第18話 龍天祭二日目 天龍杯
「さぁ! 今年もやってまいりました! 天龍祭恒例のこの企画! オークスウッド国立対魔獣防衛軍合同模擬戦、その名も「天龍杯」! 果たして優勝の栄冠と賞金はどのチームが手にするのか!」
実況のノリがいい声が観覧席に響き、そこへ詰め掛けた人たちが熱狂の声を上げる。
「頼むぞ、オーラム隊!」
「勝ってくれよ、ガーネット隊!」
「今年はお前たちにお小遣いの全財産をかけたんだからな、グラナイト隊!」
「お前、大穴狙いすぎだろ!?」
「リリアちゃ~ん!」
一部、某隊員への熱狂的なファンの声も混じりながらの声援が飛ぶ中、招待状で特別観覧席に座っていたアッシュたちは唖然としていた。
「毎年見ていたから知っていたけど……、やっぱりすげぇ盛り上がりだな……」
「私も去年初めて見て、びっくりした、です。さすがは龍天祭、です」
「なんでも、この「天龍杯」の賭け金だけで数百万もの金が動くらしいで……」
目を見張るようなアッシュとユーリは、隣に座るアリシアが何かを企むような顔をしていることに気付いた。
「それで? お前はいったい何を企んでいるんだ?」
「失礼な奴やな? 別になんも企んでへんよ? こないな大規模な軍の行事にウチなんかが一枚噛もうなんて無理な話やし……」
リソス帝国軍とは直接商談を取り付けておいてよく言う、と心の中だけでツッコんだアッシュは、ふとアリシアが一枚の紙切れを握り締めていることに気付いた。
「おい、アリシア……。お前が手に持ってるものって……」
「お? 気付いたか? 実はウチも賭けてんねん。別に特別観覧席の招待客が賭けたらあかんいうルールはあらへんしな」
にっしっしといやらしく笑うアリシアに、ユーリが呆れ顔で訊ねた。
「それで? どこに賭けた、です?」
「もちろん、リリアちゃんとミナトのチームや! って言いたいとやけど、リリアちゃんのチームは去年は優勝しとるけど、今年は新人のミナトが加入してる。せやからその分戦力ダウンしてるはずやねん。せやからリリアちゃんには申し訳ないけど、リリアちゃんのチームは保険の意味で数口。本命は去年準優勝のオーラム隊やな!」
「目の付け所が完全に賭博師のそれだな……」
彼氏の冷静なツッコミに、大いに同意するユーリだった。
◆◇◆
一方その頃、第一試合に組まれていた湊は、緊張した面持ちでシミュレーターを起動させた後の、待機エリアの中にいた。
「ふぅ……」
先ほどから何度目かも分からないため息をついた湊は、仮想空間であるのにも関わらず、じっとりと手に滲んだ汗を乱暴に拭う。
訓練生時代に受けた説明では、シミュレーターは出来るだけ現実の環境に近づけるために、パイロットスーツに搭載された身体モニターと連動して、パイロットの身体状況を計測、仮想空間でも反映させているとのことだが、何もここまで正確に再現しなくてもいいのでは、と湊は技術者に心の中で文句を言う。
と、そこへ先輩のダインから通信が入る。
『おら坊主! いつまでも緊張してねぇでしゃきっとしろ!』
「そんなこと言われても……。いままでこんな大人数に見られながらなんてやったことないし……」
元の世界にいたころ、小学校の学芸会などでも地味な役や裏方をやっていた湊からすれば、これだけの人数に注目される経験など皆無。
それ故の緊張感だったのだが、そこへリリアが苦笑と共に通信を繋げてきた。
『今更なにを臆することがあるのですか? ミナトだって先日テレビに出演したではないですか』
「あれはだって……、録画だったから……。その場で大勢の人に見られるわけでもなかったから……」
『ミナトなら大丈夫です。ちゃんと練習どおりにすればいいのですから!』
