笛を吹けば宿屋が儲かる
昨日に引き続いて、本日もダンジョンに潜っている。商人として。
場所も同じところで、並べている商品もほとんど変わらずだ。
「昨日はスライムの液体が、思わぬ効果を発揮したからな」
そして、商品を並べ終えると、例によって暇になる。
本日の錬金タイムがやってきた。
「このサイコロを錬金してみようか」
たんぽぽを警護していた時に、ゴブリンが落としたものだ。
六面のうち、三面は石が棒人間に落ちている。つまりははずれ。
残りは、力こぶを作っている棒人間と盾を持った棒人間、
牙に尖った羽を生やしたモンスターに雷を落とした絵だった。
攻撃力アップと防御力アップ、それにモンスターに雷攻撃だ。
振れば二分の一で当たり。モッチーナが持っているサイコロよりも優秀だ。
「さてと、やっぱり手始めには、モチかな」
食用のモチを置いて、そこにサイコロを落とした。
落ちたサイコロはモチの中に溶け込み、
モチも角ばりながら立方体へと変化していく。
出来上がったモノは、またしてもサイコロだった。
しゅるる、と錬金したてのサイコロの周囲に風が吹く。
「おお! ガラクタじゃない! ちゃんとしたアイテムになった」
もしかして、僕は商人の才能があるのかもしれない。
二日続けて、錬金が上手くいってしまうとは。
さて、出来上がったサイコロを眺めていく。
すぐさま面白い変化に気がついた。
棒人間に向かって落ちていた岩は、四角いモチに変わっていた。
そして、攻撃力アップと防御力アップはモンスターへ、
雷攻撃は棒人間、つまりは自分に降りかかっていた。
「当たり側は効果の対象が逆転していて、はずれ側の岩はモチになった」
うーん、戦闘中に何の変哲もないモチなんて貰ってもな。
最初は喜んでみたものの、アイテムの質は劣化してしまった。がっくし。
「むっほーい! なんじゃい、それは!」
「うおっ」
「ぐほっ」
変な声が聞こえて頭を上げたら、ドンッと硬いものにぶつかる。
あいたたた、と緑色の前髪と一緒におでこを押さえている。
涙目の女の子が居た。
「だ、大丈夫?」
「メガネ! 我輩のメガネはどこですぞ?」
今度はおろおろと空を引っかいている。
僕も辺りに目を走らせる。すぐに並べた商品に隠れているのを見つけた。
「これかな?」
「それ、それだ! いやあ、助かりましたぞ」
メガネをかけたところで、改めて目の前の女の子を観察する。
襟付きの明るい茶コートに、焦げ茶の平たい帽子。
「そのサイコロが気になってついつい」
右手には虫眼鏡。まるで、探偵のような格好だ。
「こちらこそ、急に顔を上げてしまってすみません。あの、探偵さんですか?」
「探偵なんて大そうなモノじゃありません。しがないダンジョン鑑定士ですな」
「ダンジョン鑑定士?」
あまり聞き馴染みのない職業に、僕は首を傾げた。
「我輩はダンジョンが好きなんだ。この世界の無数にあるダンジョンに、
一つと同じモノはない。ダンジョン特有の地形、モンスター、アイテム。
そのどれもが愛おしい」
両手を胸にあて、自分の言霊を愛おしそうに包み込む。
「変わった趣味だな。このダンジョンはどう思う?」
「ふむむ。気になったのはアイテムですな。君も売り物にしているそのサイコロ。
低確率でモンスターがドロップする、レアアイテムみたいですし。さらに、
モンスターがちょっと凶暴ですな。他と比べて」
昨日出会った黄色い髪のたんぽぽも、そんなことを言っていたような。
モンスターの警戒心が強い、だっけ。
「他には?」
「後は、ふむむ。ダンジョンがくたびれているのに昂ぶっているような、
