金色の猫耳はご立腹
宮下も大分、勇者のツボが分かってきたみたいだな。
豪健は自分の胸を抑え、なるべく猫耳メイドの宮下を見ないようにしながら、
調理場へと急いだ。
「瀕死の兵士って感じね」
教室後方の調理場へ行くと、さっそく友塚の悪態が歓迎した。
「ああ。凄まじい破壊力だった」
「やっぱり、みやちんが一番メイド服が似合っているもんね」
にしし、と歯を見せて笑う友塚。
「しかし、勇者にネタばらしをしたのはちょっと意外だったな」
「ごうちんなら上手くやるって思ったからねー。
実際、こうしてゆうちんの代わりに来てくれたわけだし」
友塚は悪戯っ子な笑みを浮かべて、肘で突いてくる。
「まさか、全て計算して」
「そうそう。調理担当もごうちんと二人っきりになれたわけだし」
友塚が豪健の腕に、控えめに身体を絡ませてくる。
「……やっぱり腕に物足りなさを」
「ナイフで刺すよ?」
「わ~、僕はなんて幸せ者なんだ。ともちんと二人っきりの調理当番」
「あの変な告白の分も合わせて、ちゃんとこき使ってあげるね?」
満面の笑みでそう言ってくる友塚。
豪健は乾いた笑いしか出てこなかった。
その後、友塚の宣言どおり、豪健は散々こき使われながら調理当番を過ごした。
たんぽぽとつばきがやってきて、ようやく当番を交代し、
くたくたになりながら豪健は教室を後にした。
「ほんとに疲れた。ほんとにこき使ってくれた」
「もう、仕方ないじゃない。あたしは半分接客もしていたんだし」
ウサ耳メイドの友塚は接客の人手が足りない時に、
率先して前へと繰り出していたのだ。
「おかげで、調理はほとんど僕一人でやっていたぞ」
「ごうちんの盛り付け、結構評判良かったよ?」
「神経使ったんだって。スイーツだけ不細工だったら困るだろう?」
「それって、遠まわしにあたしのことを可愛いって言ってくれてるの?」
友塚が控えめに頬を染めながら聞いてくる。
「宮下のヤツ、ちゃんと黒板に下書きを描けているかな」
「ちょっと、無視しないでよ!」
「ははは。みんな可愛いよ」
「そういう女の子垂らしな発言、二人の時に普通する?
嘘でも、ともちんが一番可愛いよって」
「一番メイド服が可愛いのは宮下だけど」
「お馬鹿さん! どうして正直に答えるのよ!」
友塚が頬を膨らませて抗議する。
あはは、と豪健は肩の力を抜いて笑った。
勇者とだけかと思っていたけど、
こういう気の置けない雰囲気に自然となるのがともちんの魅力なんだな。
そんなことを思いながら、豪健は美術室の扉を開けた。
「おおっ、随分と進んでいるな」
黒板を見て、豪健は感嘆する。
白いチョークで、黒板中央を左から右にかけて太いアーチが描かれていた。
アーチは何本も線で分けられており、折り紙の色の指定が端に書かれている。
そして、宮下の隣では勇者が下書きに沿って折り紙を貼っていた。
「豪君、ともちん、当番お疲れ様」
チョークを持って黒板の前に立っていた宮下がこちらに気付いて、
頭を下げる。
「虹の橋の下書きはできたみたいだな」
「うん。虹に関しては勇者君に折り紙を貼っていって貰ってる」
「糊でちゃちゃーっとね」
「今更だけど黒板に糊って大丈夫なのかしら」
友塚が小首を傾げて聞く。
ウサギの耳もこてんと曲がる。
「うん。水で落ちる糊だから、
最後に濡れタオルで片付ければ大丈夫、かも」
「その四角い枠みたいなものは何?」
虹を囲うように四角い線が描かれており、
豪健は気になって指差しで聞く。
「これは窓枠。教室の中から窓の外にある虹を眺める、
という絵をイメージして欲しいかも」
「そういうことかあ。面白い構図だね!」
手を叩いて納得してる友塚。
「ちょっと勇君! こんな不細工な台形がどうして出来上がるのかしら」
美雪が声を上げた。
その手には正方形とは程遠い、上辺が僅かしかなく下辺が長い台形に切り取った
黄色の折り紙をひらひらさせていた。
「えー、それを俺が切ったって証拠でもあるのかよ?」
折り紙へ糊を付けて黒板に貼りながら、勇者は反論する。
「ばっかじゃないの? ここの橙系統を担当していたのは勇君だけでしょ?
