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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第1部 こんにちは、異世界編
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第8話 被告人、ミナト・イスルギ

 ――父上、母上、そして愛すべき不肖の妹……。

 ――私、石動湊がこの見知らぬ異世界で先立つ不孝をお許しください。


 高い檀上から自分を睥睨する、厳つい男性の顔を見上げながら、湊は心の中で元の世界(あちら)にいるはずの両親と妹へと宛てた手紙を、心の中で認める。

 薄緑色のつなぎを強制的に着せられ、両手には金属の輪が細い鎖で結ばれた手錠が冷たく光っていて、その様相は彼のおかれた現状と相まって、まるで囚人のそれのよう……、いや、実際に囚人として湊はこの場にいるのだ。


「どうしてこうなった……?」


 誰にも聞こえないほどの小さな声で呟きながら、湊はぼんやりと少し前のことを思い返した。




◆◇◆




 湊が今いる場所が異世界だと知った夜。彼がまず心配したのは、「帰ること」だった。

 港がよく読む、漫画や小説、果ては二次創作などに出てくる異世界召喚された主人公は、たいていその世界での暮らしに馴染み、その世界で生きていくことを決めていた。

 これが、中二病全開のころであれば、湊もまたそんな主人公たちと同じく、異世界での定住を臨んだかもしれない。

 だが今は違った。


 若干夢見がちなところが残っているとはいえ、中二病を卒業した今の湊は、それなりに社交性を持ち合わせ、少ないながらも友人もいるし、もちろん家族も大事だと思っている。

 だからこそ、いきなり忽然と姿を消してしまった自分を、友人や家族が心配する様が想像できた。


「どうやったら帰れるんだ……?」


 ぼんやりと、緑色に光る月を見上げながら呟いた湊は、やがて今考えても仕方ないと思い直し、ギプスでがちがちに固められた右腕を庇いながら、ベッドへもぐりこんだ。


 翌朝、初めて見る本物のメイドに案内されて食堂へやってきた湊を出迎えたのは、長い銀髪と深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳を持つ少女――リリア・ガーネットの心配そうな顔だった。


「大丈夫……ですか?」

「……何が?」

「いえ……昨日はなんだか様子がおかしかったものですから。いきなり切羽詰まった顔で世界地図を見せてほしいとか言い出すし……。何かあったんですか?」

「ああ……その……」


 少女の問いに、湊は答えに窮す。

 正直に、「ここが異世界かどうか確かめました」と答えたところで、果たして目の前の少女は信じてくれるかどうか疑問なのだ。

 少なくとも湊ならば、突然そんなことを言われた瞬間に、相手が中二病患者か頭のおかしい人という結論を出すだろう。


「(さて、どうするか……。記憶喪失を装うか? いや、でも世界地図を見せてなんて頭のおかしいお願いをした後だから、記憶喪失の手は使えないか。だったら素直に話す? リリア(この子)ならあるいは信じてくれるかもしれないけど、誰かに話したとたんに彼女まで頭が残念な子と思われかねない……。ぬぉおおっ! いったいどうしたら!?)」


「あの……大丈夫ですか?」


 突然黙ったかと思ったら急に頭を抱えだした少年に、リリアは心配そうに声をかけた。


「(どっちだ? どっちが正解だ!?)」


 下から見上げるように覗き込んできたカーバンクルの瞳に冷や汗をだらだらと流しながら、湊はついに苦渋の決断をする。

 つまり……。


「あ……あ~! お腹空いた! ほら、早くご飯食べよう!」


 勢いで誤魔化すことだった。

 あるいは目の前の心優しい少女なら信じてくれたのかも知れないが、それはIFもしもの話であり、そこから先のことはその世界線の自分にまかせることにして、さっさと席に着くと、行儀よく両手を合わせた。


「いただきます」


 幼いころから仕込まれた食事の前のあいさつをしてから、いそいそとナイフとフォークを手に取る湊を見て、リリアはことりと首を傾げた。


「いただきます……? なんですか、それ?」

「えっと……これは……、僕の故郷に古くから伝わる食事の前の挨拶だよ。確か……これから食べる食材、それを作った人、料理した人、そのすべてに感謝して……っていうのが通説だったかな……」

「ミナトの故郷……。それはどこなんですか?」


 同じく席に着きながら興味津々に訊ねてくるリリアに、せっかく誤魔化せたのに藪蛇だったと後悔するも時すでに遅し。

 期待で輝く少女の目から逃れることができず、湊は覚悟を決めて口を開いた。


「僕の故郷は……とても遠いところなんだ……。四方を海に囲まれた小さな島国で、地図にも載ってないところだよ……」


「(異世界だから遠いのは間違ってないし、実際のってなかったから嘘じゃないよね……)」


 などと心の中で誰に向けたわけでもない言い訳を並べたてていると、


「なるほど、それで昨日はご自分の国が載っているかどうかを確かめるために、世界地図を見せてほしいといっていたんですね」


 なにやら勝手に納得してくれた様子のリリアに、湊はほっと胸をなでおろした。


 それからしばらくして、銀髪美少女の追及をあいまいに誤魔化しつつ食事を終えた湊は、きびきびとした動きで皿を片づけるメイドたちを目で追いつつ、優雅に紅茶を飲むリリアに声をかけた。


