勇者はクラスで邪険な存在
「私ずっと、勇者さんの良いところばかり、見ていたかも。
相手のことを知るためには、嫌なところも見ないとダメなのかもしれない」
いつになく言葉に力を込めている宮下に、おっ、と豪健は身を乗り出した。
親父のダメなところなんて、嫌というほど見てきている。
「勇者の嫌なところを知りたいなら、いくらでも教えてやるぞ」
「いや、そんなにたくさん知りたいわけじゃなくって」
慌てて両手を振って、身体を引く宮下。
「そうなのか。あっ、宮下のおはぎを頂いて良い?」
「うん。今日もたくさん作ってきちゃったから」
そう言ってお弁当箱を差し出す。
ありがとうと言いながら、豪健は小豆おはぎを手に取った。
「あのさ、いつもたくさん作ってきちゃうのって、勇者にあげるためでしょ?」
「え? いや、そうじゃなくって、本当にたくさん作ってきちゃって」
「隠すことはないべな。誰かのために作るご飯。
このおはぎは、そんな心のこもった特別な味がするべ」
宮下の隣に机をつけているつばきが、
当然のようにおはぎを頬張りながらうんうん頷いている。
「あの、僕がこんなこと言えた義理じゃないんだけど、
つばきはお弁当はどうしているの?」
「うん? ワシはいつも宮下さんからおはぎを分けて貰っているべな」
「私一人じゃ食べきれないかもだし、お願いしているの」
どうやら宮下公認でおはぎを分けて貰っているらしい。
「えっと、今まで勇者におはぎを食べて貰ったことは?」
「ワシの記憶ではないべなー。いっつもご馳走になっているべ、申し訳ないけえ」
にっしし、とつばきがあっけらかんと笑う。
宮下は恥ずかしそうに俯いたまま。
これでは、おはぎを分けている側が申し訳なさそうに見える。
「いろいろ道のりは長そうだが。
そういや、勇者のお昼の放送っていつやっているんだ?
もう結構時間経っているけど、聞こえてこないが」
豪健が何の気なしに尋ねる。
俯いたままの宮下。その問いに答えたくないようで。
代わりに友塚が口を開く。
「ごうちん、何言ってるの? うちのクラスで前に決めたことじゃ……」
あっ、と友塚が何かを思い出したように声を上げて、ばつが悪そうにする。
「そっか。ごうちんはガチャガチャ様の神隠しにあったんだよね」
「う、うん。そういうことになっている」
豪健自身の記憶では、RHLのこのクラスに来てから四日目を迎えたばかりだが、
元からここに住んでいるRHLの住人にとっては、豪健とは学園の入学式から
知った仲ということになっている。
ここ数日のうちにそんなことも忘れるほどには、馴染んでいた。
「何を前に決めたの?」
「あっ、うん」
友塚は急に声を潜めた。豪健も心なしか緊張する。
「お昼と放課後は、うちのクラスでは放送を切ろうって決めたの」
「えっ、何で?」
「何でって。ゆうちんの放送、聞いたことなかった?」
「……昨日放課後に一度だけ」
思い出して、その理由がわかる。
あの自分本意な放送。あんなのが普通は認められるわけがないから、
おそらくガチャを回して得た権利なのだろう。
「だったら、わかるでしょ? あんな放送に付き合っていられないわけ。
聞いているだけで、イライラしてきちゃうもん」
「そ、そうだよね」
友塚が肩をすくめて、豪健の耳元から離れる。
公共性のかけらもない勇者の放送。
切られて当然なのだが、あんなにみんなに声を届けられて喜んでいた勇者が、
親父が、哀れでしようがない。
同じクラスの人たちには、一切聞かれていなかっただなんて。
自業自得だと見捨てる気持ちがある中で、
そこまでしなくても、うざくても聞いてあげればいいじゃんと、
クラスの人を非難する気持ちがひっそり湧き上がる。
そんなものが湧き上がってしまうのは、やっぱり腐っても親父だからか。
豪健はげんなりした。
午後の授業時刻となる。この時限から明日一日にかけて通常の授業は無く、
代わりに明後日の文化祭のための準備期間となっている。
豪健が初めてRHLに来た初日の出し物決めの通り、
クラスではメイド喫茶をやることになっていた。
勇者のガチャガチャ様の力によって、票が操作されていたにも関わらず
クラスの皆は不平不満を表には出さずに、教室の飾りつけやメニュー等の
基本的な物事を積極的に決めていく。
「では、買出しの詳細は飾りつけチームに任せるとして、
次はメイド服について決めていこうと思いますが」
ちらり、と教卓の前に立つ女生徒がこちらを見やる。
正確には、右隣の勇者を見た。
その視線を合図に、すくっと勇者が立ち上がる。
「まま、任せて頂きたい。い、今からガチャガチャ様に頼んで来るよ」
どもりながらそう言い残して、ぺこぺこ頭を下げつつ教室から出て行く。
「ほーら、一番重要な決め事を、自分勝手に他者の力を借りて」
友塚が心底つまらなさそうに言った。
教室のドアが閉まる。
と思ったら、すぐに扉が開いて勇者が戻って来た。
「いやあ、今回も上手いこと祈ってきたぜ」
「はいはい、お疲れ様。えっちな服じゃないでしょうね?」
邪険に扱う友塚を、勇者は気にした風でもなく機嫌よく席に着く。
「いやいや、そんなあからさまな服にはしないぜ。滅茶苦茶プリティーなやつ」
「滅茶苦茶プリティー」
ぽっと頬を染める宮下。
宮下はそれで良いのか、と豪健はため息をつきつつ勇者に向き直った。
「お前さ。ちょっとは協調性を持てよ」
「ふっ、持っているさ。他の追随を許さない俺のセンスで決めた方が、
こういう決め事は円滑に進む。言わば手助けをしているんだぜ?」
暴論も良いところなのだが、勇者は悪びれる様子もなく得意に言ってのける。
「その手助けってヤツで、一体誰が喜んでいるんだ?」
「誰ってそりゃあ」
「周りを見回してみろよ」
豪健に促されて、勇者は初めて辺りを見回す。
睨んでいる者、ため息をつく者、早々に諦めて机に突っ伏している者、
誰一人勇者を歓迎していない。
「な、なんだよなんだよ! その目は」
取り乱しながら立ち上がる。
ばたん、と大きな音を立てて椅子が倒れた。
近くのウサギが驚いて飛び上がった。
「あんたの振る舞いにうんざりしてるのよ。みんな」
友塚がぴしゃりと指摘する。
「あーあ、つまんね」
「文化祭やりたくないねー」
「ボイコットしようかなあ」
「どうせガチャガチャ様に縛られて無理だよ」
友塚の発言を皮切りに、教室のあちこちでネガティブな声が聞こえてくる。
誰に言うわけでもなさそうに、
けれども、ただ一人にその濁った言霊が集まっていくようだった。
心無い言葉が聞こえる度に、まるで勇者が自分であるかのように、
豪健は胸が痛んだ。そして、不安にさせた。
これが近い将来、現実世界で起こってしまうのではないかと。
民衆に責めたてられる親父。
戦おうにも、剣は無い。人望も無い。頭も弱い。
おまけに意気地も無い。どうしようもない親父だった。
「わかったよ! 俺がいない文化祭を、みんなで楽しめばいいんだ!」
勇者は乱暴に歩いて教室を出て行こうとする。
頭に乗った黄緑ウサギのピョン吉がずり落ちないよう、必死にしがみついている。




