第22話 作戦と講義
「さあ、行きましょう!」というリリアの声を合図に、湊たちはそれぞれシミュレーターへと歩み寄る。
湊はシミュレーターの扉を開けて中に入ると、腰部から伸びているケーブルをシミュレーターのコネクタに挿入し、シートに腰を落ち着ける。
一連の作業を、慣れた手つきで終えた湊は、そのままゆっくりと目を閉じ、シミュレーターを起動させた。
機械の低い鳴動音が狭い室内に響いた直後、湊は一瞬の浮遊感を覚える。
そしてそっと目を開けると、そこは電子で構成された対魔獣殲滅兵器の狭いコクピットの中だった。
無事に仮想体験が成功したことに一息つく間もなく、湊はすぐに仮想の対魔獣殲滅兵器を起動させる。
「動力始動! エネルギーパック残量確認! 各ジェネレーター、駆動系、異常なし! 内壁透過モニタ、起動完了! センサー各種確認終了! 火器管制システム、戦術データとのリンクを確認! 通信システム異常なし! 対魔獣殲滅兵器、起動完了!」
そうして起動が完了したところで、ちょうどリリアから通信が繋がる。
『どうやら全員、無事に起動できたようですね』
無事に、とは言っているものの、その顔は「このくらいできて当然」と物語っていることに気づき、湊は内心で苦笑する。
そんな湊の心のうちを知ってか知らずか、リリアの話は続く。
『とりあえず、今回の戦略目標ですが、生徒の皆さんの鼻っ柱を折るためにも、彼らを圧倒する必要があります。そのため今回は、全員一切の被害を出さずに勝利することが目標となります。ですから今回の作戦は……』
そうしてリリアから提示された作戦は、湊やダイン、カールを大いに驚かせるのだった。
◆◇◆
少女は仮想の操縦桿を握り締めながら、こっそりとため息をついていた。
「(なんで私、こんなことしてるんだろう……)」
心に浮かんだ疑問を口には出すことなく、少女は前を向いて機体を進ませながら、ぼんやりと少し前のことを思い返す。
それは、数分前。
少女がシミュレーターに入る前のことだった。
特別講師の人たちと何やら言い争っていた伯爵家の息子は、何やら勝ち誇ったような顔で生徒たちのところへ戻ると、おもむろに数人を指名し始めた。
所属するチームに関係ないとなると、どうやら成績順で選んでいるらしく、そしてそうなると当然のように成績上位を維持し続けている処女も対象になる。
「そして最後……。四人目はクーリア・ジェード……。貴様だ……」
その伯爵の息子は偉そうに、少女を指名してきた。
やっぱり、と思いながらも、駄目元で抗議してみる。
「なんで私が……。そんなの自分でやればいいじゃない……」
しかし相手は少女を馬鹿にしたように肩をすくめた。
「ふっ……。僕は指揮官だぞ? 指揮官が前線に出てどうするんだ?」
そんなセリフと態度に、当然腹を立てるクーリアだが、少年は話は終わりとばかりに踵を返す。
慌てて言いつのろうとするも、ほかの選ばれた生徒たちはすでにシミュレーターの前で待機して少女へ「まだか」と視線を送っていた。
その無言の圧力に、クーリアは深々とため息をつくと、心配そうに見つめるルームメイト兼親友の少女にあいまいに笑いかけ、仕方なさそうにシミュレーターへと向かった。
そして、そのままもそもそと準備を終わらせてシミュレーターを起動したところで、通信モニタが開かれ、伯爵の息子の顔が映し出された。
『いいか、お前たち。今回はシミュレーター成績上位者でチームを組んだし、僕が自ら指揮を執る。だから負けることは許さん』
そんなどうでもいい言葉はいらないからさっさと作戦を言ってほしいクーリアだったが、それを口に出すことなく小さくため息をつくと、とりあえずレーダーに目を向けることにした。
「(現在敵影なし。まぁさすがに開始早々攻め込んでくるわけもない、か……。向こうだって作戦を立てる必要があるだろうし……)」
