やっぱり可愛いヤツ枠
ぐわんぐわん揺れる中、記憶を頼りにどうにかダンジョンから脱出した。
常に背後では、岩やら土砂やらが崩れる音がしていて、
軽口を叩いている暇もなくなっていた。
「よく死なずに崩壊するダンジョンから脱出できたっしょ」
「さっそく命の危機に晒されたな」
今まさにダンジョンの入り口が崩れ落ちるところを眺めながら、
僕たちは安堵のため息をついていた。
「RHLは生死と無縁でしたからなあ。
それにしても崩壊が始まっていたのに、私語が多かった気がしますぞ」
夏目が眉を寄せて、虫眼鏡をこちらに向けてきた。
「話していないと、身体が凝り固まっちゃうっしょ」
「そうそう。軽口ほど優秀なマッサージ師はいないってね」
「そこは歌」
「声を押し殺して逃げるばかりの我輩には理解できない部分ですなあ」
ため息をつき、帽子を整えながら夏目は微笑む。
「しっかし、青い鳥の三人組はどこに行ったんだ? まったく見かけなかったが」
「あそこ」
たんぽぽが洞窟入り口の上方を指差した。
風に揺れる白衣がちらりと見える。
「コネクト回収完了よ」
「魔方陣消滅も確認済みだ」
「ご苦労なのです。さあ、撤収なのですよ!」
ずさささー、と砂煙を巻き上げながらこちらに降りてくる。
必然、相対することに。
「あらあ、あなた達。生きていたのね」
「そっちこそ、ダンジョンに押し潰されていなかったっしょね」
有泉とモッチーナがさっそくいがみ合っている。
切り替えはえーな。
目の前に居るのは革命組織の面々。敵なのだが。
ここ数日、共同戦線を張ってきたせいで、そんな気がしない。
そんな思いをしながら水無月をジロジロ見ていると、肩をすくめた。
「見ての通り、このダンジョンはもうお終いだ」
「どうして急に崩壊が始まったんだ? タイミングよく寿命だったのか?」
「それは有り得ませんぞ」
夏目がにゅうっと間に入ってきた。
「寿命を迎えたダンジョンは、穏やかに崩れ去っていきますからなあ。
これほどまでに荒々しく、悲鳴を上げるように崩御したダンジョンは
初めて見ますぞ」
どことなく責めるような、静かな怒りを瞳に灯して夏目は水無月を見つめている。
こんな夏目、それこそ初めて見る。
いつもは波風立たせない、平和を第一としているのに。
「ああ。絶好の鍛錬の場所を失ってしまい、俺としても残念なのだが」
その視線に耐え切れず、水無月が気まずそうに視線をそらした。
「なんだ。お前たち青い鳥が原因じゃないのか?」
「いや、わたし達が原因なのですよ」
そう割り込んできたのは博士だった。
背中にはガチャガチャをリュックのように背負っている。
「RHL世界の大量に増え続けていたウサギを覚えているのです?」
「いたっしょね~。学園を潰す勢いだったっしょ」
「まさかそのウサギが原因で?」
博士は大きく頷いた。
「その通りなのです。
RHL世界のエネルギーは全てダンジョンエネルギーから供給されているのですよ」
「でも、存在するオブジェクト数に制限をかけているって」
「確かに試作用ガチャとしては制限をかけてるのです。しかし、
一昨日に本番仕様の運用を試しに切り替えていたのでした」
すっかり忘れていたのです、と博士が面目なさそうに照れ笑いを浮かべた。
試作用だの本番仕様だの、よくわからん。
「えーと、つまり?」
「今のガチャガチャは無制限にエネルギーを吸い取れるってことよ。
そのおかげでウサギも無限に湧いて出てきていたわけ」
「ダンジョンもエネルギーが枯渇して崩壊したんだな」
有泉と水無月がそれぞれ補足を入れた。
なるほど。
って、やっぱりガチャガチャが犯人じゃないか!
