第25話 新型
「捕獲……ですか……?」
その日、司令室に呼び出されたリリアは、司令から言い渡された任務に首をかしげた。
そのリリアに、司令はゆっくりと頷く。
「ああ……。実は君たちが遭遇した連携をとる奇妙な魔獣が、ここ最近になって数件報告されているのだ。といっても、魔獣の種類はそれぞれ違うがね……。これは歴史上類を見ない事態だということで、これを重く見た国議会がその調査を要請してきたというわけだ。もちろん、我々軍部も重要な案件だと捉えている。ゆえに、全部隊にそういう奇妙な行動をとる魔獣の捕獲を任務に追加した、というわけだ」
なるほど、とリリアは思う。
司令の言う通り、奇妙な行動をする魔獣を捕獲することができれば、なぜそんな行動をするのか、ほかの魔獣との違いはあるのか、など詳しく調べることができる。
そうすれば、今後同じような魔獣に遭遇した場合の対処も取れ、行商組合や一般人の安全にも繋がる。
そう納得したリリアは、司令に一つ確認を取る。
「捕獲に関しては了解しました。ですが司令、必ずしもそういう奇妙な行動をする魔獣と遭遇するとは限らないのでは?」
「もちろん分かっているとも。だから、普段は通常通りの任務に就いてもらい、奇妙な行動をする魔獣と遭遇した場合のみ、捕獲任務へと移行することになる。よって現在、対魔獣殲滅兵器全機に魔獣捕獲用装備を追加搭載中だ」
そういうことなら、と理解を示したリリアは了解の意を込めて敬礼をすると、「失礼します」と踵を返して司令室から出る。
そうして部下たちが書類仕事をしている部屋へやってきたリリアは、つい先ほど司令から伝えられたことを伝えた。
「全員、聞いてください」
その一言に、それまで動かしていた手を止めて注目する湊たちに満足そうな笑みを返しながら、続ける。
「先ほど司令から伝えられたのですが、今後の魔獣討伐任務において、新たな任務が追加されました」
「新たな任務……? うわぁ、また面倒くさそうっすね」
ダインのつぶやきにあいまいに微笑むリリア。
「えぇ……そうですね。実際、少し面倒かもしれません……」
「いったい、どんな任務なの?」
「それはですね、ミナト。魔獣の捕獲任務です」
捕獲? と首をかしげる湊に頷く。
「はい。といっても、すべての魔獣を捕獲するわけではなく、この間私たちが遭遇したような、奇妙な行動をとる魔獣がほかにも数件、報告されているそうです。ですので、そういう魔獣を捕獲することになります」
そこでなぜかカールがしたり顔で口を挟む。
「なるほど……。つまり、そういう魔獣を捕獲、研究することによって、今後の対処を決めていくというわけですね?」
「ええ。司令の話では、すでに対魔獣殲滅兵器全機に、捕獲用装備を搭載中とのことです」
「まぁ、そういうことなら了解っす」
「僕も大丈夫です。捕獲任務はこれまでにも何度も経験していますし」
ダインとカールが頼もしい返事をする一方、湊は不安そうな顔をする。
「捕獲任務か……。僕、今まで捕獲任務ってやったことないんだよね……」
湊が不安がるのも無理はない。
何せ、湊はほかの面々と違って、まだ軍に所属するようになって一年も経っていないのだ。
そしてその間、一度も捕獲任務はなかった。
本来ならば、そういった新人のために、軍学校から要請された訓練用の魔獣の捕獲を行うのだが、生憎とこの年は湊のチームが任務を受け持つことはなかった。
そんな湊の心情を感じ取ったのだろう、リリアが優しく微笑む。
「大丈夫です、ミナト。そんな難しい任務ではありません。ただ、捕獲したい魔獣を弱らせてから捕獲用の電磁ネットで捕まえるだけですから」
「弱らせないとだめなの?」