「うぅ……でも緊張する……」
湊がなおも情けなく声を上げた直後だった。
『三人とも、おしゃべりはそこまでだ。そろそろ実況の紹介も終わってフィールドに転送されるよ』
もう一人の先輩であるカールの冷静な声に、湊はとにかく気持ちを切り替えようと深呼吸を何度か繰り返し、しっかりと仮想の操縦桿を握り締める。
仮想とはいえ、実際の機体と同じ操縦桿の感触を手のひらに感じた湊は、不思議と心が落ち着いていくのを感じた。
これなら大丈夫だろうと自身で判断した湊の目の前へ、突然通信モニタが開かれた。
そのモニタに映し出された姿は、訓練生時代から何故か湊や仲間たち、そしてリリアに突っかかってきていた同期のリード・ガレナ。
その少年がにたりと笑みを浮かべながら声をかけてきた。
『久しぶりだな、ミナト・イスルギぃ』
「リード・ガレナ……」
訓練生時代から何かと因縁深い相手に、呻くような声を上げる湊に、モニタ越しにガレナが指を突きつける。
『ようやく貴様にほえ面かかせてやれる機会が巡ってきたなぁ……。それも公衆の面前で……』
暗い笑みを浮かべたガレナは、まるでスイッチを切ったかのように突然真顔に戻ると、そのまま画面越しに湊をにらみつけた。
『お前とリリア・ガーネットだけは必ず俺の手でしとめてやる……。首を洗って待っておくんだな』
言いたいことを一方的に言い残したガレナ少年は、そのまま通信を切ってしまった。
一方、挑発された湊はといえば、呆然としながらも、訝しんでいた。
「(なんだろう、この違和感は……。リード・ガレナってあんなに好戦的だったっけ……?)」
湊が訓練生時代のことを思い出そうとするよりも早く、その耳に実況の声が飛び込んできた。
『さぁ、皆様! 大変お待たせいたしました! 準備が出来たようなので、早速第一試合を始めたいと思います!』
途端、観客のボルテージが更に上がり、会場中を歓声が包み込む。
その熱気が、待機エリアに控える湊たちにも届き、湊の緊張感も否応なく高まっていく。
そして、湊がごくり、と人知れず喉を鳴らした瞬間。
『それでは、カウントダウンを始めます! 観客の皆様もご一緒にお願いします!』
実況の声と同時に、湊たちの目の前のモニタと、観客席に設置されたモニタに、大きく数字が表示され、徐々にその数を減らしていく。
『五……四……三……二……一……』
観客と実況が一緒になって数字を読み上げ、カウントがゼロを刻み、すぐに「開始」とでかでかと表示されたその直後。
待機エリアにいた湊たちは一斉に光に包まれ、次の瞬間には広大な草原にいた。
「草原……か」
一通り辺りを見回しながらぽつりと呟いた湊は、「何はともあれまずは仲間たちと合流を優先すべし」と訓練を思い出し、すぐさま、転送と同時に各機体へ送られてきた対戦エリアマップを確認し、自分の現在位置と集合地点の方角を確認する。
「えっと……僕が転送されたのはマップの西のほうで……、集合場所はマップ中央……ということは……こっちか!」
マップと計器から素早く目標の方角を定めた湊は、レーダーで敵性の反応がないかを確認しつつ、急いで機体を走らせた。
そうして、チームとの合流予定地点まであと数キロのところまで迫り、湊が僅かに気を抜いた、その瞬間だった。
突然、索敵レーダーがけたたましい警告音を上げる。
「っ!?」
日ごろの訓練の賜物か、咄嗟に操縦桿を強く捻り、機体を横に飛びのかせた直後。
空気を焦がす音と共に、光の束が湊が先ほどまでいた空間を抉って行った。
危うく開始早々に脱落しかけたことにひやりとしながら、湊が機体を振り返らせたその先にゆっくりと姿を現したのは、通常の対魔獣殲滅兵器に追加で装甲を施したのだろう、どこかずんぐりとしたシルエットを持ち、さらにはいかにも目立ちそうな派手なカラーリングをしたABERだった。
