ポーカー対決! ストレートフラッシュの行方
「よおし、決めた。俺も乗るぜ! オールインだ!」
きったああ! 男前だぜ! 素敵よお、などと賑やかな野次が飛ぶ。
へっへっへ、と今宣言した男が机に肘をかけて、不敵に笑った。
眼帯をして頬に傷を作っている。歴戦の猛者を感じさせる風貌だ。
それに対するたんぽぽは、夏目と同じく紺のジャケットを着こなし
しかし目はいつもの眠そうなままだった。
場は熱が渦巻いているのに、たんぽぽの周りだけ春の陽気に照らされているよう。
「四枚目、オープン」
卓の中央には三枚のトランプが開かれていた。
3ハート、4スペード、5スペード
そして、たんぽぽが今開いた四枚目のカードが、6ハートだった。
眼帯男はわかりやすいほどに、口端を吊り上げる。
卓に出ているカードの他に、たんぽぽと眼帯男は
互いに見せないように二枚のカードを持っている。
その眼帯男のカードが後ろから見えた。
4ハート、5ハート。
「なあ、これって眼帯男が有利なのか?」
僕は隣に居た夏目にこそっと聞いてみる。
「相当有利ですぞ。これは手札の二枚と場の五枚で役を作るポーカー。
眼帯男の45のハートと場の45スペードでツーペアが成立しておりますぞ!」
ポーカーはトランプ遊びでやったことがある。
確かツーペアは同じ数字を二組揃える役。
一組揃えるワンペアよりも強かったはずだ。
「場の五枚っていうのはたんぽぽも使えるカードなのか?」
「そうですぞ。場の五枚は共有するカード、双方持つ二枚はそれぞれのカード」
「しかし、場に五枚って言っても、四枚しか無いぞ?」
僕がそう指摘すると、夏目はメガネを手で直した。
「慌てる無かれ。これから五枚目が開かれますぞ」
余裕余裕! アニキなら引けますぜ! ストレートフラッシュを引いちまえ!
そうだ、ストレートフラッシュだ!
ストレートフラッシュ! ストレートフラッシュ!
響き渡る怒声。荒々しく場が沸騰している。
「あちゃあ、お互いにオールイン状態ですからなあ。観客も遠慮がありませんぞ」
「なんだっけストレートフラッシュって。ツーペアよりも強かったか?」
詳しい役は忘れてしまったが、
一番強い役がロイヤルストレートフラッシュというのは覚えている。
「強いどころではありませんぞ!
最強のロイヤルストレートフラッシュの次に強い役になりますな」
「ほほう」
場の空気に感染したのか、夏目の性なのか、
興奮気味に早口で言っていく。
「現状、3456のハートを揃えている眼帯男は、
五枚目で2か7のハートが来れば、ストフラ確定!
たんぽぽ氏の手札を見るまでも無く、勝利も確定しますぞ!」
「勝利も確定しちゃうのか」
「しかも、他のマークでも2か7が来ればストレート。
数字を選ばずにマークがハートだとフラッシュが成立します。
どちらもなかなか負けない、強い役ですな」
夏目が熱を込めて説明してくれる。
確かに、ストレートだのフラッシュだの威勢の良い声が飛び交っていた。
「ってことは、相当追い込まれているのか、たんぽぽのヤツ。
オールインってベッドを全て賭けた状態なんだろう?」
「うむ。生きるか死ぬかの二択になりますな」
「そんな勝負を受けて、あいつは大丈夫なのか?」
もう勝った気でいる眼帯男とは対照的に、全く表情に出さないたんぽぽ。
結構長く居る僕にすら、大丈夫なのかどうなのかわからない。
世界が終わる十秒前でも、あんな顔してそうだし。
「五枚目」
そんな中、淡々とした口調でたんぽぽは告げる。
場が一瞬にして静まり返った。
裏面の青い鳥が翼を広げた絵の描かれた五枚目のトランプを卓の上に出す。
「オープン」
たんぽぽの手がかかり、運命のカードは裏から表にされた。
そこには数字が描かれていなかった。
ピエロの絵柄だった。丁度カジノの入り口扉で見たようなピエロ。
うおおおおおおおおお!
歓声が再び巻き起こった。
数字ではなくピエロのカード。あれって。
「もしかしてジョーカーなのか?」
「そうですぞ! ここのインディゴポーカーは
ジョーカールールを取り入れているのですぞ!」
夏目も声に力がこもっている。
「ジョーカーはどういう役割なんだ?」
「オールマイティーカードですぞ!
