ドキュメンタリが販促動画に切り替わる瞬間
有泉はお馴染みの毛皮の装飾がされたアタッシュケースを開く。
「今回ご紹介する商品は、『どこでもツクール』よ」
そう言って取り出して見せたのは、何の変哲も無さそうなノコギリやカナヅチ、
釘などの工具類だ。つばきがカナヅチを手に取って眺める。
「こりゃあ立派なカナヅチだべ」
「でも、見た感じどこにでもありそうな物だが」
手のひらで釘を転がしながら豪健が呟く。
その釘がウネウネとミミズのように曲がった。
「うわっ」
驚いて手を引っ込めた。
コンクリートの地面に落ちたそれは、
身体をくねらせて痛みに悶えているようだった。
「なな、なんだこれは?」
「あら~、もうミミズになったのね」
目を逸らしながら苦笑いを作る有泉。
さっそく雲行きが怪しくなってきたが。
「あんのお、これはどういうことだべ?」
「まあまあ、皆さん。まずは、この映像をご覧下さい」
有泉は場の空気を整えるかのように笑顔で呼びかけて、
アタッシュケースから大き目のタブレットを取り出す。
慣れた手つきで画面をタップ操作して、こちらに見せてきた。
豪健らはタブレットの前に集まる。
タブレットには見覚えのある後ろ姿が映っていた。
どこかに向かって歩いているようで、藍色のマントが忙しなくなびいている。
「早朝。朝霞の香る街中を、人知れず歩く男が居た」
映像の外からナレーションが入る。有泉の声で。
その声で、前を歩いていた男が足をとめて振り返った。
「おい、セーラ。そのカメラでいつから撮っていた?」
「あー。あいがカメラに映っちゃいけない顔になってる。
むっつり顔禁止。もっと凛々しく、できる男の顔になって」
茶化すセーラ。水無月は手を伸ばしてカメラを取ろうとするが、
ひょいっと映像が跳躍して、腕をすり抜ける。
「そんなできる男あいが、朝早くにどこを目指しているかというと」
「お前、絶対についてくる」
水無月の声がぶつ切りになった。
映像がひし形模様に象られて、場面転換する。
そこは豪健にとって、見覚えがあるどころではなかった。
懐かしさで涙腺が緩む、今は無き道場だった。
「やあ、たあ!」
「とわった!」
視点が上のほうだ。
これは、道場の天井裏から撮影されているのだろう。
「ふんぬ! こうなったら、もちもち剣第一巻、望月斬り」
水無月と剣を交えているのは望月だった。
ぴょーん、と飛び上がり望月の姿がカメラに近づいてくる。
くるり、と一回転してから斬り込みにかかった。
水無月はバックステップでその攻撃をかわす。
「水無月剣、水面めくり」
水無月が剣を水平に構えて、姿勢を低くする。
「で、出ましたー。あいちゃんお得意の、水面めくり。
その鋭い斬撃は、荒れ狂う川の水面もめくるほど」
吐息まじりの小声で、有泉が解説を入れている。
水無月が剣を素早く水平に斬り込む。
軽くジャンプをして、低い軌道の攻撃をかわす望月。
「しかしその実態は、鉄壁のスカートをめくるほどの鋭い斬撃だわ」
映像からは、ぶわっと望月のスカートが広がったように見えただけだが、
水無月の位置からはばっちり見えていたはずである。
「ちょいっと、その攻撃は禁止技って言ったはずっしょ」
慌ててスカートを押さえて、顔を真っ赤にして怒る望月。
「ふっ、知ったことか。戦場で肌を露出するな」
「じゃあ言い方を変えます。やっても良いけど、パンツを凝視するなっしょ!」
「し、しとらんわ! そんな布きれ、興味ない!」
ぷいっとそっぽを向く水無月。
「このように耳を真っ赤にさせながらも、
道場では日々の鍛錬を怠らないあいちゃん。そんな彼に転機が訪れます。
なんと道場の師匠がゲームにハマり、顔を出さなくなってしまったのです」
再び場面転換し、薄暗い場所に松明の灯りが規則正しく並んでいた。
ここは、ダンジョンか。
「師匠が来なくなって、今日で一ヶ月。あんな道場、もういらん。
ここでモンスターの相手をしていた方が、数倍ましだ」
ずさんっ、と風を斬る音。松明の炎もゆらめく。
「なるほどお、そんな理由で家出をしたのね」
「家出じゃない! 道場を捨てただけだ。俺は新しい師匠を探す」
「しかし、都合よく彼の前に師匠が現れるほど、世の中甘くは無かった」
画面が暗転し、水無月の歩く姿。
ダンジョン内で強者の冒険者に話しかける。
近くの巨岩に腰掛けて。
「その攻撃、強いな。どうか俺に剣術を教えてくれないだろうか」
ふっ、とクールに微笑んで見せる水無月。
冒険者は胡散臭い顔をして、その場を立ち去った。
次は水辺の休憩エリアが映し出される。
飲み物を汲もうとする、上級のローブを身につけた魔法使いの女の子。
「こっちの女神の聖水の方が魔力は回復する。持っていけ」
水無月が懐から瓶を取り出して、ぽーんと放る。
女の子は何が起こったのかわからず、目を瞬かせるだけ。
受け取り手のない瓶は、ガチャンと音を立て割れた。
そうして、慌てて水筒を仕舞いこんで逃げるように去っていった。
後には巨岩に腰掛けた水無月が残るだけ。
「なあ、お前の言っていた誘い方で本当に良いのか?」
「大丈夫よ。超クールなカメラ映りだわ」
「いや、カメラ映りはどうでも良くてだな。じゃなくて、何でまた撮って」
「鉄壁のスカートよりも高い障害が、あいちゃんの前に立ちはだかる。
彼の師匠になってくれる奇特な方など、もう現れないのだろうか」
「おい、悪意のあるナレー」
再び水無月の反論が途中でぶつ切りになる。
ひし形に画面がくりぬかれて、場面が変わった。
コンコン、と薄暗いダンジョンで何故かカナヅチを振るう水無月の姿が。
「本当に、俺の師匠が作れるんだろうな?」
「大丈夫よ。どこでもツクールは、どこでも作れるんだから」
「いや、場所のことではなくてだな」
「最初は疑心暗鬼だったあいちゃん。
しかし、まだ見ぬ師匠を思って振るうカナヅチは、
希望の光で輝いているようだった」
「いった、親指をやっちまった」
手首を振って、しかめっ面を作る水無月。
あらら、と有泉の可愛いため息が聞こえる。
「こっちに治療キットがあるから、無理しないで来なさい」
「面目ない」
映像用の猫を被った声ではなく、素のやり取り。
二人の信頼関係が伺える。
「できたぞ。これで、俺にも師匠ができるのか?」
木の板をこっちに見せつける。
そこには釘を打った文字で、『師匠求む』と書かれていた。
「そうねえ。そこの角に、23って数字を入れて完成ね」
「23? どうして、そんな番号を」
「願い事番号よ。世界には願い事を叶えたい人が大勢いるわ。その順番ってわけ」
なるほど、と水無月が頷いてカナヅチを握り直す。
場面転換する。
長机と、後ろの椅子に見覚えのある白衣と水色の羽。博士が座っていった。
「受験番号23番、部屋にお入り下さいなのです」
がちゃり、とドアが開いて、藍色のローブを着た水無月が部屋に入ってきた。