どうやら、先ほどの銃撃の犯人らしく、手に持ったライフルから僅かに煙が漂っている。
もちろん、味方の機体の特徴は把握している湊は、すぐさま目の前のABERが敵チームのものであると判断して、主武装を構えて臨戦態勢を整える。
そんな湊へ、通信が繋げられ、モニタにある意味見慣れている顔が映し出された。
『よぉ、見つけたぜぇ……、イスルギぃ……』
「っ……! リード・ガレナ……」
『まさか開始早々、こんなに早くお前を見つけられるなんて思ってもみなかったぜ……』
にたり、と笑うその姿と粘つくような口調に、湊は試合開始前にも抱いた違和感を再び抱く。
「(なんだろう……? こいつはこんな奴だったっけ? こんな喋り方や笑い方をしたっけ?)」
湊が訓練生時代のことを思い出そうとするよりも早く、リード・ガレナが湊に突きつけた銃の引き金を絞る。
直後、一条の光が湊が乗る機体に直撃、しかし出力が弱い牽制用だったのだろう、あっさりと装甲に弾かれ、明後日の方向に飛び去って行った。
「(今はそんなこと考えている場合じゃないか……)」
雑念を振り払うように頭を振った湊は、意識を切り替えるように目の前の相手を睨みつける。
本来ならば、ここはミサイルなどで相手の視界を閉ざし、その隙に全力でこの場を離脱、そして仲間たちとの合流を目指すべきなのだろう。
だが、目の前の相手は何故か湊に執着している。
このまま合流をしようとしても、追いかけてくるのは分かりきったこと。
「(だったら……)」
素早く思考を巡らせた湊は、しっかりと操縦桿を握りこみ、いつでも動けるように体勢を整える。
そうして、湊とリードの間で張り詰めた空気が満たされ、そのままこう着状態が続くと誰もが思ったときだった。
二人が対峙する場所から離れた場所から微かな爆発音が響いた。
どうやら、そこでも戦闘が始まったらしいその爆発を契機に、二人は互いの武器を振りかぶりながら一気に地を蹴った。
方や拳銃を投げ捨てて抜き放った長剣を、そしてもう片方は手に持っていた槍斧を、互いの間合いに入った瞬間に思いっきり振り下ろす。
両者の中間で甲高い音を立てながら激突した二つの武器は、しかし対魔獣殲滅兵器の強靭な膂力によって押さえ込まれ、激しく火花を散らしながら鍔競り合う。
長く続くかと思われた膠着状態は、しかし次の瞬間湊がとった行動によってやぶらる。
突如、湊は押し込んでいた腕の力を抜き、機体を右へと捌く。
そして相手がバランスを崩したところで、入れ替わるようにその背後へと抜けると同時。
「ふっ!」
鋭く呼気を吐き出しながら、そのままハルバートを振った。
絶妙なタイミングでの一撃は、完璧に相手を捕らえるはずだった。
しかし、リード・ガレナは咄嗟に機体を素早く前進させることで、この致命的な一撃を背中の装甲を少し削られるだけに止めた。
「チッ!」
「くそっ!」
湊は仕留めそこなったことに、リードは避け切れなかったことにそれぞれ舌打ちをし、すぐさまお互いに機体を振り向かせる。
そうして再びお互いに地を蹴り、激突しようとした瞬間だった。
突如、一条の光が二機の間をすり抜けるように駆け抜け、湊もリードも思わず動きを止め、光が飛んできたほうを見る。
するとそこには、ライフルを油断なく構えながらゆっくりと近づく、湊にとっては見慣れた機体があった。
「ダインさん……」
仲間の登場にほっとする湊へ、その仲間から怒声が飛ぶ。
『バカヤロウ! ミナトてめぇ! 合流もせずにこんなところで何やってやがるんだ!』
怒鳴られた湊は思わず首を縮めながらも言い訳を口にする。
