外から見たRHL世界
ちゅんちゅん、と外から鳥のさえずりが聞こえてくる。
僕はふかふかのベッドの上で目を覚ました。
僕にとって六日ぶりの自室のベッド。
「もうお昼か」
伸びをして、名残惜しいままにベッドから起き上がる。
窓の外を見ると既に太陽が高く上がっていた。
身支度を済ませて、部屋から出る。
足裏にも伝わってくる、赤い絨毯の感触。
白を基調とした神々しいとさえ感じる廊下。
んー、懐かしい。帰ってきたのだ。
僕は立ち止まって、意味も無く壁を触ってみる。
ぺたぺた、ひんやり冷たい石の壁。
「豪健様」
「うおっ、な、なんだ、お前か」
すぐ後ろから声をかけられた。
うちに常駐しているメイドさんだった。
「驚かせてしまってすみません」
「いや、良いんだ」
僕はメイドさんをまじまじと見てみた。
RHLでも見なかったメイド服。何より六日ぶりに会う顔。
懐かしい。
「あの、わたくしの顔に何か?」
「あ、ごめん。何でも無いんだ。ちょっと懐かしくて」
「は、はい。お昼はどうなされますか?」
訝しがりながらも、メイドさんはいつもと変わらない態度で業務に徹する。
うん、真面目なところも懐かしい。
「パンを食べたいな。久しぶりに」
RHL世界に居た頃は毎日おもちだのお米だのおはぎだのだったからな。
「久しぶり? 昨日もパンをお召しになられていましたのに」
「あ、うん。そうだった。とにかく後で中庭に持ってきてくれ。パンを」
「はい。かしこまりました」
ぺこりと一礼して、すたすたと去っていってしまった。
なかなかの無愛想っぷり。
「……愛が欲しいな」
そんなことを呟きながら、僕も階段を降りていく。
裏から出て、城の庭に入る。
まず中央の噴水に目が行き、風に舞い水に浮かんだ葉っぱを追い、
穏やかに枝を揺らしている大樹を見つけ、
その木陰の椅子に座る人影を探し出した。
「よお、息子よ」
相も変わらず、父さんはこちらを見ようともせずにRHLに夢中だった。
「親父。息子の顔をちゃんと見たらどうだ?」
「なんだあ。たった一夜で、顔が変わるって言うのか?」
僕にとっては六日ぶりの再会なのだ。
もう二度と会えないかもしれない、と何度思ったことか。
しかし、目の前の緊張感なく、椅子からずり落ちそうなぐらいにもたれて
携帯ゲーム画面に釘付けな父さんを見ていると、感動も何も無い。
本当に自分の父親なのかすら怪しい。
しばらく会わないうちに、勝手に自分の理想な父親像を作り上げていたのかも。
僕は深いため息をついた。
「たった一夜で変わるかもしれないだろう?」
「いいか豪健。人間はすぐには変われないんだ。
一夜漬けで強くなろうとしても、それはきっかけにしかならないんだぞ」
「えっ、何の話?」
「結果をすぐに求めて焦ってはいけないと言う話さ」
ゲーム画面を見たまま、説教をかましてくる父さん。
怒りが湧いてきそうになるのを押し留めてさらに聞く。
「なんでそんな話をしているんだ?」
「俺に見て欲しいって言うから、見る代わりにな」
「そういうことじゃなくて、親子のスキンシップとして」
「だったら息子よ。これを見てくれ!」
親父が初めてゲーム画面から目を離して屈託の無い笑みを向けてきた。
満更でもない気分を感じつつも、仕方ない風を装ってゲーム画面を覗き込む。
そこには当たり前だが、五日間過ごしたRHL世界があった。
懐かしい、ここは教室だ。
「見ろ、この靴を! どこでも滑っていけるんだぜ!」
得意になって十字スティックを動かす。
画面の中の勇者も、鼻高々になって縦横無尽に教室を滑りまくっていた。
「ちょっと、文化祭の後片付けの邪魔よ!」
画面の中で友塚がいつもの調子で勇者を叱り付けている。
「ちぇっ、またこの子に怒られちゃった。煩いんだよなあ」
とか言いながらも、父さんは満更でもなさそうだ。
ほとんど故意にやっていたようで。怒られたくてやってるまであるぞ。
しかし、それにしても不思議な光景だ。
この五日間、RHL世界で接してきた人間は
例外なく、自分の意思を持って行動しているように思えた。自我を持って。
それなのに、こうして現実世界で別の人間が操作している。
ゲームのキャラクターとしてRHL世界の人間を、こちら側の人間が操作している。
だったら、このゲーム画面の中で
どこでもスベールを装着して調子良く滑っている意思は父さんによるモノ?
