第19話 天龍祭 最終日 花火と出撃と……
龍天祭最終日。
オークスウッドだけではなく、各地からも人が集まり、連日続いた祭りの最終日を祝おうと、朝も早くから屋台が出店し、人々は食料や酒、ジュースを買い求め、夜に行われるオークスウッド全域を使った花火を少しでもいい場所で見ようと、場所取り合戦が勃発し、警察や警備員、果ては国立防衛軍までもが出張っての大騒ぎとなっている。
そんな、誰も彼もが浮かれている龍天祭最終日なのにも関わらず、とある男は不貞腐れたように後輩に毒づいていた。
「……ったく! なんで最終日なのに俺たちは任務待機なんだよ!?」
苛立ちも露に、どこからか調達してきた焼き鳥の串にかぶりつき、肉を豪快に咀嚼するのはダイン・コランダム。
そんなダインに、異世界からやってきた少年の石動湊は、ため息混じりに飲み物を渡しながら言う。
「仕方ないじゃないですか……。今年はくじに外れたんですから……」
最終日の任務待機が決定したときから、幾度となく繰り返されてきたやり取りを、懲りずにまたやり直す二人。
そんな二人に、特徴的な深い柘榴石色の瞳に申し訳なさそうな色を浮かべながら眼を向けたのは、湊と同い年にして、この部隊の隊長を任されているリリア・ガーネットだった。
「申し訳ありません、ダイン……。今年も私がくじを引いたのに……休みを取れなくて……」
これも、幾たび繰り返されてきた謝罪に、部隊の最後の一人、カール・アイドクレースがダインを睨み付けた。
「お前はまだ吹っ切れてないのか? 隊長もそんなに謝らなくていいですよ。ダインがただ馬鹿で子供なだけですから……」
「だってよぉ……」
湊からもらった飲み物をちびちびと口に含みながら、まるで子供のように拗ねるダインに、リリアがぽんと手を打って見せた。
「それならば、今日は任務が終わったら皆で飲みに行きましょう! 最近は私も断っていましたが、今日は特別です。私も付き合いますので!」
「いいねぇ、それ!」
湊が真っ先に同意し、カールがにやりと笑いながらメガネを持ち上げる。
「ふっ、もちろん僕もお供いたします。隊長のいるところならば、どこへでも……」
最後のほうに何かを付け加えたようだが、湊もリリアも聞こえなかったフリをしながら、最後に残ったダインに目を向ける。
するとダインは、どうやら機嫌を直したようで、口元がにやけるのを必死に我慢しながら顔を上げた。
「し……しかたねぇな。隊長がそういうなら付き合ってやるか……」
照れくさそうな笑みを浮かべるダインに、湊たちは思わず苦笑するのだった。
◆◇◆
一方その頃、オークスウッド中央区にある中央市場広場では、湊の親友三人が、夜に行われる花火大会までの時間を、活気あふれる露店めぐりをしながら潰していた。
「あぐ……、しっかしミナトの奴も運がねぇよな。よりによって最終日に任務待機なんてよぉ……」
すぐそこの串焼きの屋台で購入した串焼き肉にかぶりつきながらのアッシュ・ハーライトの言葉に、同じく串焼き肉を頬張るユーラチカ・アゲートが頷いた。
「まったく、です。せっかくミナト先輩やリリア先輩とも最終日を回れると思ったのに、です」
「まぁ、しゃあないやろ。ミナトもリリアちゃんも今は軍属やからなぁ……。それを言うたら自分ら二人こそ、よく今日も休めたもんやけど?」
露店で買ったロシアンソーダなる謎のジュースを口に含み、どうやら外れだったらしく顔をしかめてジュースを顔から遠ざけるアリシア・ターコイズに、串を加えながらアッシュが笑う。
「まぁ、俺たちはまだチームメイトたちが現場復帰できてねぇし、予備の戦力がいるわけでもないしな……」
「それにもし予備の戦力がいたとしても、対魔獣殲滅兵器の数が足りてない、です」
「さよか……」
アッシュとユーリの言葉に軽く肩を竦めたアリシアは、どうにか飲み干したジュースをゴミ箱に放り込んでから、改めて周りを見回す。