「だ……だってガレナがいきなり……」
『だってもへったくれもあるか! どこに転送されていようとまずは集合場所に移動するってのが基本だろうがよぉ! それをそんな雑魚にかまけてるんじゃねぇよ!』
『雑魚……だと……!?』
雑魚呼ばわりされたガレナ少年が激昂するが、ダインはそれを軽く無視する。
『とにかく! あっちでは隊長とカールが敵チームに遭遇して、もうドンパチ始めてんだ! てめぇもいいからさっさと来い!』
『んなっ!? そんなこと許さないぞ! いきなり出てきてなんなんだ、お前は!?』
湊を引き連れてその場を離れようとするダインを、リードが慌てて引き止める。
彼からすれば、勝負の場にいきなり横槍を入れてきた相手なのだから、納得行かないのだろう。
しかしそれはリード・ガレナのみの都合であり、ダインには関係ないこと。
ゆえにダインは、苛立ちを隠そうともせず画面越しにリードを睨みつける。
『あっ? 雑魚の下っ端の癖に誰に向かって口聞いてんだ?』
睨まれたガレナは一瞬怯むも、すぐにその態度を毅然としたものにする。
『貴様こそ、誰に向かって口を利いている!? 僕はガレナ子爵家の跡取りにしてオニキス伯爵の甥だぞ!?』
『あぁっ!? だからどうした? それが軍で関係あるのか? 家の格が軍で通用すると思ってるのか?』
ダインの言う通り、軍では家の格による待遇の良し悪しや、カースト制度などは存在しない。
誰でも、どんな出身のものでも、軍にとって有益な存在ならば階級は上がり、逆に有益でなければ、たとえ爵位持ちの人物でも出世することは出来ない。
だから軍人に対して、家の名を持ち出した威嚇は通用しない。
だが、それがリード・ガレナにとっては面白くなかった。
訓練生時代では、爵位持ちの家ということだけで彼のご機嫌を伺う取り巻きを得ることが出来た。
そして、今彼が所属する部隊でも(恐らくオニキス伯爵から根回しがあったのだろう)実質の部隊長を任されていた。
しかし目の前の二人は彼を敬うどころか、彼を無視までする始末。
思い通りにならないその事実が、彼にとっては面白くなかった。
『黙れ!! 僕は偉いんだ! 僕は凄いんだ!!』
叫びながら、リードは手当たり次第にミサイルを放ち、拳銃を撃ちまくる。
その姿はまるで、癇癪を起こした子供そのもの。
当然、でたらめに放たれたそれらが湊たちに当たるわけもなく、銃弾もミサイルも、明後日の方向へと飛んでいく。
『やれやれ……』
そんな様子を見ていたダインは、深々とため息をつくと、ゆっくりと手に持っていたライフルを構え、照準を覗き込む。
そして、いまだ癇癪を起こして暴れまわるガレナの機体を、その中心に捕らえるや否や、ゆっくりと引き金を絞り込んだ。
ダインが乗る対魔獣殲滅兵器から放たれた一条の光は、狙い違わずにガレナが乗る機体の中心、正確にはパイロットが乗っているコクピットブロックを捉え、装甲や内部回路を焼き尽くしながら反対側へと突き抜けていった。
『僕は……偉いんだ……』
最後に搾り出すように、そう口にしたガレナは、乗っていたABERごと爆散、ポリゴン片となって仮想世界から退場した。
『うっしゃ! これで邪魔者はいなくなったな! ほら、行くぞ!』
いまだ砲口から煙を漂わせるライフルを担ぎ上げながら笑みを浮かべたダインは、颯爽とその場から走り去っていく。
一方、唖然とするしかなかった湊は、直後に飛んできた先輩の怒声で我に返ると、慌ててその後を追いかけるのだった。
そしてその後の試合は、リリアたちと湊たちが合流して全員が揃ったリリア隊に対して、相手チームは早々にリーダー格だったはずのガレナが退場したことで纏りきらず、湊たちのチームが圧勝することとなった。