学校の先生に怒られる異世界人
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ちらり、ちらり。まぶたの上を光が行ったり来たりしていた。
豪健は薄く目を開ける。濃い緑色が風に揺れている。
その隙間から、光が差し込んでいた。太陽か。
手を動かしてみる。さらさらと湿った土の感触。
覚醒しきっていないぼんやりした頭で、身体を起こす。
辺りには太い樹木がまばらに立っている。
木の根が地面から盛り出して、凸凹している。
樹木の陰に隠れるように、若い雑草も生えて。
「ここは、どこだ?」
豪健は意識がはっきりしていく頭の中で、
先ほどまでの出来事を思い出していく。
博士が銀色のアイテムをダンジョンガチャに取り付けて、
それが僕らを飲み込もうとして、踏ん張ったけど結局みんな飲み込まれて。
そこまで思い出したところで、勢い良く豪健は立ち上がった。
「そうだ! モッチーナ!」
「うるさいっしょねー。もう朝ですか?」
目の前の太い樹木の裏から、聞き馴染みのあり過ぎる声が聞こえた。
豪健は急いで、裏にまわる。
樹木に身体を預け、木漏れ日に照らされて、
眠気まなこを擦っている望月が居た。
「良かった、無事だったか!」
「無事? けんちゃんと寝起きの朝を迎えているっしょ。無事じゃないです」
寝癖をつけて、にへらと笑う望月。
「いつまで寝ぼけているんだ。どうやらここは、森の中みたいだぞ」
「宿屋じゃなかったんですね。屋外だなんて記憶が吹っ飛ぶのも無理ないっしょ」
「吹っ飛んでいるのはお前の頭だ。いい加減ちゃんと目を覚ませ」
豪健が深くため息をついた。
冗談っしょよー、と舌をぺろりと出して、望月はお尻をはたいて立ち上がる。
「とにかく、他のみんなを探すぞ」
「はいはい。モンスターが出てきたら任せるっしょよー」
そう言って、望月が懐から短剣を取り出す。
豪健はポケットや背中の大袋を軽く確認した。
持ち物は変わっていないようだ。
さらに、鳥のさえずりが遠くで聞こえる。植物も活気がある。
生命の息吹きがこれほど肌に感じられるということは、
少なくともあの世ではなさそうだと、豪健は感覚的に判断する。
それは当たっていたようで、少し歩くと人が何度も歩いたと思われる、
土を踏み固めた小さな道にぶつかった。
「道です! 人がたくさん通っているっしょ」
「ああ。これを辿れば、誰かに出会えるかもしれない」
いくらか整地された道を歩いていく。
先ほどまでの木の根で凸凹した場所よりも格段に歩きやすい。
しかし、さっきまでダンジョンの薄暗い場所に居たのにここはどこなんだ?
どうして、森の中に? ガチャに吸い込まれたということは、ガチャの世界?
豪健の頭の中で、次から次へと疑問が浮かんでは消えていった。
そうして細い道を歩いていると、道の両脇に二本の赤い柱が立っていた。
「なにっしょか、これ」
赤い柱を上まで追っていくと、上空で横に二本の柱が伸びて
もう片方の柱へと繋がっていた。
「ゲートか、何かか?」
「くぐってみるっしょか?」
「そうだな。やってみよう」
豪健と望月は、そのまま道なりに歩いていく。
赤い柱の下をくぐったが、何も起こらない。
そのまま、唐突に視界が開けた。樹木も無くなる。
「あれ、森がなくなったっしょ」
「いや、森から出たんだ。後ろを見ろ」
振り返ると、今まで居た森があった。
足元は柔らかい土から、固い石のようなものに変わっていると豪健は気づく。
視線を前に戻すと、すぐ先に高い柵があった。
そこまで近づいたところで、今まで自分達が高い場所に居たことを知る。
「僕たちは、建物の上に居たのか?」
柵の隙間から覗くと、遥か下に砂を敷いた広場があった。
大きく楕円の線が引かれている。
「信じられないっしょ。ここはどこですか?」
「と、とにかく、ここから降りよう」
見回すと近くに開きっぱなしの扉があった。