そんなことを考えながら、適当にモニタの中で高説を垂れる男の話を聞き流していた時のことだった。
突然、レーダーに一つの光点がともったかと思うと、今まさに自分たちのいるところへ高速で近づいてきているのを捉えた。
明らかに、高軌道モードを使った速度。
「(うそっ!? もうこっちに接近してきてる!?)」
作戦なのか、それとも単機での先走りか。
どちらにしても、クーリアたちはまだ作戦すら立てていない状況での奇襲。
とにかくまずい、と判断したクーリアは、いまだ気持ちよさそうに高説を垂れている伯爵の息子を無視して、僚機へと警告を飛ばす。
「レーダーに反応を確認! 機影は一つだけだけど高速でこちらに接近中! このままだと会敵まであと六十秒!」
状況を短く、けれど的確に伝え、すぐさま警戒態勢に入るクーリア。
その途端、仲間たちも臨戦態勢へ入る。
『んなぁっ!? 敵だと!?』
モニタの向こうで慌てる自称指揮官を無視して、クーリアたちは高速で接近してくる機体を睨みつける。
『単機で突撃なんていい度胸してるじゃねぇか!』
『学生だからってなめすぎじゃないか?』
『囲ってボコってやる!』
仲間たちが好戦的な笑みを浮かべ、それぞれ武器を構える中、クーリアだけは頭のどこかで違和感があった。
「(本当に私たちをなめてるだけ? あのガーネット隊が?)」
しかしその疑問は、直後、敵がミサイルを発射してきたことで頭から追い出す。
白煙をたなびかせながらまっすぐに飛んでくるミサイルに対して、クーリアたちはすぐにその場を離れることで難を逃れる。
直後、何もない空間に着弾したミサイルは、大きく爆発してその役目を終える。
『そんなもん当たるかよ!!』
叫びながら、すぐさま突撃をかける仲間の一人に対して、敵はすらりとその背に背負っていた棒状武器を抜き放つ。
それは長い柄の先に巨大な斧状の刃と槍の先端をくっつけたような、斧槍だった。
『はっ! そんなでかいだけの武器で俺と戦おうってか!?』
敵が武器を抜いたことを挑発と受け取ったのだろう、好戦的な笑みを浮かべながら自身は剣を抜き放った仲間の一人が、突撃した勢いそのままに敵の僅か手前で高く飛び、剣を大上段に振りかぶり、思いっきりそれを振り下ろす。
高周波振動の刃によって、魔獣の堅い装甲すらもやすやすと切り裂くその剣は、けれど直前に素早く後退した敵を捉えることはできずに、むなしく地面をたたく。
それだけではなく、攻撃を外したことで硬直した仲間の機体の横合いから、唸りをあげてハルバートが振るわれた。
『ぐぁっ!?』
とっさに刃の部分だけは避けたものの、それでも長大な柄の部分が直撃した仲間は、短い悲鳴を上げながら大きく吹き飛んでいく。
「そんな!?」
クーリアが慌てて仲間の被害状況を確認してみれば、防御に使った左腕は完全に破壊され、さらに吹き飛ばされた衝撃で脚部のジェネレーターに障害が出ている。
幸い、大破判定は食らっていないものの、それでも中破はしているらしく、戦線復帰は難しいだろう。
『っ!? よくも!!』
『この野郎!!』
仲間が一人やられたことに激高したのだろう、クーリアを除く二人が、一斉に敵へと襲い掛かる。
それに対して、ハルバートを構えていた敵は、彼らを迎え撃つ――ことなく、そのままくるりと背を向けると、一気にその場から離脱し始めた。
「えっ!?」
『はっ!?』
『んなっ!?』
てっきり迎え撃つと思っていただけに、急に撤退し始めた敵に呆然となったクーリアたちだったが、伯爵の息子からのがなり声に我に返ると、慌てて追いかけ始めた。
◆◇◆
「(あ……危なかったぁ……)」
作戦通り、撤退しながら候補生たちを目的の場所まで誘導する湊は、先ほどの戦闘を振り返って内心で冷や汗を流す。
