絵画を飾るための黒い幕
「なんだ、僕はてっきり放送部員かと」
夏目や勇者と一緒に、宮下も放送室に居たし。
「あれは、個人的に勇者さんの協力をしていたというか」
ううっ、とまた自信無く視線を床に落としてしまう。
放送部員でないのに、勇者の、親父のために放送室へ足繁く通っていた。
この健気さが報われることはあるのだろうか。
本当に頑張って欲しい、と豪健は心の中で応援する。
「一人でも美術部はやっていけるの?」
たんぽぽが聞いた。
「う、うん。一応、許可は貰って活動していたんだけど」
「していたんだけど?」
「文化祭行事できちんと出展することが条件に出されていて。
今日のために私、絵画を何枚も描いてきたのに」
「描いてきたのに?」
豪健とたんぽぽが交互に聞き返す。
「昨日の放課後にほとんど無くなっちゃって……」
ズガーン、と豪健の頭上に岩が落ちてきたようだった。
罪悪感という巨岩が。
「そ、それは大変、だね」
その絵画は自分達が元の世界に戻るための魔力変換に使って跡形も無くなった、
とは言えない。
「残ったのがもう、そこにある数枚だけで」
「あの絵も、あなたが描いたの?」
たんぽぽは、自身とつばきが黒ウサギを愛でている絵画を指差して聞いた。
宮下は手に力をこめて強く頷いた。
「うん! 自分でも良く描けたと思っているんだ」
「見ているだけで、心が温まる」
無表情のまま、けれどもたんぽぽは自分の胸に手をあてる。
大切なモノを確認するように。
「今日の文化祭、どうしよう……」
静粛が戻った美術室で、宮下は途方に暮れていた。
「あなたを助けたい」
強い意志が込められた口調のたんぽぽ。
豪健も勝手に絵画を使ってしまった責任を感じて、勢い良く立ち上がった。
「そうだな。僕も力になるよ。
さしあたって、今ある絵だけでもまずは飾ろう!」
入り口の扉付近まで歩み、スイッチを押す。
薄暗い美術室に電灯が点いた。
明かりに照らされると、美術室がよりがらんと空虚に見える。
豪健らが使っていた四脚の椅子と机、数枚の絵に黒板。
目に付くものと言えばそれぐらいだ。
「ひとまず、教室の中央に二段重ねした机を二つ並べて、そこに黒幕を被せる」
「黒幕はどうするの?」
たんぽぽが小首を傾いで聞いてくる。
「それは別のクラスから借りて来よう」
「わかった」
たんぽぽは頷いて美術室を出て行った。
「はえーな。いつもはマイペースに動くのに」
「私の描いた絵を気に入ってくれたのかも」
薄っすらと頬を赤らめながら、宮下は言う。
「そういえば、宮下はどうしてたんぽぽとつばきの絵を描いたんだ?」
「それは、漂っている空気が澄んでいたから」
「空気が澄んでいた?」
わけがわからない、と豪健は眉間にしわを寄せる。
宮下は気にせず晴れやかに頷いた。
「窓から差し込む日差しが透けて見えた。
温かで、自分の心も温かになる、二人がウサギを愛でる空気。
それを後ろから見ているのが私は好きで、思わず絵に描いたの」
「宮下の席はつばきのすぐ後ろだもんな」
うん、と宮下が大事そうに胸に手を当てて頷いた。
二人を包む空気が澄んでいて温かい、か。
それは純粋な親子のふれあいが生み出す空気なのだと豪健は思う。
同時に目の前の宮下は二人が親子であることを知らない。
この世界では同級生なのだから。
しかしちゃんとその空気を感じ取っている。
大人しい子だとは思っていたが、観察力はずば抜けている。
がらがらがらー、とその時美術室のドアが音を立てて開いた。
たんぽぽが姿を見せる。
「おっ、ちゃんと黒幕は借りれたか?」
「ばっちり」
そう言って、たんぽぽが横にずれる。
藍色のローブがちらりと見えた。
「……」
豪健は何が起こったのか理解できずに、ぼけっとそれを見る。
そこには水無月が立っていた。
何故、どうして?
見間違えかと目を擦る豪健。
「なんだ、その間抜け面は」
水無月はため息をつきながらそんなことを言う。
「お前、水無月か?」
「違うと言ったら?」
「そんな顔で可哀想だと思う」
「……叩き斬るぞ?」
声色も同じだ。
幼い頃から聞いてきた水無月の声に間違いない、
と豪健は確信する。
「黒幕を連れてきた」
しれっとたんぽぽが言う。
その表情はどこか得意そうだ。
そんなたんぽぽの様子に、豪健はオーバーヒートした。
「お、お前という奴は! 今度という今度はおかしいぞ?
僕が頼んだのは絵画を飾るための黒い幕!
こいつは僕たちを現在進行形で窮地に追い込んだ
本当の、本物の黒幕じゃないか!」
水無月に指を差し、唾を飛ばしながらたんぽぽに怒鳴る豪健。
水無月は豪健の世界を滅亡せんとする魔王を復活させた一味。
正真正銘の黒幕だ。
「ちょっとは言葉を慎んだらどうだ? 俺は青組だぞ?」
「あ、あああ、青組の生徒さんだったのですね」
宮下があわあわしながら言う。
「世界が破滅しかかっている時に、なーにが青組だよ」
「だから言葉を慎んだらどうだ? ここは文化祭を執り行う学園。
あんまり不適切なことをぬかすと、本当に斬り殺す」
「やれるものなら」
威勢よく懐に手を伸ばして、そこに剣の柄は無かった。
しまった! 僕の剣は魔王に突き刺したままだった。
豪健は冷や汗を掻く。
「ここ、これはどういう?」
「演劇の練習」
たんぽぽが宮下にフォローを入れる。
「そ、そうだったな。つい熱が入ってしまった」
豪健は冷や汗を掻きながら便乗した。
ふん、とつまらなそうに水無月は構えを解く。
「それより、どうして水無月がここに来ているんだよ?」
「博士が飛び込んだからだ」
当然と言った風な水無月。
「博士が? すると、有泉も来ていそうだな」
「そうだな。お前たちは師匠からシルバサーバを盗み出し勝手にこの世界に来た。
お前たちがこの世界を荒らさせないよう監視するために俺たちは居る」
「そんな余裕そうに言っちゃって。
文化祭が終わるまでに脱出しないとここの住人になるんだぞ?」
ふっと自嘲的な笑みを水無月は浮かべた。
「その時はその時だ。まあ、今更お前たちにどうこうできるわけがない。
魔王は既に復活した。俺たちの世界は新しい創造のために飛翔し始めたのだ」
「そんなことは……」
豪健が反論しようとして、その言葉を遮るようにたんぽぽが挙手した。
「絵画を飾るための黒い幕が欲しい」
「ん? そうか。美術部はこの文化祭行事で存続がかかっていたな。
良いだろう。文化祭用の備品の一部は自由に貸し出している。ついてこい」
藍色のローブを華麗に翻して、水無月は美術部を出て行く。
と思ったら、何かを思い出したように、振り返った。
「そうだ。俺たちはオカルト部で出し物をやっている。
お前の無い未来を占ってやるから来ると良い」
「うるせえ! 誰が行くか!」
余裕そうに鼻で笑い今度こそ水無月は去った。
その後をたんぽぽは静かに追う。
「オカルトなのに演劇?」
「ま、まあね」
宮下が呟いた疑問に豪健は視線を合わせられずに答える。
それ以上は宮下も聞かず、居心地の悪い沈黙が美術部を支配した。