例えるなら徹夜明けでテンション高い我輩、みたいな印象を受けますな」
「荒れているってことかな」
「荒れていますぞ。もしや、ダンジョンガチャがあるのでは?」
虫眼鏡を通して僕を覗き込んでくる。おお! と思わず声を出して驚いた。
「そう! 良くわかったな。
つーか、ダンジョンガチャって他のダンジョンにもあるのか?」
「んにゃ、まだ珍しいですな。最近出てきたばかりのアイテムみたい。
エネルギーが大量にそっちに吸われているようで、なーんか気に入らないですぞ」
苦虫を噛んだように、辺りを見回す緑髪の女の子。
「そういや、自己紹介がまだだった。僕は豪健。普段は剣士だけど、
ダンジョンガチャの調査のために、今は商人をやっている」
「ふむむ。商人は本職じゃなかったんですな。どうりで、並べ方が雑であります」
虫眼鏡で僕の並べた商品をわざとらしく見ていった。
「ほっとけ。お前は何て言うんだよ」
「これは申し遅れた。我輩はダンジョン鑑定士の夏目と申します。
そうだ。お詫びに、我輩自慢のコレクターをお見せしようぞ」
そう言いながら、虫眼鏡を仕舞って、
茶色の襟付きコートの内ポケットをまさぐる。
取り出したのは、縦に細長い棒? よく見ると穴が空いている。
「これは?」
「我輩が最初に入ったダンジョンで見つけた、一番の宝物」
夏目は手に持った棒を横にして、口を添えた。
ぴゅほ、ぴゅろろー。ひゅーるるるー。
夏目の吹く棒から、色を持った音が聞こえてきた。
どこか古めかしくも、生命の息吹きを感じる。
僕をダンジョンの奥へ、見たこともない場所へ、誘ってくれる。
「どうだ? 良いモノであろうぞ」
気がつくと音は止み、にっししと笑う夏目が居た。
「うん。聞き惚れてしまったよ。何ていうアイテムなんだ?」
「笛と呼ぶ。こう横にして、指で穴を塞いで、音を調整しながら吹く」
「たあああ! 楽しそうな音がしたっしょよー!」
夏目が実演しながら笛の解説をしていると、遠くからモッチーナが駆けて来た。
「って、また別の女がいます! けんちゃん、この子は誰ですかい?」
駆けて来た早々に、僕に耳打ちする。
「この子はダンジョン鑑定士の夏目ちゃんだ」
「いかにも。ダンジョンのことなら我輩に聞いてくれ」
ぴゅろろろー、と景気良く笛を吹いて挨拶をする。
「あたいは、剣士のモッチーナ。けんちゃんの護衛を任されているっしょ」
「ふむむ。太刀筋が素晴らしい。隙がないですな」
「それはありが」
言いかけて、モッチーナが素早く剣を抜いた。
「しくじった!」
急いで辺りを見回すモッチーナ。
つられて僕も剣を抜いて立ち上がる。
「囲まれたか!」
薄暗い闇から、下はスライム、壁には十本足インセクト、天井には鬼コウモリ、
距離はあるが、皆一様にこちらに注目している。
「どういうことっしょか?」
モッチーナがどすの効いた声で夏目に問いかける。
「し、知らないよお! わ、我輩は笛を吹いただけで」
「警戒心の強いここのモンスターだからこそ、
笛の音色につられて集まったのだろう」
「やってくれたっしょねー。お前は戦えますか?」
「か、隠れるだけで精一杯」
モッチーナが舌打ちをする。
なんか、他の女の子に対するモッチーナの態度って、どこか冷徹だよな。
そう思ったが、今この場でちゃんと戦えるのはモッチーナだけなのだ。
失礼なことを気にしてしまい、すぐに後悔する。
代わりに剣を強く握り締めた。
「さあ、どこからでもかかってこいっしょ」
「おうよ。捌ききってやる!」
じりじりとモンスター達がにじり寄ってくる。
その時、モンスターの背後から優しい歌声が響いてきた。




