始まりはいつも、森の中から
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最初に風を感じた。優しく頬を撫でる、風。
手を動かしてみる。柔らかく湿った草の感触。
薄く目を開いてみれば、深緑の葉から木漏れ日が差し込んでいた。
豪健は身体を起こした。
ぼんやりとした頭で、自分がどうしてここに居るのかを思い出そうとする。
それは遠く長い夢のようで、自分は今、目覚めたのだと思えた。
思いたかった。
「親父……」
豪健ははっきりと見ていた。
魔王の手から放たれた光線によって、ドロドロに溶けていく姿を。
豪健をかばうために、自らが犠牲になったのを。
「ふわあ。良く寝たっしょねー」
そんな豪健の気持ちとは裏腹に、
目の前の樹木の後ろから、のんびりした声が聞こえてきた。
すぐさま顔を拝みに行く。
「モッチーナ。無事に来られたか」
「んー、けんちゃんもご無事で何よりっしょ」
樹木を背もたれに、モッチーナは背伸びをしていた。
服はバニーガール姿のままである。
「その格好もなかなかのミスマッチ具合だな」
「緊急事態だったっしょよー。愛用の短剣だけは持っていますが」
ササッと背中から二本の短剣を両手で構えた。
一瞬でモンスターに向かえる格好。顔もきりりとキメている。
「むしろよく持って来られたな」
「けんちゃんのピンチ! 加勢に入るつもりだったっしょ」
「なるほど。そして、どうにか魔王の手からは逃れられたものの」
辺りを見回す。
樹木が乱立し、草木が茂っている森の中。
おそらくRHL世界の学園屋上。
「これからどうするっしょか?」
「そうだな。ひとまず、他のみんなと合流しよう。あいつらも来ているはずだ」
ガチャの中に飛び込む寸前、後ろからたんぽぽと夏目の声を豪健は聞いていた。
「どうせまた、学園内の生徒に紛れているっしょよ」
ふわあ、ともう一度あくびをする望月。
緊張感の欠片もないな、と豪健は半ば呆れつつも
そんな風に構えていられるのは今しかないのでは、とも思った。
みんなと合流して、自分達の置かれた状況を整理できてしまえば、
一時一時、気が抜けなくなってしまう。
だって、逃げてきたのだから。状況は不利に決まっているんだ。
森の中をしばらく歩くと、踏みならされた道にぶつかる。
そのまま慣れた足取りで道なりに歩き、古ぼけた赤い支柱を潜って、森を抜けた。
「なんじゃありゃ」
豪健が屋上から校庭を眺めた。
楕円の白い線が引かれたトラック。
その外側には白いテントが点在していた。
「あんなの、昨日までは無かったのに」
「あっ、校門の方を見るっしょ!」
隣で望月が指を差した。
背丈ほどのレンガ製の支柱が両脇に立っていただけの校門が、
カラフルに装飾され、間を潜れるように大きな弧を描いたアーチで繋げていた。
「第一回学園文化祭」
豪健はアーチに書かれた文字を読み上げる。
一文字一文字が大きく、距離の離れた屋上からでも読むことができた。
「やっぱり、遠くで聞こえていた喧騒は、文化祭のせいだったっしょね」
「そうだったか。来てしまったのか、文化祭に」
「……とにかく、今はぽぽちゃんやなっちゃんを探すっしょよ」
絶望している暇を与えず、望月はポンと肩を叩いて屋上出口を目指す。
豪健は顔を振って、慌ててその背中に追いついていった。
校舎に入り、階段を数段降りたところで、もう騒がしい声が聞こえてきた。
普段は異様なほどに静かな場所なのに。
「なーんか、懐かしさを覚えるっしょねー」
「そうかな。一日も経たずにここへ来ちゃって、途方に暮れているよ」
ため息を零す豪健。
そんな姿に、望月は体当たりをかました。
おっとと、とよろける。
「お、おい」
「ふふん。そんな暗い顔をしていたら、
悪い事が起こって欲しいように見えるっしょよー」
望月はバニースーツで強調された胸をわざと押し付けるように、
右腕に絡みつく。
プシュー、と頭から白い湯気が吹き上がった、
ように見えるほど豪健の顔が真っ赤になる。
「……こ、こら。あんまり、くっつくな」
「ふふん、もう二度と、この腕は離さないっしょよー」
ここは緊張感を持たなければいけない場面なのに、と
豪健が気を引き締めようとする。
しかし、腕に当たるむにゅっと柔らかい感触。
見下ろせば自分の腕に押し潰された眺めの良すぎる景色。
その腕に愛おしく鼻をこすりつける望月。
最強だった。
「最強だった」
「ふん? 何がっしょか?」
思わず口をついて出てしまう。
望月は不思議そうに小首を傾げながらも、微笑みを浮かべている。
愛らしい何かを見つめているような。
豪健の緊張の糸がぷつんと切れた音がした。
鼻の下は伸び、表情がだらしなく崩れた。
生きていて良かった。
現実世界に居なくてこう思うのは変かもしれないけど。
それでも! と豪健は心の底から生を噛み締めた。
教室の前までやってくる。目と鼻の先に喧騒の発信源がある。
一日ぶりとはいえ、もう二度と来ないと思っていた場所に、
こうして再び訪れる。少々、気まずい。
「教室に行かないっしょか?」
「いや、行くよ」
豪健は意を決して扉を開ける。
そこには、以前の教室とは様変わりした景色があった。
纏めてくっ付けられた机には鳥模様の水色なテーブルクロスをかけられている。
それらを綺麗なひし形に設置し、寄り添うように椅子が並ぶ。
天井には折り紙の輪を繋げて垂らしたカラフルな装飾があった。
いつもと同じ教室も、今日は特別な雰囲気が出ている。
「いらっしゃいませご主人様~って、あんた達!」
目の前に飛び出して慌しくお辞儀をしたと思ったら、
慌しく怒鳴りつけてきた。
「うおっ、友塚か。ちょっと見ないうちに可愛いくなったな」
白いエプロンをふわりと着地させ、カチューシャには猫耳がついている。
首元には黒い紐が綺麗に結ばれ、白い半透明なハイソックスは太ももを強調し、
厚手の白いスカートは鉄壁さを感じながらも、同時に清楚さを振りまいている。
「え、ええ! 褒めても怒るよ!」
頬を染めて乱れた髪を急いで整えながら、さらに怒鳴ってくる。
「んな理不尽な」
「ちょっと豪君、理不尽なのはこっちよ! おモチちゃんと愛の逃避行して!」
後ろから同じくメイド姿の美雪が出てきた。
胸の曲線がエプロンを不自然なほどに前に飛び出させている。
おかげで背徳的なセクシーさは倍増しているが、清楚さとは無縁だ。
ただ、金髪に金色の猫耳は良く似合っている。
「文化祭の準備をちょっとは一緒にやりたかった、かも」
控えめに隅から登場したのは、宮下だった。
落ち着きつつも整った着こなしに、垂れた猫耳。
うん、一歩引いた感じがメイド服に結構似合っている。この中だと一番だな。
「ちなみに、俺は宮下が一番似合っていると思うぜ」
「ぬおっ」
背後から聞き覚えのある声で耳打ちされた。
豪健は振り返る。
幽霊にでも出会うかのように、恐る恐る。




