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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第3部 爵位継承編
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第31話 眠り

「うわぁぁああああっ!!!」


 大きな悲鳴とともに、石動湊は突っ伏していた机から勢いよく頭を上げ、そのまま一気に立ち上がる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 荒い息を吐きながらも、なぜか自分に突き刺さる視線を感じてゆっくりと周りを見回した湊の視界に入ったのは、ぽかんとした顔をしながら、一斉に自分に視線を向けるクラスメイトたちと、チョークを持った手を挙げながらどこかひきつった顔を見せる教師の姿だった。


「あ……あれ……?」


 湊が首を傾げならぽつりと呟いた直後、この春赴任してきたばかりの数学教師のダイン・コランダムが静かに、けれど確かな怒りを感じる声を発した。


「ミナト・イスルギ……。俺の授業で堂々と寝た挙句、いきなり飛び起きて叫び声をあげるとは……。いい度胸してんじゃねぇか?」

「す……すみませんでした!!」


 危機を察した湊が慌てて謝った直後、教室が笑いの渦に包まれた。


 そんな騒動が起きながらもなんとか授業を終えた後、湊はぐったりと机に突っ伏した。


「やらかした……」


 ぼやく湊の頭上から、声がかけられる。


「ったく、何やってんだよミナト? 数学のダイン先生は怖ぇの知ってるだろ?」


 ゆっくりと顔を上げれば、そこには親友のアッシュ・ハーライトが呆れ顔で湊を覗き込んでいた。

 そしてその横から顔を出したのは、この春から仲良くしているアリシア・ターコイズとユーラチカ・アゲート、そして同居人であり、湊の隣の席にいるリリア・ガーネットの三人だ。


「せやで、ミナト。ただでさえダイン先生は授業が早いいうて、付いていくんが精一杯やってみんな言うてんねんで?」

「私も数学は疲れる、です」

「そうですね……。もうちょっと生徒の速度に合わせていただければありがたいんですが……」

「成績上位のクラス委員長(リリア)でも、やっぱり付いていくんが大変なん?」

「私は予習もきちんとしていますから、まだそこまで大変ではありませんが……」

「出たよ、リリアたんの優等生! さすがリリアたん!」

「アッシュ先輩、自分が成績悪いからって、リリアさんを僻んでる、です」

「べ……別に僻んでねぇよ! 俺はそんなリリアたんもさすがだなって思ってるだけだ、ちびっ子!」

「ちびっ子言うな、です!」


 ユーリがアッシュの足を蹴飛ばし、アッシュが悶絶するのを湊が呆れるように見ていると、アリシアがふと訊いてきた。


「それにしてもミナトが授業中に居眠りなんて珍しいやん? 何かあったん?」

「いやぁ……それが……、僕も分からないんだよね……」


 言われて昨夜のことを思い返してみるも、特に授業中に居眠りするようなことは何もしていない。


「昨日はいつも通り、リリアと宿題を片付けて、ドラマを見た後は自分の部屋に戻ったし、そのあともすぐに寝ちゃったから特に寝不足ってわけでもないはずだし……」


 確認の意味も込めてリリアに目を向けると、リリアも頷いて返す。


「えぇ、そうですね。私も同じように記憶しています」


 と、そこへ悶絶から復活したアッシュがにやりと笑いながら茶々を入れる。


「夜中にこっそりエッチなビデオでも見てたんじゃねぇの?」

「そうなのですか、ミナト? いや、でもミナトも男の子ですし、そういうこと(・・・・・・・)に興味を持つのもおかしくはないのですが……。ですがやはり……」

「いや、ないからね! アッシュの冗談を真に受けないでね!」


 顔を真っ赤にしながらアッシュの言葉を信じたリリアに、慌てて訂正を入れる湊。

 その湊を援護するようにアリシアとユーリもアッシュにツッコむ。


「あり得へんやろ、エロッシュじゃあるまいし」

「あり得ない、です。エロッシュ先輩とは違う、です」

「あっれ~~~!? 俺ってそういう認識!?」


 女性陣二人にツッコまれて落ち込むアッシュと、それを見て笑うみんなを見て、湊は小さく呟く。


「ああ……、平和だなぁ」


 その言葉は誰の耳に届くでもなく、騒がしい空気に溶けていった。




◆◇◆




 清潔感を覚える真っ白な壁と天井の部屋。

 開け放たれた窓からは爽やかな風が吹き込み、白いカーテンを静かに揺らす。

 シンプルな造りの部屋の中には、テレビ、小さなキャビネット、来客用ソファ、そして私物を入れるためのロッカーが申し訳程度に置かれている。

 そんな部屋の中央に鎮座する真っ白なベッドには、この世界では珍しい黒い髪の少年の痛々しい姿がある。

 全身のあちこちが包帯に覆われ、腕に刺された点滴はゆっくりと液体を落とし、胸から伸びたケーブルがベッドわきの機械につながれて、少年の状況を知らせていた。


 数日前、このオークスウッド近辺に出現した魔獣と戦闘して少女を守った結果、自身が駆る対魔獣殲滅兵器(ABER)が大破して、この国の中でも最大規模の病院に救急搬送されたこの少年の名は、石動湊。

