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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第3部 爵位継承編
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第16話 お誘い

 一日の仕事を終えた湊が、ガーネット家の人々との夕食を終え、ついでに入浴も済ませてから自室に戻り、ガーネット家自慢の書庫にあった小説をぼんやりと読んでいたときのことだった。


「ミナト? 少しよろしいですか?」


 控えめなノックと共に、ドア越しにリリア・ガーネットの声が聞こえてきた。


「リリア? 別にいいけど……」


 そんな風に返しながら、ふと部屋の時計を確認すると、とっくに普段の彼女ならば自室に戻って軽く執務をしているような時間。

 こんな時間にリリアが部屋を訪ねてくることは珍しいと首をかしげながらもドアを開ければ、そこにはその特徴的な深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳に少しだけ申し訳なさそうな色を浮かべた少女。


 ちなみに入浴を済ませた後なのか、うっすらと濡れた白銀の髪とほんのりと上気した頬、そして家族の前でも中々見せることのない薄い青色の寝巻きに肩からショールを羽織ったその姿は、普段の凜とした姿とは違ってどこか扇情的で、目の前でそれを見てしまった湊の顔が赤く染まったが、廊下の薄暗さでリリアには気付かれずにいた。


 なにはともあれ、立ち話もどうかと言うことでとりあえず部屋に招きいれ、部屋に備え付けの椅子を勧める。

 そうしてリリアが「ありがとうございます」と礼儀正しくお礼を言いながら椅子に座ったところで、湊は「それで?」と用件を訊ねる。


「こんな時間にどうしたの? いつものリリアなら自分の部屋で何かしてるような時間でしょ?」

「はい……それなのですけど……」


 そう言いながらリリアがどこからか取り出したのは、数枚の細長い紙。

 この場合、彼女がどこからそれを出したのかは聞かないほうがいいだろう。

 ともあれ、「これを」と差し出されたそれを受け取って仔細に見れば、それの表には大きく「天龍杯特別観覧席招待状」と書かれていた。


「これは……チケット?」


 首を傾げる湊に、「はい」と頷くリリア。


「去年に私がミナトを招待したものと同じものです。ただし、前回は私の家族ゲストとして招待したのですが、今回はあなたも参加者ホストとして、それを誰かに渡してほしいのです」

「誰かにって……言われてもなぁ……」


 頬を掻きながら、心当たりを探る湊。


「チャールズさんとシェリーさんは当然リリアが招待したんでしょ?」

「そうですね。二人とも私の両親ですから」


 もっとも、今ではミナトにとってもそうですが、と付け加えながら苦笑する。

 それはそうだと頷きながら、湊は思案する。


「でもなぁ……。ほかに家族って言っても、僕の本当の家族は元の世界(あっち)だから当然誘えるわけでもないし……。となると……」


 湊が頭の中でチケットを渡せそうな人をピックアップしているときのことだった。

 リリアが来たときよりもはっきりとしたノックが響き、同時に扉越しに低く声が聞こえてきた。


「失礼します、お嬢様、ミナト様。お飲み物をお持ちしました」


 そう言いながら扉を開け、カートと共に入ってきたのはこのガーネット邸の執事のイアンだった。

 そうしててきぱきと飲み物を準備しているイアンに、湊は首を傾げる。

 

