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剣を売ってガチャるな!  作者: 原 すばる
第一章 ダンジョンガチャ探索編
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モチの後味は血の味

「モンスターを倒すことばっかり。だから人間はゴミ」


口調を強めて言う黄色の女の子に、モッチーナは立ち上がった。


「さっきからゴミゴミって。モンスターを倒すことと、

モンスターを食べることとの、違いを教えて欲しいっしょ!」

「私は、モンスターの身体の一部を食べるだけ。モンスターを倒さない。

欠落した身体の一部は、ダンジョンの効力で回復する」

「そうなのか?」


僕が尋ねると、女の子が鋭い視線を僕にも向けてきた。


「そんなことすら知らないで、あなた達はモンスターを狩って!」

「もういいよ。けんちゃん行こう? せっかく大切なモチを、

美味しく調理して振る舞ったのに、こんな風に怒鳴られたら気分悪いっしょ」


モッチーナが弱まっている焚き火を思いっきり踏みつけた。

ばきばき、と乾いた音が響く。


「……いや、モッチーナ。この子は確かに言葉遣いが荒いし、

僕らの持つ価値観ともかけ離れている。しかし、平和なこの世界で

平和に生きる考え方を持っている。歩み寄る価値はある」


どこでもスベールのお姉さんが言っていたことも思い出していた。

平和だから娯楽が発達する。あれだって、平和に生きるための考え方だ。


「そうですかい? あたいには、野蛮で人間的じゃないと感じたっしょ」

「僕もそう感じる所はあった。だからこそ、彼女の生き方に触れてみたくもなる」


僕は立ち上がって、彼女に近寄った。


「僕の名前は、豪健。普段は剣士だが、

今はダンジョンガチャを調査するため、商人をやっている」

「……私は、たんぽぽ。父親を探しに来た」

「そうだ、父親はどうしてこんなダンジョンに?」

「RHLにはまって」


たんぽぽはバツが悪そうに目を逸らした。

はぁ、とモッチーナがため息をつく。


「みんな虜っしょね~RHLに」

「最近は牧場に居るモンスターもほったらかし気味で。人間はゴミだから」

「そのゴミは父親に向けた言葉ではないな?」


僕が声を低くして問いかけると、たんぽぽは目を見開いた。


「あの、口が滑った。ゴミ予備軍だから、目を覚まさせてあげたい」


ゴミになりそうなことは変わらなかった。

しかし、よっぽどモンスターのことが好きなんだな。


「まあ、あたい達もダンジョンガチャを調べてぶっ壊す予定だから、

そのついでに、父親探しを手伝ってやるっしょ」

「ぶっ壊す予定は今のところないけどな。たんぽぽさえ良ければ」


僕とモッチーナが尋ねると、たんぽぽは頬を薄く赤らめて

うん、と小さく頷いた。


 たんぽぽを仲間に引き入れて、今いる階層をしらみ潰しに探したが、

父親の姿は見当たらない。


「この階層にはいないな。下に潜っちゃったのだろう」

「一人でも行けるっしょか?」


僕らは下に行く階段の前で、たんぽぽに聞いた。


「うん。モンスターとお友達になるから平気」


無表情のまま、お花畑な回答が返ってくる。

モッチーナと顔を見合わせた。

モッチーナは顔を横に振る。僕は縦に振る。

横に振る。縦に振る。


横にぶんぶん振る。縦にうんうん頷く。

ふにゃあ、とモッチーナが顔を崩して笑った。勝った。


「僕たちも収穫がなかったし、下に行くよ」

「ついていってやるっしょよー。あたいしかアタッカーいないですし」

「友達になるから平気なのに」


どこまで本気かわからないそのセリフに苦笑いをして、

下の階層へと降りていった。


 次の階層に着くと、いっそう薄暗くなった。モッチーナは、

弱い敵には通常切りを、強敵にはモチモチ剣で対抗していた。

敵の出現頻度も上がっているようで。


「敵モンスターも強いのが目立ってきたな」

「さっきから斧持ちゴブリンばっかり出るっしょ」

「ゴブリンが可哀想」


目を伏せてぼやくたんぽぽに、剣先を向けるモッチーナ。


「もうわかった! 次ゴブリンが出てきたら、あんた前に出るっしょ」

「おい、モッチーナ。いくらなんでもそれは」

「さっきからイチイチ耳障りっしょ。こっちだって、

好きで倒しているわけじゃないのですよ。こういうのは一度痛い目を見ないと」

