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剣を売ってガチャるな!  作者: 原 すばる
第三章 ゲームと現実の混同編
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コンマ五秒の決断

 夏目が見つけた空き教室にあるオブジェクトを

豪健らは何度か往復してあらかた運び出した。


空き教室には机、椅子、黒板消しやチョークなど他の教室にありそうなものから

学校の風景を描いたような絵画、スケッチ帳、絵筆、パレットに絵の具など

美術にまつわるモノが多くあった。


「運び出したオブジェクトはどんどん突っ込んでいくのですよ」


屋上の深い森の中心、小さな社に奉られているガチャガチャ。

その前で、博士は白衣を揺らし声を張り上げていた。


「重いっしょねー」

「せーの、で放り込むぞ」


望月と豪健は教卓の両端を持って、掛け声にあわせて教卓を振った。

ぽーん、と宙に放り出された教卓は、ガチャガチャの頭に落とされる。


その頭に取り付けられた銀色に鈍く光るノズルが、

餌の気配を察したかのように大きく口を広げた。


ぐおん、と一気に飲み込んだ。


「うわあ……」


モンスターが獲物を飲み込んでいる光景に見え、豪健は引いている。


「うわあ、豪快っしょねー」


望月は目を爛々とさせている。

根っからのモンスター狩りっ娘らしい。


「む、風か?」


水無月が目を閉じて集中する。耳元を通り抜けていく微かな風。


「どうやら準備が整ったようね、ミルク博士」

「そのようなのです」


博士はガチャガチャの裏側を見たり、底を持ち上げたりする。

ペタペタと触り、やがて納得したように頷いた。


「ざっと十秒と言ったところなのです」

「十秒?」

「現実世界への架け橋が維持できる時間なのですよ」

「十秒もあれば、十分にみんなで元の世界に戻れるっしょよー」

「そ、そうですかな。十秒なんて心もとない時間ですぞ」


夏目は不安そうに虫眼鏡でガチャガチャを注視する。

そうしている間にもガチャガチャの不透明な箱の内側から、

ガラガラと何かが転がる音が聞こえてくる。


「きたきた、良い感じなのですよ」


風が段々と強まってくる。

樹木の間を通り抜ける風の存在が音で伝わってくる。

その風はノズル穴に向かって吸い込まれていく。


「意外とあっさり帰れそうだな」

「時間ギリギリになると思っていましたが、杞憂だったっしょね」

「何事も準備をしている時が、一番ワクワクするモノですぞ!」

「そういうモノか。しかし、それで僕らが帰れるだけの魔力も溜まってくれた。

たんぽぽもテキパキと運んでくれてありがと、う?」


豪健は辺りを見回してたんぽぽを探す。

近くには見当たらない。

振り向くと森の奥へとこっそり行こうとしていた。


「おい、元の世界に戻るって時に、どこへ行くんだ?」

「ぎくり」


と声を上げるたんぽぽ。


「お前まさか、ここに残るつもりじゃ」

「そのまさか」

「いやいや、おかしいっしょよ。このままここに居たら二度と元の世界に」

「構わない!」


たんぽぽは怒鳴った。

眠りに入ろうとしていた暗がりの森も、目を覚ますようにこだまする。


「どうせ元の世界に戻ったって、お父さんはいない!」


拳を握り締めて、瞳をぎゅっとつむって。

風が騒がしくなってきた。


「戻りたくない人を無理に連れて行く必要はないわ」


有泉が風に舞ってその紫色の髪に付いた葉っぱを手で払った。

仕草一つ取っても華麗である。


「同感だな。下手に抵抗されて次元の狭間に迷い込むのはごめんだ」


水無月も他人事である。


「向こうに戻ったら共同戦線は解消なのですよ。

わたしたち青い鳥は必ずや王国を滅亡させ、世界を混沌の渦に巻き込むのです!」