「あれ? 僕……飲み物頼んでませんけど?」

「それは私が頼んだのです」

「リリアが?」


 はい、とリリアが頷く。


「ここ最近、ミナトとゆっくりお話しする機会がなかったので、ちょうどいいかなと思いまして……」


 ああ、それでと納得する湊を他所に、いつの間にか準備を終えたイアンが扉の前に立つ。


「それではお嬢様、ミナト様。ごゆっくり」


 礼儀正しく一礼してから去ろうとしたイアンを湊は慌てて呼び止めた。


「ちょ……ちょっと待ってください、イアンさん!」

「……はい? 何か?」


 立ち止まるイアンに、湊は貰ったばかりのチケットをかざして見せる。


「よかったらイアンさん、このチケット貰ってくれませんか?」

「それは……軍の天龍杯のチケット……ですか?」


 はい、と頷く湊を前に、イアンは少しだけ黙考した後、申し訳なさそうに眉を潜めた。


「申し訳ありません、ミナト様。私たちは仕事がありますのでそれを受け取ることは出来ません」

「そうですか……。呼び止めてしまってすみません」

「いえいえ」


 好々爺の笑みを浮かべながら去っていくイアンを見送り、湊は小さくため息をつく。


「となると、屋敷の人たちは駄目か……。本格的に困ったな……」


 ぼやく湊へ、リリアが微笑みを向けた。


「まぁ、チケットの期限までまだ時間はありますから。ゆっくりと考えたらどうですか?」

「うん、そうだね。そうするよ」


 曖昧に微笑み返した湊は、チケットを部屋の机に置くと、「それで?」と話題を変える。


「話したいことって何?」

「えっと……そうですね……」


 顎に手を当て、なにやら考え込むように黙り込んでしまったリリア。

 微妙な沈黙が部屋に流れる中、湊が静かに切り出した。


「まさか……、何も話題を考えてなかったとか?」

「そ……そんなことないですよ!?」


 慌てたように顔の前で手を振ったリリアは、軽く咳払いをする。


「えっと、ですね……。湊がこの世界(こちら)にやってきてから、もう一年以上が経過したわけですが……、どうですか? まだ寂しいですか?」


 小首をかしげるように訊ねるリリアに、湊は少しだけ思案する。


「そう……だね……。寂しくないといえば嘘になるかな……。元の世界(あっち)は僕が十六年過ごした場所だし、父さんと母さん、それに妹もいる。少ないけど、友達も、ね。皆のことを考えると、時々寂しくなるかな……」

「そう……ですか……」


 湊の表情に郷愁の想いを感じ取ったのだろう、僅かにリリアの顔が曇る。

 

 せっかく家族となれたはずなのに、もしかして帰りたいのだろうか?

 そんな不安がリリアの胸をよぎる。

 そして彼女はそれを、そのまま口にした。


「ミナトは……帰りたいのですか?」

「う~ん……どうだろ……」


 僅かに苦笑しながら、湊は首を捻る。


「前にも話したことあるけどさ……。少なくとも家族に僕の無事は伝えられたらなって思う。だって、家族からしたらいきなり僕が失踪したわけだしね……」

「そうですよね……」

「でもね。帰りたいかって聞かれると、今は分からないかな……。少なくとも帰るための手段は僕が調べた限りでは無いと分かってるし……」


 それに、と微笑みながら続ける。


「僕はこの世界(こっち)でも大切な人たちとたくさん出会った。チャールズさんやシェリーさん、アッシュにアリシアとユーリ。カールさんやダインさん。そして、リリア……君にも」

「私、ですか?」

「そう。だってリリアは僕がこの世界に来て初めて出会った人で命の恩人だし……。それに、最初に僕の秘密に気付いて、そして家族と言ってくれた……。あの時、僕がどれだけ嬉しかったか……」


 ちょっと照れくさいな、と湊ははにかむ。


「でも、それまでずっと、僕は一人だったんだ。友達アッシュたちがいたけれど、それでも僕は多分この世界でたった一人の異世界からやってきた人間だから……。だからあの時リリアが言ってくれた言葉が、僕にとっては凄く救いになったんだ……」


 ありがとう、と頭を下げる湊に、リリアはゆっくりと首を振る。


「私のほうこそ、ミナトには感謝しているのですよ?」

「そうなの?」

「はい。今でこそ、お父様やお母様も帰ってきてくださって、ミナトもいて、随分と賑やかになりましたが、ミナトと出会うまでは私も一人ぼっちのようなものでしたから。もちろん、イアンやアイシャたちはそばにいてくれましたし、軍のチームの皆さんもいてくれましたが、やはり主人や隊長としての責務があったからでしょう。皆さん、どこか私には一線を引いていましたから」


