あなたのご主人様
「おかえりなさいませ、ご主人様」
宮下がぎこちなく笑いながら、そう言ってきた。
豪健は成功に油断していたところだったので、心が持っていかれそうになる。
「お、おう。ただいま」
どぎまぎと返事をする豪健に、宮下は得意そうに聞いてきた。
「上手く、やれたよ?」
その上目遣いも誇らしげで。
猫耳も心なしか撫でて欲しそうに垂れている。
豪健は手を伸ばしかけて、すんでのところで引っ込めた。
いかん。これをやるのは勇者だ。僕じゃない。
しかし、宮下はメイド服が本当に良く似合う。
うちに雇いたいぐらいだ。親父に頼んだら絶対オッケーでるぞ。
って、アホなことを考えている場合じゃない。
親父は今のところは死んでいるし、僕は世界を救っている途中なんだ。
とりあえず、撫でる代わりに言葉で。
「凄いな宮下。やればできるじゃないか」
「ううん。豪健君がちゃんと注意を引き付けてくれたから」
「僕なんて大したことはしていないよ」
「だって、まさか本当に告白をするなんて」
ふふっと場面を思い出したかのように、宮下が小さく笑った。
「告白まがいなことな」
「後でともちんに怒られるかも」
「覚悟しているよ。さっ、僕たちもお好み焼きを食べよう」
豪健は宮下がすり替えてきた真っ赤なお好み焼きに手を伸ばした。
その手の甲に宮下が手を置く。
「ううん。このお好み焼きは私が食べる」
「え? この赤いお好み焼きをか?」
「だってタバスコ入りでしょ? それ」
「だからこそ僕が食べないと」
豪健は困惑しながら言う。
宮下は優しく顔を横に振った。
「私が食べたいの。このお好み焼き。私の我がままに付き合ってくれたんだし」
「で、でもさ、ともちん、加減とか知らないだろうし、結構辛いと思うよ?」
「大丈夫。こう見えて、私、結構辛いの得意なのかも」
そう得意な笑みを浮かべて、豪健の手を無理矢理押し返した。
「分かったよ。ただし、ダメだったらちゃんと言うんだぞ?」
「ふふっ、豪健君って私のお父さんみたい」
宮下はそう言いながら、自分の豚玉と
豪健のタバスコ入りニンジントマトパプリカさつまいも玉を交換した。
お父さんって、ゲームの世界のNPCにも親っているんだな、
と豪健は妙な感心をする。
宮下は一口サイズに全てを切り分けていく。
普段から絵を描いているだけあって、器用で素早く滑らかな箸さばきだった。
「では、改めて、いただきます」
「あ、うん。いただきます」
豪健は後ろ髪引かれる思いをしながらも、豚玉のお好み焼きを口に運んだ。
さすがにほかほかではなかったが、温いながらも味はしっかりとしており、
お腹が減っていることも手伝ってすいすいと箸が動く。
そうして食べながらも、宮下の様子をちらちらと伺う。
少しでもきつそうな兆候が見られたら、すぐに代わろうと豪健は思っていた。
「うん。いける、かも」
しかし宮下は終始箸のスピードを変えず、
美味しそうに次から次へと食べていき、
真っ赤なお好み焼きを残すことなく、平らげてしまった。
「ごちそうさま。やっぱりちょっと辛いぐらいが良いのかも」
「なんだ、余裕そうじゃん。本当に辛いのが」
得意だったんだな、と続けようとして宮下の異変に気付いた。
おでこやこめかみから、しずくが垂れてきていた。
汗だ。
「お、おい。汗、出てるぞ?」
「えっ? あ、本当だ。全然気が付かなかったかも」
宮下はポケットからハンカチを取り出して、拭っていく。
それでも汗は止まらずに次から次へと噴出していった。
「すいません! お水を下さい! あと冷たいタオルも!」
豪健は調理場に向かって叫んでいた。
何が辛いのが得意だ。
全然、得意なんかじゃなかったんだ。
豪健は罪悪感に苛まれながらも、宮下の介抱を優先する。
水を何杯も飲まし、冷たいタオルで汗を拭いながら上がった体温を下げる。
「一体どこに行ったのかと思ったら、そんなところにあったの」
介抱している豪健の耳元で、そんな声が聞こえた。
顔を上げると、困惑した表情の友塚が居た。
「全て僕がいけないんだ」
「そう? そんな風に自己嫌悪に浸るワンちゃんみたいな顔されると、
こっちも怒る気が削がれるわ」
「豪健君は悪くない。全ては私の我がままなのかも」
宮下は俯いたまま額の汗を拭っていた。
「あっ、宮下も昼飯を食べに来ていたんだな」
友塚の背中からひょっこり顔を出す勇者。
その勇者の声に反応してか、俯いていた宮下の頬が紅くなった。
「う、うん」
「宮下はどっちを食べた?」
「赤い方、かも」
「おお! 気が合うな! 俺もそっちだったんだよー」
嬉しそうな勇者の声を聞いて、宮下は口を結んで俯き、必死で何かに耐えていた。
豪健は心配になって顔を覗き込もうとして、
頬の筋肉が引きつっているのを見つけた。
あれ、喜んでいる?
