第15話 チーム再結成
湊が新兵装のシミュレーターで大苦戦をしていたそのころ。
オークスウッドから街道を数日北上した位置にあるリソス帝国の帝都の一角に、とある男女がいた。
年中温暖な気候のオークスウッドとは違い、一年の大半が寒冷な気候のリソス帝国において一般的な紫獣石を用いた暖炉が明るく室内を照らす中、二人の男女はお互いに見詰め合っていた。
「ほ……本当にいいんだな?」
男がどこか上ずった声で訊ねれば、女が頬を上気させながら頷く。
「いい、です。優しくする、です……」
「……っ!?」
女の潤んだ瞳に当てられ、男は思わずごくりと喉を鳴らす。
「ま……マジでやるぞ? 覚悟はいいんだな?」
いざ事に及ぶのに日和ったのだろう、男が女に再度確認する。
「さっきからいいって言ってる、です。私はとっくに覚悟が決まってる、です。さっさとする、です」
その確認に、女が呆れたように言葉を紡ぐ。
それを受けて、流石にこれ以上待たせるのはしのびないと思ったのだろう、男は覚悟を決めるように一度瞑目し、大きく息を吐き出す。
「よし……。それじゃやるぞ……!」
そういって男は女に覆いかぶさるように身を乗り出し、女はこれからやってくるであろう痛みに備えるように目を閉じる。
そんな女に気を使うように、男はゆっくりとソレを女にあてがう。
途端、肌を通して伝わる感覚に、女がぴくりと身じろぎする。
「んぅ……」
女の桜色の唇から漏れ出た小さな喘ぎ声に、男は慌てた。
「悪ぃ……痛かったか?」
「大丈夫、です……。ちょっとびっくりしただけ、です……。早く続ける、です……」
「わ……分かった……。続けるぞ……」
そうして男が再びソレをあてがう。
途端。
「ひぅっ……!」
女から小さな悲鳴が漏れ、再度男が離れる。
「だ……大丈夫か!?」
「も……問題ない……です……。つ……続きをする、です……」
「お……おう……」
そうして男が三度ソレを押し当てようとしたときだった。
「自分ら、いったいなにをしてんねん……」
突如、第三者が部屋に乱入すると同時に、特徴的なトントヤード訛りで呆れたようにツッコミをする。
その直後、男と女は慌てたようにお互いに離れ、言い訳を重ねる。
「べべ……別に疚しいことはしてねぇよ? なぁ、ユーリ!?」
「そそ……そう、です! アッシュ先輩の言うとおり、です 別にしてない、です! ななな何を言ってる、です。アリシア先輩!?」
男が手に持ったピンセットを振り回しながら言い訳すれば、それに乗じるように女が激しく頭を上下させて同意する。
そんな二人に乱入者は、冷めた視線のままため息をついた。
「まぁ、あんたらがそんなことをするようには思わへんからええんやけど……。なにせ、エロッシュはエロいくせにヘタレやからな」
「そのネタまだ引っ張ってんの!?」
「まぁ、そこは否定しない、です」
「ユーリ!? お前まで!?」
恋人に裏切られて膝を着いたアッシュにため息をつきつつ、アリシアはアッシュが手にしていたピンセットをさっさと奪い取る。
「まぁ、アッシュのことはさておいても、や。ウチはもうお腹ぺこぺこやねんから、早くご飯食べに行くで? 自分らがここら辺で旨い飯屋に連れて行く言うから、楽しみにしてんねんで?」
そういってアリシアは、ユーリの手をとると、至極あっさりとその小さな手に刺さったとげを抜く。
「これで終いや。あとは軽く消毒して、絆創膏でも張ればええねん」
「あ……ありがとう、です……」
何故か、どこか不満げに目を逸らしながら礼を言うユーリに苦笑しつつ、膝を着いたまま落ち込み続けるアッシュの背を叩く。
「ほら、自分もいつまでへこんでんねん? ユーリの治療も終わったことやし、早くご飯行くで?」
「……ったくお前は……。久しぶりに会ったってのにかわんねぇなぁ……」
やれやれとばかりに肩を竦めて立ち上がったアッシュは、ちょうど絆創膏をまき終えたユーリと一緒に部屋を出る。
そうして三人揃って階段を下りたところで、ちょうど仕事から帰ってきたアゲート家の母と出くわした。
「あら? 三人揃ってこれからお出かけ?」
おっとりと訊ねるユーリの母に、こくりと頷くアリシア。
「そうです。これからアッシュとユーリとご飯を食べてきます」
