オネエなピエロの闇の光
「おやじっ」
「叫べば殺すわよ」
キッ、と首の皮に尖ったモノが引っかかる。
引っかかれたら即死の毒牙。アルコールのにおいが鼻につく。
文字通り喉元を絞められて、声が出ない。
ガチャガチャはダンジョンを崩壊するほどにエネルギーを吸い取る。
それが今や伝説の剣と繋がっている。
意味することはただ一つ。
伝説の剣のエネルギーを糧に、あのガチャガチャは動いているんだ。
「なんてこった」
そんなこととは露知れず、親父は鼻の下を伸ばしてガチャを回していた。
びり、びりりりり。
突然、鼓膜を震わせるような音が聞こえ始めた。
びりり、ばりばりばり。
それは急速に稲妻が割れたような音へと変貌していく。
並んでいる人たちも期待の興奮から、次第に不安へとざわめき出した。
ばりっばりばりばり、ずぶぃーん。
耳をつんざくような音。次いで何かが開かれた。
「まさか、このタイミングとは何の因果かしらね」
嬉々としながらも震える有泉の声。
僕は煩い音に顔をしかめながらも伝説の剣を観察していた。
ライトアップされて銀色に輝く刃。
しかし、良く見るとピシッみしっ、とひび割れ始めている。
さらにそのすぐ上の、何も無い空中に、あるはずもない青紫色の細い線が見えた。
線は稲妻が割れる音と共に太くなっていき、楕円状に広がっていった。
「まさか、我を封印した勇者に、封印を解かれる日が来ようとはな」
それは人間の声とは到底思えなかった。
邪悪で禍々しい、しわがれた老婆の声かと思えば、
幼い女の子の無垢な声のようにも思える、不快で嘔吐を催す声だった。
「お、お前は!」
親父は回していたガチャガチャの手を止めた。
ようやく気付いたのだ。己の行為に。
「久方ぶりだな。勇者よ」
青紫色の円から手が出てきた。
真っ赤な、血の色の手。
ぎゃあああああああ、とカジノ中で阿鼻驚嘆が湧く。
この本能に訴えかける人外の声の主がこちらに出ようとしている。
本能的な生命の危機。
「命が惜しかったら今のうちに逃げるのですよー」
博士が無邪気に呼びかけている。
酷い話だと文句も言ってられない。
カジノの出口へと人々が雪崩れ込む。
一方、今や円となった青紫色の空間から、
こちらの世界に手をかけて、身体を徐々に出していく声の主。
赤、黄、白の三色が目に入る。
「魔王様、ついに降臨なさるのね」
夢見心地に有泉が呟く。
あれが、魔王。
僕は初めて見る。
魔王戦は勇者とそれまで旅路を共にした仲間しか参加できなかったから。
「ふぅ、よっこいしょっと」
これまでとは打って変わって、妙に軽い口調。
今や青紫色の円から半身を出している。
その顔は白塗りに、鼻は赤色。
ドアの入り口や先のトランプに描かれていた、ピエロそのものだった。
「やーねー。なあに、この透明な壁」
伝説の剣を仕切っていたガラスケースに、魔王は血塗りの手をあてた。
パーン、と一瞬にして、粉粒にまで砕かれる。
そのまま落下するかと思いきや、ガラスだった粒は魔王の手の中に収まっていく。
そして、手の中から一輪のガラス製の花がにょきにょきと生えてきた。
まるで生きて育つように。
「ん~、この現世の生身な感覚。たまらないわん」
ガラスの花を持ったまま、魔王は一回転して着地する。
全身が完全にあらわになった。
思っていた通り、赤、黄、白のストライプなピエロ服を身に纏っている。
「ピエロさん、お久しぶりなのです」
近くに立っていた博士が手を挙げて挨拶をした。
「あらまっ、もしかしてミルクちゅわん?」
「そうなのですよ。復活、おめでとうなのです」
「今度はそんなにちっこい姿で。可愛らしいわねえ」
手を組んで腰を振って、魔王が目を輝かせている。
「仲間から聞いていたのです。5番目のわたしがお世話になったのですよ」
ぺこりと博士が頭を下げた。
「魔王って博士と顔見知りだったんだな」
「そうね。異次元仲間とだけ聞いているわ」
「しかし、随分と軽いノリの魔王なんだな」
最初の声の雰囲気からして、オドロオドロシイ風貌だと思っていたのだが。
「もう、聞いてよお! ジメジメで狭苦しくって。肩も凝っちゃったわよお」
魔王が肩をまわしてトントン叩いている。
その仕草はちょっと変わったオネエ系なだけで、人外には見えない。
「そう呑気なことを言っているのも今のうちよ。もう魔王は復活したのだから」
有泉の自信たっぷりの物言い。
魔王が復活。早急に手を打たないと不味いのは確かだが。
せめて、この有泉の拘束だけでも解きたい。
目的達成で油断している今ならいけるか?
「遅くなってしまって、申し訳なかったのです。
仕掛けが浸透するまでに時間がかかってしまったのですよ」
「良いわよ。気にしないで。こうして再び、この世界に来られたんだもん。
もう二度と、へまはしないわあ。世界せ・い・ふ・く」
人差し指を振って、腰をくねらせながら言う。
「その願い、今度こそ成就して欲しいのですよ」
「ありがと。じゃあまず、手始めに勇者さんを殺しちゃおうかしらん」
目の前で呆然と立っている親父に人差し指を向けた。
「そうはさせるか」
親父はあの頃と同じように懐から剣を抜こうとする。
しかし、そこに剣はなかった。
「ぷぷっ、あなたの剣はここでしょう?」
魔王は口に手を当てて噴き出し、その足元にある伝説の剣を指差した。
ぐぬぬ、と親父が唇を噛んでいる。
「あちしを封印してくれちゃった忌々しい剣も、
こんなにボロボロになっちゃってえ」
「く、くそお」
「剣の持っていないあなたなんて、ただの人。
今度はあなたがこの世から去る番だわ」
魔王は人差し指から光線のようなものを発射する。
身体を捻って跳び、親父は間一髪攻撃をかわした。
光線は後ろにあったポーカー台に当たる。
まばゆい光に包まれたかと思うと、熱風を発した。
そして台がドロドロに溶けていく。アイスみたいに。
「うわあ」
ため息が漏れてしまう。
考えるまでもなく、あんなのに当たったら人生おしまいだ。
「ほらほら、もっと楽しませて頂戴な」
魔王は楽しそうに次から次へと手から光線を出していく。
親父はどうにか避けていくが、光線は床を溶かし、足場が限られてきた。
防戦一方。このままじゃやられる。
何か手段はないのか。
その時、親父のかわした一筋の光線がこちらに向かってきた。
「あっ」
有泉は僕を突き飛ばして離れる。
光線が目の前まで迫った。