「見た目の割に甘さと苦味が絶妙に溶け合っていて、食感もしゃきっとしてて、
美味しいんだよな」
「うん、ただちょっと辛かった、かも」
「辛い? 俺のはそんなに辛くなかったけど。
そう言えば、宮下、顔赤いけど大丈夫か?」
「う、うん。お水も飲んだし、冷たいタオルで拭いているから、
汗も大分引いてきているかも」
迅速な介抱のかいがあってか、宮下の身体からはほとんど熱が引いていた。
「そうだ! これからあたし達、けも耳メイド喫茶の当番に入るから、
例のおモチアイスで舌を冷やしたら良いよ」
「おう、そうだったな。俺が愛情込めて作るから、これで心配ご無用だぜ」
勇者が自信満々に親指を突き出す。
宮下の頬がますます紅く染まっていった。
「お、おい、また赤くなっているけど」
「平気! かも」
「だそうよ。それじゃ、あんまり長居しても迷惑だし、
少し早いけどあたし達は当番の準備に戻るね」
友塚は勇者の腕を引いて、教室を出るように促す。
少々釈然としなかったものの、勇者はわかったと頷いた。
「また後でな」
「うん」
宮下は俯きながらもハッキリと返事をする。
いろいろあったけど、どうやら良い方向に落ち着きそうだと
豪健は胸を撫で下ろした。
店員生徒にお礼を言い、一通りの片付けを済ませて、
豪健と宮下もお好み焼き屋の出し物を後にした。
自分たちの教室に戻り、けも耳メイドにお出迎えされて席に着くと、
すぐに勇者がおモチアイスを二つ持ってきた。
「お待たせしました、ご主人様」
裏声を出しておモチアイスを置いていく勇者。
ナイフとフォークも忘れていない。
「誰がご主人様だ」
「もちろん、俺のご主人様は宮下だ。豪健はむしろ俺がご主人様だかんな」
間違っていないけどさ。
「勝手に複雑な主従関係を作るなよ」
「そんなことより、さっきともちんから聞いたぞ宮下」
「え?」
豪健を無視して、勇者が宮下に話しかけた。
「な、何を聞いたの?」
「あの辛いお好み焼き。実は俺のお好み焼きだったんだって?」
勇者にずばり言い当てられて、宮下は目を泳がせる。
「えーと、そうだったの、かも」
そうして罪悪感に押し潰されるように俯いてしまった。
「すまなかった。辛い思いをさせちまって」
勇者が頭を下げる。
「そ、そんな。あれは私が勝手に」
「いや、ともちんの悪ふざけに巻き込んじまった俺の責任だ」
尚も頭を下げ続ける勇者。
隣で聞いている豪健まで罪悪感を感じてしまう。
「い、いえ私がその、辛いの食べたかったから」
「いいや、あんな辛いものを女の子に食べさせるなんて俺が悪い」
宮下と勇者が押し問答を始めた。
このままじゃ埒があかない。
「……確かに、これは勇者が悪いな」
「ご、豪健君?」
困惑する宮下。
「ま、その罪滅ぼしってわけじゃないけどさ。
宮下が落ち着くまで、ここで一緒におモチアイスを食べて欲しい」
「だけど俺、今は調理当番だぜ?」
「そんなの僕が代わりに入るよ。今日の最後が僕だから、交換ってことで」
「まあ、それで宮下が良いって言うなら」
勇者が宮下の様子を伺った。
「良い。それで良い」
宮下は噛み締めるように言いながら何度も小さく頷いた。
そっか、と勇者も頷く。
「じゃあ豪健、代わりに頼む」
「任せとけ」
「しかし、おモチアイスはもう食べたくないな」
たくさん食べたし、と勇者が冗談っぽく笑う。
六個目だもんなあ、と豪健も笑って見せた。
「ダメ」
宮下の小さくて、けれども強い意志の込められた声が聞こえた。
「え?」
「ちゃんと食べないと、ダメだから」
「ええっと」
「私は、あなたのご主人様、なんだから」
伏せ目がちに勇者を見て、口元には笑みを、小悪魔な笑みを零していた。
勇者も豪健も、胸を打たれたようだった。
「ううっ、わ、わかったよ」
勇者は放心状態で、豪健と席をかわるように、すとんと座った。