「そうなの……。楽しんでらっしゃいね」
微笑むアゲート夫人に見送られ、三人は未だ寒さ厳しい空の下へと歩いていく。
ちなみに、何故アリシアがリソス帝国のユーリの家にいるのかといえば、偶然リソス帝国への行商組合護衛の依頼が入り、仕事を終えてせっかく帝国にきたのだからと少しばかり観光を楽しんでいたところ、これまた偶然に帝国軍の仕事が休みで帝都でデートをしていたアッシュとユーリに出会ったからだ。
そんなことはさておいて、ユーリとアッシュおすすめの食事処へと歩く三人は、白い息を吐き出しながら学生時代の思い出話に花を咲かせていた。
「それにしても、や。ユーリもアッシュも卒業して久しぶりやっちゅうのに、あんまし変わらへんなぁ……」
「それはお互い様、です」
「というか卒業してからまだ数ヶ月しか経ってないからな? それで変わるってのもおかしな話だろ?」
「それもそうやな。この間テレビでミナトを見かける機会があったんやけど、あっちも変わらんみたいやし……」
「ああ! ソレは俺らも見たぜ! あれだろ? 国民的アイドルのアオイ・シトリンのオークスウッド密着取材! あれにミナトの奴が出たときは、俺もユーリもマジで爆笑したぜ!」
「ミナト先輩がちがちに固まってた、です。今思い出しても笑える、です」
「せやなぁ。ミナトは結構緊張しとったなぁ……。リリアちゃんとは大違いや」
「あ~……まぁ、それは仕方ねぇだろ? なんたってリリアたんは公爵家の娘として何度もテレビ出演してたわけだし……」
「です。それに比べてミナト先輩は完全な素人、です。国民的アイドルを前にして緊張するなというほうが無理、です」
「せやろか? ウチならさほど緊張せぇへんとおもうねんけど……」
「さすがトントヤード人……。神経の太さは世界一ってか?」
「お? なんやアッシュ……? 自分、ウチにケンカ売っとるんか?」
思わず口を滑らせたアッシュに対して、目だけは笑っていない笑顔を向けながら凄むアリシア。
その途端。
「いやそんなことしてないし思ってもないので勘弁してくださいお願いします」
深々と頭を下げるアッシュ。
そんな彼氏を見て、彼女はため息と共に吐き出した。
「先輩、ホントへタレ、です……」
「彼氏に対して酷い言い草だな!? でも否定できない自分が悲しい……」
がっくりと肩を落とすアッシュ・ハーライトだったが、その顔に浮かんだ穏やかな表情を見る限り本気で落ち込んでいるわけでもないらしい。
ついでに、その彼女たるユーラチカ・アゲートも穏やかな表情を浮かべている辺り、どうやらこのやり取りは彼らの日常茶飯事なのだろうと判断できる。
持ち前の洞察力でそこまでを察したアリシア・ターコイズは内心で「ご馳走様」と呟いてから話題の転換を図るように、わざとらしく襟を合わせた。
「それにしても、や。やっぱりリソス帝国はめっちゃ寒いやんな。トントヤードもオークスウッドも割りと年中暖かいとこやったし……」
「そう……です?」
幼いころからリソス帝国で育った身からしたら当たり前の気温なだけに、はてと首を傾げるユーリに苦笑を向けつつ、アッシュは数ヶ月前のことを思い出す。
「あぁ、まぁな……。俺も初めて帝国に来たときはすげぇ寒くてビビったもんなぁ……。つっても最近は流石に慣れたけどよ……」
「さよか。でも慣れるほどこっちにおるんやったら、そろそろオークスウッドの暖かさが恋しいんとちゃうか?」
「ふっ。俺を舐めんなよ、アリシア? 俺が恋しいのはいつだってユーリだけだ!」
ドヤ顔を決めながら気障なセリフをいうアッシュだったが、肝心の恋人も、あるいは話題を振ったアリシアも反応は微妙だった。
「ごめんなさい、です先輩。ちょっと何言ってるか分からない、です」
「右に同じや……」
「じーざす!」
思ったとおりの反応を得られずに頭を抱えるアッシュを他所に、ふと脚を止めたユーリにつられるようにアリシアも止まる。
「着きました、です。ここ、です」
そう言って指し示された店の外観は、ごく庶民的なつくりの建物に何やら鍋料理の絵が描かれた看板を掲げたシンプルなものだった。
「ここの名物は、リソス帝国の定番鍋料理「アイントープ」だ。体の芯まで温まるし、何よりもエールによく合うんだ!」
