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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第3部 爵位継承編
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第11話 あの日の思い出 後編

「どうして言うことを聞いてくれないんですか!?」


 少女の怒号が、訓練室から廊下へと響く。


「私はあなたたちの隊長なんですよ!? どうして隊長の指示を無視するんですか!?」


 訓練を終え、全身にぴったりと張り付くようなパイロットスーツのまま、特徴的な深い柘榴石(カーバンクル)の瞳に悲しみを湛えながら叫ぶ少女はリリア・ガーネット。

 まだ若干十二歳でありながら、国立軍学校をトップの成績で卒業し、あまつさえ一部隊の隊長に抜擢された若き少尉だ。


 そんな彼女の前に整列しながらも、悪びれた様子もなく彼女の話を聞き流しているのが三人。

 ダイン・コランダム、カール・アイドクレース、クレア・アナルシム。


 彼ら三人は、つい先日自分たちの隊長に着任したこの幼い少女を信用しておらず、リリアが隊長となってから幾度となく行われた訓練で、そのすべての指示を無視していた。


「おかげで私たちの訓練成績は最低です! それも過去に類を見ないほどに!」


 見てくださいと、その細い指で指されたほうを見てみれば、そこには先ほどまでの訓練の成績が表示されたモニタが一台。

 成績順に上から各部隊の名前とそのスコアが表示されており、リリアの部隊はその一番下に申し訳程度に名前が刻まれていた。


「私がどれだけ戦術をたてても、あなたたちが協力してくれなければ意味がありません! それにあなたたちの個人の力がどれだけ優れていても、一人では決して魔獣に勝つことはできません! どうしてそれがわかってくれないんですか!?」


 目の端に涙が浮かぶ。

 父から「人前で泣いてはいけない」と厳格に言われているのを思い出し、慌てて顔を背ける。


「…………っ! もう……いいです……。本日の訓練は終了します。お疲れさまでした……」


 涙があふれる前に、強引に話を終わらせてその場を立ち去る。

 そうして更衣室に駆け込み、誰もいないことを確認してからうずくまる。


 私の言葉は彼らには届かないのだろうか。

 彼らのためにこれだけ頑張っているのに、それが彼らには伝わらないのだろうか。

 彼らに言うことを聞かせられない自分の力のなさが悔しい。

 自分の気持ちを汲み取ってくれない彼らが悲しい。


「やっぱり私には隊長なんて向いてないのでは……」


 つい弱音が口をついてこぼれ、少女のその小さな胸がずきりと痛む。

 辛い、悲しい、苦しい。

 そんな思いを吐き出せたらどれだけ楽になるのだろう。

 しかし、少女の父親から言われた「人に弱みを見せてはならない」という言葉が彼女を縛る。


 そうして彼女は、また胸の奥にずしりとしたものが一つ積み重なるのを感じながら、ふらふらと更衣室を後にした。




◆◇◆




 一方そのころ、オークスウッド中央区にあるとある小さな大衆酒場には、ダイン、カール、そしてクレアの姿があった。

 この三人が集まって飲むことは珍しいが、今回は「新しい隊長について話がある」ということで、全員が顔を揃えたのだ。


「ねぇダイン……。さすがに指示の無視はやりすぎじゃないか?」


 麦酒エールがたっぷりと満たされたジョッキを片手に、カールが隣に座る青年を見つめる。


「んなことねぇだろ。そもそも俺はあのガキ(・・)を隊長とも上官とも認めてねぇんだ。認めてねぇのに指示に従えっかよ……」


 面倒くさそうに眼をそらすダインの向かいから、ため息が漏れた。


「認めてないからって指示を無視するのは子供のすること……」


 ぼそりとつぶやかれたクレアの言葉に、ダインが食って掛かる。


「あぁっ!? てめぇだって命令無視してんじゃねぇか!? 人のこと言えんのかよ!?」

「そう……だから私もあなたたちも子供……」

「子供の隊長に子供の隊員……。笑えないね……」

「俺は子供じゃねぇ!」


 カールの放った皮肉にダインが怒り、その胸倉をつかみ、カールは冷静にダインをにらみつける。


「そうやってすぐにキレるところも子供じゃないか……。それとも違うとでも?」

「カール……てめぇ……。毎度毎度そうやって人を見下しやがって……」

「なに? やるっていうの?」

「てめぇ……いい度胸じゃねぇか……」


 そのまま取っ組み合いのけんかになりそうな空気を、クレアのため息が切り裂いた。


「二人とも……馬鹿な真似(ケンカ)はダメ……。ここは公衆の面前……」

「……チっ! 分かってんよ……んなこと」


 渋々といった様子でダインが手を放し、二人はゆっくりと自分の席に戻ると再び酒を煽り始めた。

 そうしていると始まるのは、新しい隊長への不満だった。


「つか、あのガキはやっぱり気に食わねぇ……。というかそもそも、俺は貴族が大っ嫌いだ。高慢だし鼻持ちならないし、そのくせプライドはやたらと高いし……」

「そういえば軍学校時代にもいたよね。貴族だからってやたら威張ってたやつ……。結局、実力はなさ過ぎて落第してたけど……」

「そういう意味ではあの子はまだ大丈夫……」

「けどよぉ……まだ十二だぜ? いくら何でもそりゃねぇだろ? 軍学校を卒業したばかりで経験も減ったくれもないガキに隊長をやらせるなんてよ……。やっぱり親のコネを使ったとしか考えられねぇ……」