「ダメということはありません。実際、遭遇したとたんに電磁ネットを打ち出して捕獲に成功した例もいくつかありますし……。ただ、弱らせたほうが確実に捕まえられるんです」
「そうなんだ……」
なんだかポケ〇ンみたいだな、と元の世界でよく遊んでいたゲームを思い出す湊だった。
それはともかくとして、話を聞く限りではそこまで難しい内容に聞こえないが、念のためシミュレーターで練習しておこうと決意を固めた湊は、とりあえず手元の書類を手早く片付け始めた。
◇◆◇
オークスウッド中央区の、魔獣の生態や対魔獣殲滅兵器の新型兵装の研究をしている、とある研究施設。
その中でも、限られた人間にのみ入ることを許された区画に、とある少年の姿があった。
その少年は、迷うことなく通路を進み、まっすぐにこの施設の責任者がいる部屋にたどり着くと、その扉の横に据え付けられたスキャナに、自らの端末を読み込ませる。
当然、施設の責任者の部屋に誰彼構わず入ることはできず、そのセキュリティを解除するには、この施設でも最高レベルの権限を持つ端末が必要となる。
本来ならば、少年が持つ端末ではセキュリティに弾かれて入室できないはずだが、スキャナは少年の端末を承認し、入室を許可する青色の光を灯した。
そしてそれが当たり前のように、少年は何の気負いもなく部屋の中へと入ると、中にいた人物――この施設の責任者に声をかけた。
「叔父上、僕にご用とは何でしょうか?」
プライドが高く、大多数の人間を見下す少年が敬意を抱く人間は少ない。
そして、その数少ない敬意を抱く人物を目の前に、少年は自然と姿勢を正す。
そんな少年の態度に、部屋の主は薄い暗闇の中、にやりと笑いながら答えた。
「お前もすでに通達を受けているだろうが、軍上層部が例の魔獣の捕獲を決定した」
「……はい。僕の部隊にも先日通達が来ました。ですが、叔父上……、あれは……」
「ああ、あれの情報が外に漏れることは阻止せねばならぬ」
「僕の部隊はすでに掌握済みですので、通達を無視すればいいとしても、ほかの部隊は……。さすがにほかの部隊を妨害するために、任務外でABERを出撃させるわけにもいきませんし……。第一、僕の部隊が遠征や緊急出撃中にほかの部隊がアレと遭遇してしまったら……」
「お前が妨害できない状況の時は、私の手のものを使う」
「ですが、ABERはどうするのですか? 僕も軍に所属している以上、僕の一存で勝手に出撃させることはできませんが……」
「それも問題ない。先日の性能試験を終えて、ついにあれが実戦投入が可能になった」
部屋の主のその言葉に、少年は大きく目を見開く。
「おお……ついに……」
少年にゆっくりと頷きながら、部屋の主は手元の端末を操作して、研究所の地下に隠された格納庫の映像を映し出す。
そこにはスポットライトに照らされて、暗闇に鈍色の光沢を放つ、鋼の巨人の姿があった。
「ほかの部隊への妨害には、これを使うといい。所属不明の機体として処理されるだろう」
映し出された映像をじっと見つめ、少年はゆっくりと頷いた。
「分かりました、叔父上……。このリード・ガレナ、必ず叔父上のご期待に応えて見せます」
「ああ、期待しているぞ……」
短くそう返し、部屋の主はにやりと笑うのだった。
◇◆◇
それは唐突な遭遇だった。
その日、リリア率いるガーネット隊は通常の哨戒任務にあたっていた。
ちなみに、オークスウッド国立防衛軍の任務には、いくつか種類がある。
一つ目は行商組合が他国へ行くための護衛任務。
これは、数日から場合によっては数週間に及ぶ長期任務である。
二つ目は、書類任務。
訓練やほかの任務での詳細を書類に起こし、総務や経理などの承認を経て、司令や責任者へ事細かに報告する任務。
三つ目は、緊急即応任務。
突然の魔獣襲来に対して緊急出撃し、即座に殲滅する任務である。
