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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第3部 爵位継承編
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第37話 動き出す者たち

 城塞亀の頭が地に落ちて完全に絶命したと判断した湊は、深く息を吐きだすしながらレバーを操作して腕に装着されていた羽を元の位置へと戻す。

 そうしてそのままリリアを振り返って通信をつなげた湊は、モニタに映し出された彼女が無事な姿でいることに安堵のため息を吐いた。


「リリア、大丈夫? ケガはない?」

『え……、は、はい。ケガはありません……』


 戸惑いながらも返事をするリリアに安心していると、突然別の通信が割り込んできた。


『おいおいミナト! 何だその機体は!?』

『ミナトのくせに初めて見る機体に乗っているだなんて生意気だね』


 言われたい放題な湊が思わず苦笑いをしていると、再び別の通信が割り込んできた。


『全員、イスルギ少尉の機体が気になるのは分かるが、作戦は終了したのだ。魔獣処理班に後は任せて基地に帰投したらどうかね?』


 落ち着いた様子のその声に聞き覚えのあった湊がモニタに映し出された人物を見て、思わず慌てた。


「し……司令!?」


 驚いた様子の湊に、司令はどこか面白そうにくつくつと笑う。


『どうしたのかね、イスルギ少尉?』


 司令のその問いに、湊は少しの間口をパクパクさせた後、いろいろと聞きたいことを飲み込んで首を横に振った。


「いえ、なんでもありません。とりあえず、基地へ帰りましょう」


 そう言って湊が倒れたままのリリアの機体を引き起こすと、その場にいた全員がゆっくりとオークスウッド国立防衛軍の基地へと帰っていった。




◆◇◆




 少年は叔父の目を盗んで持ち出した可変型の対魔獣殲滅兵器(ABER)の中で、静かにその時を待っていた。

 彼が乗るABERの動力は現在すべて落とされており、狭い操縦席(コクピット)の中ですら僅かな光もなく、しかしその暗闇の中ですら、彼の血走った瞳はギラギラして見える。

 その少年――リード・ガレナが現在いるのは、オークスウッドの防壁よりさらに外側へ二十キロほど離れたところの平原に所々存在する茂みの中である。

 当然、安全な防壁外の魔獣が多くうろついているエリアでABERの動力をすべて落とすなどという愚行は自殺行為の何物でもないのだが、リード・ガレナはそんなことは些末なことだとばかりに、暗いコクピットの中で一人ぶつぶつと呟いていた。


「僕は何も悪くない。全部ミナト・イスルギとリリア・ガーネットのせいだ。軍学校でうまくいかなかったのも、叔父上に失望されたのも、部下がついてこないのも、僕が爵位をもらえないことも全部全部ぜんぶゼンブ全部ぜんぶゼンブ!! あいつらが悪い!!」


 少年の怨嗟の声はなおも続く。


「そうだ……。全部アイツらのせいだ! 僕は何も悪くない! 間違っていない! 間違っているのはアイツらだ! 僕を認めない世界だ! だったらいっそのこと……こんな世界なんてぶっ壊してやる!!」


 口ではそう言いながらも、実際に自分にそんな力なんてないことは、彼自身も分かっている。

 分かっていながらも、叫ばずにはいられないのだ。

 世界は理不尽だと。

 世界が間違っていると。

 そして、世界を呪わずにはいられなかった。


 そんな少年の心の叫びに呼応するかのように、ソレは少年が乗るABERの中へと侵入(・・)してきた。

 ソレは狭い隙間をするりと通り抜け、暗闇に閉ざされたコクピットに身を滑り込ませると、自分に気づかずに呪いを吐き続ける少年をじっと凝視した。


 そして。

 それは少年に気づかれないように、ゆっくりとその身を這わせながら少年の口元にたどり着くと、そのまま少年の中に一気に飛び込んだ。


「ぐっ!?」


 一瞬のどに生じた違和感に、リード・ガレナは思わずのどを押さえた。

 しかし事態はそんなリード・ガレナの行動とは無関係に進行していく。

 喉に生じた違和感が徐々にその範囲を拡大していくと同時に、リードは全身に言いようのない何かが浸透していくのを感じた。

 更にその言いようのない何かがやがて全身の末端にまで到達すると、今度は首筋や顔の一部、あるいは手や足などの末端のいたるところに、まるで葉脈のような模様が浮き出てきて、不気味に脈動し始めた。

 そうしてソレが全身に広がり切ったころには、そこにあったのはまるで鬼のような形相を浮かべたリード・ガレナの変わり果てた姿だった。


 このリード・ガレナに侵食したソレの正体は、実は粘菌状の寄生型魔獣である。

 オークスウッドをはじめ、トントヤードやリソス帝国など、各国に所属する研究者たちの間でもほぼ知られていない、頭に「超」が二、三個は付きそうなほどの希少種で、その生態の多くは謎に包まれている魔獣でもある。

