酔っ払いシスターの手で商人になるということ
教会は城下町の外れにある。ダンジョンの近くと言っても良い。
魔王が支配力を強めていた頃は盛況だった教会も、落ち着きを取り戻して、
今ではダンジョンガチャ目当ての冒険者がたまに訪ねるぐらいだ。
十字架が飾ってある扉を開く。
「ようこそ、ひっく、いらっしゃいま、へっぷ、した、冒険者さ、おっ、ま」
おま、と顔がまっかっかのシスターが居た。ジョッキ片手に脚を組んで。
「えーと、ここって教会ですか?」
僕がおずおずと尋ねるとテーブルにドンっとジョッキを置いた。
隣に立っているモッチーナがびくっと反応する。
「ここはホテルじゃありませんよ~冒険者さま~」
顔を寄せてきて、ぶわ~っとアルコール臭い息を吐きかけてくる。
「いえ、ここが教会でしたら、ジョブチェンジをしたいと思いまして」
「はぁ。そうですか、そうですか。可愛い女の子を連れて、
ちょっっっっっと良いところを見せるために、
倒される罪無きモンスターも哀れですね。慈悲深き祈りを捧げます」
わざとらしくため息をついて手を組むシスター。
「あのそうじゃなくて、あたい達はダンジョンガチャについて調査をしたくて」
シスターの気迫に、モッチーナも大人しめだ。
「あーはいはい。流行りのね。良いわ、やってあげるわ。そこに跪きなさい」
脚を組んだまま、床を指差すシスター。
「こんな隅っこで良いんですか? もっと礼拝堂の前とか」
「あん? 場所を変えれば信仰心が変わるのか?」
目が据わったまま、つっかかってくる。怖い。
「いえ、そういうわけじゃないです」
「だったら、さっさと」
有無を言わせず、僕はシスターの前に手を組んで跪いた。
「で、何をどうすりゃいいわけ?」
「剣士から商人のジョブチェンジを」
「はいはい、汝、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの、
うぐっ時も、富める時も、貧しい、ひっく、時も」
僕はちらちらと上目遣いでシスターの様子を伺う。今度はすすり泣いていた。
「ごれを愛じ、ぐぉれをだずけ、ずっ、ばごころをずくすごとをぢかいまずか?」
シスターの文句が結婚の誓いに酷似しているのは気のせいだろうか。
「誓います」
そう告げると、頭上のシスターの手のひらが暖かく光り、
僕の身体を包み込んでいった。
「びゃああああ」
それは神々しい効果音ではなく、痛々しいシスターの嗚咽だった。
「なんで、だんで、みんなあだしを置いて、結婚しちゃうのよおおお」
声を上げてわんわんと泣き出した。これ以上の長居は無用だと、
お礼を言って僕らはそそくさと教会を後にする。
神様に仕える人も人間なんだなあ。
城下町に一旦戻り、商人限定の施設、商業会館に立ち寄った。
そこで、アイテム売買品を並べる紅いマットを入手する。
これでようやく商人としてダンジョンに潜れるというわけだ。
「よーし、ちゃっちゃか取引しまくって、情報をわんさか手に入れてやるぞ!」
ダンジョン入り口を前にして意気込みを言った。
そんな僕の一歩前にモッチーナは出て、短剣をぶんっと振る。
「そのためにモンスターを狩りに狩って、アイテムをゲットしまくるっしょ!」
「気合いが入っているね」
「けんちゃんもね」
お互いに不敵な笑みを浮かべて、僕らはダンジョンに入っていた。
浅い階層のダンジョンには松明が随所で設置されており、
特に灯りが無くても前に進める。
「今のところは静かだな」
「シスターの悲鳴が薄っすらと聞こえてくるぐらいには静かです」
「結構、根に持つタイプなのな」
そう指摘すると頬っぺたにモチを作った。
「だって、神様に仕えている人があんなに酔っぱらって、変なことも言ってきて。
せっかくの冒険気分をゴリゴリ削がないで欲しいっしょ!」
「まあまあ。シスターも人の子だってことだよ」
「あーあ。モンスターちゃんどこですかー? モッチーナはここっしょよー」
モッチーナが口に手を当てて呼びかけると、
どすっどすっ、と天井から青い液体の塊が二つ降ってきた。
「ほら、お前の呼びかけに応えてくれたぞ」
「あは。可愛い可愛いスライムちゃんですよ」
声を弾ませ、ぴょんぴょん跳ねて先頭に立つモッチーナ。
向かい合うのは、典型的な低レベルモンスターのスライム二体。
身体のほとんどが液体のスライムは、冒険者の飲み残しのポーションや
他モンスターの体液が魔力に触れて誕生すると言われている。
生物に触れるとその生命力を吸収する、御しやすそうな見た目の割に、
扱いは注意しなければならない。
「一発で仕留めちゃうっしょ!」
地面に接地しそうなほど身体全体を低く構えるモッチーナ。のっけからそれか。
「モチモチ剣第一巻、望月斬り!」
身体をバネのように縮めた後、ぴょーんと天井高くまで飛び上がる。
白い小柄なその姿はうさぎのようで、くるっと一回転しながら剣を叩きつけた。
一体のスライムの脳天に振り下ろされ、へこんでいく。ぐいぐい押し込まれ、
剣が下部まで達した時、ぶしゃあと破裂音と共に液体を撒き散らした。
「うん、今日も絶好調っしょ」
「得意技出しといて、ペース配分大丈夫か?」
「モチ、最初だけっしょよ。残りは通常切りで」
そう言って剣を構え直していると、
残った一体のスライムがブクブクと泡を出し始めた。
「下がれ、モッチーナ!」
僕の声と同時に、ぴょんぴょんとバックステップで距離を取るモッチーナ。
「様子がおかしいっしょね。ただのスライムじゃないのですかい?」
「わからん。変形しているようだが」
スライムは激しく泡を立てながら、凹凸を作りつつ、徐々に平面を形成していく。
ぼこっと最後の気泡が出た時、見事な立方体へと変わっていた。
そして、ふわりと浮き上がる。
「くるぞ」
「あたいの背中に隠れているっしょ」
「お前のちっこい背中に隠れる日が来ようとはね」
「しかしその背中は、幼き日々に見続けたモノよりも大きく感じたっしょねー」
剣を構えたまま得意げに言ってのけた。
今や立方体スライムはクルクルと回転し始めているのに口が減らない。
液体を飛ばしての遠距離攻撃か、そのまま体当たりでぶつかってくるか。
警戒態勢を取っていると、唐突に、回っている立方体が重力を取り戻して落ちた。
「な、なにっしょ」
その呆気の無さにモッチーナは身体の緊張を緩める。
サイコロみたくごろんと転がって、立方体は静止した。
六面のうちの上面が光り出す。
ぴーん、という金属音。
スライムの隣の地面が盛り上がった。足裏からも振動が伝わってくる。
「クコォー」
乾いた空気を吐き出して、古びた長剣と丸い盾を持ったガイコツが現れた。