「そう言えば、この家って本ってある?」

「…………? 本ぐらいどこの家にもあると思いますけど?」

「……ああ、ごめん。言葉が足らなかった……。えっと正確には……書庫というか、図書室みたいなところはある?」

「そういうことなら、もちろんありますよ。自慢じゃないですが、うちの書庫はちょっとした学校の図書室くらいの蔵書量があります」

「(それを自慢というのですよ、リリアさん)」


 薄い胸を張って得意げにする美少女に、声には出さずにツッコミを入れる。


「それなら、ちょっと調べものをしたいから連れて行ってもらえるとありがたいんだけど……」

「分かりました、と言いたいところですが、残念ながら私はこれから任務(お仕事)の時間なので、イアンに案内させますね」


 言いながら、手早く端末を操作した直後だった。


「御用でしょうか、リリアお嬢様?」

「うぉっ!?」


 唐突にリリアの隣に現れた執事服を着た老人イアンに、湊が体を思いっきり仰け反らせながら驚きの声をあげる。

 が、この屋敷の人間にとってはどうやら日常茶飯事のようで、お嬢様と老執事は驚く湊を無視して話を進めていく。


「お客様が書庫に行きたいそうですが、私はこれからお仕事なので、イアン……あなたが案内して咲ください」

「かしこまりました」


 胸に手をあて、きっちり六十度の角度で腰を折った老執事が、にこりともせずに驚く湊の椅子を引く。


「それではお客様、書庫へご案内いたします」


 されるがままに椅子を立ち上がった湊に、口元を拭ったリリアが微笑みかける。


「それじゃ、私はお仕事に行ってきます。ミナトは我が家でゆっくり過ごしていてくださいね」


 そのまま、颯爽と食堂を出て行くリリアを見送りながら、湊はふと思う。


「あれ……、なんだか今のセリフだけ聞くと、ニートの僕を食わせる働きもののお姉さんかお母さんのセリフのような……」

「…………?」

「ああ、いえ……なんでもないですから……! 早く書庫に行きましょう?」


 訝しげに首を傾げる老執事を誤魔化しながら、湊もまた食堂を出た。


 それからしばらくして、無駄に広い屋敷を老執事に案内されながら辿り着いた書庫を見て、湊は思わず眼を見張った。


「(リリアが言ってた学校がどんなものかは知らないけど……、これは絶対に僕の学校の図書室より広いって……)」


 天井をぶち抜いて建物二階分の高さと、ちょっとした運動場ほどの広さを持つ床面積がありそうなそこに、ずらりと本棚が並べられており、そのどれにもぎっしりと本が詰め込まれている。

 奥の窓側には閲覧スペースとして利用されているのだろう、幾つもの机が窓から差し込む日の光に優しく照らされている。


「ここまで本が多いと、流石に目的のものを探すのも大変なんじゃ……」

「ご心配には及びません」


 目の前の光景に眼を奪われて思わず漏れてしまった言葉を、隣に控えていた老執事が否定する。


「当家の執事やメイドは、ここに納められた本ならば、どこに何があるのか、そのすべてを記憶してございますので、主やお客様のご要望にすぐにお答えできます」

「…………マジですか?」

「おや……お疑いですか? ならば、お客様がお探しの本を教えていただけますかな?」

「えと……じゃあ空間に関する内容とか異次元のことが書かれた本とか……」

「かしこまりました」


 湊の要望に恭しく頷いた次の瞬間。湊の目の前から老執事が消え、そして僅か数秒後。


「お待たせいたしました。空間研究概論に、マイクロフト・アンデサイト著「異次元に対する考察」でございます」


 ふわりと僅かな風を伴って再び現れた老執事イアンが、二冊の本を手渡してきた。


「え……これ、マジで今とってきたの? ありえねぇ……」

「執事たるもの、これくらいのことができなくてどうします」


 当たり前のように言い放つ老執事に、湊は驚きを通り越して呆れるしかなかった。


 何はともあれ、目的の本は手に入ったのだからと、気分を入れ替えて本を開いた湊は、そこに書かれていたものを見て、思わず膝を床についた。


「文字が読めない……」




◆◇◆




 そしてその日の夜、任務から戻ってきたリリアと一緒に食堂で食事をしながら、湊はその日にあったことの顛末を話して聞かせていた。


「ふふふ……。まぁ、そんなことになっていたんですね……」

「いや……笑い事じゃないんだけどね……。と、まぁそんなわけで今日一日は結局、イアンさんに文字の勉強をしてもらっていたんだ。イアンさんは自分の仕事もあっただろうから、申し訳なかったけどね……」