「それにしても、こない人が多いんやったら花火なんて見れへんのとちゃうん? ユーリなんてただでさえ、ウチらより背ぇが小っこいねんから、余計やろ?」
「大きなお世話、です! これでも少しは伸びてる、です!」
アリシアのからかいに憤慨するユーリを宥めながらも、アッシュが人差し指を振った。
「ふっふっふ……。その辺は抜かりねぇぜ。実は、リリアちゃんの計らいで、あのガーネット家のメイドさんたちが場所取りをしてくれてるみたいなんだ! 昨日、ミナトからメールが来てな……。「僕らの分まで楽しんできて」だとさ」
何故か自慢げにそのメールを見せびらかすアッシュに、アリシアがため息をついた。
「さすがミナトやな……。どっかの誰かさんと違うて、気ぃ効くやん」
「否定できない、です……」
「おぉぅい!? ユーリもか!?」
恋人からも同意されて激しくツッコんだアッシュに、アリシアとユーリはお互いに顔を見合わせて同時に笑い出した。
それにつられてアッシュも笑いだしたときだった。
「お待ちしておりました、皆様」
「ぬぉっ!?」
「……っ!?」
「うひゃあ!?」
突然真後ろから声をかけられて一様に驚く三人が振り返ったその先には、この人ごみの中でもかなり目立つメイド服を完全に着こなした一人の女性がいた。
その女性は、まるで悪戯が成功したかのように微笑むと、優雅にお辞儀をしてみせる。
「お三方とも、お久しぶりでございます」
一瞬、驚愕で呆然とする三人の中で、いち早く我に返ったのはアリシアだった。
「な……なんや……。アイシャさんやないですか……。まったく、驚かさんといてくださいよ……」
友人の、安堵に満ちた声にようやく我に返ったアッシュが、ほぅとため息をつく。
「つか、さっきまで俺たちの後ろには誰もいなかったはずですが?」
「そこは、我がガーネット家の侍従に伝わる四十六の隠遁術の一つを使ったのでございます」
「そんなものを悪戯に使うな、です」
憤慨するように口を尖らせるユーリに、まったくだと同意するアッシュとアリシア。
そんな三人に誤魔化すような笑みを向けたアイシャは、空気を入れ替えるように背筋を伸ばした。
「さて、お三方をご案内するようにお客様より仰せつかっておりますので、これより当家が確保いたしました場所へとご案内いたします」
アイシャの「お客様」という言葉に、「ミナトをまだそう呼んでいるのか」とツッコみたくなったのをぐっと我慢して、アリシアがにっこりと微笑む。
「ほんならよろしゅう頼んます」
その言葉を合図として、一行はガーネット家が確保しているという場所へと移動を始めた。
◆◇◆
一方、軍施設にて待機中の湊たちは、出撃の可能性もあるため、普段通りの訓練を行うことも出来ず、待機室の漫画や小説、映画などをみたり、持ち込んでいた書類を片付けたりして時間を潰していた。
それでも、長い時間の沈黙に耐え切れなかったのだろう、ダインが大きな欠伸をする。
「くぁ~……。それにしても、任務待機ってのは退屈ッスね、隊長……。出撃でもあればマシなんすけどね……」
話しかけられたことで集中力が途切れたのだろう、掛けていたメガネをとって眼を軽くほぐすように揉みながら、リリアが笑う。
「何も無いのなら、平和でいいじゃないですか」
「そうだぞ、ダイン。隊長の言う通りだ。こうして軍人が暇を持て余しているのは、平和な証拠なんだ。むしろありがたく思うべきだろう?」
読んでいた小説から顔を上げて、リリアに同意するカール。
そんなカールに苦笑しつつ、湊も会話に加わる。
「まぁ、確かに平和が一番ですけど……。こう……ただ待機してるってだけなのも確かに退屈ですね」
肩を回しながら言う湊に、その通りだとダインが組み付く。
