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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第3部 爵位継承編
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第14話 天龍杯へむけて

「はぁ……はぁ……」


 狭い操縦席コックピットの中で、湊は自然と荒くなった息を整えるように大きく肩を上下させる。

 しかしその直後、けたたましい警報音が鳴り響き、湊は咄嗟に握り締めていたハンドレバーを叩き込み、強くフットペダルを踏みしめた。

 途端、体を押しつぶさんばかりの重圧が襲い掛かってくるのを歯を食いしばって耐えながらも、内壁透過モニタに大写しにされた敵の攻撃を回避する。


 直前まで湊がいた空間を抉るように飛来した光の弾丸が、そのまま目標を捕らえられずに地面へと吸い込まれていくのを横目に、背部スラスターを全力噴射させて弾丸が飛んできたほうへ、機体を全速力で向かわせる。


「見つけた!」


 そしてそのまま敵を捕捉した湊は、慌ててその場から逃げ出そうとする敵の懐に飛び込むと、勢いそのままに学生時代から使い慣らしたハルバートを思いっきり振り下ろした。


 ――捕らえた!


 そう思った瞬間だった。


 再度、コックピットの中に警告音が響き渡り、その直後、湊の視界は暗転し、目の前に「被撃墜ゲームオーバー」の文字が浮かび上がる。


「…………はっ?」


 何が起きたのか分からない湊は、呆けた顔のまま、とりあえずシミュレーターを終了させ、壁をスライドさせて外へと出る。

 途端、程よく冷えた空気が頬を撫で、思わず目を細めた湊の耳に、先輩からの嘲笑が届いた。


「まだまだだなぁ、坊主! 調子に乗って仲間を置いて独断専行するからああなる」

「そうそう。魔獣相手ならともかく、キミが今戦っていたのはプログラムとはいえ同じ人間なんだよ? あれが囮だと気付いてしかるべきだね」

「ぐっ……」


 何かを言い返そうにも、すべてその通りなので反論できずに口を噤む湊と、それに対して言いたい放題の先輩二人。

 そんな状況を見かねたのか、リリアがおずおずと庇うように口を挟んだ。


「ま……まぁ二人とも……。そもそもミナトは本格的な対人訓練は初めてなのですし、そのくらいで……」

「しかしリリア隊長……」

「カール……。あなたが言ったことはきっとミナトも十分に理解して今回のことを反省していると思います。それ以上何かを言う必要はありません……」


 個人的な感情賀混じっていてまだ何かを言い足りなさそうなカールだったが、さすがにリリアに諭されては大人しく引き下がるしかない。

 そうして場を上手いこと納めてくれたリリアに感謝しつつ、湊はふと、なぜ退陣訓練をする羽目になったのか思い返した。




◆◇◆




 湊とガーネット家の絆が深まった温泉旅行から数日がたったこの日。


 いつものようにオークスウッド国立軍施設に出勤した湊たちは、さっそく仕事をしようとしたところで隊長のリリアに呼び止められ、対魔獣殲滅兵器(ABER)のシミュレーター室へと集められていた。


