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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第3部 爵位継承編
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第17話 龍天祭初日

「いや~っ! 助けて!」

「ひっひっひ! お前たち、やっておしまい!!」

「あらほらさっさ!」

「イーッ!」


 甲高い女性の助けを呼ぶ声と、それを嘲笑うかのような、それでいてどこか妖艶な女性の声、そしてそれに従う下っ端どもの返事が響き、周りにいた子供たちから悲鳴が上がる。

 そんなときだった。


「そこまでです! 怪人女帝お好み女!」


 その場に、子供たちが待ち望んだ声が響き渡り、怪人の女が声のしたほうを振り向く。


「何者だ!?」


 鋭い問いかけに、彼らは颯爽と現れた。


「ベニショウガレッド!!」

「キャベツグリーン!」

「ソースブラック、です!」

「ブタニクピンクや!」

「や……ヤキソバイエロー……」


 それぞれにポーズをキメながら名乗りを上げた彼らは、最後に五人が集まる。


「五人揃って……」

『鉄板戦隊、ヤキソバン!!』


 声を揃えてそう叫んだ瞬間、彼らの背後で謎の爆発が起こり、五色の噴煙が上がり、同時に子供たちから歓声が上がる。


 その歓声を浴びながらポーズを維持し続ける彼ら(ヒーロー)の一人、異世界から来た少年の石動湊は、ぷるぷると震える腕を必死に堪えながら、内心で叫んでいた。


「(どうしてこうなった!?)」




◆◇◆




 時を遡ること、数時間前。


 湊とリリアは、オークスウッド中央区の市場マーケット前にある広場で、龍天祭の開催にあわせて来訪するという友人三人と待ち合わせをしていた。


「彼らと会うのは本当に久しぶりですね」


 よほど待ち遠しいのか、まだ待ち合わせの時間まで間があるというのに、先ほどから駅から出てくる人の流れをじっと見つめながら微笑むリリアに、湊は頷く。


「うん。僕も通信越しではたまに顔を合わせるけど、実際に面と向かうのは卒業以来だからなぁ……」


 屋台で購入した飲み物を啜りつつ、ぼんやりと呟いた湊は、でもと口にする。


「なんだか感覚的には久しぶりなんだけど、僕らが軍学校を卒業してから、まだ半年もたってないんだよね……」

「そういえばそうですね。なんだかあまりにもいろいろとあったせいか、もっと時間が経っているような気がしましたが……」

「うん……、本当にいろいろとあった気がする……」


 実際はそんなことはないはずなのに、訓練や魔獣討伐、今回の天龍杯へ向けての準備などで、卒業以来濃密な毎日を送っている気がしてならない湊だった。

 そんな湊に苦笑を向けつつ、リリアは言う。


「でも、そうやっていろんなことを準備してがんばったからこそ、こうやって龍天祭初日にお休みをもらえたんです。ですから今日は皆で精一杯楽しみましょう!」


 何故か気合を入れるように両の拳を握り締めるリリアに、湊が大きく頷いた後だった。


「お? なんだ? リリアたん、えらく気合はいってるじゃん?」

「せっかくのお祭り、です。ガーネット先生も楽しみたいに決まってる、です」

「せやなぁ。リリアちゃんは普段は頑張りすぎとるもんなぁ。せめて今日くらいはゆっくりしたいんよなぁ」


 聞き覚えのある三つの声が投げかけられ、湊とリリア二人が振り返った先に、果たして彼らはいた。


「アッシュ! ユーリ! アリシア!」


 ぱっと顔を輝かせながら三人の下へ駆け寄っていった湊に続き、リリアもゆっくりと歩み寄ってくる。


「三人とも、お久しぶりです。それとユーラチカさん? 私はもうあなた方の先生ではありませんので、どうぞ気軽にリリアとお呼びください」

「わかった、です。じゃあ私もユーリでいい、です」

「はい、ユーリさん」


 躊躇いなく名前で呼ばれ、照れて顔を赤くするユーリをアリシアがからかう。


「お? なんやユーリ。自分、ウチらがユーリ言うても全然照れんかったくせに、リリアちゃんに呼ばれたら照れるんか?」

「うっさい、です! なんだか、リ……リリアさんにそう呼ばれると恥ずかしいだけ、です! そのうち慣れる、です!」

「ほう、そうか? そんならリリアちゃんにはユーリってめっちゃ言うて貰わなあかんなぁ?」

「そうですね、ユーリさんが慣れるように私も努力しますよ!」

「アリシア先輩とリリアさんがいじめる、です……」


 ぷくり、と可愛らしく頬を膨らませたユーリを、アリシアとリリアが慌てて慰める。

 そんな三人に微笑ましい顔を向けたアッシュが空気を入れ替えるように手をたたいた。


