セールスが上手い人は声のとおりが良い
「ひとまず、先ほどの戦利品を並べていってって」
銀色の石、ボロい長剣と丸盾、スライムの体液を小瓶二個っと。
こうやって商品を並べていくと、いよいよ商人をやっている実感が湧いてくる。
剣士とはまた違ったワクワク感があるな。
あと他に持っているモノは、援護用モチ、食用モチセット、
回復ポーションを数個と、僕が愛用している剣だ。
商人だから剣術は使えないけど、通常の切り合いならできる。護身用に。
食用のモチは少しなら売って良いかもしれない。
硬くなったり、カビが生えたら援護アイテムにするしかないし。
ということで、食用モチを最後に置いてお店が完成した。
「……」
静かになった。辺りを見回す。人っ子一人いない。
近くのたいまつがゴツゴツとした岩肌をぼんやり照らす。
お店が完成したからといって、お客さんが来るわけでもない。
商品を並べ終えたらすることが無くなったな。
あくびを一つ。
遠くでモッチーナの掛け声と、キンッという剣の当たる音が聞こえてきた。
「……戦闘に役立つモノでも作るか」
マットの上の商品を詰めていき、三分の一ほどスペースを作った。
布袋から援護用のモチを取り出し、そこに置く。
「モチにスライムの体液とか、かけたら良いんじゃないか」
僕は一人で頷きながら小瓶を手にとって栓を抜いた。ワクワクが戻ってくる。
瓶を逆さまにすると、中の液体がゆっくり降りてきて、
ぽたりと粘性を保ったままモチに落ちた。
スン、とモチの周りに風が吹いて、水色に変色したモチが完成した。
「やった! ガラクタじゃない、ちゃんとしたアイテムができたぞ!」
用途不明の水色のモチ。
僕は調子に乗って、一瓶を使い切るまでモチを次々と錬金した。
「よーし、七個も作れた」
満足しながら空き瓶をしまおうとする。
ふと、目の前に誰かが立っているのに気がついた。
「面白いモノを作っているわね」
「うわっ」
驚いて空き瓶をお手玉してしまう。
「おっとと、危ないよ坊や」
さっと手を伸ばして片手で空き瓶をキャッチする。赤い爪の手。
「すみません、助かりました」
「いえいえ、こちらこそ黙って観察して悪かったわ」
一見してダンジョンに似合わない身なりのカチッとした女性がそこに居た。
長い黒のパンツに黒のベスト、白いシャツ。
首元の大きめな青い蝶ネクタイが可愛いく目立っていた。
「その水色の物体は何なのかしら?」
青みがかった紫色の長い髪を手で押さえながら聞いてくる。
「実は僕もわかっていなくて」
「隣にある白い物体と混ぜたのよね」
「そう、こっちはモチって言って、焼けば食べられる食料品なんです」
「モチ。言葉の響きだけで美味しそうだわ」
「食べたことないんですか?」
「ないの」
お姉さんはぺろりと舌を出す。
「相方が戻って来たら休憩にするんで、その時に振舞いましょうか?」
僕がそう提案すると、お姉さんは人差し指を顎に当てて少しの間悩んだ。
「また別の機会にするわ。今、ダイエット中なの」
「モチは炭水化物の塊ですからね。どうぞ、他の商品も見て行ってください」
お姉さんは置いてある商品を眺めていく。最後の商品で、その視線が止まった。
「これは。手に取って見ても良いかしら?」
「どうぞ、好きなだけ」
僕が促すと、お姉さんは銀の石を手に取った。お目が高い。
「銀鉱石に間違いない。状態も良い。材料としても優秀だわ」
なるほど、銀鉱石というのか。
「ついさっき取れたばかりですよ」
「うそっ! ここらのモンスターが落とすアイテムじゃないわ」
「スライムにサイコロを振られて、上位モンスターを召喚されたんです。たぶん」
自信なく僕は目を逸らした。