「今日はシミュレーターの訓練なんですかね?」


 とりあえずぴったりとしたパイロットスーツに着替え、隊長リリアが到着するまで待っていた湊が、なんとはなしに隣に立つ先輩ダインへと訊ねる。


「あ~……そりゃお前……。もうすぐ龍天祭だからな……」

「そうか……もうそんな時期か……。となるとやっぱり今日からしばらくはあれ(・・)の訓練になるわけか……」


 既にどんな訓練をするのか分かっているのだろう、面倒くさそうに顔を歪めたダインに、カールが応じる。


「あれ?」


 一人何のことかわからない湊が首をかしげていると、リリアがくすりと笑いながら答えてくれた。


「ミナトも去年の龍天祭で見たでしょう? シミュレーターを使っての対魔獣殲滅兵器(ABER)同士の戦闘です。「オークスウッド対魔獣防衛軍模擬戦天龍杯」ですよ」

「ああ……そういえば……。去年は確かリリアたちが優勝したんだっけ?」

「そうです。今年もそれをやるので、これからしばらくはそのための訓練をするんです」


 そこまで聞いて、ようやく湊はなるほどと納得する。


「じゃあ隊列の確認をしたりとか、そういうことをするの?」


 湊のその疑問に、しかしリリアは首を振って否定した。


「いいえ。まずはミナト……。あなたは単独で対ABER戦闘シミュレーションをしてもらいます」

「……どうして?」

「簡単なことですよ。ミナト……、あなたは今まで学生時代も含めてABER同士の戦闘をしたことがありますか?」


 リリアに言われて記憶を掘り起こすも、そういえば一度も経験がないと首を振る湊。


「そんなこと一度もやったことないけど……。それが問題なの?」

「大ありなんだよ!」


 ダインがしたり顔で割って入る。


「いいか、坊主……。普段俺らが使ってるシミュレーションは魔獣を相手に想定している……。当然だよな? 俺らは対魔獣防衛が任務だからな……。つまり、俺らもお前も魔獣相手の動きならお手の物だ……。けどな、当然魔獣と人は違う。だからまずはそこら辺の感覚を掴むために練習するんだよ!」

「ちなみに……僕らはそんな必要もない。なぜなら何度も経験していることだからね……。つまり、今回の訓練は完全に君を鍛えるためのものだ」

「と、まぁそういうわけですからミナト。もう少しがんばってみましょうか?」


 リリアに微笑みと共に促され、湊はしぶしぶもう一度シミュレーターへと足を踏み入れると、内部に設置された座席に腰を下ろし、腰部から伸びたコネクタを座席に接続、そのままシミュレーターの電源を入れたところで大きく息を吐き出しながら少しの間目を閉じて自身の集中力を高める。

 そして再び目を開けたところで、タイミングよく外部からリリアの通信が入る。


『準備は出来ましたか?』

「うん、大丈夫。いつでも始めて」

『分かりました。それではシミュレーター訓練を開始します』


 リリアのその声と同時に、湊の意識は体と切り離され、気がつけばすっかり見慣れてしまった対魔獣殲滅兵器(ABER)の狭い操縦席の中にいた。


「さてと、まずは……」


 一人ぼやきながらも、手早く周囲の状況を把握し、各部の動作チェックをしながら僚機なかまの位置や状況を確認する。

 訓練校時代から繰り返してきて、もはや体に染み付いた作業を一通り済ませると、湊はまずプログラムされた仮想の仲間との合流を優先させるために機体を走らせる。


 ちなみにこのシミュレーターを使った天龍杯では、スタート時にチームの関係なしに各機が一定距離以上はなれた状態でばらばらに配置されるルールとなっている。

 なぜそんなルールが採用されているのか。

 それはこの天龍杯に使われていたプログラムが、魔獣との乱戦を想定したものだったからだ。

 具体的には、複数の魔獣と複数の対魔獣殲滅兵器が戦場で入り乱れる状況で、いかにして味方と合流し、戦況を有利に運ぶかという状況をそのまま大会のルールに使用したためである。


 ともあれ、味方が発信する識別信号を頼りに機体を走らせた湊は、敵チームとの遭遇戦を行うことなく無事に仲間と合流を果たし、一息つく。

 しかし、その直後だった。


 突如、操縦席内に鋭い警告音が鳴り響いたかと思うと、その数瞬後に湊が乗るABERから数センチと離れていない場所を、光の弾丸が唸りをあげて通過した。


「うわっ!?」


 思わず間抜けな声を上げながら機体を仰け反らせた湊は、遅まきながらようやく敵襲を受けていることを悟り、すぐさま仲間に指示を送って陣形を立て直す。

 そしてそれと同時に、敵のチームがゆっくりと丘の上から、湊のチームを半円状に取り囲むように姿を現した。


 完全に追い込まれた状況に湊がどうしようかと悩んでいると、外部からリリアが通信を開いてきた。


『さてミナト……。完全に追い込まれてしまいましたね? ここからどうしますか?』

「どうしますかっていわれても……。この状況じゃ完全にどうしようもないよね!?」

『そんなことはありませんよ?』


 眼前の敵チームを警戒しながら手早く周囲を見回してみるも、戦闘に有利な高地は既に敵チームが展開しており、かといって後ろに撤退しようにも左右に逃げ場がない以上、相手チームからはいい的にしかならない。

 まさに袋の鼠、完全に「詰んだ」状態だ。

 だというのに、上官リリアはまだ活路があるという。

 いったい、そんなものはどこにあるのか?