勇者の意思が入り込む隙間はどこにも存在しない?
「って、これってどこでもスベールか?」
「おおっ、息子よ! 良く知っていたな、こんな珍しいアイテム。
さすが、日々父親を追い越さんとRHLを勉強しているだけはある」
「いや、こんなゲームで追い越したくないし。父親を」
またまた~と肘で突いてくる。
煩わしく思いながら、僕は一つの疑惑がよぎった。
僕達がこの世界に居た足跡が残っている?
「なあ、親父。このアイテムはどこで手に入れたんだ?」
「なんだあ、気になるのか?」
「うん」
「ふむ。珍しく素直な息子に教えて進ぜよう。
これはだな、爆発した家庭科室から見つけたのだ」
「爆発?」
「文化祭の準備中に料理を作っていて爆発しちゃってさ。
後で行って、何か美味いものを探していたらこんなレアアイテムを見つけたわけ」
にししと歯を見せて笑う。
その爆発とは、モッチーナが魔が差して仕掛けたもち爆弾だ。
どこでもスベールは、クリームをかき混ぜるときに取り出したやつだし。
決まりだ。
目の前のゲーム画面では文化祭の後片付けをしているみたいだから、
この三日前までだ。僕達の居た痕跡がしっかり残っている。
「良い食いつきっぷりだな。早くお前もRHLをやって欲しいぜ」
ゲームをやる前にその世界に行ってしまった、なんて父さんは信じるだろうか。
「まあ、もう終いだろう。ダンジョンガチャも引けなくなったし」
「そうだったな。今朝方ダンジョンが崩壊したそうだが」
「残念だったな。これでしばらくはゲームもできな」
「ぬおおお! なんじゃこりゃあ!」
ゲームプレイを再開していた親父が、突如素っ頓狂な声を上げた。
何事だ、とゲーム画面を覗き込む。
「運営からのメールだ」
「えーと、ガチャガチャ新設置キャンペーン。十三連ガチャ無料引き放題?」
「場所はインディゴカジノだ! くぅ、今日からだ! 今から行くしかない!」
待ちきれないとばかりに立ち上がった。
このメールって青い鳥の連中が書いているんだよな。
昨日帰ったばかりの今日で、忙しない連中だ。
「僕も行くよ。心配だし」
「何も心配すること無い。父さんは十三回、女の子とデートをするのだよほー!」
「そのうざったいテンションが落ち着いてから、街に行こうか」
「何故だいべろべろばー!」
「庶民が失望して革命が起きるから」
「そんなの、この父さんの一太刀で」
親父が見えない剣を持って、素振りをした。
「その愛用の剣は、インディゴカジノで飾られているよ」
「ほう。あそこは元道場があった場所。よほどあの剣はあの場所が好きらしい」
僕も好きだったよ! と心の中で叫んだ。
しかし、そんな言葉が届くはずもなく。
「豪健様、パンをお持ちしましたが」
タイミング悪くメイドさんが来た。
「ありがとう。頂くよ」
「お前はここでゆっくりお昼を食べていなさい」
「おい、先に行くなよ」
「世の中弱肉強食。早い者勝ちという言葉を、身をもって知るが良い」
ふはははっ、と高らかに笑って父さんは身を翻した。
身支度を整えに、威勢よく城に戻っていく。
「だから、僕はRHLのためじゃないんだって」
僕は乱暴にパンを取ってかじった。
「愛が欲しい」
何故かそんなことを呟いてしまった。
後悔する。
「やっぱり、親父と一緒に行こう」
誤魔化すように、急いで口の中にパンを突っ込んだ。
立ち上がったとき、城の外へスキップしながら出て行く父さんを見つけた。
慌てて追いかける。




