地面に落ちたモチを食べる女の子
「げげっ、ナイトゴーストちゃんですよ! こんな浅い階層で」
苦い顔をこっちに向けてくる。
「いちいちこっちは見なくて良いから。
まずは、あの予測不能なスライムをどうにかしろ」
「合点承知っしょ。でも、倒した後に隙を作っちゃいますが、
ナイトゴーストちゃんに滅茶苦茶にされるあたいの運命を変えてくれますか?」
「そこは任せろ」
僕は布袋から投擲用の白いモチを取り出して見せる。
わああ、初戦で使っちゃうんですね! と目を輝かせて姿勢を低くした。
「これは食べるなよ」
「わかっています、っしょ」
ぴょーんと飛び上がり、赤いリボンの髪飾りをなびかせながら
立方体を真っ二つに切り込んだ。
そのすぐ隣で、ナイトゴーストが剣を振りかぶる。
すかさず手持ちのモチをナイトゴーストめがけて投げ込んだ。
放物線を描いて、ナイトゴーストの目前に迫ったところをその盾で防がれる。
続けざまに二、三個ポンポン投げると煩わしそうに盾を振り回した。
四個目を投げようとしたところで、頭蓋骨の額から短剣が飛び出した。
「余所見は禁物ですよ、ナイトゴーストちゃん」
鼻から口へと縦に切り裂かれる。
コス、とガスの切れた音がして骨がバラバラと地面に散らばった。
後には剣を収めるモッチーナが立っているだけだった。
「流石の剣捌きだ」
モチ、と親指を立てている。
「けんちゃんも、モチ捌きが上手いっしょ。爆発しなかったのは気になりますが」
つんつん、と剣先で転がっているモチをつつくモッチーナ。
「実は、商業会館で簡易錬金してみたんだ。売買用の紅いマットで」
「ほほう、このモチに何か混ぜたっしょ?」
「聖水をね。アンデット系には特に効果が」
ほうほうと相槌を打ちながら転がっているモチを拾って口に運ぶモッチーナ。
「あっ、ば!」
「かったあああ」
言うが早く、モッチーナはかじりつく。
カキンと音がしそうなほど、モチに歯が立たない。
「硬くなって食用として使えなくなったモチを錬金したのに、
それを食べるだなんて」
「早く言って欲しかったっしょ」
最初に言ったし、それ以前に、地面に落ちているモノを拾って食べるなよ。
モッチーナの欲望には叶わない。
「僕の口がお前の口に負けたってことだよ」
「いかがわしいことを仰りますね」
「しかし、ナイトゴーストが出現したのは何故だろうか」
「いやらしいことっしょね!」
「あのスライムの魔法か、それともアイテムか」
「ずばり、キスですね! あたいの口さばきで、けんちゃんはイチコロ」
「そうだ。ドロップアイテムをまだ見ていない。モッチーナはスライムを頼む」
硬いモチにキスをしようとしていたモッチーナは、スライム跡へと行く。
僕も近づいて、土に還ろうとしているナイトゴーストの亡骸に触れてみた。
さっきまで扱っていた剣と盾が転がっている。
ボロボロで使い物にならなそうだが、念のため大袋の中に入れる。
ふと、手ごたえを感じる。掴んでみると、銀色に鈍く光る石。
「こ、これは、なんだ!」
「なんだなんだ!」
立方体スライムの亡骸を調べていたモッチーナが顔を上げて叫んだ。
「凄く綺麗な石をゲットしたぞ!」
ふふん、と掲げて見せつける。おお! とモッチーナが興奮した。
「そいつは、凄くレアそうな石です!」
「そうだろう! 凄くレアそうだ!」
僕らには、それ以上のことはわからなかった。大切に、内ポケットにしまう。
「消える前に、スライムの体液も入手しよう」
スポイト付きの瓶を取り出して、管の先端をスライムの体液に向け、
管の途中にある膨らんだゴムの部分を押し潰す。
ブフォ、と空気が抜けて、水色の体液をちゅるると吸う。
「おお! 商人っぽいことをしているっしょ!」
「商人だからね!」
剣士や魔法使いなど戦闘系の職種は、アイテム採取の道具を持つ余裕はない。
最低限のドロップアイテムを手に入れたら次の戦闘へと向かう。
商人は、不必要な戦闘は避けつつ、ダンジョンに残された亡骸を
専用の道具で漁って、特殊なアイテムを手に入れるのだ。
「あの変なスライムと最初に倒したスライムの体液に、変わりはなさそうだな」
二体に並んで散らばる体液を採取しながら言う。
「なんじゃこりゃ!」
ちゅるちゅる採取している横で、
モッチーナが素っ頓狂な声を上げて何かを拾い上げた。
「なんじゃ?」
「四角いアイテムを拾ったのじゃ」
モッチーナの小さな手のひらの上に、さらに小さな立方体が乗っていた。
「サイコロかえ、けんじい」
「サイコロじゃな、もちばあ」
「サイコロは転がすに限るかえ、あっそれ」
「ばっやめ!」
僕の制止は間に合わず、モッチーナは脳天気にサイコロを放り投げた。
地面に転がって、止まる。六面のうちの上面が光って、
ぴーんという金属音が聞こえた。さっきと同じだ。
どがっ。
「いっっっだ!」
頭を抱えてしゃがみこむモッチーナ。
「だ、大丈夫か?」
「脳天で星がクルックルしているのですよー」
目を回しているモッチーナの隣にゲンコツ大の岩が転がった。
どこからこんなモノが。転がしたサイコロは光を失っていた。手にとって見る。
「棒人間に岩がぶつかっている」
「サイコロの上の面?」
涙の溜まった上目遣いで聞いてくる。
「そうだ。サイコロだなんて、実践では初めて見るアイテムだ」
他のほとんどの面も岩に人間がぶつかっている。振れば高確率で外れのサイコロ。ただし、一面だけ牙を出し尖った羽を広げたモンスターに雷がぶつかっていた。
「出た目の結果によって、効果が変わるアイテムっしょね!」
シュタッと勢い良く立ち上がる。もう復活か。
「六分の一だぞ、当たりは」
「実用的じゃなさそうだけど、あたい好みっしょ!」
サイコロを見るその目は、キラキラ輝いていた。
宝石でも入っているのか、その目は。
「あのスライムが持っていたんだよな。このダンジョン特有のアイテムか」
「くれっしょ」
「……」
「……」
物欲しそうな目で見つめてくる。しようがない。
「使いどころを間違うなよ」
「余裕っしょよー」
満面の笑みで差し出された手のひらに、ぽんと乗せる。
大切にポケットに仕舞うモッチーナ。
「ガチャといいギャンブルちっくですねー」
「こうなると、低層でも油断できないな。今日はこの階だけにしよう」
えー、と頬っぺたにモチを作る。
「こんな低層に、目当てのダンジョンガチャなんて出るっしょかー?」
「それを調査するための商人だよ。僕はさっき手に入れたアイテムで
さっそく店を開くから、付近のモンスターを狩っていてくれ」
「まったくもうです。商売を早くやりたくて、ウズウズしているっしょ」
「良いから、散れ散れ」
「何かあったら、助けてモッチーナ! と可愛い悲鳴を出して下さい。
可愛いければ可愛いほど早く飛んで来るっしょ!」
そう言い残して、ぴょんぴょんとダンジョン奥に飛び跳ねていった。
それを見届けた後、辺りに聖水を撒いた。
これでモンスターが近寄らないようにする。
紅いマットを敷いて、さて、どんな商品を並べようか。