勇者はメイド喫茶について語りたい
豪健と望月は、窓際から二番目の後ろから縦に二つの空席に座る。
望月が一番後ろ、その前に豪健だ。
「ねえねえ、二人してどこへ行ってたの?」
豪健が椅子に座ると、
手招きをしていた前の席の女の子が振り返って話しかけてきた。
「えっ、まあ、いろいろと」
「あ~、濁すってことは、いやらしい事をしていたんだ?」
「その発想はおかしい」
「きゃあ~あたしったら濁すだなんて、はしたない」
両頬に手を添えて、楽しそうにいやいや顔を振っている。
一人で勝手に盛り上がられて、さっそく置いてきぼりの様相だが。
豪健はわざとらしく、こほんと咳をした。
「あの、文化祭? の何を決めているんだっけ?」
「クラスの出し物だよー。今は候補の案を出している最中で、
黒板に書いてあるのが、今まで出た案なんだ」
「黒板?」
「白いチョークで文字を書く板だよ。あの正面の」
女の子が前を指差しながら訝しげに説明する。
「大丈夫? もしかして、神隠しにあったの?」
「か、神隠し?」
「うん。ガチャガチャ様の神隠し」
ひそひそと口に手を当てて聞いてくる女の子。
ガチャという単語は幾度と無く聞いた。
RHLのプレイヤー各人に見合った援助イベントを出してくれる存在。
それがダンジョンガチャ。
しかし。
「その、ガチャガチャ様っていうのは何?」
「おおっ。その様子だと、本当にガチャガチャ様の神隠しにあったんだね!」
初めて見たよー、と頬を紅潮させて興奮している。
「えーと、つまり?」
「あ、ごめんね。ということは、あたしのこともわからないよね?」
女の子は我に返って、ぺこりと頭を下げる。
三つ編みの髪もかしこまって揺れる。
「うん。僕は豪健、というのは既に知っているってことだよね?」
「そうだよー。あたし達はこの学園に入学して半年の付き合いだよー。
あっ、あたしは友塚。ともちん、って呼んでね!」
えへへ、と照れた笑みを浮かべながらも、どこか寂しげな影を残す。
半年の間に、自分の知らない自分と、
目の前の女の子に一体どんな交流があったのか。
不気味というより、友塚について何も知らない一種の罪悪感めいたモノを
豪健は感じていた。
「それで、と、ともちんは、ガチャガチャ様について何か知っているの?」
「うん。入学式の時に、校長先生から説明があったから」
「校長先生?」
「この学園で一番偉い先生だよ。挨拶のついでにって感じだったけど。
もしかしたら今までの記憶を無くすクラスメイトが現れるかもしれないけど、
それはガチャガチャ様の神隠しだ、って」
「そ、そんなことを大々的に宣言しちゃって、混乱しなかったのだろうか」
「うん、学園の制服を着ている人は大丈夫なんだって」
友塚は自分の襟をつまんで見せた。
改めてみると、黒に近い藍色の大きな襟、胸元には青色のスカーフ。
他は白く、スカートは黒く。
このセーラ服がまた可愛いんだよなあ、
と親父が鼻を伸ばして言っていたことを豪健は思い出した。
クラスを見回してみると、他にも同じ服装の女の子が複数人居た。
全体の三分二程度か。男子は白に近い水色のシャツに黒のズボンで、
こちらも割合はそんなものだ。
残りの人達の服装には見覚えがあった。
そう、豪健らの世界の住人が身に着けていた服装だった。
「あたしは、身だしなみに気をつけるための脅し文句かなって思ってたんだけど」
本当に神隠しに遭うなんて、と友塚が楽しそうに身震いしている。
この子は何でも楽しそうなんだな、と豪健は呆れながら
ガチャガチャ様の得体の知れない存在に、心底身震いする。
「ガチャガチャ様、何だか強そうだな」
「ガチャガチャ様は強いぜ? 俺達の願い事を何でも叶えてくれるんだ」
右隣に座っている男の子が口を挟んできた。
「君は?」
「俺は勇者だ。勇む者と書いて、勇者だ!」
そう自己紹介する勇者の格好は、黄色いズボンに緑の服、紫色のマント。
幼き頃から一緒にダンジョンで戦った、親父の格好そのものだった。
「ゆうちんは学園で一番、ガチャガチャ様のお世話になっているんだよー」
「おうよ。俺が屋上の神社に行くと、必ず願い事が叶うんだ。
他のヤツらは、叶わないことだってあるのによ」
にっしっし、と勇者が自慢げに歯を見せる。
まさか、こいつが親父か?
確かRHLでの親父のキャラ名も勇者だった。
安直過ぎと笑ってやったもんだが。
すると、ここはやはり、RHLの世界?
「願い事ってどういうのが叶うの?」
「そうだなあ。この前の校内スポーツ大会では、上位入賞とか。
からの、女の子に褒められてスポーツデートをする、とかな!」
ぐへへと、下衆に笑いながら豪健の肩をバシバシ叩いた。
顔をしかめながら、豪健がその手を押しのける。
「勇者ぐらいの実力なら、ガチャガチャ様になんて頼らなくても、
それぐらいできそうだけど」
「いや~、無理無理、絶対無理。俺、運動とか自信ないし」
豪健は口をぽかんと開けて勇者を見る。
勇者は身震いしていた。考えただけでも恐ろしいと言った具合で。
「そんなことは無いだろ?」
「いやー、そんなことあるあるよー。だから、ガチャガチャ様様なんだ」
「そうそう。ゆうちんは意外と臆病だからねー。ごうちんも放っておきなよ」
「ごうちん?」
豪健は自分を指差して聞く。
「うん。ごうちんってあたしは呼んでいたけど、まずった?」
「いや、僕もともちんって呼んでいるし、それは良いんだけど」
馴れ馴れしい呼び名というのも新鮮だ。
モッチーナのけんちゃんだけは、慣れ親しんでいるが。
豪健はこそばゆい思いをしながら、視線を正面に戻した。
「およその状況は理解した。で、ガチャガチャ様の神隠しにあった僕だが、
今はその文化祭でのこのクラスの出し物とやらを決めているわけで」
「なあ、ここはやはりメイド喫茶にしないか?」
勇者がそんな提案を豪健にしてくる。
「メイドなら我が家にたくさんいるだろう?」
「いやいや、違うんだよ。こうして一緒に肩を並べて勉学に励む同級生が、
ご主人様~ってご奉仕してくれる、それがたまらんのだ!」
「はあ」
そういうものだろうか、と豪健は引き気味だ。
勇者は気合いを入れて、さらに熱く語る。




