この世界には二種類の人間が居る
「本気っしょよ。ゲームの世界がどうなろうと、知ったこっちゃないです」
「あのなあ。お前の目の前のウサギはどうなんだ?」
「可愛いウサギさんっしょ。でも、ゲームのキャラクターが可愛いのは、
当たり前じゃないですか」
えらく達観した物言いだ。
豪健は、この世界に来てから度々発せられる望月の過激な発言に、
引っかかりを覚えていた。
具体的に何がどう、ということはわからないし、
言っていることも間違いではなさそうなのだが、
望月の言葉は豪健の胸中に不安な渦を作っていくようだった。
「けんちゃんだって、お父さんが伝説の剣まで売っちゃって、
RHLを潰したいって考えていたはずっしょ」
「そいつは、そうだけどさ」
茶色のウサギを撫でながら口ごもる。
この世界に来るまでの自分は、確かにRHLを潰したいと考えていた。
モッチーナの言うとおりだ。
考えてみれば、今の自分達の目標はこの世界から脱出することだが、
当初の自分達の気持ちに忠実に動くのであれば、
この世界を滅茶苦茶にしてから、脱出するのが自然なことだ。
誰もが二度とこのRHLというゲームをやりたくないぐらいに破壊する。
そう思えば、モッチーナの考え方もあながち間違いではない。
だが、この世界はあまりにもリアルにできている。
友塚も宮下も美雪も勇者もつばきも操っている人間が居るとは言え、
まるで生きている人間のように、接してくる。自分の意志でもあるかのように。
それに、あの森の植物だって、目の前のウサギだって、
ちゃんと空気を吸って生きている。
豪健は、自分の気持ちがわからない。
望月のように割り切れない。
「とにかく、お昼休みに校長室だ。そこで、新しい何かがわかるだろう」
「そうっしょね。そこでまた、身の振り方も変わるかもしれないです」
ウサギを撫でる手に力が入ってしまったのだろう。
豪健の手元に居た茶色のウサギは怯えたように、机から逃げ出した。
お昼休みになり、友塚から校長室の場所を聞いて、
豪健と望月は目的の場所へと目指した。
校長室の前まで来ると、他の部屋の入り口とは違い、
焦げ茶色で、横開きではなく捻るタイプのドアノブが付いている。
豪健は慎重にノブを回して、校長室へと入った。
「ノックもせずに入ってくるとは、礼儀のなっていないヤツだ。生ぬるい」
最初に目に飛び込んできたのは、窓際に立っている水無月だった。
相変わらず藍色のローブを身にまとい、憎たらしい軽口も叩いてくる。
「あれだけの怪我をして、もうピンピンしているっしょねー」
「ここに来てすぐに保健室で治療をしたからな」
「だったらもう一戦、今度は再起不能にしてやるっしょ」
短剣を両手に構える望月。
「こら。今回は話しをするだけだって、言っただろう?」
「むう、そうでした」
昨晩みたく、勝手に飛び掛られては困ると
あらかじめ言い聞かせておいて正解だった。豪健はため息をつく。
「随分と聞き分けが良くなったな。この世界に来て丸くなったか?」
「ここはモンスターも見ないし、剣の腕が鈍りそうです。退屈な世界っしょねー」
「退屈ではないのです!」
望月がつまらなそうに言い放った言葉を、どこからか反論する。
窓際の重厚な机の後ろにある黒くて大きな椅子。
それが、くるりと回った。
「ここは、戦いに疲れた現代の人々を癒す、楽園なのですよ!」
椅子の大きさに対して不釣り合いなほど小柄な、
白衣を着た女の子が座っていた。
「博士! こんなところに居たのか」
「むしろわたしはここぐらいにしか居ないのです。
この学園で一番偉いのですから」
椅子の上に立って、えっへんと胸を張る博士。背中の水色の羽も健在だ。
流石は師匠、と隣で頭を下げる水無月。
あんな小さな女の子にかしこまっている水無月の姿がどうにも慣れず、
豪健は笑いそうになるのを我慢する。
「ということは、博士が校長先生ってことっしょか?」
「当たり前なのです。校長先生はこの世界について、何でもご存知なのですよ」
それを聞いて、望月がずかずかと大股で博士の所へ歩いていく。
そして、机を両手でバンッと叩いた。
「じゃあ元の世界に帰る方法を教えるっしょ!」
「それは、セーラから聞いたはずでは?」
水無月が博士を庇うように前へと出る。
「ガチャガチャ様に魔力を送る話っしょ?」
「そうだ。それ以外に帰る方法はない」
「お前達もか?」
豪健が口を挟む。水無月は頷いた。
「俺達も例外ではない。
この世界での俺達の存在は、シルバーサーバで繋ぎとめられている」
「シルバーサーバ?」
「わたしがダンジョンガチャに取り付けた、あのアイテムなのですよ」
人差し指を振って得意そうな博士。豪健は顔をしかめた。
「あの忌々しいアイテムか」
真っ暗闇に吸い込まれた光景は、鮮明に思い出すことができる。
それが、僕達の存在を繋ぎとめているとは。
「この世界に居る人間は、大きく分けて二種類いるのです。
一つは、お前達の世界から操作しているゲストキャラ。
もう一つは、誰にも操作されていないこの世界の住人、
ノンプレイヤーキャラクター。通称NPCなのです」
「ゲストキャラにNPC」
「もしかして、僕達の世界で操作しているキャラは、制服を着ていないのか?」
「その通りなのです! 見分けが簡単に付けられるように、
NPCにはこの学園の制服を着て貰っているのですよ」
ということは、勇者やつばきは僕らの世界で操作されているキャラで、
友塚と宮下と美雪は、操作されていない、ここの住人ということになる。
しかし、そうなると腑に落ちないことが一つある、と豪健は小首を傾げた。
「プレイヤーが現実でいなくなった場合、
操作していたキャラはどうなるっしょか?」
望月も豪健と同じ疑問を抱いていたようだった。
「もちろんこの世界から消えるのです」
「じゃあ、つばきって生徒は別人が操っているっしょか?」
望月が豪健に尋ねる。
そこまで聞かれて、豪健の脳内にある記憶のからくりがカチリと音を立てた。
「いや、待て。思い出した。文化祭の後片付け中に、消えたと親父は言っていた。
だが、今は文化祭をまだ迎えていない。つまり、これは」
「お父さんは、生きている」
豪健と望月のすぐ後ろから、意志のこもった声が聞こえた。
「うおっ」
「きゃあ」
二人同時に仰け反った。
透き通ったピンク色のワンピースに、黄身色の髪の毛。
眠たそうな目のたんぽぽが立っていた。