「(一応、予定通りに一機戦闘不能にしたけど……、結構ぎりぎりだったよ……)」
訓練生たちからすれば、余裕そうに見えた湊の操縦も、実は一歩間違えれば戦闘不能になっていたのは湊のほうだった。
仮に、先ほどの戦闘で湊が手にした斧槍で訓練生の剣を受け止めようとしていたのなら、高周波振動刃で武器ごと両断されていただろう。
それをとっさに後ろに下がって避けることができたのは、これまで幾度となく繰り返した実戦の経験によるものだ。
「(思ったよりも操縦は優秀なんだな……)」
そんなことを考えつつ、湊はリリアたちに通信をつないだ。
「こちら、ミナト。予定通り一機を戦闘不能にしてから、予定進路を誘導中。現在、目的ポイントまで距離二百。あと二分ほどでそちらに到着する予定」
『了解です。こちらでもレーダーで確認しました。作戦は順調ですが、最後まで油断せずにお願いしますね』
リリアからの声に「了解」と答え、湊はモニタ越しに後ろを振り返る。
そこには、武器を構えたまま、全力で湊を追いかける訓練生たちの姿。
時折、威嚇するようにミサイルや銃弾を撃ってくるのは、湊が仲間を撃墜して起こっているからだろうか。
「(もう少し冷静になれば、これが罠なんじゃないかって思うんだろうけど……)」
少なくとも、湊が訓練生時代にチームを組んでいたアリシアならば、すぐにこれが罠だと看破してしまっただろう。
そういう意味では、今相手にしている彼らは未熟なのか、あるいはチームの結束力が足りないのか。
そこまで考えたところで、湊はマーキングしていたポイントを通過する。
そして、その瞬間。
『今です!』
リリアの鋭い合図とともに、一筋の光が湊の機体を掠めるように飛んでいき、湊を追いかけていた機体の一つに直撃、その胸部を貫いた。
当然、操縦席が内蔵されているブロックを破壊された機体は大破判定を食らい、そのまま派手に爆散してポリゴンの欠片をまき散らす。
そこでようやく狙撃されたことに気が付いた残り二人の訓練生が、慌ててその場から逃げようと急停止するも、その時にはすでに待ち伏せていたリリアとカールが、隠れていた場所から飛び出して訓練生に襲い掛かっていた。
訓練生たちは咄嗟に迎撃しようとするが急停止直後で硬直を強いられたところへの強襲。
残った二人の訓練生も、抵抗する間もなくあっというまに撃破判定を食らい、仮想世界から強制退去させられた。
試合開始からわずか十分足らずで全滅させられたことに、外から見ていた訓練生たちが唖然とする中、シミュレーターを終了させて出てきたリリアが、宣言する。
「私たちの圧勝でしたね。約束通り、私たちの言うことを聞いてもらいます」
その特徴的な深い柘榴石色の瞳から発せられる有無を言わさぬ圧力に、伯爵の息子は何も言うことができず、すごすごと引き下がるしかなかった。
◆◇◆
「…………というわけで、軍は常に命の危険と隣り合わせのお仕事です。皆さんがどうして訓練生になったのかは問いませんが、今私がお話したことをしっかりと考えたうえで、今後の進路の参考にしてくだされば嬉しいです」
そう締めくくって、リリアが一息ついたところで、サードニクス講師がぽんと手を打つ。
「さて、それでは皆さん。せっかくプロの軍人さんたちがいらしているので、これを機に聞きたいことを質問してください」
その言葉を合図に、訓練生たちからぱらぱらと質問が投げかけられる。
その内容は報酬のことだったり、任務に関することだったり、時には湊たちへのプライベートに関することだったりと様々で、湊たちはそれに丁寧に答えていく。
もっとも、リリアへの「恋人はいますか?」という質問に関しては、彼女の後ろに控えていたカールからの鋭い視線によって中断を余儀なくされていたりもする。
ともあれ、そうしていくつかの質問に答えていた時のことだった。