あそこから建物の中に入るのだろう。
「行くぞ」
「うん」
今度は豪健が先頭になって、扉をくぐる。
すぐに階段があり、一段ずつ、恐る恐る降りていった。
壁や天井、床に至るまで汚れはあっても、白が目立つなと豪健は感じる。
「こらっ! お前達、そこで何をやっている!」
一階層分降りたところで、怒声が聞こえた。
望月はびくっと身体を震わせた。
「ななな、人の声っしょ」
「落ち着け。ここの事情がわかるかもしれない。剣は仕舞うんだ」
望月は大人しく剣を懐に仕舞う。
その間、怒声を浴びせた男性は、がに股歩きでずんずんやってくる。
髪の毛がすっかり無い、中年を過ぎたぐらいだろうか。
顔はタコのように赤くさせている。
服装は、茶色のスーツを着こなし武器もない。
一応殴られたら反撃できるように、構えだけは取っておく。
「何をやっているんだと聞いているんだ!」
「あの、僕達、迷子になってしまって」
「そ、そうっしょ。ここはどこですか?」
二人が口をそろえて尋ねると、男性はため息をついた。
「頭でも打ったのか、望月、豪健」
「えっ」
どうして僕の名前を、と豪健は驚く。
望月も同じことを考えていたようで、あわあわと口を開いて閉じていた。
「あ、あたいの名前が、こんな変な世界にまで、広まって」
「馬鹿。お前達は俺のクラスの生徒だろうが」
男性は呆れ果てて、頭の打ち所が本当に悪かったんだろうなと
同情の視線まで送る始末だった。
クラスに生徒。この単語に豪健は聞き覚えがあった。
親父が散々自慢してきた、リアルヒューマンライフ、
通称RHLのゲームに出てくる名称だった。
「クラスで文化祭の出し物を決める、大事な会議をしているんだぞ。
それを最初から抜け出して、先生は感心せんな」
「は、はい。すみません」
有無を言わせない圧力で説教をしてくる。
思わず頭を下げてしまう。
先生というのも聞いたことがあるぞ。
確か、クラスを纏める隊長みたいな役割の人だ。
勉強や生活指導をしてくれる、ありがたい人なのだそうだが。
目の前の人は今のところありがた迷惑っぽい人だと、豪健は困惑する。
「まあ、いい。まだ何も決まっていない、案出しの段階だからな。
今すぐ戻って、お前達も参加すれば間に合うだろう」
ついてこい、と言わんばかりに踵を返して歩き始めた。
「どうするっしょ?」
「とりあえず、この人の言うとおりに動いてみよう」
豪健と望月は、大人しく先生の後についていく。
階段を一階層分だけ降りて、すぐのところの扉に立った。
「さあ、入れ」
先生はわざわざ扉を開けて、二人に入るよう促した。
仕方なくその部屋へと足を踏み込む。
部屋に入ると、今しがたまで誰かが話していたようだが、その声が止んだ。
綺麗に何列も並ぶ椅子と机。そこに座る生徒の視線が一斉に向けられた。
「ひっ、人がたくさん居るっしょ」
「本当だ。ここで文化祭とやらの決め事をしていたのか?」
視線の的になって、望月はたじたじ。
豪健は人前に立つことは幾分か慣れていたので、冷静に状況を見る。
「やっと来たね。二人で愛の逃避行かな?」
黒板の前で、白いチョークを持った女の子が悪戯っぽい笑みを向ける。
あっはっは、と視線を浴びせていた人たちが笑った。
妬かせるねー、よっおしどり夫婦、こんな時でもブレないなー
野次まで飛んでくる始末だ。
「静かにしなさい! お前達も、突っ立ってないで、早く自分の席について!」
先生のお叱りを受けた。
そんなこと言ったって、自分達の席なんてわからない。
望月はおろおろしている。
豪健は教室の隅から隅へ視線を動かしていくと、
こっちこっち、と窓際に近い席で手招きをする女の子を見つけた。
目が合うと、自分の後ろの席を指差す。丁度、縦に二つ空席だった。
「モッチーナ、あそこだ。行こう」
「あっ。うん」
豪健は小さく呼びかけてから、手招きする女の子の方へと向かった。