自分のやった作業も把握できてないなんて、脳みそ入ってる?」
「い、いや、入ってるだろう」
「しかも、せっかく付けた折り目を無視した切り方。
脳みそ入っているのなら、指が骨折でもしていなければ説明がつかないわ。
説明つけるために、いっそ指の骨を折らしなさい。
ほら、こっちに指を持ってきて」
「指折ったら、折り紙を貼れなく」
「いや? いやならこの椅子の下に指を置きなさい。
美雪が思いっきり乗って指を潰してあげるから。ほら、早く。ほら」
きっと勇者の雑な仕事ぶりに、ずっとイライラしていたのだろう。
美雪は発散するかのように、次から次へと罵声を浴びせた。
勇者にはあまり効果がないであろう罵声を。
「あ、あの。勇者君の切った折り紙も場所を選べば使えるので、
そのままで大丈夫、かも」
椅子をバシバシ叩いている美雪に向かって、
怯えながらも宮下が声をかけた。
「はあ。宮ちゃんがそういうなら良いんだけどさあ。
やっぱり勇君の味方をするんだね。美雪だけ敵なんだわ」
ため息をついてふてくされる美雪。
ぷぷっ、と友塚が噴き出した。
「可哀想なみゆちん。あたしが慰めてあげよっか?」
「あんたに慰められるぐらいなら死を選ぶわ」
ふんっとそっぽを向く美雪。
友塚は近寄っていく。
「おーよちよち、辛かったでしゅねー」
そう言いながら頭を撫でてやる。
美雪の頭に付いた金色の耳がくすぐったそうにおじぎをする。
「勝手に触らないで! 美雪に触って良いのは豪君だけなんだから」
友塚の手をパシッと払いのけた。
「つれないな~みゆちんは。
でも、これだけたくさんの折り紙を切ってくれてありがとうね」
友塚は色ごとに纏めらた、切った折り紙を見る。
小さな山ができており、まだハサミの入っていない折り紙は残り僅かだった。
「うん。ともちんの言うとおり、勇者だけだったらこれだけの成果はなかった。
美雪が勇者の仕事を監視しながら、手際よく進めてくれたおかげだよ」
ありがとう、と豪健も笑顔でお礼を言った。
途端に美雪がスカートをはためかせて慌てる。
「そ、そんな大したことじゃないわ」
「へぇ~、ゆうちんの指詰めようとしたぐらいイライラしてたのに?」
友塚がニヤニヤしながら美雪の顔を覗き見る。
「イライラなんてしてないわ!」
「えー、今もしてるじゃん」
「おいおい、喧嘩してないで、さっさと残りの折り紙も切ってくれよ」
勇者がやれやれと声をかける。
その言い草に、美雪は再び頭に血が上った。
金色の耳もぴくぴくと怒りで微動する。
「あんたの雑な仕事のせいで、もう!」
「すまん、本当に勇者が苦労をかけた。ここからは僕も手伝うよ」
「ご、豪君が謝ることじゃないわ」
「良いんだ。謝ることなんだ。
まだあの約束も果たせていないのに、迷惑ばかりかけてごめん」
「あの約束?」
友塚が小首を傾げた。
ウサギの耳も一緒に傾げる。
聞かれた美雪は、腰に手を付けて仁王立ち。
いつもの自信溢れる姿を取り戻した。
「そんなの、秘密だわ。豪君と美雪だけのね」
「えー、何よそれ」
友塚が恨めしそうに豪健を見やる。
「まあ、そういうことだ。さっさと作業を再開しよう」
豪健もそれを公言するつもりはなく、しゃがみこんではさみを持った。
折り目に沿って折り紙を切りながら豪健は頭の中を整理する。
美雪との約束。それは文化祭期間中にデートをするというものだ。
一日目の今日はもう終わろうとしている。
どこの出し物もあと少しで終了だ。
だったら、明日一番に。
いや、明日一番には当番の仕事があったから、それが終わってからだな。
それと忘れてはいけないのが、勇者のデートノルマ。
五人の女の子とのデートだ。
今日は夏目と友塚と宮下も入れて三人か?
とにかく文化祭最終日の明日中に最低二人の女の子とデートをして貰わねば
世界は魔王の手に落ちる。親父も死亡確定。
気は進まないが、美雪に勇者とデートをして貰うよう頼まないと、かな。
「あれ、そういえばもっちんの姿が見えないね」
友塚も勇者と並んで糊付けし始めてから、辺りを見回した。
「トイレにでも行ってるんじゃないか?」
「いえ、望月ちゃんは剣の鍛錬があるからと、校庭の方に行ってるかも」
「え、良いのか、それ」
豪健が眉を寄せて宮下に聞いた。
「折り紙もほとんど切って、後は黒板に貼っていくだけなので、
それぐらいなら良いと」
「おモチちゃんの剣狂いは直しようが無いわ」
美雪は呆れながら、素早くはさみの刃を入れていく。
まあ、いつ戦闘があるかもわからないし、仕方ないのかな。
今の僕は商人で、モッチーナがパーティの戦力を支えている。
文句を言える立場ではない、と豪健は思い直して残りの折り紙に手を伸ばした。