 その名が示す通り、現代日本に生を受け、何の因果か異世界へと転移してしまった少年である。

 その湊の現在の状況はといえば、左脛骨複雑骨折、右大腿骨剥離骨折、複数の臓器破裂、その他多数の裂傷および打撲に加え、頭部打撲による意識不明状態という、文句なしの重症である。

 当然そのような状態である以上動けるわけもなく、彼は今も口に装着された酸素マスクに呼吸を助けられながら、静かに眠りについていた。


 そんな湊が眠るベッドの傍らに、一人の少女の姿があった。

 ラフな私服に身を包み、長い銀髪を背中まで垂らして、特徴的な深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳を伏せてベッドに頭を預け、少年の手を握りしめながら、小さく寝息を立てている彼女はリリア・ガーネット。

 このオークスウッドの貴族であるガーネット公爵の一人娘であり、国立防衛軍の若き中尉でもある彼女がここにいるのは、大切な家族であり、部隊の仲間であり、今では彼女の想い人でもある湊を心配しているからだ。

 とはいえ、先日の魔獣討伐以降、事後処理や公爵の仕事などの激務をこなしてからお見舞いをしているため、どうしても病室に備え付けられた椅子に腰を落ち着け、静かな部屋の中で小さく、しかし確かなリズムを刻む機械音を耳にしていると、うとうととしてしまうのだった。


 それからしばらくして、開け放たれた窓から吹き込む風が少し冷たくなり、肌寒さを覚えるころ。


「……クシュン!」


 小さくくしゃみをして、ようやく目を覚ました少女は少しの間ぼうっとしながら周囲を見回した後、小さく頭を左右に振った。


「またいつの間にか眠ってしまったみたいですね……」


 誰に聞こえるでもなく一人呟いたリリアは、やがて手を握っている湊へと顔を向ける。


「まだ起きませんか? 早く起きてください……ミナト」


 悲痛そうに少女の唇から漏れ出た言葉にしかし、少年が答えることはない。

 そんな湊を見ながら、リリアの独白は続く。


「私は弱い人間です……。大切な人すら守ることができないどころか、逆に私の方が守られてしまいました……。こんなことでは、みんなを守ることなんてできるはずもありません……。きっとお父様も分かっていたのでしょう……。だから、爵位継承の試練としてあんなことを聞いたのでしょう……」


