世界を救うデートは女の子が五人必要
「やろう! 僕達の世界を救うために、親父に剣を売ってガチャらせない!」
「でも、あなたはデートしない」
決意を固め、意気揚々と宣言する豪健の熱を冷ますように、
たんぽぽが淡々と批判する。
「そ、そうだけどさ。これは世界を救うためのデートなんだぞ」
「そうっしょねー。頭では理解していますが、けんちゃん以外の人とデート」
望月も両頬に手を添えて、うーんと悩んでいる。
「女の子は理屈でモノを考えられませんからなあ」
「他人事のように言っているお前も女の子だからな」
「わわっ、我輩に男子とデートをしろと言うのですかな!」
両手を上げて身体を反らす夏目。
「いや、だってノルマは五人だよ、五人。
ここに居る全員の女の子とデートしても二人足りない」
「し、しかし、我輩デートなどというモノには縁がなく、
男女の惚れた腫れたというのもわからずに過ごしてきましたからなあ。
ななっ、何を話せば良いのですかな」
急にあわあわと挙動不審になる夏目。
なんとも意外な顔だ、と豪健は思った。
「そこは、男の側がしっかりリードして……」
とここまで言って、勇者側にも問題があることに豪健は気付く。
親父はああ見えて、女の子に対して臆病だ。
女の子をリードするなんてできるわけがない。
逆に女の子側が親父をいじめながら過ごすぐらいが丁度良かったりするのだが。
「……常識人の夏目には荷が重そうだな」
「ううむ」
「まっ、そこはあたい達がフォローするっしょよ。それより、
ここでいつまでもグダグダ話していたら勇者にガチャを引かれるっしょ」
「しかし、最初にデートする人がまだ」
豪健が言うと、むうと望月が唸りながら机に顎を乗せた。
ウサギの耳もうな垂れている。
「あたいは最初の店番っしょからねー……。あ、そうだ!」
望月はがばっと勢い良く立ち上がった。
ウサギ耳もピーンと跳ねる。
「なっちゃんにうちの店でデートして貰います!
あたいも近くに居て、容易にサポートできるっしょよー」
「な、なんと! しかし、我輩は急にお腹が」
「それじゃあ、ちゃっちゃと勇者を探しに行くっしょ。
けんちゃん、ぽぽちゃん、また後でっしょー」
望月が夏目の手を強引に取って、反対の手を軽く振って見せ教室を出て行った。
厚手の白い生地を織り込んだスカートを、ひらりと舞わせて。
「……」
再び美術室に静粛が訪れる。
中身をくりぬかれ、殻だけ残った海老のような美術室に。
必要なモノも不必要なモノも無くなった美術室に、静粛は打って響くようだった。
「文化祭、お前はどこ回るとか決めているのか?」
沈黙がいたたまれなくなり、豪健は正面に座っているたんぽぽに話しかけた。
たんぽぽは眠たい眼差しを向けてくる。
「どこよりも、誰と回るのが大事」
いつもと変わらず淡々と告げながら、左手人差し指を水平に左に向けた。
つられて豪健は視線をその先に向ける。
そこには、教室の隅に立てかけられた一枚の絵画があった。
「あれって……」
教室は薄暗く、何が描かれているのか豪健はハッキリと見ることができない。
しかし、たんぽぽはこくりとハッキリ頷いた。
豪健の推測に対して。
「戻る時に木に引っかかっていた絵」
「たんぽぽとつばきが描かれていたアレだな」
誰と回るのが大事。
それは、たんぽぽにとってつばき、つまりはお父さんと回るという事だ。
現実世界では死んでしまったお父さんと。
「この文化祭でお父さんはいなくなっちゃうから」
たんぽぽは寂しそうに、ぽつりと机の上に呟いた。
豪健はハッと気付く。
自分の父親は世界を救うために助けられるが、
たんぽぽの父親を救うことはできない。
できない? 本当にそうだろうか。
「なあ、お前のお父さんも」
ガラガラガラ、と豪健が言いかけた時、教室の扉が開いた。
遠くで聞こえていた喧騒のボリュームが少し上がる。
「えーと、えーと、文化祭始まっちゃったよお」
不安でいっぱいの女の子の声。
慌しく教室に入り、そのくせ丁寧に扉を閉める。
腰を低くして足早に、こちらには目もくれず、
美術室の隅の方へと駆け寄った。
取り残された数少ない絵画が集められている場所へ。
「わわっ、やっぱり夢じゃなかったのかも。絵がこれしか残っていない……」
悲劇的な声が美術室にこだまする。
聞き覚えのある声だなと、豪健は思った。
「宮下か?」
床に膝と手をつけて絶望している。
そのメイド服の後ろ姿に声をかけた。
ビクッとわかり易く反応する。
「だだっ、あわわわ、ごごごごご、豪健君」
ガシャン、と近くに一脚しかない椅子を倒して狼狽している宮下。
なんだかなあと豪健が思う。
「なんだかなあ」
と淡々と口に出したのはたんぽぽ。
思っても言うなよ、とため息をつきつつ豪健は宮下の方を見る。
「とりあえず落ち着けって。どうして宮下がここに居るんだ?」
「わわっ、私は、その、美術部員、かもしれないから」
「美術部員? この学園って美術部なんてあったんだ?」
「ここは美術室。あるに決まっている」
たんぽぽは淡々と断言する。
口調を変えずに言葉が強いと、妙な迫力がある。
「いや、えっと、美術部はない、かも」
対して宮下は相変わらず自信無さげに声も小さい。
どうもハッキリしないな。
「美術部はないのかもしれないのに、お前は美術部員なんだろう?」
「そうなんだけど、そうじゃないのかも」
「う~ん?」
「全てわかった。彼女こそが美術部。美術部の化身。昔はあったが今はなき亡霊」
トンデモなことをたんぽぽが言い出す。
「その発想はどこから来るんだよ!」
「これ」
とたんぽぽはジャケットの内ポケットからチラシを取り出した。
それを豪健に差し出す。
「何だ、これは」
「廊下で配っていた」
藍色の斑点が泥を塗ったように紙に埋め尽くされていた。
泥、と言うより血塗りを表したようにも見える。
すっかり乾いてしまった血のように黒っぽい。
「なになに、学園怪談特集、オカルト部?」
そこには学校に出没する亡霊生霊の類から
聞きお覚えのあるガチャガチャ様の神隠し、
前世占い実施中! などおよそ非現実的な事柄が書かれていた。
「こんなオカルト部の非現実的な出し物をお前は信じているのか?」
「ここは私達にとって、現実の世界じゃない」
「だからって宮下が美術部の化身っていうのは飛躍し過ぎというか」
「私達はもう十分に飛躍している。飛躍する前の常識こそが今は飛躍している」
「モノは言いようだが……」
しかし、現に現実世界では死んでしまったたんぽぽの父親や豪健の父親とは、
この世界では普通にお話ができる。
「……本当、なのか?」
「いやいやいやいやいや、違いますよ!」
大きな足音を立てて勢い良く宮下が駆け寄ってきた。
かつて無いほどにハッキリと否定して。
「じゃあ何だと言うのだ?」
「私は、この学園でただ一人の、一人だけの美術部員だよ!」
宮下は自分の胸に手を当てて強く言った。
普段は大人しくてハッキリとモノを言わない子が、
ここぞという時に強い言葉を使うと妙な迫力がある。




