どうだって良いのよ! そんなことは
豪健は折り目の付いた折り紙を正方形の四等分に切っていく。
最初は慎重に刃を入れていたが、慣れてしまえばすいすいと切っていけた。
「けんちゃん、けんちゃん」
すぐ近くから望月が口に手を当てて小声で呼びかける。
その頭の上には白ウサギのラビちゃんが乗っていた。
「ん、斬新なヘアスタイルだな」
「身体のバランスを常時取る特訓っしょ。道場に居た時は岩でやってましたが」
「そういやおやじっ、勇者もいつしかウサギを乗せていたな」
「日々の鍛錬の積み重ねがいざという時の己の力になる。道場の教えっしょよー」
「だったら伝説の剣も易々と売らないで欲しかったが」
豪健はげんなりする。
「そんなことより、次の勇者のデートの相手、どうするっしょか?」
「そうだな。勇者が自主的に誘ってくれたら良いんだけど」
言いながら、勇者の方を見る。
「ちょっと、ゆうちん! ここ、こんなにずれて折ってあるよ?」
「えっ、それ折ったの俺じゃねーよ」
「あんたから直接渡された折り紙なんだけど」
「さあて。他のヤツが折ったのと勘違いしただけだろ?
ともちんはそそっかしいもんな」
「なんですって」
ははん、と半笑いな勇者に拳を握り締めて今にも襲い掛かりそうな友塚。
「デートに誘うどころじゃないっしょねー」
「ああ、ちょっと止めてくるよ。
おい、時間の無い時に、お前ら何をやってるんだ?」
「ねえ聞いてよごうちん。ゆうちんがこんなに曲がった折り方をして」
「おいおい、その折り紙を俺が折ったっていう証拠でもあるのかよ」
「良いだろう誰が折ったって。
ともちんは折り直す、勇者は今度からもう少し丁寧に折る。
これで解決じゃないか」
「はぁ」
「ちっ」
友塚はため息を、勇者は舌打ちをして作業に戻っていく。
どうして親父の言い争いを仲裁しないといけないんだと、
豪健は気疲れした。
「先が思いやられますなあ」
「この二人は言い争いが絶えないべ」
「仲良しデートでもすれば?」
「それだ、たんぽぽ!」
たんぽぽの淡々とした呟きに光明を見出して、
豪健は思わず叫んだ。
「えっとごうちん、何を言っているの?」
「だから、二人とも、仲良しデートをするんだよ」
「は? こいつとデート?」
「面白く無い冗談を言わないでよ。願い下げだわ」
友塚も勇者も露骨に嫌そうな顔をする。
「まあそう嫌がらずに聞いて欲しい。
僕たちは同じ料理チーム。今回みたいな言い争いを当番の時にしてみろ。
お客様を待たせたり、怪我をする可能性もある」
「そうそう。日頃から二人は仲悪いんだし、仲良くなる良い機会じゃない。
あ、これを機に本当に恋が芽生えちゃったりして~」
口に手を当てて笑みを隠しながらも、茶化す美雪。
「みゆちん、他人事だと思って適当なこと言わないで」
「そお? 美雪にとっても、ライバルが減って嬉しいんだけどなあ」
そう言いながら豪健の腕に絡みつく美雪。
「美雪。加勢してくれるのは嬉しいが、あんまりからかうな」
「はーい」
「だから、そんなにくっ付く必要もないっしょよー」
後ろから望月が美雪を無理矢理引き剥がす。
むー、と口を曲げながらも美雪はそれに従った。
「ワシもその方が良いと思うべ。賑やかなのは良いことだけんど、
お互いに見つめ直す時間も必要だべさ」
「悪いところも良いところも、見つけられる」
つばきやたんぽぽも二人の背中を押してくれる。
「えー、本当にゆうちんとデートするの?」
「心の底から嫌だって言うなら仕方がないけど」
「うーん。そこまでじゃないけど」
友塚は迷っているようだった。
勇者はぽりぽりと頬を掻く。
「何か照れるな」
「あんたはどうしてその気になっているのよ!」
友塚が背伸びをしながら叫んだ。
「俺もさ、お前とデートなんて考えもしなかったんだけど、
一応、ともちんも女の子なわけだし」
「一応って何よ! れっきとした女の子よ!」
「いやでも、その割には、なあ?」
と勇者がこのタイミングで豪健の方を見てくる。
しっしと豪健は手を払った。
「僕に同意を求めないでくれ」
「くっ酷いじゃないか、無二の親友が共感を求めているのに」
「お前を親友だと認知した覚えは無い」
「ぐっ、だって誰の目に見ても明らか、ともちんの胸は小さ」
シュッと勇者の右肩の上を刃物が掠めた。
ぱらり、と数本の髪の毛が落ちる。
「あたしの胸がどうしたのかしら?」
はさみを勇者の首元に突きつけて、友塚が聞いた。
笑顔から零れ落ちる殺気。
「ともちんのむ、胸が、綺麗だなあと」
勇者は冷や汗をかきながら弁明する。
「へぇ、あんたあたしの胸を見たんだ? 噂に聞く変態ね」
「う、うう」
また情けない声を出して追い詰められている勇者。