 それは以前、彼女の父から問われた言葉。


「何故お前は戦うのか?」


 その問いに、かつての彼女はこう答えた。


「国を、この国に住むすべての民を守るため」


 この答えを聞いて、彼女の父チャールズ・ガーネットは「何もわかっていない」と言い放った。

 この時のリリアは、父の言葉に納得できなかった。

 けれど、今は違う。

 湊に助けられ、自分の弱さを知った。

 ゆえに、もしもう一度同じことを問われれば、今度は違う言葉を返すだろう。

 それに気づいたきっかけが大切な想い人を失いかけたからだというのは、なんという皮肉だろうか。


 ともあれ、今リリアの心にあるのは、早く湊の声が聞きたい、笑顔が見たい、そして自分の気持ちを伝えたいという思いだ。

 だから彼女はいつものように少年の手をしっかりと、けれど優しく包み込む。


「早く起きてください、ミナト……」


 少女の声は、けれどまだ少年には届かない。




◆◇◆




 すべての授業が終わり、生徒たちがそれぞれ部活に精を出したり、友人と帰宅途中に寄り道をしたりして青春を謳歌する放課後。

 湊たちは、揃って学校の校門をくぐったところだった。


「あれ? 今日アッシュとユーリは部活ないの?」


 陸上部所属のアッシュと、そのマネージャーであるユーリまでも一緒に校門をくぐったところで湊が首をかしげると、アッシュがにやりと笑った。


「ああ、今日は顧問が用事とかで休みなんだよ。だから、俺もちびっ子も今日は一緒に帰れるってわけだ」

「そう、ですけど、ちびっ子言うな、です!」


 いつものようにユーリにツッコみがてら向う脛を蹴飛ばされたアッシュが悶絶するのを見て、湊たちは苦笑しながら顔を見合わせる。


「じゃあどうする? どこか寄り道する?」

「せやな……」


 湊の問いに、悩みながらちらりとリリアを見るアリシア。

 そんなアリシアに、リリアはことりと首をかしげながら問う。


「私がどうかしましたか?」

「ああ、いや……。帰りに寄り道とか、委員長で生徒会長なリリアちゃんにとってどうなんかな、思うてな……」

「そうなんですね」


 アリシアの言葉に、今度はクスリとリリアは笑いかける。


「そういうことなら大丈夫ですよ。別に、私だって四六時中生徒会長とかクラス委員長として振舞っているわけではありませんし、それに……」

「それに?」

「たまには、ハメを外したっていいじゃないですか」


 片目を閉じながらおどけて言うリリアに、アリシアもニヤリと笑う。


「ええこと言うやん! そしたら、この後みんなでどこか行こか?」


 その提案に真っ先に飛びついたのはアッシュだった。


「だったら俺、カラオケ行きたい!」

「カラオケは一昨日も行ったばかりだから却下、です!」


 即座に却下されたアッシュが肩を落とし、そんな彼氏(アッシュ)を無視して、今度はユーリが手を挙げる。


「私、ハンバーガー食べたい、です!」

「ハンバーガーですか……。お夕飯前にそれは……」


 家に帰って少しすれば夕食の時間ということもあり、さすがに難色を示すリリアに、アリシアが代案を出す。


「そしたら、ファミレスならええんとちゃう? ユーリは希望通りハンバーガーもあるやろし、軽いスイーツくらいならリリアちゃんもいけるんとちゃう?」

「それならいいですね!」


 リリアがぽんと手を打ち、ユーリが何度も頷いて激しく同意する。


「ミナトもそれでええんか?」

「僕は別に大丈夫だよ」

「ほな決まりやな! ちょうど駅前にファミレスあるし、そこにしよか。ほら、アッシュもいつまでも落ち込んどらんと、さっさと行くで?」


 こういう時にリーダーシップを発揮するアリシアを先頭に、五人は揃って駅前のファミレスへと向かっていった。


 それからしばらくしてファミレスに到着した一行は、それぞれ話に花をさかせたり、目の前の食べ物をひたすら口に放り込んだりしていた。


「そういえばミナト、この間のあのアニメ見たか?」

「見たよ。宇宙での戦闘シーンの作画がすごくて、めちゃくちゃ面白かった!」

「だよな! 声優もいいし、過去作のオマージュまでやってて、神回だったよな!」

「はぐっ……むぐっ……ごくり……むぐむぐ……」

「なぁなぁ、リリアちゃん。ウチ、最近このリップ買うたんやけど、どう思う?」

「わぁ、キレイな色でアリシアさんにぴったりですね! 私にはちょっと合わないかもですけど……」

「そんなことないやろ、リリアちゃんもそういうおしゃれしたら、ミナト(誰かさん)もイチコロちゃう?」

「あむ……はぐっ……もむもむ……むぐっ!?」

「おい、ユーリ……もっとゆっくり食わないから喉詰まらせるんだろ? ……ったく、ほら飲み物」

「ぐぐっ……ゴクリ! ありがとう、です。アッシュ先輩……」

「アッシュは、すっかりユーリの保護者やな」

「まぁ、こんなでも俺の彼女だしな……。時々、なんで俺、ユーリ(こいつ)と付き合ったんだろ、って思うけど……」

「何か言った、です?」

「な……何でもないぞ?」

「ええなぁ……。ウチも彼氏欲しいわ……。ウチだけやで? 相手おらんの……。リリアちゃんとミナト(そこのふたり)は無自覚にイチャついてるし……」

「そ……そんなことないよ? ねぇリリア?」

「え……えぇ、そんなことないですよ?」

「はぁ……」


 こうして彼らは、実に高校生らしい青春の一コマを送るのだった。




◆◇◆




 やがて日が落ちて病室に灯りがともされたころ、静かに扉を開けて入ってきたのは、ガーネット公爵夫妻だった。


「どうだ、リリア? ミナト君の様子は……?」


 父の問いに、リリアは静かに首を振る。


「まだ意識が戻る様子はありません……。お医者様の話では、そろそろ目覚めてもおかしくないとのことでしたが……」


 明らかに憔悴して見える娘を、母親のシェリーがそっと抱きしめる。


「リリア、あまり根を詰めてはいけませんよ……。こうなってしまったのは、あなただけの責任ではありませんし、何より自分のせいであなたが倒れたとなったら、ミナトさんも哀しくなってしまいます」

「そう……ですね……」


 母の胸の中でポツリ、と呟いたリリアはやがて固くなっていた身体をほぐすように、大きく深呼吸した。

 そして。


「ありがとうございます。お父様、お母さま……。今日はもう帰りましょう……」


 娘の提案に両親は首肯し、それぞれもう一人の家族に手を伸ばす。


「ミナト君……。早く起きてくれよ……」

「ミナトさん……。いつまでも待っていますよ……」


 そうして病室を後にする両親に続いて、リリアもそっと扉へ向かい、最後にもう一度少年を振り返る。


「おやすみなさい、ミナト……」


 囁くように声をかけると、リリアは名残惜しそうに病室の灯りを落として、ゆっくりと扉を閉めるのだった。

~~~おまけ~~~

某夫:「妻よ! 我々、久々の出番だったな!」

某妻:「ええ! あなた! 久々の出番で緊張しました! うまくできたかしら?」

某夫:「大丈夫だ! お前の演技は最高だったぞ!」

某妻:「あなたの演技もオスカーものでしたわ!」

某夫:「妻よ!!」

某妻:「あなた!!」

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