 魔獣は本来、紫獣石のエネルギーを食べて生きていてそれはこの粘菌状の魔獣も同じではあるが、実はこの魔獣にはもう一つ、ほかの魔獣や動物に寄生して、その生体エネルギーを得るという特徴もある。

 ちなみに、この魔獣の完全上位種が、かの三幻獣の内の一体、「無王・水蛇(ヒドラス)」であることは、いまだ人類には知られていない。


 それはさておき、魔獣に寄生されたリード・ガレナは己の中にあったどす黒い感情が、まるで嵐のように荒れ狂っていることに気づいた。

 制御できない、否、制御する必要のないその感情を抱えたまま、魔獣に寄生されたリード・ガレナは、ニタリと笑ってABERの電源を入れるのだった。




◆◇◆




 リリア・ガーネットはその特徴的な深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳に疲労の色をにじませていた。

 防衛軍の仕事や公爵としての仕事が忙しいというのなら、まだ納得できただろう。

 いや、ある意味ではこれも公爵としての仕事になるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、リリアは諦めた表情を浮かべてメイドたちにドレスをとっかえひっかえ当てられる、ただの着せ替え人形と化していた。


 リリアがメイドたちの着せ替え人形になっていたのにはもちろん理由がある。

 それは、湊が新型のABERのアウラで出撃し、リリアたちを救出してから数日が過ぎたある日のことだった。

 その日の夕食のときに、彼女の父親である現公爵のチャールズ・ガーネットが、顎に生えた立派なひげをなでながら、こういったのだ。


「来週の休日に、リリアの公爵継承式をやろうと思う」


 その言葉に対する反応は様々だった。

 異世界から来た少年の石動湊は正直ピンと来ていなかったのか、ぽけっとした表情で「へぇ、そうなんだ」と軽い感想をこぼし、チャールズの隣にいた妻のシェリーは「あら、やっとですか?」と口元を拭いながら、むしろもっと早くやるべきだというように夫に視線を向けた。

 そして、当の本人のリリアはというと父の突然の言葉に、今まさに嚥下しようとしていたワインを吹き出しそうになるのをなんとか堪えながら、抗議の声を上げた。


「お、お父様!? そんないきなり……!!」


 そんな娘の抗議を無視して、父親は真面目な表情のまま理由を口にする。


「もともとリリアが爵位継承の課題をクリアした時から考えていたことなのだよ。ミナト君の入院やらお前の部隊の窮地やらで色々あったから遅くなってしまったが、もうだいぶ落ち着いてきたし、公爵の業務もだいぶ引継ぎができたしな。そろそろ頃合いだろう」

「だからといっても、そんな急にやらなくても……」


 なおも不満の声を上げるリリアを、今度は母のシェリーが窘める。


「リリア、これは現当主チャールズが決めたことです。それに、周りからも早くあなたの晴れ姿を見たいとせっつかれていたのですよ」

「その通りだ、リリア」

 妻の言葉に、夫が賛同する。


「国議会の上の連中の間でも「早く継承式が見たい」という声が多数上がっていてな。それだけじゃないぞ? お前やミナト君の上司の防衛軍司令や、軍学校の理事長、その他にもたくさんの人がリリアの継承式を楽しみにしている」


 想像したよりもたくさんの人が望んているのを聞いたリリアは、未だ不満げな表情ながらも引き下がるしかなかった。


 そういうわけで、継承式の日取りが正式に決定した時から、リリアはメイドたちにドレスを当てがわれて着せ替え人形状態になっていたのだ。

 ちなみに湊はというと、「僕はその継承式では軍服で出席すればいいですね?」と確認したのだが、チャールズとシェリー二人に揃って首を横に振られてしまった。


「何を言っているんだ、ミナト君。前にも言ったが、君はもう私たちの家族も同然なんだよ? そんな君が軍服を着て部外者のように振る舞うだなんて、あり得ないだろう?」

「そうですよ。ミナトさんもあの時(・・・)、私を「ママ」と呼ぶといったじゃないですか。そんな息子を軍服で済ませようなんて、できようはずもありません!」


 ちなみに、湊は彼らを「両親のように思う」とは言ったかもしれないが、シェリーのことを「ママ」と呼ぶとは過去言ったことなどないし今後も言うつもりはないのだが、どうやらシェリーの記憶の中では改ざんされて保存されているらしかった。


 ともあれ、湊も着たこともない貴族の正装ともいえる燕尾服タキシードを着ることになったのだが、幸い燕尾服にあまりバリエーションがなかった為、早々に着せ替え人形から解放されて、今は恨みがましい視線を向けるリリアに、小さく「頑張って」とだけ告げて、その場を後にするのだった。