一人の少女がすっと手を挙げた。
短くまとめたプラチナブロンドに勝気な翡翠色の瞳の少女の名はクーリア・ジェード。
「えっと……ジェードさん」
指名され、すっと立ち上がった少女は、その瞳に真剣な色を滲ませながら問う。
「ミナト・イスルギ准尉に質問です」
「え……? 僕?」
まさか自分に質問とは思ってもみなかった湊が困惑するのも構わずに、クーリアは続ける。
「イスルギ准尉は今年卒業したばかりの新兵だということですが……、怖くないんですか?」
一瞬、質問の意図を掴み損ねた湊が首をかしげる。
「アイドクレース少尉やコランダム少尉は大人ですけど、イスルギ准尉は私たちと年齢は変わりません。それはガーネット中尉も同じことですけど、中尉はそれなりに経験を積んでいます。けれど、イスルギ准尉はその経験も浅い。そんな状態で魔獣と戦って、怖くないんですか?」
そこでようやく質問の意味を理解した湊は、困ったように頬を掻く。
「正直に言えば、怖いよ……」
「だったらなんで戦うんですか? さっきの模擬戦でもそうです。いくらシミュレーターで作戦だったからと言って、単機で私たちのところに突っ込んでいくなんて……」
どうやらクーリアからしたら、先ほどの作戦が信じられないもんだったらしい。
そんな少女に苦笑しながら、湊は答える。
「ああ……。まぁ確かにさっきの作戦はめちゃくちゃだったよね……。ぶっちゃけ、僕自身作戦を聞いたときはびっくりしたし……。でもね……、リリアは……ガーネット中尉がこう言ったんだ……。「あなたならできる」って……。そうやって信頼してくれてるんだったら、僕も応えなくちゃ、ね……」
それにシミュレーターだから安心してたし、と心の中だけで付け加える湊に、さらに質問が重ねられる。
「確かに、さっきはシミュレーターだからけがをしたりする心配もなかったです……。けど、実戦は違いますよね? 常に死と隣り合わせだって、さっきガーネット中尉も言ってました……。それにあなたはさっき怖いって言ってた……なのに何で戦えるんですか? それとも怖いというのは嘘ですか?」
そう問いかける少女に、湊は真摯に口を開く。
「嘘じゃないよ……。誰だって死ぬのは怖いと思うんだ……。それは僕だけじゃない……。ガーネット中尉だって、先輩たちだって……、ほかの軍の人たちだって一緒だと思う……。でもね……、僕はもっと怖いことを知ってるんだよ」
「もっと怖いこと……?」
「そう……。それは「大切な人を失う恐怖」。君たちは知らないかもしれないけど、僕が去年訓練校にいたときに、魔獣たちの大規模侵攻があったんだ……。それで、軍の人たちだけじゃ防衛しきれなくて、訓練生にも出撃命令が出た……。その時にね、二人……死んだんだ……。僕らの仲間だった訓練生たちが……。同じ教室で一緒に勉強して、一緒に訓練した仲間たちが……」
そうして語られた言葉に、クーリアはもちろん、ほかの訓練生たちも息をのむ。
「その時に思ったんだ……。もしこれが僕の家族だったら? もし僕が大切に思う仲間たちだったら? そう思ったら心の底から怖くなった……」
その様子を想像してみたのだろう、何人かの訓練生が互いに顔を見合わせる。
「だから、かな? 僕が戦えるのは……。大切な人たちを失いたくない、傷つけたくない。だから戦うし、強くなろうと思う……。これが僕の戦う理由、かな?」
そう締めくくった湊に、少女は何も言えなくなっていた。
◆◇◆
それからしばらくして、無事に講義が終わり、湊たちは訓練生や講師たちに見送られて訓練学校を後にする。
その去っていく背中を長めながら、クーリア・ジェードは小さくつぶやいた。
「よし、決めた!」
のちに湊とリリアへ波乱を巻き起こすことになるその一言を聞いたのは、少女の友人ただ一人だった。