この世の楽園へ、今一度勇者と冒険するのだ!
「なあ、美雪」
豪健はすぐ隣で折り紙を切っている美雪に話しかけた。
「ん~? なあに、豪君」
美雪がお尻をくねらせて、肩を寄せてくる。
「ちょ、ちょっと、引っ付きすぎ」
「ただのスキンシップだよ~」
そう言いながら頬っぺたを人差し指でツンツン突いてくる。
「……明日の美雪の当番はいつだっけ?」
「えーとお、確か豪君と同じ朝一番だよ」
「じゃあ、その後にデートをしようか」
「えっ、本当? わあ、わあ、嬉しいなあ」
急激に昇ってくる歓喜に混乱しながら、
美雪はとりあえず豪健に抱きついた。
「ば、馬鹿。抱きつくなって」
「こら~! そこ! 手を止めて、何いちゃいちゃしてるだー!」
抱きつく美雪を発見し、友塚が声を上げて怒っている。
怒りのあまり、変になまっていた。
「ただのスキンシップだよ~」
美雪はますます豪健の身体に強く抱きつく。
右肩に押し付けられる柔らかい感触に、豪健の頭はピンク色に染まっていく。
友塚は軽くため息をついて、近くに居た勇者に糊を預けた。
そうして、がに股でのっしのっしと豪健に抱きつく美雪へと向かう。
「スキンシップならあたしとだって、やってくれるよね?」
「えっ?」
身の危険を感じて美雪は身構えようとするが、
それよりも早く、友塚は美雪の後ろから抱きついた。
ふうっと耳元に息を吹きかける。
「あんっ、ってやめ、耳はやめてえ!」
一瞬美雪から艶かしい吐息が漏れた。
その悲鳴も美味しいエサだと言わんばかりに、ウサギの耳をぴんと立てる。
悪戯な笑みを浮かべて、友塚は人差し指を脇の下にすーっと落とした。
「ひゃんっ」
甲高い美雪の鳴き声。
強く抱きつかれていた豪健は、美雪の力が抜けていくのが分かった。
チャンスだとばかりに美雪の拘束から抜け出し、豪健は静かにその場から離れる。
「うへへ。何か、この世の楽園が広がっているな。ふひっ」
すぐ隣から気持ちの悪いしのび笑いが聞こえた。
勇者だった。
「お前、鼻を伸ばして酷い顔になってるぞ。もっと凛々しく」
「馬鹿野郎! あれを見て冷静で居られるか!」
勇者が豪健の背後を指差す。
つられて見ると、今や撫でられまくった猫のように
仰向けでメイド服も乱れた、あられもない美雪の姿があった。
友塚は友塚で追撃の手を緩めず、身をよじって逃げる美雪を
執拗にくすぐっていた。
「勇者」
「ん?」
「僕が悪かった。この世の楽園が広がっていた」
「だろう? ここは楽園だってんだ。って、おおスカートがめくれて!」
「おお! あと少し、あと少しで!」
豪健と勇者は並んで姿勢を低くし、顔を前に突き出した。
あの際どいメイド服のスカートの裏地、白いひらひらまで見えて。
その奥の秘境へ勇者と共に、今一度冒険するのであった、
と豪健は煩悩の語り部となった。
「あのお」
「よし、そこだ友塚」
「あのお~」
「目に涙を溜めて、良い表情だな美雪」
「あの! ふざけないで下さい!」
突如として美術室に響き渡る甲高い怒声。
黒板の前で目を瞑って必死に怒りをあらわにする、宮下だった。
いつも大人しい宮下が大きな声を出し、
豪健らはショックで黙りこくってしまう。
「ここは美術室です! ちゃんと美術の作業をして欲しい、かも」
語尾の方では、いつも通りの俯き気味な小声に戻っていた。
静粛に包まれる美術室。
「ごめん宮下」
「ああ、悪かったぜ」
ぽつりぽつりと謝罪の言葉が聞こえ始める。
「正論よね」
「さあて、続き続きっと」
そうして各々がそそくさと作業を再開した。
その様子がおかしくて、宮下は小さく笑みを零しながらチョークを握り直した。
宮下の喝により、その後の作業は素晴らしく順調に進んだ。
残った折り紙は全て小さな正方形へと姿を変え、
宮下の描いた白いチョークの虹の橋は、カラフルに色付けされて完成した。
「虹、これで貼り終わりだ」
「こっちも窓枠、全て貼ったわ」
「よし、これで完成か?」
「ゆうちん、もっと黒板の全体を見たらどうなの。
中央の部分がまだ終わってないでしょ」
友塚が呆れながら指摘する。
その中央の部分というのは、宮下がさっきからチョークで書いているところだ。
大きさは丁度宮下の全身ぐらい。
「宮下、他は全部指示通りに折り紙を貼れたが、そっちはどうだ?」
「うん。もう少しで、ここだけ書いて……。
よしっ、これで下書きは全て完了した! かも」
晴れやかな顔をして、黒板から一歩身を引く宮下。
「やった! じゃあ、さっそく折り紙を貼ってっちゃおう!」
「あ、そうだ。モッチーナを呼んできても良いかな?
