スライムをおっぱいに浮かべるということ
「わかりましたぞ。我輩はさっそく移動するであります」
「おう、こっちも早々に仕掛けよう」
言いながら剣を抜いた。
そのまま、有泉の方へ正面から向かっていく。
「商人が、えらく物騒なモノを持っているわね」
有泉がガチャを置いて、トゲトゲ茨の鞭を取り出した。
「そっちこそ、商人に似つかわしくない武器を持っているね」
「あら? 商人に鞭って、結構ハマっていると思うんだけど。
猛獣使いっぽくて良いじゃない?」
「僕はあいにく人間なんでね」
剣を構えて、地面を蹴った。
そのまま接近して、突き!
有泉の青い蝶ネクタイに剣先が入った!
と手ごたえを感じた瞬間、右手首に激痛が走る。
「やーね、猛獣じゃないの」
予備動作なく、鞭をしならせて視界の外側から一気に打たれた。
右手の握る力が弱まり、剣先がぶれる。
それを容易に、ひょいっと身体を捻ってかわされた。
ま、そう簡単にはいかないよな。
「もちもち剣外伝、モチ煙幕!」
すぐに取り出せるようにポケットに入れておいた煙幕用のモチを右手で持って、
地面に叩きつけた。
ブフォン、と白い粉が舞ったように辺りが見えなくなる。
すぐさまその煙から離れる。
「げほっげほ、な、何よこれ」
白い煙の中で有泉の咳をする音が聞こえる。
ここで突っ込んでも良いが、僕自身も有泉をきちんと捉えてないので
危険は冒さない。それよりも。
「ガチャ、ゲットですぞ!」
白い煙が晴れていき、ガチャを掲げた夏目が居た。
ただ、近くに有泉も居る。いち早く安全に確保せねば。
「こっちにパスだパス!」
「パー、ッいっつー!」
ガチャを投げ出す直前、飛んできた鞭が夏目の手首にあたる。
僕の方へ向かうガチャの軌道がずれて、あらぬ方向へ。
「キャッチ」
「取り返したのです!」
明後日に飛んでいったガチャをたんぽぽと博士が同時に掴んだ。
「返すのです。これはわたしの大事なガチャなのです!」
「返さない。これは乱暴にぶっ壊すガチャ」
ぐぬぬー、と引っ張り合っている。
夏目が加勢に行こうとして、足を鞭でひっぱたかれた。
その場に倒れて、大げさに手をあげる。
「なはー、やっぱり我輩が戦場に立つべきではなかったのですぞ」
「夏目! くそっ、ならば僕が」
「ダメよ、二対一なんて卑怯じゃない?」
不適な笑みを浮かべて、立ちはだかる有泉。
そんな僕達を尻目に、モッチーナは二本の剣を懐に仕舞う。
代わりに、くの字型の短剣を二本取り出した。
「もちもち剣第四巻、お馬鹿な暗殺者!」
「なに! 第四巻だと」
水無月が目を見開いて驚く。
モッチーナは二本の短剣を、闘牛の角みたく前に突き出して構える。
シュッ、と放たれた二本の短剣は、
とっさに身を守ろうとした水無月の両脇を通り過ぎていく。
「ふう、どこを狙っている」
「まだまだっしょー」
再び、いつも使っている二本の短剣を取り出して、
一気に水無月との距離を詰めた。
キンッ、と金属音がダンジョンの奥深くまで響く。
「勝負を急いだな。生温い」
「くうう」
両手に持った短剣がぐいぐい押されていく。
単純な力比べは水無月に分がある。
そのまま一刀両断する勢いで、水無月の剣が鼻先に迫った。
刹那。
「だあっ。ぐっ、なん、だ」
苦悶の表情を浮かべる水無月。
剣への力が抜けていく。
「かかったっしょねー」
不敵な笑みを浮かべるモッチーナの視線の先には、
水無月の背中に刺さった一本の短剣があった。
「最初に投げた剣、か」
背中を切り裂いて地面に落ちたもう一本を横目で見ながら、
水無月は苦々しく唇を噛んだ。
「終わりっしょね。降参するなら今のうちですよ?」
今度はモッチーナがぐいぐいと両手の剣で押していっている。
その剣が、水無月の胸に届こうとしていた時。
水無月は苦痛の顔から、口端を吊り上げた。
「降参? するわけないだろう。水無月剣、水斬り」
「水斬り?」
初耳の剣術に、警戒するモッチーナ。
すると、水無月の剣が水色の魔力を纏う。
それでも、あと少しで剣が届く。
押せ押せのモッチーナに、ピュッピュッと水無月の剣から水が噴き出した。
「ひゃっ、つめた!」
モッチーナの胸元に液体がかかり、トーンの高い悲鳴をあげる。
有泉と向き合いながら、チラチラ様子を伺っていた僕も、
何事かと思わず注目してしまう。
「水無月のヤツ、いつの間にあんな剣術を」
「おおっ、あいが例の技をやっているのです!」
ガチャを取り合っている博士が感心していた。
モッチーナが短剣で押し合う度に、ピュッピュッと水を浴びせていく水無月の剣。
水色の液体は徐々に胸の谷間に集まっていく。
まるで意思を持っているかのように。
「これは、ただの水じゃないっしょ!」
「ふん」
勝ち気な笑みを浮かべる水無月。
「しかし、破廉恥な攻撃ですな」
「人間のゴミ」
足に怪我を負って歩けない夏目は腕組みをして頷いている。
たんぽぽもガチャを取り合いながら、ゴミを見るような眼差しを送っていた。
「だ、黙れ! これは真面目な技だ」
水斬りをしながらも、ちゃんとこっちの声は届いていたようで。
「あら、私は結構好きよ? お下劣で」
目の前の有泉はご満悦の様子だ。
モッチーナの豊満なおっぱいの上で集まっていった液体は、
小さく丸みを帯びて、元気に跳ねた。
「あれっ、か、身体の力が」
モッチーナの全身の力が抜けていき、
水無月の寸前まで迫っていた剣が再び押し戻されていく。
「そうか、スライムか!」
「ご名答。剣と召喚魔法の混合だ」
「よしよし、汝のしもべを従えて、このままやるのです!」
スライムは直に触れているだけで、生物の体力を吸い取っていく。
水無月のヤツ、いつの間にあんな高度な技を。
「肌を露出してダンジョンに入るなと、忠告を聞かなかった報いだ」
「くうっ」
形勢は再度逆転し、モッチーナの眼前に水無月の剣が迫る。
まずいな。
一旦、ガチャは諦めてモッチーナの加勢に行こうか。
そう足の向きを変えようとした時。
ラぁーララー、ルルぅーッル、ラララー
透き通るような歌声が響いてきた。
たんぽぽだ!
右手を伸ばして、優しく語りかけるように歌う。
何度聞いても夢の中に落ちそうな、敵前であることを忘れてしまいそうな、
包み込む安心感。
水無月は背中の痛みに耐えていた表情が、一瞬和らぐ。
しかし、モッチーナのスライムがすとん、と胸の谷間に落ちるのを見て
顔を引き締めた。
「俺のスライムが。どういうことだ?」
「ふふん、あたいに勝機ありです!」