「わかった。人間がどれほど愚かでゴミであるかをしらしめる」


ずいっと確固たる意思を持って、たんぽぽは前に出た。

僕は止められなかった。

タイミング悪く、斧を持ったゴブリンが通路の角から出てくる。


「ゴブリン。私を見て!」


両手を広げて、たんぽぽはゴブリンに迫った。

ぐぼお、と鼻息交じりの声を発し、ゴブリンが斧を振り上げる。

重量のありそうな出っ張ったお腹。

体格は、たんぽぽよりもふたまわりも大きく、

ゴブリンの影にすっぽり隠れてしまっている。


「おい、それ以上近寄るな!」

「怯えている。一体、何に?」


たんぽぽは離れようとしない。

それどころか、斧の射程に自ら入っていく。


「ゴミみたいな人間に、怖いことをされたのね」


どすん、と足を前に出しゴブリンは斧を振り下ろした。

それは、たんぽぽの鼻先をかすって、地面に叩きつけられる。


「私は、何もしない」


ぶぼお、再びゴブリンが声を荒げて地面から斧を引き抜いた。

その勢いのまま、もう一歩踏み出して、斧の淵でたんぽぽのお腹を殴りつけた。


「うぐっ」


小さな呻き声を上げて、たんぽぽは地面にうずくまった。

お腹を押さえて。

たんぽぽは苦痛の表情そのままに、見上げる。

そこには、殺気に満ちたゴブリンの歪んだ表情があった。

一縷の慈悲もない。


「やめ、やめて!」


初めての悲鳴。懇願。

その声も空しく、ゴブリンは斧を振りかぶった。

容赦なく、たんぽぽの頭上めがけて振り下ろす。


「たす、け」


ピシュン、空気を裂いて放たれた短剣が、ゴブリンの額に命中する。


「モチモチ剣第三巻、一角うさぎ!」


斧を振り上げた身体の重心が後ろに向かう。

倒れる間もなく、両手に短剣を持ったモッチーナが飛び込んで、

素早くバッテンに切り裂いた。


ぐげおおお、と喉の奥から声を絞り出して、ゴブリンは倒れる。

肥えた自慢の太っ腹は、見るも無残にぱっくりと割れて、

どす黒い血を流していた。


「あっ、ああ」


嗚咽とも悲鳴とも、わからない声を上げて、たんぽぽはゴブリンの亡骸を見る。

殺されそうになった恐怖。ゴブリンの惨殺を悲しむ感情。

相反する思いが湧き出ているようで。

だけど、この場合は。


「目が覚めたっしょか?」


剣に付いたゴブリンの血を払って、モッチーナが顔だけ振り返る。


「モンスターは友達なんかじゃないのですよ。やらなきゃ、やられるっしょ」

「うう、ぐっ」


たんぽぽは震えながら、地面に爪を立てる。


「友達。人間はゴミ」


かろうじて喉の奥からそれだけ搾り出す。

からんからん、とモッチーナは短剣を落とす。

唇を噛んで、たんぽぽに向かっていった。

まずい。


「あんた! 死にたいのですか!」


モッチーナの張り詰めた声が、ダンジョンの奥まで響き渡る。

胸倉を掴んで、強引に顔を向かい合わせた。


「だって、ゴブリン、痛そう」

「あんただって、痛いっしょよ!」


歯を食いしばるたんぽぽ。


「お腹を殴られて、うずくまって、斧で殺されそうになって、

あんた自身は、何も感じないのですか?」


モッチーナが眉間にしわを寄せて問いかける。

たんぽぽの瞳からじわりと涙が溢れて、ぽつりぽつりと頬を伝って落ちていった。


「ごわがった」

「そうっしょよ。生きるって、そういうことっしょよ」

「でも、胸も、痛い」

「まだそんなことを!」


怒鳴りつけそうなモッチーナを手で制す。


「それぐらいにしないか? 本人も、気持ちに整理ができていなそうだ」

「モンスターに胸を痛めるって、重傷っしょ」


突き放すように、掴んでいた胸倉を離すモッチーナ。

げほっげほ、と咳をするたんぽぽ。


「何でもかんでも、すぐに理解しろとは言わない。ただ、一つだけ。

その胸の痛みも、モッチーナが助けなければ無かった」


僕はそう告げると、たんぽぽは顔をあげた。涙でぐしゃぐしゃの。


「モッチーナ」

「何っしょか」

「助けてくれて、ありがと」


小声でも確かに聞こえた感謝の言葉に、モッチーナは答えず、

地面に転がった剣を拾い上げた。


「死んだら、焼きたてのモチも食べられないっしょね」


懐に剣を仕舞いながら、それだけ言う。

そのちっこい背中は、幼き日々に見続けたモノよりも大きく感じた。

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