「分かってんじゃねぇか! いっそのこと魔獣でも出てくれればいいんだけどな……」
ダインがそう口にした直後だった。
突然、基地全体にけたたましく警報が鳴り響いた。
同時に、アナウンスが掛かる。
『西門より十五キロ地点にて魔獣反応を感知! 総員、第一種戦闘配置! 担当の操縦者は緊急出撃!!』
途端、その場の全員の視線がダインへと集まる。
「な……なんだよ……」
ダインも、まさか冗談で口にしたことが現実になるとは思ってもみなかったのだろうが、自分に集まる視線に思わずたじろいでいた。
と、そこへ思い出したようにリリアが勢いよく立ち上がる。
「そうでした。ここでのんびりしている場合ではありません! 皆さん、すぐに緊急出撃です!」
「了解!」
「うっす!」
「了解です!」
全員が返事をして、すぐに準備に取り掛かる。
とはいえ、湊の場合、元々出撃に備えて着込んでいたパイロットスーツの上から羽織っていた、軍支給の上着を脱ぎ、読みかけの小説に栞を挟みこんで机の上におくだけで、あっという間に準備は整う。
そうこうしている内に、どうやら他の仲間たちの準備も終わったらしく、全員が揃って待機室から対魔獣殲滅兵器が駐機してある格納庫へと走り出した。
そして、格納庫へと辿り着くや否や、すぐさま自分のABERに乗り込み、起動準備に取り掛かる。
パイロットスーツの腰から伸びているコネクタを操縦席の座席に設置されたコネクタに接続し、シートベルトを締める。
その後、動力を始動させて各ジェネレーターにエネルギーを送り込み、駆動系のチェックを行う。
そして、各種計器の灯を入れ、開放されていた操縦席のハッチを閉める。
途端、操縦席内が暗闇に包まれるも、すぐさま頭部のカメラアイから送られてきた映像が、内壁透過モニタに映し出され、明るさを取り戻したところで、最終起動チェックを始める。
「エネルギーパック残量確認! 各ジェネレーター、駆動系、異常なし! 内壁透過モニタ、起動完了! センサー各種確認終了! 火器管制システム、戦術データとのリンクを確認! 通信システム異常なし! ABERミナト機、起動完了!」
訓練生時代に叩き込まれた起動シークエンスを終え、いつでも出撃できるようになったタイミングを見計らったかのように、リリアから通信が入った。
「各員、起動できたようですね。それではすぐに出撃します。魔獣の情報や作戦などは、移動中にお話します!」
通常の出撃と違って、緊急出撃は出撃しながら作戦の説明や魔獣についての説明を受けることになる。
これは、緊急出撃の場合、国を囲う外壁から然程離れていないところで魔獣が出現したり、魔獣の移動速度が速くて、外壁までの到達時間が短かったりするための措置である。
ともあれ、リリアの言葉に頷いた湊が乗るABERは、移動デッキに乗せられたままカタパルトエリアへと運ばれる。
『ABER緊急出撃小隊、出撃準備完了! カタパルト射出システム正常! 出撃、いつでもいけます!』
『了解!』
射出管制官の声に大きく頷いたリリアが、手早く指示を下す。
『各機、射出後は紫獣石の消費が激しいですが、高機動モードで移動してください』
その指示にそれぞれが頷いたのを確認して、リリアは小さく深呼吸をした後、鋭く前を見据えた。
そして。
『ガーネット小隊、リリア・ガーネット! 出撃します!』
宣言と同時にハンドレバーを強く押し込み、カタパルトに乗って勢いよく射出されていくリリア。
それに続くようにダインとカールも出撃する。
『同じく、ダイン・コランダム! 行くぜ!』
『同じくガーネット小隊、カール・アイドクレース! 出ます!』
二機のABERが勢いよく射出され、すぐに湊が乗るABERがカタパルトデッキに設置される。
そして管制官から出撃許可が出たところで、湊も鋭く宣言した。
「ガーネット小隊、ミナト・イスルギ! 行きます!」