水色の羽を風にはためかせて、博士はビシッと指を突きつけた。


「威勢だけはいっぱしの大人っしょねー」

「少女よ大志を抱けですぞ!」

「んなことはどうだっていい。たんぽぽ、本当にお前は」


たんぽぽの目は真剣そのものだ。覚悟が伝わってくる。

そうだ。たんぽぽ一人をこの世界に残していくわけにはいかない。

ならば僕も。


豪健が一歩踏み出したその時、ガラガラとゆっくり転がっていた箱の中身が

本格的にガチャガチャと暴れ出した。


そうして、ガチャガチャの頭に付けられたノズル穴がこちらに顔を向ける。

どこかで見た光景。


「ちょ、ちょっと。急に風が吸い込まれていくっしょ」

「なはー、立つこともままならないですぞ」


小柄な望月は既に身体が浮き始めている。

例によって夏目が望月にしがみついてどうにか堪えていた。


「おい! お前たち、そこで何をやっている!」


風に吹き荒れる視界を腕で守り、水無月が声を張り上げて聞いてきた。


「そう易々と吸い込まれては負けた気分になるっしょ!」

「我々にはまだ使命があるのですからな!」


望月と夏目がアイコンタクトを豪健に送る。


「ガチャゲートが開いたのです! 今から十秒なのですよ!」

「ふう、呆れた。私達はさっさと行かせて貰うわ」

「この機を逃したら、元の世界にはもう二度と戻れないと、最後に断言しよう」


博士を真似たように、水無月も人差し指を豪健らに突きつけてから、

ノズル穴に身を翻して飛び込んだ。藍色のローブが華麗に舞う。


「さあて、命運は豪健氏に託されましたぞ!」

「おいおい、そんな重大な」


もう大して時間はない。コンマ五秒の決断。


「大丈夫っしょよ。けんちゃんはどこに行ってもけんちゃんっしょ」


望月が微笑んだ。


刹那、風が止んだ。

ガチャガチャの暴力的な音も聞こえない。


豪健の中で答えが決まった。

地面に踏ん張っているたんぽぽに向かって突進していった。

己の決断に、仲間の信頼に突き動かされて。


「たんぽぽ剣、道連れ!」


いつかたんぽぽが言った技名を唱え

両腕を広げて、豪健はたんぽぽに飛びかかった。


吸い込まれる風に耐えるだけでも精一杯なのに、

たんぽぽに避けられる余裕はない。


「ちゃげふっ」

「たんぽぽ、ようやく捕まえた」

「は、離せ人間のゴミ。わ、私は、お父さんと」


たんぽぽはしぶとく近くの樹木に手を伸ばした。

そうまでして粘るのか、と豪健がたんぽぽの手の先を見る。


そこには、机に乗った黒いウサギを可愛がる

つばきとたんぽぽの様子が描かれた絵が樹木の幹に引っかかっていた。

仲睦まじい優しい雰囲気のタッチ。


「あれは、誰が描いた」


ドン、と背中に柔らかい衝撃を感じる。


「本気で時間が無いっしょ!」

「仕方がありませんな。我輩も手をお貸ししますぞ!」


豪健の背中に芋虫のようにくっつく二人の少女。

吸い込む風はラストスパートだと言わんばかりに、勢いが最強になる。


「たんぽぽ、帰ろう! 僕たちの世界に!」


豪健が最後にそう呼びかける。

たんぽぽは、一瞬顎を引いて唇を噛んだ。

しかし、樹木から手を潔く離す。


だけに留まらず、背中に抱きつかれている三人を引きずるように

ノズル穴に向かって猛烈ダッシュを開始した。


「おい、自分の足でいけるから」


もはや吸い込む力のせいなのか、たんぽぽの力のせいかわからない。


「たんぽぽ剣、引連れ」

「似非剣技でごまかすな! マイペースもいい加減に」


豪健のお説教が最後まで紡がれることは無かった。

四人はノズル穴に吸い込まれ、この世から姿を消した。

ノズル穴は小さくなり、風は止み、取り残された絵画は音を立てずに倒れた。



第三章 ゲームと現実の混同編 終わり

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