もちろん襲来がなければ、ただ控室で時間をつぶすだけになる。
そして四つ目は、哨戒任務。
オークスウッド周辺を見回り、魔獣を探知するセンサーに異常がないかを調べたり、センサーの範囲外に魔獣がいないかを捜索する任務だ。
その哨戒任務に就いていたリリアたちが、センサーに異常も発見できず、対魔獣殲滅兵器のレーダーにも魔獣らしき反応がないことから、そろそろ哨戒任務を終えようとした時だった。
レーダーから発せられた反応にいち早く気づいたのはリリア。
『っ!? レーダーに反応!!』
通信モニタからその声が届いた瞬間、湊たちは瞬時に身構える。
『魔獣の数は三! まっすぐこちらに向かってきます! 反応をデータベースに照会しました! 相手は……紅の獅子です!!』
リリアから届いた報告に、湊たちはすぐに隊列を組みなおして迎撃の準備にあたる。
そうして、それぞれの武器を構えながら遠くを見据えていた湊がつぶやく。
「紅の獅子が三体ってことは……、もしかして例の魔獣かな?」
その疑問に応えたのは、先輩のダイン。
『確実にそうとは言えねぇが、可能性はあるだろうな……』
『僕もそう思うよ』
続いてカールも頷き、リリアが大きく首肯する。
『実際に見てみないとわかりませんが、可能性はあると思います。知っての通り、紅の獅子は通常、単体で行動します。偶然三体同時に進行してきたということもあるでしょうが、その場合、今回みたいに足並みはそろわないはずです』
湊が改めてレーダーに目を向ければ、そこには三つの光点が同時にこちらへ向かってきている。
偶然、三体とも亜種である可能性もなくはない。
何せ、これまでに紅の獅子の亜種は確認されていないのだから。
しかし、亜種というのは極端に数が少ない、ある種希少種とも言える存在。
その希少な亜種が、偶然にも同種族で三体、同時に誕生したとは、およそ考えられない。
ならば、例の異常行動する魔獣と考えるのが自然だろう。
湊がそんなことを考えていると、通信モニタ越しにダインがにやりと笑って見せた。
『よぉ、坊主。初めての捕獲任務でビビってんじゃねぇだろうなぁ?』
「むっ!? そんなわけないじゃないですか!」
売り言葉に買い言葉で強気に返した湊は、強くハンドレバーを握り締める。
「これくらい、僕だってできますよ!」
そう口にした湊は、しっかりと前を見据え、けれどもリリアの指示をきちんと聞けるように意識を傾ける。
そんな湊に満足したのだろう、ダインも魔獣を見据え、どう猛な笑みを浮かべる。
『はっ! そんだけ上等な口が利けるなら問題ねぇな!』
『どうやらミナトも落ち着いたようですし、隊長……』
カールが二人の通信に割り込み、リリアが頷く。
『それでは作戦を伝えます。今回の作戦の主目的は、魔獣の捕獲です。しかし、必ずしも全部を捕らえる必要はありません。それに、少しでも危険性を感じたら、迷わず殲滅してください』
湊たちがしっかりと頷くのを確認して、リリアは続ける。
『今回の相手、紅の獅子は素早い動きと強靭な牙、鋭い爪による攻撃を得意としています。それを踏まえると、敵は正面と左右の三方向からの多方向同時攻撃を仕掛けてくると思われます。ですので、それを想定したうえで、ミナトとカールを前面に配置、私はその少し後ろで、ダインは後方からの狙撃をお願いします。受け持ちは前面の二人は正面、右は私が担当しますので……』
『俺は左を撃てばいいっすね?』
ダインの言葉に、その通りと頷く。
『最後にもう一度。今回の主目的は捕獲です。いつもと勝手が違いますが、全員気合を入れてくださいね!』
了解、と気合たっぷりに返し、湊は深く呼吸をする。
そして。
『目標を肉眼で確認しました! 戦闘開始です!』