いつの間にか復活したアッシュの説明に、アリシアは腹の虫が騒ぐのを感じた。
「ほんなら期待させてもらうわ。ちゅうわけで早速行こか?」
そう言いながら店の中へと入るアリシアは、これから出される料理に胸を躍らせていた。
◆◇◆
「いやぁ~、うまかったわ」
「はい。私も満足、です」
「アイントープが冷えた体にしみこんだぜ」
三人が店に入って数十分後。
各自、満たされた腹をなでつつ店を後にした三人は、それぞれに感想を述べながら寒空の下を歩いていた。
「これはあれやな……。いつか、ミナトやリリアちゃんも連れて来なあかんな」
この場に居ない同期と、世話になった恩師にもぜひ味わって欲しくて、いつか彼らも連れてもう一度来ようと、アリシアが鼻息を荒くし、それに同意するようにユーリが頷く。
「はい。ぜひ二人にも味わって欲しい、です。もちろんアッシュ先輩の奢りで、です」
「なんで俺!?」
アッシュが恋人にツッコみ、アリシアがくすりと笑う。
「まぁ、奢りはそんときに考えればええねん。今はせっかく暖まった体が冷えんうちに、家に帰ろか?」
そうアリシアが提案した直後だった。
突如、夜のしじまを突き破るように、聞きなれたサイレンが鳴り響き、同時にアッシュとユーリの携帯端末が着信を告げる。
「っ!?」
息を呑みつつ、自分の携帯端末を取り出したアッシュの目に飛び込んできたのは、リソス帝国軍司令部の文字。
それが意味することを瞬時に悟ったアッシュは、ユーリと目を合わせながら通話ボタンを押し込んだ。
途端、焦りを隠そうともしない司令部のオペレーターの顔が表示される。
『アッシュ・ハーライト准尉、ユーラチカ・アゲート准尉。非番のところ申し訳ありませんが、司令部より緊急出撃の要請が出されました』
その声に、内心で「やっぱりか」と嘆きつつ、アッシュは問いかける。
「別に非番で呼び出されることに文句を言うわけではないっすけど、待機していた部隊はどうしたんですか?」
『それが……、先に出撃した当番の部隊が相手にしている魔獣が思ったよりも手ごわくて、待機していた部隊は彼らの応援に出てしまったんです。それだけならまだよかったのですが、実は別方向からもう一体魔獣の接近反応がありまして……。けれども応援に出た部隊を引き戻すわけにもいかず、やむを得ず非番のあなた方に招集が掛かったというわけです』
オペレーターの言葉に舌打ちをするアッシュの横から、ユーリが口を挟む。
「ですが、私たちの部隊は私とアッシュ先輩以外の機体は現在修理中で出撃が出来ないはず、です」
ユーリとアッシュが所属している部隊は、前回の出撃で魔獣の攻撃により二人とチームを組んでいた先輩二人の機体が大破し、現在は修理されている最中である。
ついでにその機体に搭乗していたパイロット二人も怪我を負い、現在は軍管轄の病院に入院している。
「つまり、私たちの部隊は実質出撃できる状況ではない、です」
『ええ、重々承知しています』
オペレーターが重々しく頷く。
『ですが、事態は一刻を争います。ですのでとりあえずお二人だけで出撃していただき、他の部隊が応援に来るまで遅滞戦闘を行っていただきます』
「ちょっと待つ、です! いくらなんでも遅滞戦闘とはいえ、私たちだけでは無理、です! せめてあと一人は……」
司令部からの無茶な命令に、思わず反論するユーリ。
しかしオペレーターは申し訳なさそうに首を横に振る。
『申し訳ありませんが、お二人のチームメイトの方々が出撃できない状況とはいえ、魔獣は待ってくれませんし、なによりもこれは軍令です』
軍令、つまり軍からの正式な命令であれば、例えそれが無茶な命令でも従わなくてはいけないのが軍人。
それを理解しているからこそ、ユーリは唇を噛み締めるしかなかった。
「了……解、です。直ちに基地へ向かう、です」
呻くように言葉を搾り出し、通話を切ろうとしたユーリの手から携帯端末を、横から伸びた手が奪う。
「お話は聞かせてもらいました。そういうことならウチが力を貸しますよ?」
携帯端末へ向かって微笑んだのは、この場にいたユーリとアッシュの同期でもある、アリシア・ターコイズ。
が、しかし。
彼女に見覚えのないオペレーターは、はてと首をかしげた。
『失礼ですが、あなたは?』
