いや、そういうわけでもない。所々に不具合はあるんだ」
僕がトーストをかじっていると、珍しく父さんがRHLの欠陥を喋り出した。
「時々、キャラクターの腕とか脚とかが透けることがあるんだよ」
「透ける?」
そうだ、とゲーム画面を見ながら父さんが言う。
「昨日の深夜も、文化祭の片づけをしていたところで、クラスメイトの一人が
足元からすうっと幽霊みたいに消えちまったんだ」
「へぇ~」
「そいつは一週間ぐらい前から、ちょくちょく手とかは透けていたんだけどな。
とうとう居なくなっちまって。何だったんだろうな、あれは」
不思議そうに小首を傾いでいる。
「その消えた人の名前はわかる?」
「ああ。つばきって男子生徒だよ」
つばき、と僕は小さく口にしてみる。
聞き覚えはないが、何かが引っかかる。
トーストをバリバリ食べて、僕は立ち上がった。
「ちょっと出かけてくる」
「おう、今日も死ぬなよ」
「はいはい」
父さんはゲーム画面を見たまま、手だけ振って送り出した。
ふん、今のうちにRHLを堪能しておけば良いさ。
さっさとぶっ壊してやるからよ。