あいつも作るの手伝っていたし、完成の時にいないんじゃあ寂しいかなって」
「むー、仕方ないわね。とっとと行って来たら良いわ」
美雪が目を細めて言う。
「ごうちんに心配して貰えて、もっちんが羨ましいなー」
「別に、モッチーナだけじゃないけどな」
「いやあ、もっちんを心配している時の、ごうちんの目は特別に」
「も~、さっさと迎えに行って欲しいわ!
じゃないと、戻ってくる前に完成させちゃうんだから」
美雪が意地になって折り紙を素早くぺたぺた貼りだした。
「分かったって。みんな、ありがとう」
豪健はお礼を言って、美術室を後にした。
校舎から出ると、空は夕日が沈んだ後で、深海のような濃い青色をしていた。
それでも砂の地面、中央のトラック、外側の白いテントを視認することはできた。
さらに校庭の真ん中には大きめな木材が積みかけてある。
「今朝はなかったはずだけど、あれは何だろう」
豪健は木材に目を奪われながらも、望月が以前鍛錬をしていた
走り高跳びの練習場へと歩いていた。
予想通り、望月はぶ厚いマットに向かって空高く飛んでいた。
「よお、ゲームの世界でも精が出るね」
「けんちゃん! 良いところに来たっしょ!」
マットの上で倒れていたモッチーナが顔を上げた。
「良いところとは?」
「もちもち剣第五巻の動きができたっしょ!」
傍らに落ちていた短剣を天に突き上げて、自信たっぷりに望月は言った。
「まさか、モンスターのいない世界でよくできたな」
「何事も日々の鍛錬が大事っしょよ。ちょっとそこで見ていて下さい」
望月が立ち上がって、マットから降りた。
ん? 良く見ると、マットには幾つかの小さな穴が空いている。
これは、何だろう?
「もちもち剣第五巻、良く見ているっしょよー!」
両手で短剣を構えてから叫ぶ望月。
そうして助走を始めた。
タッタッタッタ、と軽快に地面を蹴る音。
マットの手前でタタン、と跳ね上がる。
背中から身体を捻って、宙返りの形になる。
脚が天を向く直前、望月は足首を二度三度振った。
スカートの中からもう一本短剣が飛び出す。
それを両足首で挟み込んだ。
海老反りの体勢になり、望月は両手の剣で空を斬り裂いた。
さらにそのまま身体を回転させていき、
両足首で挟み込んだ短剣を天から刺すように、マットへと突き立てた。
「ど、どうだったっしょか?」
一連の動作が終わってマットに倒れこんだ望月が、
すぐに身体を起こして豪健に感想を求める。
「なんか、すげーな。アクロバットな動きというか、サーカス見ている気分だ」
「そうっしょそうっしょ」
鼻高々な望月。
「しかし、動きが複雑で、実践で使えるのかって疑問はあるんだけど」
「それは仕方ないっしょ。この技は、もちもち剣第四巻までで
対応できそうに無い時に使いますので」
「なるほど。使う場面も、限定的ということなのか」
「見ての通り、第五巻は空中での動きがメインになるっしょからね。
おそらくは空中戦で使うことになりそうです」
マニアックな場面だ、と豪健は軽口を叩きながらも内心では焦っていた。
モッチーナはオリジナルな剣技を作っていって、着実に実力を上げている。
一方自分は呑気にアイテムを売ったり、美術の作品作りを手伝ったり。
剣士とはまったく関係のないことばかりしている。
こんなことならインディゴカジノに行く前に、
例の酔っ払いのシスターを叩き起こして、剣士に戻して貰えば良かった、
と後悔し始める豪健であった。