そんなことを考えていると、夏目が深いため息をついた。
「そういうことでしたか。
今後もガチャガチャを通じたRHLなるゲームの運用は続けていくのですかな」
「もちろんなのです! ガチャガチャとRHLは革命活動には必須なのですよ」
「では、我輩としては何としても阻止しなくてはですな。
これでもダンジョンをこよなく愛している鑑定士なので」
夏目がそう告げると、途端に有泉と水無月が殺気立った。
「そう。逃げるだけの緑ちゃんだと思っていたけど、
私達とやろうっていうんだ?」
「悪いが、素人だろうと手加減はしないぞ」
「そうはさせない。夏目に手を出すっていうなら、僕も戦うよ」
「まったくもう。けんちゃんが戦うならあたいも参戦するしかないっしょ」
「泣かせる展開」
僕達は火花を散らして向かい合う。
その背後で、たんぽぽがもっともらしく頷いて、流れていない涙を拭った。
「他人事か!」
「ゴミ同士の争い事に興味はない。むしろ数を減らして欲しい」
「お前の身体に赤い血が流れているのか心配になってきたよ!」
「どの道、ぽぽちゃんは歌うだけで対人戦では役に立たないっしょ。
それはなっちゃんも同じっしょね?」
「う、うむ。啖呵を切ったものの、我輩、戦闘は大の苦手ですな」
「結局、いつも通りに僕とモッチーナが戦うのね」
しかも僕の職業は商人のままだし、モッチーナは肩に怪我を負っているし。
こんなんで、目の前の二人を倒せるのだろうか。
「まあまあ、ちょっと待つのです」
有泉と水無月の肩を博士はぽんと叩く。爪先立ちに背伸びをして。
「はっ」
そんな微笑ましくて可愛らしい博士の仕草にも、二人は恐縮して頭を下げる。
緊張が変に緩んで笑いそうになってしまう。
なかなか慣れないものだ。
「小さな障害も早々に摘む。それも悪く無いのですが、
わたし達には大翼を編む使命があるのですよ。
「そうだったわね」
「こちらに戻ったのならば、優先すべきはそっちだったな」
二人が博士を見て頷いた。
博士は無邪気に笑う。
「わかれば良いのです。今回は事故もありましたが、
RHL世界とガチャガチャをより深く理解できたのですよ。これは大収穫です!」
「であるならば、我々の成すべきことは一つ」
「こんなところで油を売っているわけにはいかないわね」
言いながら、有泉は博士が背負っていたガチャガチャを受け取る。
水無月は軽くなった博士をそのままおんぶした。
「では、一足先に失礼するのです。まっさらな青い空を目指して」
それだけ言い残して、スタタタと走り去っていった。
まるで嵐のような奴らだが、戦闘にならなくて正直助かった。
「許せませんぞ。我輩の目が届く限り、ガチャガチャは破壊してやりますぞ!」
ほっと胸を撫で下ろしている隣で、夏目が握りこぶしを天に向けていた。
「夏目にしては過激な発言だな」
「それだけダンジョンが好きってことっしょよー」
「今後とも青い鳥が関わってくるようならば、我輩を是非お呼び下さい。
戦闘には加われないですが、皆様のお役に必ず立ってみせようぞ」
「おう。夏目がパーティに居てくれるだけで、安定感が十割増しだからな」
「常識枠も必要っしょねー」
「私は何枠?」
たんぽぽが自分を指差して聞いてきた。
「うーん、何だろう」
「モンスター枠っしょ」
「あー。あらゆる意味でな」
「モンスター枠」
と、何故か頬を薄く赤らめるたんぽぽ。
「照れるほど嬉しいことか?」
「うん」
「あたいはけんちゃんのヒロイン枠っしょねー」
「長いな。じゃじゃ馬枠とかで良いんじゃないか?」
「おもち枠、とかはいかがですかな」
「めんどくさい枠」
「ぽぽちゃんにだけは言われたくないっしょよ!」
モッチーナが声を荒げる。
たんぽぽの言っていることも、何となく理解できるけどな。
それでも可愛いヤツ枠、とかな。
「豪健氏は何枠ですかな」
「男枠」
「それ性別の違いを言っているだけだよね」
「ハーレム枠」
「お前、失礼なことしか言えないのか!」
たんぽぽは眠そうな目をしたまま、ジト目を向けてくる。
何か僕が我がまま言っているみたいな。
「けんちゃんはけんちゃん枠っしょよー」
モッチーナが呑気に言って、にへらと笑っている。
そんな笑顔を見ていたらどうでも良くなってきた。
「そうだな。僕は僕枠だ」
「世界で一人だけの枠っしょよー」
「孤独な枠組み」
「モンスター枠のお前よりはマシだけどな」
「モンスター枠にはモンスターが沢山。ゴミ人間はいない」
「他ならぬご自身が人間ではないですかな」
「うっ。私はノーカウント」
「それもう枠にいないっしょよー」
「モンスター枠の候補枠」
「どんどん枠が増えていくな」
「枠が湧く」
「ワクワクですなあ」
「けんちゃんのヒロイン枠も湧いて欲しいっしょ」
「僕の回りに居る女の子は全員その枠の中に居て良いよ」
「おおっと、大胆発言ですぞ!」
「やっぱりハーレム枠」
「ちょ、ちょいっと。そんなのあたいは許さないっしょよ!
入ってくる女の子は全員、力づくで枠から追い出します」
「やっぱりめんどくさい枠」
たんぽぽが呟いた。
むう、とモッチーナはたんぽぽの両頬を引っ張った。
負けじとたんぽぽが怪我をしているモッチーナの肩にチョップを食らわす。
そんな小さないさかいを僕が止めに入り、夏目が宥める。
どこに居ても変わらない、他愛の無い光景がここにあった。
しかし、いつまでも同じなんてことは有り得ない。
世界は変わり、僕たちも変わっていく。
今は有限でかけがえのないこの時間を味わうだけで良い。
それで、良い。