どんな数字、マークにも変われる変幻自在のカード!」
「えっ? 変幻自在?」
「もちろん眼帯男が喉から手が出るほど欲していた、
7ハートカードにも変えることができますな」
おーし、と野太い声を出してガッツポーズを作っている眼帯男。
あれはまさしく、勝利確定のポーズ。
「勝利確定のストフラを作られたのか」
今や観客は完全に眼帯男を押している。
祝福の言葉で埋め尽くさんとし、眼帯男も声援に答えて派手に笑っていた。
しかし、不思議だ。
まるで竜巻のように歓喜の熱気が押し寄せているのに、
たんぽぽは動じていない。前髪ひとつ揺れない。
「なあ、勝負はもう決したんだろう? 男にストフラを作られて」
卓には3ハート、4スペード、5スペード、6ハート。
そして、今開かれたピエロの絵柄のジョーカー。
眼帯男は4ハート、5ハートを所持しているから、
ジョーカーを7ハートに使ってストフラ完成。
「そうですなあ。今ので九分九厘、眼帯男の勝利になりますなあ」
先ほどはあんなに興奮していたのに、何故か煮え切らない返事をする夏目。
「どうしてさ。残念だけど、たんぽぽにはもう勝ちの目が無いんだろう?
ストフラを作られたんだから」
「いや、それはあくまでも純正のストフラを作られた場合に限るのですぞ」
「純正?」
「つまり、2か7のハートカードだった場合は
百パーセント眼帯男の勝利で終わっていたのですな。
しかし、ジョーカーは別」
「なんでジョーカーは別になっちゃうのさ?」
夏目は虫眼鏡を取り出して、ピエロの絵柄に標準を当てた。
「何故なら、
あのジョーカーはたんぽぽ氏も使えるオールマイティカードですからな」
「ショウダウン」
たんぽぽが終始変わらない口調のままに発声する。
眼帯男は手札を表にして卓に投げ出した。
「ストレートフラッシュだ、お嬢ちゃん」
たんぽぽに突きつけるように投げ出された二枚のカード。
場の五枚のカードの丁度45のスペードカードの手前に止まり、
美しい3456ジョーカを繋げたハートのストレートフラッシュが完成していた。
それでも涼しい顔のままのたんぽぽ。
ともすればあくびさえしてしまいそうな。
バンッ、と音を立てて卓に手を付いた。
痺れを切らした眼帯男がたんぽぽに近づいた。
片方の開いた目で、挑むようにたんぽぽを見つめる。
「どうしてそんな顔で居られる。諦めたのか? 開き直りか?」
男は至近距離で尋ねる。
それは少しの動揺も見逃さない、更には動揺して欲しい、
という眼帯男の心境が反映された距離のようで。
「私の手札を見ればわかる」
しかし、たんぽぽは当たり前のことを言わせるなと
依然として憮然とした態度のままに言ってのけた。
「お、おう。見せて貰おうじゃねえか」
眼帯男は怖気づきながら、どかっと椅子に深く座りなおす。
たんぽぽのあの態度。
諦めでも開き直りでも、十分に有り得る。
勝てる予感みたいな雰囲気を出しておいて、
こちらの期待を平然と裏切ってくる。
あいつはそういうヤツだ。
そうして私を負かす人間はゴミだと、揶揄して締めくくる。
見え見えだ。
良かったな、眼帯男。
お前の勝ちだ。
うおおおおおおおおお、と三度歓声が上がった。
いつの間にかたんぽぽが手札を開いていた。
一枚を場の五枚のカードの3ハートの手前、もう一枚を6ハートの手前に置く。
置いた二枚は、3スペードと6スペードだった。
「ストレートフラッシュ」
3456ジョーカのスペードのストレートフラッシュが美しく繋がった。
「これは、まさか」
「ややっ、やらかしましたぞ! たんぽぽ氏! これは快挙ですぞ!」
夏目が大興奮だった。
夏目だけではなく、この卓を見守っていた周囲の人間は皆一様に
ぐわああああ、ごわああああ、きゃああああああ、ぐおわあっわあああ
と、モンスターの断末魔に負けず劣らずの奇声を上げていた。
「勝ったのか! すげえな! 同じストフラなのに、一体どうして!」
「ここのポーカーは必ず優劣がつくゲーム。双方が同じ強さの役だった場合は、
次に数字の強さを見るのですぞ!」
両手を挙げてわいわいしながら、夏目が解説してくれる。
「でも! 数字だって34567で同じだったじゃないか!」
「そうですな! だから最後は、マークの強さで決めるのですぞ!
ポーカーのマークの強さは弱い順に、クラブ、ダイヤ、ハート、
そしてスペードが一番強いマークになるのです!」
「おおおお! ということは、本当にあいつが勝っていたのか! たんぽぽが!」
僕も両手を挙げて、拍手喝采し始めた。
すげえ。マジで勝っていたんだ!
思わせぶりでも何でもなく!
「あらあ、やるわねえ彼女」
背後から突然耳をくすぐるような艶かしい声で話しかけられる。
振り返ると、たんぽぽと同じくディーラーの服を着て
しかし、胸元の青い蝶ネクタイは着けたままの、有泉がそこに居た。