リリアのその言葉と同時に、三体の魔獣が同時に飛び掛かってきた。
◇◆◇
リード・ガレナは、リリアたちが戦闘している場所から、対魔獣殲滅兵器の探知レーダーに引っかからない距離を置いて、鋼の獅子の中で彼らの戦いを眺めていた。
三体の強力な魔獣を相手に、あるいは爪をいなし、あるいは牙を避けながらも的確に一撃を与える彼らの手腕は、熟練のパイロットたちと比べても遜色ない。
それゆえに、このままではいずれ、三体の紅の獅子は力尽き、捕獲されるだろう。
それをつまらなさそうにに眺めていたリードのもとへ、秘匿回線で通信が入る。
相手は、彼の上司であり、叔父でもある人物。
「叔父上……」
『リードよ。様子は見えておるな?』
その問いに、リード・ガレナはしっかりと頷く。
『うむ。それならば、これよりお前たちに命令を下す』
自然と背筋を伸ばしたリードは、叔父のその命令に耳を傾けた。
『お前たちはこれより、その新型で直ちにガーネット隊が交戦中の魔獣を殲滅。例の装置の存在を隠匿せよ』
「了解です!」
鋭く返したリードは、素早く動力に火を入れ、新型の対魔獣殲滅兵器を起動させ、同時に仲間たちに指示を出す。
「総員、すぐに出撃! 魔獣を殲滅する!」
その言葉と同時に飛び出したリードの後を追うように、三人の仲間たちが操る新型が続く。
そうして、あっという間にリリアたちが戦闘をしている場所の側までたどり着いた直後、リードは機体を止まらせることなく、手元のボタンを押し込んだ。
直後、背中に設置された二つの巨大な銃身が火を噴き、二筋の光を吐き出す。
二本の光はまっすぐに狙った方向へ飛び、次の瞬間には、狙った魔獣に直撃する。
苦悶の声を上げる魔獣と、突然の攻撃に驚いたように振り返ったリリアたちの様子に、にやりと笑ったリードは、続けて仲間たちに指示を出す。
「全員、変形だ!」
そう叫びながら、リードはハンドレバーを強く引き上げた。
その直後。
疾走していた鋼の獅子は大きく地を蹴り、飛び上がる。
同時に、腰の部分とひざに相当する部分が真っすぐに伸び、かかとの部分が倒れて足を形成する。
続いて胸の部分が左右に開き、つま先がスライドして、中から人型の手が飛び出してくる。
そして最後に、鈍色の鬣が左右に展開して顔の部分がスライドし、収納されていた人型の頭が出てくる。
そうして変形が完了した対魔獣殲滅兵器は、勢いよく地面に着地すると、驚きで動けないリリアたちを横目に、一斉に紅の獅子へと襲い掛かる。
通常の対魔獣殲滅兵器が使用する刃と同じく、高周波振動ブレードで形成された鋭い爪が、紅の獅子の体をやすやすと引き裂く。
そのまま獅子の首を切り落としたリードが、紅の獅子の首に刺さっていた小さな機器を破壊するように切り落とされた頭を踏みつぶしながら仲間の様子を見ると、仲間たちの戦闘もすでに終了していた。
彼らの足元には、あるいは至近距離から砲撃を食らい、頭部が吹き飛んだ獅子と、リードが仕留めたように鋭い爪で引き裂かれた獅子が転がっていた。
そんな彼らの様子に満足そうに頷いたリード・ガレナは、仲間たちに帰投を命じると、自分の機体を元の鋼の獅子に変形させ、すぐさまその場を後にした。
その胸に、憎きミナト・イスルギやリリア・ガーネットを出し抜いた快感を抱いて。
一方、獲物を横取り(しかも殺害)された形のリリアたちは、突如として出現した所属不明の機体に呆然としていたが、やがて任務終了と判断して、その場を後にする。
その道中で、リリアは今しがた見たものを反芻していた。
所属不明の可変型対魔獣殲滅兵器。
その正体を彼らが知るのは、まだ先の話である。
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作者が泣いて喜びます。(笑)