 目の前の、異世界から来た少年と出会う前までの自分を振り返る。


 あの頃は、ふとした瞬間に孤独を感じていた。

 例えば、屋敷に帰ってきたときや、仕事が終わり、皆と別れたときなど。

 そしてそんな時は、決まって胸が寒くなったような、そんな感情に襲われていた。


 けれども湊と出会い、慌しく騒がしく過ごしているうちにそんな感情に襲われることも無くなっていった。

 そうしている内に、いつの間にか父と母が帰ってきて、今ではもうそんな想いとは無縁となった。

 全ては、目の前できょとんとしている少年と出会ったからこそ。


「だから私こそ、あなたにはとても感謝しています。ありがとうございます」


 深く頭を下げるリリアに、湊も慌てたように頭を下げる。


「いやいや、こちらこそ」

「いえいえ、私のほうこそ」

「いやいやいやいや、僕だって」

「私もです」


 お互いに何度も頭を下げあううちに、何故か次第に二人の距離がどんどんと近づいていく。

 そうして、ついに同時に頭を下げた瞬間、お互いに頭突きをしあう形となり、鈍い音が部屋に響いた。


「~~~~~っ!?」

「~~~~っ!?」


 二人ともに声にならない悲鳴をあげ、涙目になりながらお互いを見て、同時に吹き出した。

 それからしばらくして、ひとしきり笑いあった湊とリリアは、目の端に浮かんだ涙をふき取り、イアンが持ってきた飲み物を口にする。

 そうして一息ついたところで、リリアはちらりと部屋の時計を見ると、そっと立ち上がった。


「さて。それではそろそろ自分の部屋に戻りますね。今日はミナトとお話できてよかったです」

「うん、僕も。ありがとう、リリア」

「私こそ……って、これではさっきと同じになってしまいますね。それではミナト、お休みなさい」

「うん、おやすみ」


 就寝前の挨拶を交わし、扉を開けたところでリリアは思い出したように湊を振り返る。


「ああ、そういえばチケットのことですが、別に招待客は家族に限ったものではありません。友人や知人でも大丈夫ですからね」


 器用に片目を瞑って見せたりリアは、それだけを言い残して部屋を出て行った。

 一方、湊はといえば、今のリリアの言葉でチケットを見つめる。


「友人……か……。……よし!」


 何かを思いついたのだろう、ベッド脇のチェスとの上に置いてあった携帯端末を取り上げると、そこに登録してある番号から一つの項目を呼び出し、早速電話をかけ始めた。




◆◇◆




 アリシア・ターコイズは、先の戦闘の報酬としてリソス帝国軍から振り込まれた金額が記入された通帳を前に、思わずだらしない顔を浮かべていた。


「うへへへへへ。さすが正規軍やなぁ。金払いもええし、これはいいカモ(お客さん)になるで」


 口の端から涎を垂らさんばかりに喜ぶアリシアに、アッシュ・ハーライトとユーラチカ・アゲートは思わず頬を引き攣らせた。


「なぁ、ユーリ……。アリシアってあんなだったか?」

「私も初めて知った、です。でも商売人のトントヤード人らしいといえばらしい、です」


 確かに、と頷きながらアッシュは先ほどから通帳を持って踊り出しているアリシアに声を掛ける。


「おい、アリシア。浮かれるのもいいけど、そろそろ通帳それしまったらどうだ? こんな道の往来だしよ……」


 そう、彼らは今、銀行から出た直後で、これからユーリとアッシュが暮らすアゲート家へと戻ろうとしている最中だった。

 いくら帝国が治安のいい国だとはいえ、こんな道のど真ん中で通帳を高々と掲げながら、まるで通帳を奪ってくださいといわんばかりに踊っている姿を見れば、誰だって不安になるというものだ。