「そんじゃあ、さっそく祭りへ繰り出すとしますか!」


 その声に全員が頷き、五人は揃って中央市場マーケットのほうへと足を向けた。




◆◇◆




 それは早くも出店している屋台を冷かしたり、あるいは美味しそうに湯気を立てるジャンクな食べ物につられたユーリがふらふらと歩み寄っていくのを必死に止めたりしながら、五人が祭りの雰囲気を楽しつつも、中央市場マーケットのとある広場に差し掛かったときだった。


「困った……。本当に困った……」


 何かのイベントのためだろう、小さく張られたテントの裏で、なぜか燕尾服を着てシルクハットをかぶった恰幅のいい男が、困り顔でうなり声をあげていた。

 さらにその横では、若い男が足を抱えてうずくまっている。

 どうやら彼らの間で、なにがしかのトラブルがあったようだが、彼らの傍を通り過ぎていく人々は、関わる気はないのか、一向に足を止める気配は無い。


 そんな彼らの様子を見かねたのだろう、心配そうな顔を張り付けながら、リリアがまるで許可を求めるように、湊やほかの三人に視線を向けてきた。

 それだけで彼女の言いたいことを理解した湊が頷く。


「あの人たちのことが心配なんでしょ? 僕たちのことは気にしないで、行っていいよ」


 途端、少しだけ申し訳なさそうな顔を向けた後、リリアはさっそくテントのほうへと向かい、声を掛ける。


「あの……どうかしましたか?」


 声を掛けられた燕尾服の男が視線を向けた先にいたは、背中まで届く美しい銀髪に、特徴的な|深い柘榴石色≪カーバンクル≫の瞳を持つ少女だった。

 突然のことにきょとんとしている燕尾服の男を見て、リリアは何かを思い当たったのか、胸に手を当てて丁寧に自己紹介をする。


「別に私は怪しいものではありません。私はリリア・ガーネット。|オークスウッド≪この国≫の軍に籍を置くものです。何か困っているようでしたので、私の力になれることなら協力しますよ?」

「ああ……そうでしたか……」


 あからさまにほっとした男に苦笑しつつ、事情を聴きだす。


「それで? 何が困っているんですか?」

「ええ……それが……、実は私どもは子供向けのヒーローショーをやる予定だったんです。ご存じですか? 今一部の子供たちの間で話題沸騰中の「鉄板戦隊ヤキソバン」というんですが……」


 普段あまりテレビを見ることのないリリアが僅かに首を振ると、男はがっかりがしたように肩を落としながらも続ける。


「実は、今日ここでもうすぐショーをやる予定だったんですが、そのショーに出る予定だったスーツアクターの何人かが食中毒で入院してしまいまして……。それで仕方なく、代役で練習をしていたのですが、その代役もなれない芝居でけがをしていしまいまして……」

「そうでしたか……」

「ええ。それでも今日のショーを楽しみにしている子供たちがいるので、中止することもできず……。それで困っていたんです……」

「足りない人数は何人ですか?」

「ちょうどヒーロー側の五人です……」

「……それだったら……」


 そう言いながらリリアが視線を向けてきた時点で、湊は嫌な予感がしていた。

 そしてその予感が正しいことを、リリアの口から飛び出た言葉で理解した。


「ちょうど私たちが五人いるので、私たちが代役をしましょう!」

「本当ですか!?」


 歓喜に顔を綻ばせる燕尾服の男と反対に、湊は困惑顔でリリアに言う。


「いやいやいやいや、ちょっと待ってリリア! いくらなんでもそれは……」


 演劇などやったことのない湊がリリアを説得しようとした矢先だった。


「なんやそれ! 面白そうやな!」

「鉄板戦隊ヤキソバンになれる、です! 絶対にやる、です!」


 女子二人が何故か乗り気で顔を輝かせていた。

 それに頬を引き攣らせる湊。


「あの……、何で二人はそんなに乗り気なの?」


 恐る恐る聞いてみると、二人は目を輝かせながら湊を振り向いた。


「何でって、そんなん決まっとるやん! ウチ、一度こういうことしてみたかったんや!」

「そう、です! あの鉄板戦隊をやれる、です! これで興奮しないミナト先輩がおかしい、です!」


 そのあまりの前のめりな姿勢に、湊は思わず頬を引き攣らせながら、親友に目を向けた。


「アッシュ……」

「諦めろ、ミナト。こうなったユーリはもう手遅れだ……」


 卒業後も一緒にずっと一緒にいただけあり、そうそうに諦めていた親友に、湊はついに肩を落とした。


「はぁ……分かったよ」


 最後の砦(ミナト)が陥落したことで、大きく頷いたリリアがもう一度燕尾服の男に振り返る。


「そういうわけですから、私たちにお任せください」

「分かりました。皆様にお願いいたします」


 深々と頭を下げる燕尾服の男に、リリアは満面の笑みを向けるのだった。

 

