妖しい笑みは無料
「ここは本物の森みたいっしょねー」
足を踏み入れてすぐに望月は呟いた。
その通りだと豪健は思う。
僕達が今まで居た場所は、確かに学校という施設で、
その屋上は本来固い床で出来ているはずだ。
しかし、どこかの森の一部がそっくりそのまま移されたみたいに、
踏みしめる土は弾力があり、何百年、何千年の樹齢の太い樹木は根を張り、
空を青葉で覆っている。
「うん。ここが学校の屋上だなんて誰も考えないだろうな」
「このゲートのせいっしょか?」
望月は道の両脇にそびえ立つ赤い柱を指差す。
上空で、二本の柱で繋がっている。
「何かしらの意味はあると思うけど。
このゲートの前にも後ろにも森が続いているから、直接的な原因でもなさそう」
豪健はそのまま、柱の下を潜り抜ける。
みかん色の木漏れ日が二人の行く道を指し示すように、
ぽとり、ぽとりと小道へ落としていく。
豪健はそれらを踏みしめ、望月は避けるように進んでいく。
それは突如、二人の目の前に現れた。
樹木の葉に紛れて、八の屋根。
苔やツタがまとわりつき、裏には蜘蛛の巣まで。
「た、建物っしょ」
望月は呆然とその屋根を見上げる。
視線をおろしていくと、ひと目と色あせてわかる木の壁。
真ん中には太い縄がぶら下がり、丸い二つの鐘に繋がっている。
「何かを奉っているのか?」
そして、縄の後ろ。
長方形の大きな箱、所謂お賽銭箱があった。
但し、その上のお金を入れる場所には、見覚えのあるモノが置いてある。
「ダンジョンガチャがあるっしょ」
それは、豪健や望月を飲み込んでこの世界へと誘った、
ダンジョンガチャだった。
しかし、荒々しく悪魔ような口を開けて飲み込んだ印象とは異なり、
目の前のガチャは大人しく、ただ一途に、
親愛なる誰かを待っているようだった。
豪健が一歩近づいた、その時。
「わらわの」
ガチャから女の声が聞こえた。
ひっ、と望月が小さな悲鳴を上げる。
「わらわの睡眠を邪魔する、愚か者めが!」
「ごごご、ごめんなさい!」
望月が両手をアワアワさせて頭を下げている。
こういう得体の知れない系には本当に弱いよな
と望月の怯える姿を見て、豪健は逆に冷静になっていく。
ダンジョンガチャをよくよく観察すると、
青みがかかった紫色の髪が、風に揺られてちらりと見えた。
「おい、後ろに居るのは誰だ!」
豪健は懐から剣を引き抜いて構えた。
おろおろしていた望月も、慌てて短剣を持ち直した。
口元をふにゃふにゃさせて。
「さすが、モチを売る商人は目の利きが違うわね」
ふふっ、と笑みを零してお賽銭箱の前にその姿を見せた。
「有泉、セーラ」
「あらあ。フルネームで覚えてくれて、光栄よ」
「よくもあたい達を!」
言うと同時に、望月は両手の剣を交差させて地面を蹴った。
怯える姿はどこにもない。
「青いデコピン」
有泉はアタッシュケースを素早く開き、大きな手の付いたアームを取り出す。
望月が剣を振りかぶって斬りかかる。
そのタイミングに合わせて、アームを伸ばした。
「あいた!」
アームに付いた大きな手の、親指で溜めて放たれた人差し指が、
見事に望月のおでこにクリーンヒットした。
空中でひっくり返り、地面に落っこちる寸前、
豪健が望月を受け止める。
「ううっ、火花が散りました」
「いきなり襲い掛かるからだ」
目を回していた望月。
段々と、顔を覗きこんでいた豪健へと焦点があっていく。
「ちょ、ちょいっと、ここ、この格好は!」
頬を赤くさせて、腕の中で暴れ出す望月。
「お姫様抱っこだなんて、君は意外と大胆だわね」
有泉にもクスッと笑われる。
しかし、敢えて豪健は望月を降ろそうとはしなかった。
「ここに居るのは、有泉だけか?」
「そうね。ガチャガチャ様の見張り、と言ったところかしら」
有泉は、ガチャを見やる。
「やはり、それが」
「どんな願い事も叶えてくれる、神様のような存在よ」
「だったら僕達を、元の世界に戻して欲しいモノだが」
「あら、もちろんガチャガチャ様ならそれも可能だわ」
ニヤッと妖しく微笑む有泉。
「だったら戻して貰おうじゃないか」
「そうねえ。でも、今は無理なのよね。お生憎様」
「そんな!」
思わず大きな声を発してしまう。
急速に夜へと向かっていく森の中にこだまする。
そのシリアスな豪健の表情とは打って変わって、
お姫様抱っこをされてなすすべが無い望月は、ただ顔を赤らめて固まっていた。
「ひとまず今日はこの森で野宿よ。テントと寝袋は安く売ってあげるから」
「えっ、有料なの?」
豪健が口をぽかんと開けて聞くと、有泉はぷっと噴き出した。
「寝る前から寝ぼけたことを言わないでよ。
世の中タダでモノが手に入るほど、上手くできていないわ」
ガチャガチャ様の隣ではっきりと言う有泉に、
妙な言葉の説得力を感じてしまう豪健。
「一つだけ、聞きたいことがある」
「良いわよ~。お客様のご要望でしたら、お幾つでも」
「ここは、RHLの世界で間違いないんだな?」
真剣な眼差しでそう問いかけると、有泉は微笑んで優しく頷いた。
「間違いないわ。ここは、博士の作ったRHLの学園世界。気に入ってくれた?」
「悪くは無いところだが」
そう口にすると、お姫様抱っこをされて固まっていた望月が、急に起き上がった。
「悪いところっしょ! 早くお家に帰りたいです!」
「あらあら。お姫様抱っこされるお姫様なご身分でも、
ご不満を抱えてらっしゃるのね」
楽しそうな有泉の余裕な笑みを、望月は恨めしそうにじとっと見つめる。
「ガチャガチャ様は、いつになったらあたい達を帰してくれるっしょ?」
「帰るだけの魔力があれば」
「魔力?」
そうよ、と有泉はガチャガチャと叩く。
ポンッと軽い音がした。中身はすっかり空洞のようで。
「詳しくは明日、博士が説明してくれるでしょうけど、
今は私達が元の世界へ戻るだけの魔力が圧倒的に足りないわ」
「だったら溜めれば良いっしょ。どうすれば、溜まりますか?」
焦れったそうな望月。
「簡単よ。魔力は休んでいる時に回復するから、寝る前にこうして」
有泉はガチャに手をあてた。
「手で触りながら、自分の魔力を分けてあげれば良いのよ」
「わかったっしょ!」
ぴょん、と豪健の腕から飛び降りて、望月はガチャに近寄った。
有泉の真似をするように、手をあてる。
目を瞑って、ふぬぬっ、と唸っている。
ゴロゴロゴロ、と何かが転がる音がガチャの中から聞こえてくる。
「はぁ、はぁ、こんなもんっしょか?」
今にも倒れそうなほど、ふらふらになりながら望月は言った。
「良いわね~。そんな調子で溜めていけば、あっという間よ。
あ、テントと寝袋は社の中にあるから、持って来てあげるわ」
有泉は社の中へ入っていく。
「お前、せめてテントを作ってからにしろよ」
「あたいはもうダメです。けんちゃん立派なテントを作ってっしょ」
「ちょっとは後先考えろよな」
豪健は望月の肩を支えながら、ため息をつく。