 そしてそんなアッシュの忠告は無事に届いたらしく、アリシアは軽く咳払いをしながらいそいそと通帳をバックパックへと仕舞う。

 それを見て、アッシュとユーリが同時に安堵のため息をついたときだった。


 突然、アッシュの携帯端末が鳴り響き、それを聞いた瞬間、三人の顔が引きしまる。


「まさか……また緊急招集か!?」


 緊張した様子のアッシュだが、すぐにユーリが首を振る。


「どうやら違うよう、です。その証拠に私の端末はなってない、です」

「じゃあ一体……」


 ごくり、と喉を慣らしながらゆっくりとポケットから携帯端末を引き抜いたアッシュは、そのまま画面に表示された文字を見てほっと息を漏らした。


「んだよ……。ミナトじゃねぇか……」

「ミナト先輩、です?」

「ああ、いったい何の用だろうな?」


 さあ、と首を傾げるユーリに、アリシアが呆れるような声を出す。


「なにもなんも、出てみれば分かることやろ? ちゅうか、早くせんとミナトから通信を切るかもしれへんで?」

「おっと、そうだった」


 アッシュが慌てたように通話ボタンを押し込む。

 途端、画面に卒業以来の姿が浮かび上がる。


『やあ、アッシュ! 今大丈夫?』

「おう、大丈夫だぜ! お前の頼れるアッシュ様はいつでも大丈夫だ!」

『あははは。相変わらずだね』

「そういうお前もな。この間、テレビで見たときも思ったけど変わってねぇな」

『ああ……あれか……』


 少し前に放送されたアイドルによる軍密着ドキュメントを思い出したのだろう、画面越しに湊は頬を引き攣らせる。


「それで? いったいこのアッシュ様にどんな用件なんだ?」

『それなんだけど……、ユーリもいるの?』

「もちろんだ! 俺の可愛い彼女はいつでもそばにいるぜ?」

「私がどうかした、ですか、先輩?」


 呼ばれたことに気付いたのだろう、アッシュの脇からひょっこりと端末を覗き込むユーリ。


『ユーリ! 久しぶりだね!』

「ミナト先輩も元気そう、です」

『あはは。まぁね』

「おっと、ミナト! ウチも忘れたらあかんで?」

『アリシア!?』


 アリシアがいることは想定していなかったのだろう。

 ユーリと同じく端末を覗き込んだアリシアに、湊は思わず驚きの声を上げる。


『何でアリシアがそこに!? あれ? 今皆トントヤードにいるの?』

「ちゃうちゃう。ウチが帝国に来てるんや。ちょっとした商売やな」

「ちょっとした商売で軍から金を巻き上げるのかよ?」


 ぼそり、とツッコんだアッシュに、湊は「どういうこと?」と問いかける。


「どういうことも何も、アリシア(こいつ)はリソス帝国軍が人員不足で困っていることに目をつけて金を要求したんだよ」


 あまりにもざっくりとした説明だったが、何となく言いたいことを察したのだろう、湊は苦笑を浮かべる。


『あははは……アリシアも変わらないみたいだね』

「う……ウチのことはええんや! それよりもどんな用件なん?」

『ああ……それなんだけど……。三人ともいるのならちょうどいいや。あのさ……、三人とも、今年の龍天祭はオークスウッド(こっち)にくるの?』


 その問いかけに、アッシュはそうかと思い出す。


「もうそんな時期なのか……」

『うん。まぁ祭りが始まるまであと一週間くらいだけど……』


 そうだな、と思案しながらユーリとアリシアを見れば、二人とも目を輝かせていた。


「もちろん、行くに決まってる、です!」

「せやな! 商売の匂いのするところ、トントヤード人あり、や!」


 そんな二人を見て、小さく笑いながら、アッシュは端末に目を向ける。


「だ、そうだ。もちろん、俺も行くぜ!」


 その途端、湊の顔がぱっと華やいだ。


『よかった! それじゃあ、これ、三人にあげるね!』


 そういって画面越しに湊が見せたのは、数枚のチケットだった。


「チケット、です?」


 代表して首を傾げるユーリに、湊が頷く。


『そうだよ。これは龍天祭の中日に開催されるオークスウッド国立軍のイベント「天龍杯」の特別観覧席のチケット。一般客じゃ見られない場所での観戦が出来るやつ!』


 なるほど、とアリシアがしたり顔で頷いた。


「つまりミナトは自分が参加するその天龍杯をウチらに見に来て欲しい、っちゅうことやな?」

『うん、まぁそういうこと』


 ちょっと子供っぽかったかな? と反省するミナトを他所に、三人は大きく頷いた。


「もちろん行かせてもらう、です!」

「ミナトの活躍、楽しみにしてるで?」

「同期の俺たちに恥を掻かせんなよ?」

『うぐっ……。がんばります……』


 頬を引き攣らせた湊は、けれどすぐに笑顔に戻ると「それじゃ」と言い残して通信を切る。

 一方、アッシュは端末をポケットに仕舞うと、そのままくるりと踵を返して軍施設がある方向へ歩き出す。


「何しとるんや?」


 首を傾げるアリシアに、アッシュは答える。


「龍天祭に行くんだったら休暇が必要だろ? 軍に申請してこなくちゃな」

「そう、です! 私も行く、です! アリシア先輩は先に帰る、です!」


 慌ててアッシュを追いかけるユーリを見送り、一人残されたアリシアは空を見上げる。


「ま、なんにしても楽しみやな!」


 そうこぼし、アリシアは一人歩き出す。




 そうして、ついに龍天祭が始まる。

~~おまけ~~


天然ヒロイン「よかったですね。今回はしっかりと出番がありました!」

主人公「そうだね。前回はまさかメインキャストなのに出番がないとか、びっくりしたよ」

天然ヒロイン「まぁ、私としてはミナトと頭突きをしてしまったのはいただけませんが……。いくら私でもそんなドジはしませんよ!」

主人公「え……?」

天然ヒロイン「ミナト? 何か言いたいことでも?」

主人公「(ふるふるふるふる)」

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