「それで、おいくらになるのかしら?」
お姉さんはこちらの考えを読み取ろうと底の深そうな瞳を向けてくる。
駆け引きは苦手だ。ただし、今回はお金よりも情報を欲している。少し気楽か。
「あ、お金はいりません。こちらが希望する情報との交換になります」
「へぇ、新しい儲けのネタでも探しているのかしら」
「そんなところです。ダンジョンガチャについて知りたいのですが」
「流行りに便乗するその姿勢、できる同業者みたいね」
「同業者?」
お姉さんは妖艶な笑みを浮かべる。
「そう。私も商人なの。良かったら後で私の商品も見ていってね」
虎柄模様の毛皮の装飾がされたアタッシュケースを掲げて見せてくる。
「はい、もちろん」
「それで、私もダンジョンガチャについては調査中だったりするから、
あなたでも知っているような基本的な情報しか持っていないと思うの」
「そう、ですか」
あてが外れたか。初っ端から事が上手く運ぶほど世の中甘くない。
落胆する僕に、お姉さんは優しく微笑んだ。
「一つ提案しても良いかしら」
「何でしょう」
「あなたの売っているこの銀鉱石と引き換えに、
私は今時点で私の知っているダンジョンガチャの情報をあなたに教える。
さらに、私が今宵限定で売っているこの商品も渡す」
再びアタッシュケースを掲げて見せるお姉さん。
「その商品って、どんなモノなのですか?」
「良くぞ聞いてくれました!」
お姉さんが満面の笑みを作り、ポケットから紅いハンカチを取り出して、
地面に広げた。そして、その場に正座をする。
太ももにアタッシュケースを乗せて、ぱかりと開いた。
僕は前かがみになって、中身を覗き込む。
「今回ご紹介する商品は、『どこでもスベール』よ」
白いモクモクとした煙に紛れて、
真っ白いデザインのスポーツシューズが入っていた。
「どこでもスベール?」
「この靴を履くと、こんな地面が凸凹しているダンジョンでも
すいーっと滑ることができるの」
お姉さんが靴を片方取り出すと、地面に置いた。
右手でちょんと押した靴は、ススーっと摩擦が失われたかごとく地面を滑り、
左手にスピードを落とすことなく収まった。
「おお! すごい! 地面を滑っている!」
「この靴があれば、敵との間合いを詰めたい時、
あるいは、敵に強襲をかける時に役立つこと請け合いだわ」
「さわってもいいですか?」
「もちろん」
手に持ってみると、思っていたより重かった。
靴底を見ると、表面に薄氷が張っていた。
指で擦ってみると、ひんやり冷たい感触に紛れて、
白い雪だるまのイラストが顔を出す。
良く見ると、所々に小さな穴が空いており、冷気を噴出した跡があった。
「可愛いな」
「そう! そうよね! そのイラストは博士が一生懸命描いたのよお」
独り言のように言ったつもりだったが、お姉さんに聞こえてしまったらしい。
子どもみたいに無邪気に笑っている。初めて見る顔。
「博士というのは、この靴を作った人?」
「えっ、あー。はい、そうなんですよ!
博士は素晴らしい発明を次々とするのよ。セールスのやりがいがあるわ!」
一瞬言葉に詰まったが、すぐさま営業トークに戻るお姉さん。
「今宵一品限り。靴底のイラストにも目が行くお兄さんは、もうセンス抜群!
あなたに売れるなら、私もこれほど嬉しいことはないわ!」
ぐいぐい顔を近づけて迫ってくる、お姉さん。
香水の良いにおいが鼻をくすぐる。
この靴が使えるかどうかは別として、雪だるまはモッチーナも喜びそうだよな。
「わかった。ダンジョンガチャの情報とこの靴を、僕の銀鉱石と交換しよう」
「さすがお兄さん! ではでは、まずはダンジョンガチャの情報から」
こほん、とお姉さんは慎ましやかに咳払いをした。