きな粉のおはぎは細心の注意を払って食べる
「おもちちゃんはすーぐ、剣術のことなんだから」
つまらなそうに椅子を揺らす美雪。
「剣術を知っているのか?」
「うん? 学園の制服を着ていない人がたまに話したりするしー。
おもちちゃんとか、ほとんど毎日言ってるしー」
そう言いながら両手の箸を交差させた。
「もちもち剣、なんとか! ってな具合にね。きゃは」
声高く笑う美雪に、望月は眉間に皺を寄せてエビフライの尻尾まで一気に食べる。
ごっくんと飲み込んで、望月も構える真似をした。
「こう! 内側から外側へ斬るイメージを持ちながら!」
「こうかな? うーん、美雪わかんなーい」
望月が席を立って、美雪の背後までやってくる。
手はこう、脇をもっとしめて、と文字通り手取り足取り指導を始めた。
望月が真面目に触る度に、美雪は金色の髪を揺らしてくすぐったそうに笑う。
何をやっているんだ、あいつら。
豪健が呆れながら唐揚げを食べていると、すぐ隣から声がした。
「あの、あたしのお弁当も食べて欲しいな!」
少し照れながらも、お弁当を差し出す友塚が居た。
中を見ると、小さなオニギリのワンちゃんの海苔の眉が吊り上って、
くっつくように前に居るネコちゃんが無邪気に笑ってニンジンで頬を染める。
豪健は思わず、ぷっと笑ってしまった。
「これって、あれ?」
お弁当の中身から望月と美雪へと指を交互に差す。
「うん。あの二人、仲が良いよね」
「そうかもしれないね。でも、食べるのがもったいないな」
「あは。そう言ってくれるのは嬉しいけどね。お弁当の本分は食べられること。
どうぞ、美味しく召し上がれ」
首を僅かに傾けてはいっと満面の笑みの友塚。
その仕草に、豪健はちょっとドキっとする。
「そ、そうだね。有り難く、頂こうか」
そう言って、ワンちゃんのオニギリを口に運ぶ。
小さかったので一口でいけると思ったが、意外と大きかった。
「あはは。そんな、一気に食べるなんて、無茶だよー」
頬っぺたを限界まで膨らませてオニギリを入れている豪健を、
友塚はおかしそうに笑う。
もぐもぐ。おにぎりを飲み込むまで、間を開けては豪健の顔を見て、
思い出したかのように笑われた。
ようやく飲み込んで、豪健は一言。
「美味しかった」
「お粗末さまです。しかし、やっぱりワンちゃんを食べたね~」
今度は悪戯っ子のような笑みを作る。
どぎまぎしてしまう豪健。
「えっ、いや、それはどういう」
「きゃあ~食べるだなんて、はしたない」
片頬に手を当てて照れたように顔を振り始めた。
弁当を食べて、はしたないも何もないが。
しかし、この子はほんとに楽しそうな子だな、と豪健は自然と微笑んだ。
「あっ、あたいもそのお弁当食べたいっしょ」
何故か美雪の肩を揉んでいた望月が、慌てて間に入ってきた。
「どうぞどうぞ、ともちんも好きなのとって」
はいっ、と分け隔てない笑顔で望月の方へお弁当箱を差し出した。
望月は難しい顔を作って眺める。
「むむむ、ちゃんと見ると確かに可愛い」
「えー、さっきはちゃんと見ていなかったのー?」
バツが悪そうに頬をかく。
友塚は気にせず、むしろ困り顔の望月を面白がって見ていた。
「あっ、このリンゴが特に可愛いっしょ」
「お目が高いね~さすがもっちん。これはウサちゃんリンゴだよ!」
リンゴの皮がぴょんと跳ねて、うさぎの耳を表している。
楊枝で刺して、目を輝かせながら口に運ぶ望月。
「んー、美味しいっしょ! 乾いた喉に果汁が潤います」
「良かった。もっちんのお口にもあって」
にこっと笑いかける友塚に、
ウサちゃんリンゴを夢中で食べていた望月は、照れて目を逸らす。
「おはぎって言うのも食べてみるっしょ」
「あっ、うん。私のもお口にあえば良いけど」
宮下は自信なさげにおずおずと風呂敷の上のお弁当箱を差し出した。
小豆、きな粉、黒ゴマの三種から、望月はきな粉をまぶしたおはぎを選ぶ。
箸でぱくっと食べた。黄色の粉が僅かに舞う。
「ふぉおおお、こふぇわ!」
口に入れて、二、三度咀嚼したかと思えば、望月が声をあげた。
「ちゃんと飲み込んでから喋ろうな。あ、僕も一つ良いかな?」
「どうぞ」
豪健は小豆おはぎを口に運んだ。
食べた瞬間、望月のテンション高まった理由がわかった。
なるほど、食感はざらっとしているが、お米を潰して甘く味付けをしている。
モチに似た食べ物だ、と食べたおはぎの断面を見ながら豪健は思った。
「これは、おモチみたいです!」
唇に黄色い粉を付けて、望月が世紀の大発見のように言う。
「もち米じゃないけど、頑張って潰したかいがあった、かも」
頬を紅潮させて、テンション高らかにおはぎを頬張る望月に、
宮下は嬉しそうに俯く。
しかし、それでも何か物足りない寂しさの影を宮下に見る豪健。
「そういえば宮下の前の席もずっと空席だけど、誰か居るのか?」
「つばきくんが居る、かも」
「かも?」
「……です」
「さすがにクラスメートの存在は、ちゃんと覚えていようよ」
友塚が冗談っぽく言うと、顔を赤くして俯いてしまった。
つばき、豪健はその名前をどこかで聞いた気がしていた。
「つばき、って最近どこかで聞いたような」
「あれっしょ! たんぽぽのお父さんの名前!」
「あっ! そうだ。それだ」
左斜め前の空席は、たんぽぽの親父さんの席だったか。
確か、消えたって聞いていたけど。
「いないってことは、既に消えた後っしょねー」
「そういえば、つばちん今朝から見ていないね。出し物決めにもいなかったし」
心配そうに言う友塚。
「どうせ、ガチャガチャ様のところだよー。
つうくんの願いはあんまり聞いて貰えないから、無駄なのにねー」
美雪が卵焼きをぱくっと食べた。
「どうせって、いつもガチャガチャ様にお願いしているの?」
「うん。懲りずに何度も何度も、何だっけ? 友ちゃん」
美雪が友塚に聞いた。
ウサちゃんリンゴを飲み込んで友塚は答える。
「最近は文化祭で牧場を出展する、って言っていたかな」
「文化祭で牧場!」
豪健と望月が声を揃えて驚く。
その時、教室のドアがガラガラと開いた。
「ただ今、戻って来たべえ!」
元気良く右手を掲げる、長髪の男子生徒がそこに居た。白いシャツに、
酪農家が着ていそうなジーンズのオーバーオールを身にまとっている。
「あ、ようやく来たねーつばちん」
「つうくん大遅刻だよー」
「いやーすんまねえ。けどもガチャガチャ様、
ようやっとオラの話ば聞いてくれたと」
ニッ、とあっけらかんとした笑顔を見せる、つばき。
豪健と望月は幽霊でも見ているかのように、目をぱちくりさせていた。