「ウチはアリシア・ターコイズと言います。トントヤードで民間行商組合護衛会社、「ターコイズ商会」をやらせてもらってるんです。ついでに言えば、ユーリとアッシュの同期です」
『はぁ……』
いまいち要領を得ないのか、きょとんとするオペレーターに、アリシアは話を続ける。
「いくら軍令でも、二人だけで出撃っちゅうんは、ちぃとばかし無理を言いすぎなんちゃいます?」
『ですが、ほかに打つ手はないのです』
「ええ。せやからウチが力になります、言うてるんです。幸いにもユーリとアッシュとはオークスウッドの軍学校時代にチームやったし、遅滞戦闘でええ言うんやったら、それなりにできると思うんですが?」
『し……しかし……。あなたは今は民間人です! そんなあなたを……』
「今は非常時なんちゃいます? そんな時に民間人だのなんだと拘ってる時間があるんですか?」
アリシアの強めの言葉に、オペレーターは押し黙ってしまう。
とはいえ、時間がないのも事実ということもあり、オペレーターはしばしの沈黙のあと、半ば自棄になりながらこういった。
『ああ、もう! 分かりました! ただし私の一存では決めれないことなので司令に相談してから決めます! それまで少し待っていてください!』
ほとんど叫ぶように言い残し、通信を切ったオペレーターの後に残されたのは、何故かしてやったりといった顔のアリシアと、呆然としていたアッシュとユーリの姿だった。
「アリシア……お前、本当にそれでいいのか?」
いちはやく我に返ったアッシュの問いに、アリシアはもちろんと頷く。
「同期が目の前で困ってるんやで? そんなら力を貸すんが人情いうもんやろ?」
ぱちりと器用に片目を瞑って見せたアリシアに、ユーリがきつく抱きつく。
「ありがとう、です」
「気にせんでええって」
慈愛の笑みを浮かべながらそっとユーリの頭をなでるアリシアに、アッシュが問う。
「けど……本当にいいのか? お前は「ターコイズ商会」の代表なんだろ?」
「ええって言うてるやん。それにな、別に今回のことは自分らが困ってるからっちゅうだけやない。今回の任務を通じて、帝国にターコイズ商会の面識を作るんや。今後もよろしゅうなって、な?」
商魂逞しい同期に、アッシュはただ呆れるしかなかった。
「お前は……。この緊急時にもそんなことを考えてやがったなんて……」
「そりゃそうや。「相手のピンチは商売の種」ってな」
アリシアがからからと笑っていると、再び携帯端末が着信を告げ、アッシュが躊躇なく通話ボタンを押す。
そうしてモニタに浮かび上がったのは、先ほどのオペレーターだった。
『司令に相談した結果、今回は緊急事態と言うこともあり、やむを得ないとの回答をいただきました。よって我々「リソス帝国対魔獣防衛軍」は「民間行商組合護衛会社ターコイズ商会」に協力を要請します。アリシア・ターコイズ様、よろしいですか?』
その問いに、アリシアは満面の笑みを浮かべながら頷く。
「はいな。依頼を承りました」
『よろしくお願いします。報酬などのお話は後ほどということで。それでは早速ですが、アッシュ・ハーライト准尉、並びにユーラチカ・アゲート准尉。ターコイズ商会代表アリシア・ターコイズ様と一緒に直ちに軍司令部へ出頭。そのまま緊急出撃をしてください』
「アッシュ・ハーライト、了解っす!」
「ユーラチカ・アゲート、同じく、です」
モニタ越しにびしりと敬礼を決めた二人へ「お願いします」と言い残して、オペレーターは通信を切る。
それを見届けてから、敬礼を解いたアッシュが二人を振り返る。
「よっしゃ! そんじゃ久々にチーム再結成だ! まぁ、ミナトはいねぇけどな!」
「アリシア先輩、腕はなまってない、です?」
「お? 言うたなユーリ? ほんならウチの実力を見せたるわ!」
それぞれに意気込み、三人は揃って軍司令部へと続く道を走り始めた。
~~おまけ~~
メインヒロイン「ミナト、ミナト! 大変です!」
主人公「……? どうしたの、リリア?」
メインヒロイン「今回の話、私たちが一切登場しません!」
主人公「な……なんだって!? 僕たち主人公とヒロインだよね!?」
メインヒロイン「ええ、そうです! ですが出番はありません」
主人公「じーざす!」