ハンドレバーを強く押し込むと同時に、カタパルトが勢いよく動き、湊の全身に加重が圧しかかるのを、歯を食いしばって耐える。
そしてカタパルトから空中に放り出されると、すぐさま空中で姿勢を整え、着地と同時に高機動モードへと移行、先行する仲間たちを追いかけた。
それから僅かな時間を置いて全員が合流したことを確認したリリアから通信が繋げられる。
『さて、皆さん。移動しながら聞いてください。今回の魔獣は巨牙犬です。その名の通り、巨大な牙を持つ獰猛な犬型の魔獣です。発見例も多く、対処法も確立されていますが、だからといって油断はしないように。冷静に、かつ慎重に対処しましょう』
「分かった!」
『了解っす!』
『了解です!』
返事をしてから、湊はしっかりとハンドレバーを握りなおす。
そうして幾度と無く出撃しても慣れない緊張感に、湊がごくりと喉を鳴らしたときだった。
『……っ!? 魔獣をレーダーで補足! 予定通り、十二キロ地点にて会敵します!』
先行していたカールからの報告を受けて、リリアから指示が飛ぶ。
『全機、戦闘態勢! 全武装安全装置解除!』
リリアの鋭い声に従って、湊は戦闘準備を整えた。
◆◇◆
『いやぁ……今回はちょっとばかし肝が冷えたな……』
魔獣巨牙犬を撃退し、オークスウッドへと帰還する途中で、ダインが先ほどの戦闘を振り返える。
『ダイン……君の援護が二秒遅かったのが原因なんだぞ?』
ずれたメガネを直しながら言うカールの機体の右腕には、魔獣がその巨大な牙でかみついた後がくっきりと残されていた。
『んだとぉ!? てめぇが突出しすぎなのが悪ぃんだろうが!』
『僕は前衛だ! 壁となって君たちに魔獣が行かないように抑える役目があるんだよ!』
『じゃあ援護が遅いとかいうんじゃねぇよ! こっちだっててめぇが射線に入るから撃てなかったんだよ!』
『そんなの君の腕が悪い言い訳じゃないのか!?』
『てめぇ!? そこまで言うんだったらいいぜ! 今度はてめぇごと魔獣を撃ち抜いてやるよ!』
『はん! 友軍誤射だって!? 君に出来るのかなぁ!?』
そのまま口げんかを始めてしまった先輩二人に、湊が慌てて仲裁に入る。
「ふ……二人とも、その辺にして……。ほら、もう少しで基地に着くから!」
『『へタレは黙ってろ!!』』
「うぐっ……!?」
先輩二人にヘタレ呼ばわりされて思わず口を閉ざしてしまった湊に変わり、今度はリリアが割って入る。
『二人とも、そこまでにしてください。今回は損傷軽微で済んだのですから、よかったじゃないですか』
『……分かったッスよぉ、隊長……』
『むぅ……隊長が言うのなら……』
渋々と引き下がる二人に苦笑しながら、リリアがふと前に目を向けた瞬間だった。
夜空を切り裂くように一筋の光が立ち上ったかと思うと、遥か上空で光の大輪を咲かせた。
そして遅れて届く、腹の底に響くような轟音。
それが一度ではなく、何度も何度も、まるで夜空をキャンパスに絵画を描こうとするかのように、繰り返される。
オークスウッド天龍祭最終日名物、大花火大会だった。
オークスウッド全域を囲う外壁全てと中央区の広場から次々と打ち上げられる花火に、思わず機体を止めたリリアはうっとりと眼を細める。
『綺麗……ですね……』
「うん……」
通信モニタ越しに浮かび上がる少女の姿に見惚れながら、湊は小さく頷く。
そうしてリリア達はしばしの間、夜空を飾る光の競演を眺めていた。
そしてそれゆえに気付かなかった。
ABERのセンサーにほんの一瞬だけ、巨大な黒獣の姿が映ったことに。
~~あとがき~~
こんにちは、作者です。
今回はABERによる戦闘シーンではなく、その出撃シーンに拘ってみました。
なんかいいですよね、スクランブル。
ちなみにこの世界のカタパルトは、エネルギー源に紫獣石を使った電磁誘導式です。