 湊が疑問に頭を捻ろうとしたその時だった。


『ほら、ミナト? そんなに悠長に考えている時間はありませんよ?』


 リリアのその言葉と同時に、相手チームが動く。

 まるで獲物を弄るようにゆっくりと銃を構え、次々と発砲する。


「ぐっ!?」


 完全に逃げ場を奪われた湊は、咄嗟に持っていた武器ハルバートを自身の機体の前に突き立てて盾にし、攻撃を防ごうと試みる。

 偶然にも、ちょうどハルバートの幅広になった先端部分が、操縦席コクピットや中心動力部といった重要なを守る形となり、弾丸を弾く。

 しかし、それ以外の柄の部分では腕や脚などの各所を守ることは出来ない。

 その結果。


「うわぁぁぁあああっ!!」


 腕や脚に次々と被弾し、湊は思わず悲鳴を上げる。

 それでもどうすることも出来ずに、ただひたすら撃たれ続けた湊の機体は、徐々に各所の破損状況を知らせる警報が大きくなっていき、ついには大破の判定を受けてシミュレーションを強制終了させられてしまった。


 シミュレーションを開始して僅か五分というごく短時間で脱落してしまった湊が、なんともいえない表情のままシミュレーターから出てくる。

 その途端に彼を出迎えたのは、からかうような笑みを浮かべたダインと、呆れたようなカールの二人の先輩だった。


「おいおい、いくらなんでも早すぎねぇか?」

「まったくだ。話にならないね」

「だいたいあれだ。お前は馬鹿か? てめぇのABERは防御型じゃねぇんだぞ? それなのにあんな武器(ハルバート)で敵の銃撃を防げるわけねぇだろ? 狙撃でピンポイントに狙われたのならともかくよぉ……」

「くしくもダインの言う通りだ。キミはもっと戦術と言うものを勉強したほうがいい」


 言いたい放題言われ、それでも反論など出来るはずもない湊は、一縷の望みを賭けて困り顔で佇んでいたリリアに顔を向ける。

 しかし、その僅かな望みは、ゆっくりと開かれたリリアの口から飛び出た言葉で砕かれる。


「二人の意見は言い方は別にしても正しいです。それはミナトも分かっていますね?」


 ゆっくりと頷く湊に、リリアはその表情を少しだけ緩めてから続ける。


「あの場面、あなたの取るべき行動は相手の足場を崩すことでした。あの時、相手チームの足場は脆い砂でしたから、小型ミサイルでも打ち込めば簡単に崩せたでしょう……。そうすれば、相手チームは体勢を崩し、あなたはその隙に攻撃するなり包囲を突破して態勢を立て直すなり出来たはずです……。私が言った活路とはそのことだったんですよ?」


 今のシミュレーションをリプレイしながら丁寧に解説を続けるリリアに、湊は自分の不甲斐なさを大きく感じながら聞いていた。

 そうして、ようやくリリアの解説が落ち着いた頃を見計らって、湊はおずおずと切り出した。


「あのさ……。実はちょっと前から感じてたんだけど……」

「……? どうかしたのですか?」


 ことりと可愛らしく小首を傾げるリリア。

 ちなみにそんな彼女の仕草に、約一名心を打ちぬかれたメガネがいるのだが、そんな彼を無視して湊は話を続ける。


「えっと……。僕が今使ってる武器ハルバートって、実は訓練生時代からずっと使い続けてきたものなんだけどさ……。今更ながらに、ちょっと武器を変えてみたいなって……」

「どうしてですか? あなたはあの武器が自分に合ってると思ったから選択したはずですよね?」


 リリアの言葉にこくりと頷く湊。


「うん……まぁそれはそうなんだけど……。ちょっと最近飽きてきたっていうか……その……たまには他の武器も使ってみたいなって……」

「なるほど、そういうことですか……。本音を言えば、使い慣れた武器で戦ったほうがミナトにとっては良いと思いますけど……。ですが、もしかしたらほかにミナトに合う武器があれば、それはそれで戦術の幅も広がりますし、何より大会では大きな武器になりますね……。分かりました。そういうことならば、試してみましょうか。ちょうど技術部から新兵装のデータも検証して欲しいと依頼を受けていますし!」