「いえいえ。ミナト様は大変覚えもよくいらっしゃいました。あと少しすれば、きっと文字も完璧に読めるようになるでしょうな。これほど教え甲斐のある生徒はお嬢様以来ですな」


 手放しに褒められて照れくさくなった湊が、話題を逸らす。


「そういえば、リリアのほうはどうだったの?」

「私ですか? 私のほうは平和でしたよ。特に魔獣が出ることもなかったので、シミュレーターでフォーメーションを確認したり、先日倒した巨大サソリ(スコーピオン)城砦亀シェルタートルの亜種との戦闘を見直してみたり、といった感じでした。あとはそうですね……。お昼ご飯を賭けた格闘訓練で言いだしっぺのダインが結局奢る羽目になったくらいでしょうか……」

「へぇ……そんなことがあったんだ……」


 同年代であり、賓客と言うわけでもない湊が相手だからだろう、いつになく饒舌なリリアを見て、側に控えていた老執事はそっと目を細めた。




◆◇◆




 それからおよそ二週間が過ぎ、この世界にやってきたときに折れてしまった右腕が元の世界(あっち)では考えられないほど驚異的な速度で完治し、たどたどしくはあるが、どうにか文字の読み書きにもなれてきたころだった。


 いつものように朝食を終え、さて今日はどうしようかと湊が頭を悩ませたその日、いつになく神妙な顔でリリアが話しかけてきた。


「ミナト……。大変申し訳ないのですが、何も聞かずに私と一緒に来てくれませんか?」

「…………? 別にいいけど……?」


 ありがとうございます、と小さく目礼をしたリリアに連れられて老執事の運転する車に乗せられた湊は、しばらく走って辿り着いたごつい建物の前で車を降りた途端、その建物から出てきた数人の男に囲まれて銃を突きつけられたと思ったら、あっという間に着替えさせられた上に手錠をかけられて訳も分からないうちに裁判所のようなところに引きずり出された。


 そして話は冒頭に戻る。


 ここに至るまでの回想を終えた湊の右側にいる人たちの一人が立ち上がり、手元の紙を読み上げる。


「……以上の点を持って、ミナト・イスルギは他国の軍事スパイではないと証明します。彼は地図にも載っていないような遥か遠い場所から、負傷しながらここまで辿り着き、そしてたまたまあの戦闘現場に居合わせたに過ぎません。そしてリリア・ガーネット中尉は、民間人であった彼の保護を最優先にした結果、やむを得ず対魔獣殲滅兵器(ABER)のコクピットに乗せたにすぎません」

「だが、現に彼はABERのコクピットに搭乗し、その内部構造を眼にしている……。民間人が最重要機密事項トップシークレットのものを見てしまった以上、何らかの処罰が必要だと思うが? そして軍規に照らし合わせれば、最低でも記憶消去処置が適用、場合によっては銃殺も考慮される……」


 記憶消去や銃殺という言葉に思わずぎょっとする湊をかばうように、座っていたリリアが立ち上がった。


「裁判長、彼の処罰に対して提案があります」

「…………言ってみたまえ」

「現状、彼が民間人であるからこそ、ABERに乗ったことを罪に問われています。ならば、彼が民間人でなくなればいいだけの話……。ですから私は、彼を訓練学校アカデミーに入学させることを提案します!」


 途端、俄かに騒がしくなる場を、裁判長と呼ばれた壇上の厳つい男性が木槌を叩いて鎮める。


「……確かにリリア・ガーネット少尉の言う通りにすれば、措置は取らなくてすむが……。果たして彼がそれを望むのかね?」


 途端、集中した視線に居心地の悪さを感じながら、湊はゆっくりと口を開いた。


「えと……正直に言って成功するかどうかは分からないし、たとえ成功するとしても記憶を消されたりするのは嫌ですし、殺されるなんてもっと嫌です……」

「ならば決まりだな」


 かん、と壇上の厳つい男性が高らかに木槌を打ち鳴らす。


「被告人、ミナト・イスルギを訓練学校アカデミーへ入学させることとする!」


 こうして石動湊は、訓練学校へ入学することとなった。

どうも、作者のgachamukです。


これにて、第一部は終わりです。

この後、幕間というか、おまけっぽいことを書いたら、いよいよ第二部へ突入しますので、ぜひお付き合いください。


また、感想や指摘事項などもあればどんどんください。

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