噂するまでもなく変態だ、と豪健は思った。
「いっそ丸坊主にして出家でもしたら直るんじゃないかしら」
友塚は勇者の耳元ではさみをチョキチョキと鳴らす。
「か、髪の毛だけは、奪わないでくれ!」
プレイヤーの心からの叫びだと感じられそうな、悲痛な声色だった。
それを聞いて友塚は満足そうに頷いた。
「だったらあたしを女の子として扱うこと」
「わ、わかったから、しまえよこのはさみ」
「その前にやることがあるでしょう?」
ねえ、と蔑むように勇者を見る友塚。
「俺とデートをして下さい」
「よろしい」
友塚ははさみを持った手を下ろした。
そうして、刃の部分に持ちかえて豪健に渡してくる。
「そういうわけだから、今から午後の当番の時間まで、
勇者とデートしてくる。ごうちん妬かないでね?」
「ああ。勇者をよろしく頼む」
「そうだもっちん。ウサギの耳は持ってる?」
友塚は望月に聞いた。
「あるっしょよ。ともちんに犬耳にされて、
付けていたウサギの耳は、宿主もおらず寂しがっているっしょ」
そう言いながら望月はウサギの耳を取り出した。
「じゃあ、これをあたしが付けちゃおう」
「え、どうして? 猫耳の方が良いのに」
不思議がっている勇者を他所に、友塚はウサギの耳へと付け替えた。
「だからじゃない。これはお守り代わりよ」
「お守りってなあ」
肩を落とす勇者。
んー、と友塚は一瞬思案してから、勇者の腕に身体を絡ませた。
「ちょっ」
「しっかりあんたにはエスコートして貰うんだから」
勇者は気恥ずかしくてそっぽを向く。
「……何か腕に物足りなさを感じるよう」
「下手なこと喋ると、その口切り取っちゃうよ?」
「ひいい」
どう見ても脅され尻に敷かれている勇者の図だが。
二人が美術室から出て行くのを見送って、望月は口を開いた。
「あの二人は無難にデートをこなしそうっしょね」
「うん。何だかんだで、安心して見ていられる」
「どうかしらねー。一人だけ不安でいっぱい、って顔になっちゃってるけど」
美雪がふふっと小さく笑いながら指摘する。
「一人だけ?」
豪健はみんなの顔を見回していく。
その人物はすぐに見つかった。
「勇者君が、ともちんと、デート」
黒板の前に立っていた宮下が絶望に打ちひしがれていた。
目を白黒させて、途中まで描いていた虹の橋が止まっている。
文字通り、手が付かない状態。
「宮下。あれは仲直りデートであって、好きあっているわけじゃ」
「そ、そうなの?」
「でも~、一緒にデートしている間に二人の距離は急接近。
いつしか遠慮なく嫌いあっていたのが、好きあっていることに」
いやん、と美雪が手を組んで腰をくねらせていた。
それを見て、宮下がチョークを床に落っことした。
ポキッと砕けて折れる。
「だああああ。余計に不安にさせてどうするんだ美雪」
「えー、ありそうなことだと思うんだけどなあ」
「だからって、作品作りに支障をきたしたら意味ないだろう」
「やっぱり勇者君にとって私は眼中にない存在、なのかも」
宮下は今にも泣きそうだ。
はぁ、と美雪が深いため息をついた。
「だったら泣きごと言ってないで、さっさと視界に入ってきたらどうなの」
焦れったそうに言い放つ美雪。
「視界に、入る?」
「二人のデートの監視でも妨害でもしてくればって美雪は言ってるの」
「で、でも、美術部のために絵を」
「どうだって良いのよ! そんなことは。
自分の恋がダメになりそうって時に、美術部が廃部になろうが、
世界が崩壊しようが、どうでも良いの! ダメになったら全部終わりなんだから」
美雪は空虚な美術室に声を響かせるほど怒鳴った。
「美雪ちゃん……」
「ちょっと言い過ぎかもしれねが、どちらにせよ手が付けられないんじゃ、
見に行ってくればええ」
「折り紙は、まだまだたくさんある。こっちの作業は止まらない」
つばきとたんぽぽが折り紙とはさみを掲げて見せる。
「そうっしょね。けんちゃん一人付き添ってあげれば、こっちは問題ないです」
「えっ、僕が行っても良いのか?」
「宮ちゃんだけだと不安だしー、ぞろぞろ行ったら向こうに気付かれちゃうもん。
豪君と一緒に行動されるのはちょっと癪だけど、一番適任だと思うわ」
望月と美雪がほらほら、と豪健の背中を押す。
「まあ、そういうことなら。宮下はどうだ?」
全員の視線が一斉に宮下へ向けられた。
うん、と覚悟を決めたように頷く。
「二人の雰囲気の色だけ確認してくる。
安心だとわかったら、すぐに戻ってきて続きを描くようにする」
「よし。じゃあちょっくら行ってこよう」
豪健と宮下は皆に見送られながら、美術室を飛び出した。
美術室の時計が丁度十二時を指した。
ウサギが四匹に増えていた。