 そうして、さてどうしようかと湊が考えていた時だった。

 突然湊の携帯端末が着信を告げたかと思うと、画面に久しぶりに見る名前が表示されていた。


「アッシュ?」


 軍学校時代からの友人の名前を読み上げてから、通話ボタンを押す。

 途端、懐かしい顔がホログラムに浮かび上がった。


『よう、相棒! 元気にやってるか?』

「アッシュ! 久しぶりだね! どうしたの、急に?」


 微笑みながら訊ねると、友人は以前と変わらない笑顔で答えた。


『いや、なに。風のうわさでリリアたんが爵位を継ぐって聞いてな。お祝いの言葉を言っておこうと思ってな』

「そうなんだ……。でも、だったら僕にじゃなくてリリアに直接言えばいいのに」

『俺もそうしようとしたんだけど、リリアたんに掛けても出ないのよ……。やっぱり忙しいのか?』

「あぁ~……、そうだね。今は継承式のための衣装合わせをやってるから、出るに出れないんじゃないかな?」

『なるほどなぁ。リリアたんも貴族だから、そういう面倒くさいのがあるわけだ』

「そうだね、本人もかなりうんざりしてたよ」


 湊が苦笑を返していると、アッシュの後ろからひょっこりと、もう一人の久しぶりの人物が顔をのぞかせてきた。


『アッシュばかり喋ってないで私にもしゃべらせろ、です』

『あっ!? ちょ、ユーリ!?』


 どうやら、ユーラチカ・アゲートが強引にアッシュ・ハーライトの携帯端末を奪い取ったらしく、ノイズが少し響いた後で、ユーリの顔がドアップで映し出された。


『ミナト先輩、お久しぶり、です』

「うん、久しぶりだね、ユーリ。相変わらずアッシュと仲良くやってるようだね」

『もちろん、です』


 画面外で「お~い、ユーリ? 俺の端末なんだけど?」と聞こえてくるアッシュの声を華麗に無視して薄い胸を張ったユーリは、『ところで』と本題を切り出す。


『リリア先輩の継承式はいつになる予定、です?』

「えっと……、今度の休みの日だね」


 湊の答えを聞いたユーリは、自分の端末を操作して何かを確認すると、ひとつ頷いた。


『それなら、私もアッシュもちょうど非番、です』

『確かに、俺らはちょうど非番の日だな』


 ユーリの言葉にアッシュが賛同したことで、湊も何が言いたいのかを理解したらしく、モニタ越しに二人に微笑んで見せた。


「わかったよ。リリアに二人宛てに招待状を出すように言っておくよ」

『さすが先輩は話が早い、です』


 言いたいことを言い終えたのか、そのまま端末の通信を切ってしまったユーリに湊が一瞬呆気にとられた後、そのまま端末をしまおうとした時だった。

 再び、携帯端末が着信を告げ、今度は別の久しぶりに見る名前が表示されていた。


「やぁ、アリシア。久しぶりだね」

『久しぶりやあらへん。そっちも忙しいんやろうけど、ちょっとは連絡寄越さんかい!』


 口調は厳しく、でもホログラムに映る顔はにこやかなアリシア・ターコイズに、湊も思わず笑顔になる。


「それで、用件は?」

『なんや自分、ちょっと冷たくないか?』

「そんなことないって!」


 慌てて弁明する港に、アリシアはけらけらと笑う。


『すまん、すまん。久しぶりにミナトを見てからかいたくなってもうたわ』


 そうして一頻り笑ったところで、アリシアは「さて」と本題を切り出す。


『用件やったな。もしかしたらアッシュやユーリからもう連絡があったかもしれんけど、リリアちゃんのことや。噂で聞いたで? リリアちゃん、侯爵を継ぐんやろ? 継承式はいつなん?』

「ああ、それなら次の休みの時だよ」


 湊の答えに、アリシアは手元にスケジュールを表示させながら、少し思案する。

 そして。


『その日やったら、ウチも空いてるで?』


 アリシアの言わんとすることを理解した湊は、苦笑を漏らしながらいう。


「わかったよ。リリアにはアリシアにも招待状を出すように言っておくよ」

『話が早うて助かるわ』

オークスウッド(ここ)まではアッシュやユーリと一緒に来る?」

『そのつもりや。ちょうど明日からリソス帝国へ行く行商組合キャラバンの護衛任務があるから、そのまま向こうで二人と合流してってかんじやな』

「なるほど……。分かった。それじゃ、リリアにはそう伝えておくよ。アリシアも気を付けて来てね」

『おおきに。ほな、また当日やな』

「うん、また当日に」


 そうして通話が切れた携帯端末をしまうと、湊は急ぎ足でリリアがいるであろう部屋へ向かうのだった。

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