 こうして、はからずも演劇をすることになってしまった湊たちだったが、もちろん素人にいきなりやれといっても無理な話なので、開演までの時間を使って、演技の指導を受けることになった。


「そう、そこでレッドから順番に登場ポーズを決めながら名乗りを上げてください」


 ステージのいたるところに貼り付けられた目印の指定があった場所にそれぞれが立ち、事前に渡された台本に従ってセリフを口にする。


「ベニショウガレッド!」


 まずはリーダー役のリリアが、指導されたとおりにポーズをとる。

 そしてその横で、妙にノリノリなアッシュが同じようにポーズを決める。


「キャベツグリーン!!」

「ソースブラック、です!」


 そのアッシュの横で「びしっ」と効果音を付けたくなるほど綺麗にポーズを決めたユーリが叫ぶ。


「ブタニクピンクや!」


 アッシュとリリアをはさんだ反対側では、同じく綺麗にポーズを決めたアリシアが何の衒いもなく叫び、最後に湊の出番がやってきた。


「や……ヤキソバイエロー……」


 かなり恥ずかしかったのか、他の四人に比べて動きが小さく、声も小さい湊に、燕尾服の男から厳しい指導が飛ぶ。


「イエローさん! もっと動きを派手に! 声も大きくお願いしますよ!」

「うぐっ……はい……」

「はい、それじゃもう一度! レッドさんの名乗りから!」


 それぞれがまた、自分の立ち位置へと戻り、最初からやり直す。

 そうしてそんな練習を何度か繰り返して、ようやく燕尾服の男から合格を貰ったとき、湊はすっかりくたびれていた。


 そんな湊へ、いつのまにか近くの屋台で購入したジュースを持って、リリアが声をかけてきた。


「ふふ、お疲れ様です、ミナト」

「ありがと……」


 差し出されたジュースを一息に半分ほど飲み干してから、ようやく息をついた湊は、少し前から気になっていたことを訊ねる。


「そういえばリリア……。どうしてこの演劇を引き受けようと思ったの?」

「それは……。あの座長さんにもお話しましたが、あの方々が困っていたのを助けたかったからですけど……」

「でも、だったらガーネット家(いえ)の伝手でプロの役者を呼んだってよかったでしょ?」


 湊の指摘はもっともだった。

 当然、素人に最初から演技指導をするよりも、その道のプロに頼ったほうがはるかに手間が掛からずにすむ。

 そして恐らく、リリアならばそれくらいのことは考えていただろう。

 しかし実際は、リリアはわざわざ自ら演劇を引き受けたのだ。

 それは「困っている人を助けたかった」という理由以外に何らかの思惑があってのことだろう。


 そんな湊の推理はどうやら当たっていたらしく、リリアは少しだけ頬を染めながら、声を潜めるように呟いた。


「本当は……それだけじゃありません。もちろん、困っていたので助けたかったのも本心ではありますが、演劇と聞いたときに私もやってみたいなって思ったんですよ。ほら……、この間アオイさんがドラマに出演していたのを見たでしょう?」