 そう言いながら、リリアはシミュレーターのプログラムを戦闘訓練のものから兵装の試験用のものへと変更させる。


「ついでに私たちも新しい兵装で遊びましょうか?」


 その提案に、ダインとカールの二人は「もちろん!」と快諾してすぐさまシミュレーターへと身を滑り込ませる。

 そんな二人に続くようにシミュレーターへと三度潜り込んだ湊は、早速シミュレーターを起動させると、目の前に表示された様々な武器の一覧を眺め始める。


「うわぁ……こんなにたくさんあるんだ……」


 数ページにも渡ってずらりと並べられた一覧に湊が思わず驚いていると、通信モニタが開き、リリアが映し出される。


『このデータは既に実装されているものから、あるいは考案したはいいけどまだデータでしか存在しないものまで様々にありますからね』

「データ上でしかない武器ってなんで?」

『そいつはあれだ。技術部が趣味で考案したものだったりとか、実装する前にデータで運用テストをしてみないと実際に使えるかどうか分からないものだったりがあるからな』

「へぇ……そうなんだ……」


 通信に割り込んできたダインの話を聞きながらページをめくっていた湊は、とある武器を見て目を見張る。


「こ……これは……!? まさかこんなものがあるなんて……!」


 それは湊が元いた世界(あちら)のロボット物のアニメでは定番ともいえるもの。

 時には攻撃の補助に、時には相手からの攻撃を防ぐ盾にもなるもの。


 その名も小型支援機ビット


 ロボット物が好きな人間ならば一度は憧れるその兵装を目の前にして思わずごくり、と喉を慣らした湊は、震える指でゆっくりとその小型支援機を選択すると、そのままシミュレーションを開始した。


 一瞬の浮遊感を感じた後、見慣れたコクピットに納まった湊は、ドキドキしながら操作マニュアルを開く。


「えっと……。ビットは通常時はABERのバックパックに収納されているから、まずはビットを展開するっと……」


 マニュアルを仔細に眺めながらゆっくりとボタンを操作すると、小型ミサイルとは違う小気味良い音を立てながら勢いよくバックパックに収納された五機の小型支援機が射出され、ABERの周りに素早く展開された。


「おお~……」


 思わず感嘆の声を上げた湊だったが、すぐさま内壁透過モニタに目を向けて思わず顔をしかめる。


「これは……別の意味で凄いな……」


 湊が思わずぼやいたのも仕方のないことかもしれない。

 なぜなら目の前の画面には、それぞれの小型支援機の残存紫獣石(ビスダイト)エネルギー量や位置情報、装甲の耐久度や武装、移動ルートなどが事細かに表示されていたのだ。


 つまりそのあまりの情報量の多さに、湊は辟易してしまったのだ。


 とはいえ、物は試しとばかりに、どうにかマニュアルを眺めながらビットの操作を始める湊。


「えっと……まずは一番機と二番機は的へ直接攻撃で、三番機が射撃。四番五番は防御っと……」


 呟きながらそれぞれのビットに指示を送ろうとする。


「まずは一番機と二番機の進行ルートを設定……次に三番機の武装を変更……四番と五番の位置を変更って……やることが多すぎ!」


 相手が止まっている的ならばともかく、実戦では戦況が刻一刻と変化していく。

 そんな中を多数の情報を処理しながら戦況に合わせた最適なそれぞれのビットの運用など、並みのコンピュータでも無理だろう。

 ましてや人間においては、よほど特殊な能力を持ったものを除いていわんや、というやつだ。


 そんなわけで湊は、小型支援機がいかに実現不可能な兵装であるかを悟るのだった。

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