ウサギが一匹、二匹、四匹、八匹、十六匹
午前授業は、これといって問題は無かった。ウサギが増えたことを除けばだが。
予想通り、12時を時計の針が示した瞬間、教室に居た五匹のウサギの影から、
さらにもう五匹のウサギが飛び出してきた。
ここに居ない三匹のウサギにも同じことが起こっているならば、
この学園には計十六匹のウサギが居ることになる。
教室は歓声に包まれた。みんなウサギを喜んで受け入れている。
「どんどん増えて、学園を潰すっしょよー」
白ウサギのラビちゃんを撫でながら、望月が優しげに囁いている。
他の生徒とは意味合いの違う喜び方をしている望月の後ろには、
本来席がなかった場所に、いつの間にかたんぽぽが自席を運び込んでいた。
縞々ウサギとその影から出てきた黄色ウサギの両方を撫でて、
こちらも幸せそうな顔をしている。
おかしなことになってきたぞ、と豪健一人だけが不安を募らせていた。
お昼休みになった。昨日約束した通り、豪健と望月は校長室へと向かう。
今度はしっかり扉をノックして、部屋の中に入った。
「来たか」
昨日と同じ窓際に水無月は立っていた。
博士も身体の大きさに合わない椅子の上に座り、浮いた脚をばたつかせている。
「さっそく本題に入るのです。あい、報告をするのです」
はいっ師匠、と頭を下げている水無月。
昨日見た映像だと、師匠を求めながらも成り行きで青い鳥に入った水無月。
しかし、ここまで博士に敬意を払っているのは何かあったのだろうか。
「まず、俺達のおかれた状況は非常に悪い」
険しい表情で水無月が言う。
水無月の背景を気にしている場合ではないと、豪健は顔を横に振った。
「まさか、魔力を溜めても戻れないっしょか?」
「いや、もちろん十分な魔力があれば、ガチャガチャで境界を生成して、
元の世界に戻ることができる」
「だったら!」
「ということは、魔力が足りないんだな? 期限までに」
豪健が言うと、その通りだ、と水無月が頷いた。
「俺達が完全NPC化する現実世界の進行時間、来週の月曜日が終わるまでに、
水曜日の今日から俺達全員の魔力を溜め続けても全然足りない計算だ」
「全然足りない計算だ、じゃないよ! どうして、そんなに落ち着いているんだ」
豪健が水無月の口調を真似て、声を荒げた。
「俺はどんな時でも落ち着いているが?」
「良く言いますね。変態な剣技を使って鼻の下を伸ばしているっしょ」
「ふん、そっちが露出狂だからだ」
「これは素早く動くための格好って何度も言わせるなっしょ」
「だったらパンツが見えたぐらいで恥ずかしがるな」
「見えたぐらいって!」
放っておくと、やっぱり喧嘩を始める二人に、豪健はため息をついて間に入った。
「口喧嘩している場合か? 僕達みんな、この世界の住人になる危機なんだ。
剣を振るうことだって、なくなるかもしれない」
「そうなのです。あいちゃんも大人げないのですよ?」
「はい、すみません師匠」
椅子に立って腰に手を当てている女の子に、頭を下げる水無月。
それを見て、望月が口を押さえて笑う。
豪健はその背中を小突いた。
「お前も、つまらない言い争いは止めろ」
むぅ、と望月は頬を膨らますが、それ以上は何も言わなかった。
博士は椅子に座りなおした。
「この学園のオブジェクトには魔力が秘められているのです」
「学園のオブジェクトって?」
「机や椅子、樹木や枝などの物だ。
この世界で存在するための魔力を内包している」
「それらを集めて、上手くガチャに取り込めるようなアイテムを
わたしは二日かけて開発してみるのです」
「なるほど。僕達で足りない分の魔力供給は、この世界の物で補うと」
「そういうことだ。ガチャへの魔力溜めは怠らず、次は明後日の金曜日に来い」
「まだ希望はあるってことっしょね!」
望月がぐっと拳を握った。
なるほど、水無月が落ち着いていたのはこういうことだったのか。
博士への絶対的な信頼が伺えるな、と豪健は思う。
「そういえば、今日はあの黄色い髪の子はいないのですね?」