 そういわれて思い出したのは、ガーネット邸のリビングでリリアと揃って見た一本のドラマ。

 軍の密着取材依頼、すっかり仲良くなったアイドルのアオイ・シトリンが出演するというので、見ることにしたのだ。


「そのドラマの中でアオイさんがとても楽しそうに役を演じていたので……。私も役者ああいうことをしてみたいなって……」

「ああ、そういうこと」


 妙に納得した湊へ、リリアは恥ずかしそうに笑った。


「み……皆さんには内緒にしてくださいね?」


 その笑顔に思わず見惚れた湊は、誤魔化すように残りのジュースを飲み干すのだった。




◆◇◆




 そうして迎えた本番。

 全身を貸し出された衣装で着飾った湊たちは、ステージ袖で控えて出番を待っていた。


 ステージの前に設置された客席からは、先ほどから子供たちの声が聞こえる。

 そしてついに、ステージ上の司会役のお姉さんの声と共に、袖に控えていたスタッフからゴーサインが出される。


 一瞬だけ仲間たちと顔を見合わせ、それぞれに頷いた湊たちは、リーダー役のリリアに続いて、ステージへと飛び出した。


「そこまでです! 怪人女帝お好み女!」


 リリアが鋭く叫び、怪人役の女性の誰何の声を合図に、それぞれが練習どおりの場所に立ち、セリフと共にポーズを決める。


 まずはリーダー役のリリア。


「ベニショウガレッド!!」


 続くはグリーンを担当のアッシュ、そしてブラックのユーリ。


「キャベツグリーン!」

「ソースブラック、です!」


 そして、独特のトントヤード訛りのピンク担当アリシア。


「ブタニクピンクや!」

「や……ヤキソバイエロー……」


 最後に若干噛みながらのイエロー担当の湊がポーズを決めたところで、彼らの背後で爆発と共に五色の煙が吹き上がった。

 途端、ヒーローの登場に子供たちから声援が飛び、仮面の中で顔を綻ばせながらリリアが演技を続ける。


「お前たちの悪事を私たちは許しません!」


 丁寧な物言いのまま勇ましく言い放ったリリアは、腰にぶら下げていた棒状の武器を構えて、怪人役の女性と切り結び始め、それと同時に湊たちもそれぞれの武器を手に、怪人の部下たちとの戦いを始めた。


「がんばれ~!」

「負けるな!」

「イエロー!」

「レッドー!!」


 子供たちが思い思いに声援を送る中、やがて演技は佳境を向かえ、怪人役の女性と湊たち五人による最終勝負へと続く。

 ここで打ち合わせどおり、怪人役の女性が一度優勢に立ち、湊たちはステージ上に倒れ伏した。


 それを見た子供たちから落胆と悲鳴の声が上がる中、いつの間にか安全な場所へと避難していた司会役のお姉さんが子供たちに向かって必死に声を掛ける。


「みんな! 鉄板戦隊たちがピンチだよ! みんなの応援で鉄板戦隊を助けてあげて!!」


 その瞬間、子供たちが大きな声で応援を始めた。


「がんばれ、負けるな!!」

「そんな怪人倒しちゃって!!」

「鉄板戦隊!!」


 なんだか演技で倒れ伏しているのが申し訳なるくらい必死な応援に応えるように、湊たちはゆっくりと立ち上がる。

 そして、仲間たちと手を取り合い、放つは鉄板戦隊最終奥義。


『喰らえ!! 奥義! ヤキソバフラッシュ!!』


 派手な効果音と共に怪人役の女性の足元が爆発し、女性は大げさなアクションをしながらステージの袖へと引っ込んでいった。


「皆さんの応援のおかげで怪人を倒すことが出来ました! ありがとうございます!」


 やたら丁寧に頭を下げるレッド(リリア)に続くように、湊たちも頭を下げてから子供たちに手を振り、ステージ袖へとはけていった。


 そこで出迎えてくれたのは、この舞台の座長の燕尾服の男。


「いやぁ、皆様のおかげでショーは大成功! 本当にありがとうございました!」


 喜色満面の笑みを浮かべ、何度も頭を下げて礼を言う座長に、リリアもまた最上の笑みで応えた。


「いえ、こちらこそ、貴重な体験をさせていただきました。ありがとうございます」


 こうして、波乱に満ちた龍天祭初日は、幕を下ろした。


◆◇◆




 その日の夜。

 ホテルに戻るというアッシュたちと別れた湊とリリアが、オークスウッド中央区の郊外にあるガーネット邸に戻ると、何故かニヤニヤと笑うガーネット夫妻に出迎えた。

 そして、開口一番、公爵が言う。


「やぁお帰り。今日は大活躍だったな、レッドにイエロー?」

「ええ、戦闘シーンの立ち回りも見事でしたよ? ちゃんと映像記録もしてありますので、後で皆でリビングで見ましょうか」

「やめてください!!」


 公爵夫妻による公開羞恥プレイを、湊は必死に止めるのだった。

~~あとがき~~


お久しぶりです、作者のがちゃむくです。

今回登場した鉄板戦隊ヤキソバンですが、実は私が仕事中にふと思いついた阿呆な想像が元になっています。

ちょっと焼きそばに触れる機会があったときに何となくぼんやりと、こんなことを考えていたのです。(笑)

ええ、仕事中に阿呆なことを考えています。(笑)

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