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剣を売ってガチャるな!  作者: 原 すばる
第二章 リアルヒューマンライフ没入編
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女の子の名前を覚えられないということ

「珍しいこともあるもんだね!」


友塚が手を振ってつばきを迎え入れる。

良く見ると、つばきは何かを胸に抱きかかえている。

耳がぴょんと立っている、これは。


「ウサギを貰ってきたべ」

「きゃあ、なになに、かっわいい!」


お弁当の片づけをしていた美雪がテンション高らかに駆け寄り、

真っ白いうさぎを撫でる。

様子を見ていた他の女生徒も駆け寄って、歓声を上げていた。


「もっちんも行ってきたら?」


状況が飲み込めず、半ば放心状態の望月に友塚が声をかける。


「あっ、うん」


すっと立って、望月は群がる女生徒の合間からウサギを覗き見た。

頭やお腹や足など、好き勝手に撫で回されているウサギ。

それでも、迷惑そうな顔をせずに、赤い目を細くさせて受け入れている。


望月も数多に伸びる手に紛れて、手を伸ばした。

触れた場所は固い背骨の部分。

しかし、生温かく、生命の躍動が伝わってくるようで。


ふと、ウサギが望月を見た。

赤いつぶらな瞳が透き通るように望月を映す。


「か、可愛いっしょ」


思わずため息が漏れる。

喧騒と数多くの女生徒が居る中で、

望月は自分と撫でるウサギしか見えていないようであった。


キンコーンカーン。

昼休み終了の予鈴が鳴った。

各々が自分の席へと戻っていく。


「おっ、ウサギ評論家のモッチーナも気に入ってくれたべ?」


唐突に話しかけられ、夢中になって撫でていた望月はハッと顔を上げた。


「そ、そうっしょ。気に入りました」

「そりゃあ良がった。んだら、ラビちゃんと一緒に午後の授業は受けようかね」

「ラビちゃん?」

「このウサギの名前さね」


ニッ、と歯を見せて無邪気に笑う。

ラビちゃん、と愛おしそうに呟く望月。

豪健は何だかつまらない。自分以外に見せる望月の惚けた表情が。


「そのウサギは生きている動物かい?」


さっきの意趣返しで、望月に向かって言ってやった。


「ふわふわと、生温かかったっしょ!」


豪健の方に振り返って、ウサギを触った手を見せびらかす望月。

その手は、鋭く斬りつける短剣を握ったものとは思えない、

白くて小さい、ウサギのような手だった。


「お前の手って、小さい頃からほとんど大きくなっていないよな」


言葉の意図に気づかず、はしゃいでいる望月に苦笑いしながら、

その手に自分の手を合わせる豪健。

ごつごつとした手に、すっぽり収まってしまう望月の手を愛おしく思う。


「ななっ、いきなり何するっしょ」

「ん? どうかしたか」

「どうもこうも……」


頬を赤くして俯いてしまう望月。

可愛いヤツめ、と満足げな豪健に横槍が入る。


「なあ、お前たちって何でそんなに仲が良いんだ?」

「うおっ」


勇者がいつの間にか席について、肘をついてこちらをじっと眺めていた。

慌てて手を離す。


「おやじっ、じゃなくて勇者か。いつの間に」

「俺なんてガチャガチャ様の力で一時は仲良くなっても、

すぐに疎遠になっちゃうのに」


切実なため息をつく勇者。豪健は何だか気の毒に思う。


「そりゃあ、仲良くなろうとしないからじゃないのか?」

「う~ん、仲良くなろうとはしているはずだけど」


腕組みをしながら、自信なく小首を傾げる。


「ゆうちんは女の子の扱いが雑なんだよ」


友塚が口を挟む。


「雑って?」

「まず、女の子の名前をよーく間違えるし」

「そ、そんなことないよ」


そう言いながらも、視線を合わせようとしない勇者。

友塚は尚もせめる。


「あたしの時だって、4、5回間違えてから、ようやく呼べるようになったもんね」

「あ~わかるっしょ。あたいも最初の頃は水無月とか呼ばれていました」


望月が懐かしそうにうんうんと頷いていた。

確かに、親父は人の名前を覚えるのが苦手だった。

道場に来たばかりの望月を、同時期に来た水無月とよく間違えていた。


家に帰った後で、ふと思い出したかのように、

あの女の子の方の名前は、水無月だったか? って4、5回聞かれた記憶がある。


「し、仕方がないんだ。俺は日々、たくさんの女の子に囲まれているからな!」

「うわ~。ガチャガチャ様の力に頼って、さいあく。美雪に近寄らないで」

「ひ、酷い!」


美雪が自分を抱きしめて引いているところに手を伸ばす勇者。

十分楽しそうにやってそうだが。


「勇者は悪くない、かも」


ぼそっと、呟くように豪健の左隣の席の宮下が言う。


「えっ、何だって?」


残念ながら擁護の声は勇者に届かなかった。

宮下は顔を赤くしてすぐに手元の文庫本へと視線を戻す。


「よーし、みんな席に着いているなー」


先生が入ってくる。青いジャージを着た男の先生だ。

クラスをざっと見回していく。

その視線は、最後のつばきで止まった。


「ん、今もぞもぞと何かが動いたような」

「先生、ラビちゃんと一緒に授業を受けてもええが?」


つばきがウサギを抱きかかえたまま立ち上がった。

おっ、と驚く男の先生。


「授業の邪魔にならなければ、いいぞ!」


親指を突き出して、にっかり笑う。

良いのかよ。なんて大らかな先生なんだ。


「あんがとさん!」


つばきも親指を突き出した。

こうして、豪健と望月はすっかり学校のクラスの一員となった。

彼らには充実した学校生活が待っているだろう。

この世界の住人であるならば。


放課後、豪健と望月は屋上に来ていた。


「どうにか一日が終わったな」

「そうですね。みんな家に帰っているっしょ」


柵に寄りかかって、校門を出て行く生徒を二人は眺めていた。

一日の学校生活から開放されて、鞄を振り回したり、友達とじゃれあったり、

穏やかな表情でのんびり歩いたりと、皆一様にストレス無く安堵に溢れる。


一方、豪健と望月は深刻だった。

帰ろうにも、この世界に帰る家は無い。

だったら他の生徒と一緒に帰ってみようともしたが、

学校を出ると、他の生徒は消えてしまった。文字通り、すうっと足から。


「今日は学校に泊まるしかないな」

「今日は、っしょか。いつまで、この世界に居るっしょ?」


不安そうに聞いてくる望月。


「そうだな。早いところ帰るためにも、まずは博士を探し出さないと」


僕は森の方へと身体を向けた。

自分たちが最初に居たのは、この森の中だ。

他のみんなもこの中に居るかもしれない。


「この森の中に、誰かしらは居るはずっしょ」

「たんぽぽや夏目も無事で居るか、心配だしな」

「そうっしょねー」


棒気味な口調で答える望月。

相変わらず正直なヤツだと思いながらも、豪健はそれ以上追求しない。


「よし、完全に暗くなる前に、探索しよう!」

「おっけいっしょ」


二人は森の中へと再び足を踏み入れた。

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