博士がこてんと小首を傾げて尋ねる。
「ああ、たんぽぽならウサギの世話をしているよ」
「ウサギさん、可愛いのですが最近良く学園で見かけるのです」
「どんどん増えているけど、大丈夫なのか?」
豪健が不安に思っていたことを口にする。
「大丈夫っしょよ。ウサギで埋め尽くされてこの学園が潰れるだけです」
「この学園を潰すことは俺が許さない」
目をギラつかせて今にも剣を抜く勢いの水無月。
博士も力強く頷く。
「わたしも、学園の創造主としてこの学園を失うことは、
自分の子どもを失うことと同義なのですよ」
「しかし、一番は戻ることが優先なんだろう?」
「当然だ。学園のオブジェクトの一部損失は、やむを得ん」
「ウサギの心配も不要なのですよ。
オブジェクトの存在する数には限りがあるのですから」
「そうか、それなら良かった」
博士の説明に豪健がほっと安心する。
それを横目で見て、不満げに唇を曲げる望月。
「何にも良くないっしょ」
「ん? モッチーナ、何か言ったか?」
「何でもないっしょよー」
ふん、とそっぽを向かれてしまう。
どうしたものかと、豪健は頬をかくしかなかった。
午後の授業。ウサギが足元を駆け回り、時たま膝の上に乗ってくる。
こんな状態で勉強どころではないと思うのだが、
みんな慣れた手つきでウサギを撫でながら、反対の手で鉛筆を持っている。
「ったくよお、いつからここはウサギ小屋になったんだ?」
文句を言いながら消しゴムをごしごし擦っている勇者。
仲間が居た! と、豪健は感激して横を見る。
「これじゃあ授業になんないよ。なあ、虎丸?」
黄と黒の虎柄模様のウサギを撫でながら、
勇者が甘えた声を出している。
豪健は机に頭から突っ込みかけた。
「おい、おや、勇者まで何をやっているんだよ。名前まで付けて」
「何って、虎丸を愛でているんだ」
「お前は何とも思わないのかよ。こんな風に、ウサギが増えていって」
疑問に思っていたことを駄目もとで口にする。
「うーん。言われてみれば、こうウサギが増えていくのは怖いな」
一蹴されるかと思いきや、深刻な顔つきで顎に手を当て考え込む勇者。
「だよな。このままウサギが百匹、二百匹と増えていけば……」
「俺の人気がウサギに奪われてしまいかねん!」
拳を握り締めて、天井を見上げる勇者。
がくり、と今度こそ机に顔をぶつける。
「もう知らん。こんな世界、滅びてしまえば良いんだ」
「おいおい、そんなに自暴自棄になって。何か嫌なことでもあったのか?」
「あったよ! あってるよ~」
早く元の世界に帰りたいと思う、豪健であった。
放課後が訪れる。博士の話によれば、今は魔力溜め以外にできることはない。
「さあてと、今日も放課後イベントに行くぜ」
スキップをしながら教室から出て行く勇者。
その後ろを、とてとてと危なっかしい足取りで追っていく宮下。
「今日は、普通に帰るよ」
周りの席に呼びかけて、豪健は鞄を持って席を立つ。
「はいよー、また明日ね」
「ワシ達はウサギの世話をしていくよ」
「バイバイごうくん! 美雪とウサギを夢に出してね」
たんぽぽはこちらを見ようともせず、つばきと一緒にウサギを撫でている。
すっかりウサギがお気に入りの面々に苦笑しながら、手を振って教室を出て行く。
後ろから黙って望月もついてきた。
「で、どこに行くっしょか?」
「うん、夏目を探してみようと思う」
やっぱり、と望月が目を細めた。
「そう言うと思ったっしょよ。放送室を見てみると良いんじゃないですか?」
「確かに放送しているとは言っていたけど、
放課後なんて、放送していないだろう?」
「そうですか? 昨日、外に出る時に聞いたっしょよ」
望月の言葉に、豪健は小首を傾げる。
「僕は昨日、教室か屋上に居たけど聞いていないな」
「屋上なら放送は聞こえなそうっしょね」
「タイミング悪かったのかな」
その時、ぶつっと放送の電源が入る音が聞こえた。
ぷんぽんぽんぽーん、と軽やかなジングルサウンドが入る。