「でも話によると、ガーネット侯爵とその夫人は今は外国に行ってるんだろ? そんなのでコネなんて使えるのかな?」

「なんだカール? お前はあのガキの肩を持つってのか? ロリコンかよ!?」

「そんなんじゃないよ! そんなんじゃないけど……」

「どちらにしても……あの子じゃ隊長は力不足……」

「ああ……クレアの言うとおりだ……」


 ダインが忌々しそうに呟きながら煽った酒は不味かった。




◆◇◆




 それから数日後。

 この日もこれまでと同じように訓練がうまくはかどらなかったリリアが、諦めたように訓練の講評を終わらせて、沈んだ顔で廊下を歩いていと、前方から歩いてきていた司令に声を掛けられた。


「おや? ガーネット少尉ではないか?」

「……ああ、司令ですか……。お疲れ様です……」


 のろのろと敬礼をしてその場を立ち去ろうとした少女を、司令は訝しく思いながら呼び止める。


「何やら元気がないようだが……どうかしたのかね?」


 心配そうな司令のその声に、リリアは一瞬だけ迷ったように口をパクパクさせた後、意を決したように事情を話し始めた。


「……実は隊員たちのことでちょっと悩みがありまして……」

「…………ふむ……。廊下ここでは話しづらかろう? 私の部屋でよければ話を聞くが?」


 その申し出に「ありがとうございます」と力なく笑ったリリアは、そのまま踵を返した司令の後を追いかけた。


 そうして司令に入れてもらった紅茶を口に含みながら、リリアは悩みを語る。


「どうも私の力が至らないせいか、三人とも私の言うことを聞いてくれなくて……。私がどれだけ言葉を尽くしても……私がどれだけ努力を重ねても……彼らには届かないんです……」


 本当はこんなことを言うつもりはなかった。

 なぜならこれは、人に弱みを見せることに他ならないから。

 あれほど父親に言われていたのに。

 だからこれまでずっと我慢してきた。


 けれど、もう限界だった。

 決壊寸前のダムのように、涙が、感情があふれる直前だったのだ。

 そして一度吐き出してしまうと、もはや止めることはできなかった。


 そうしてどのくらいの時間がたっただろう。


 リリアの話がひと段落して、少しだけ気持ちが落ち着いたころ合いを見計らって、司令がゆっくりと口を開いた。


「君は……わかろうとしたのかね?」

「……えっ?」

「君は彼らに自分のことをわかってもらえないという。しかし、君はどうなのかね? 果たして彼らのことをわかってやろうとしたのかね?」

「それは…………」


 いわれてリリアは口をつぐむ。


 自分は彼らの隊長なのだから、当然彼らのことを理解しようとした。

 けれど、それは本当だろうか?

 思い返してみれば、自分の気持ちを彼らにただ押し付けているだけじゃなかったのか?

 そんな疑問が頭に浮かんでくる。


 そうして困惑するリリアへ、司令は優しく声を掛けた。


「確かに彼らも彼らで大人げないかもしれない。けれど、君も君でしっかりと彼らのことをわかってあげるようにしなければ、それは一方的な押し付けというものだ。違うかね?」


 そう言って瞳をのぞき込まれれば、違うとは言えない。


「隊長と部下というのはただ命令を出してそれに従うだけの関係ではない。自分も彼らも人なのだ。お互いに尊重しあわなければ、意味はない、と私はそう思うよ……」


 お互いを尊重しあう。

 その言葉をその小さな胸にしまい込むようにそっと手を当てる少女。

 その様子を見て、もう大丈夫そうだと司令が安心したその時だった。


 突如、基地全体にけたたましい警報音が鳴り響き、同時に周囲の空気が慌ただしくなる。

 魔獣の襲来を告げるそれの意図することをすぐさま察した二人の顔が瞬時に険しくなる。


「さぁ、ガーネット少尉。任務の時間だ」

「はい!」


 しっかりと返事をして駆けていった少女に安心したような顔をした司令もまた、すぐに自分の持ち場へと走っていった。




◆◇◆




 僅かな時間でパイロットスーツに着替えたリリアが、口の中で先ほど司令に言われたことを何度もつぶやきながら司令室に飛び込むと、そこにはすでに三人の部下たちが到着していた。


「遅くなりました!」


 ダインから「遅ぇんだよ……」と呟きが聞こえ、胸にずきりとした痛みが走るのを必死に無視して司令の横に並ぶ。


 その様子に気づいていながらも、あえて何も言わず、司令が口を開いた。


「さて、すでに警報を聞いてわかっていると思うが、現在、魔獣がオークスウッド(この国)に接近中だ。確認された魔獣は炎剣歯虎サーベラス・ティグレ。鋭い牙を持ち、さらには炎を吐き出すふざけた魔獣だ」


 司令の少しおどけた言い方に、しかし空気が緩むことはなく話は続く。


「厄介な魔獣とはいえ、確認できたのは一体だけだし、君たちならさほど苦労はしないと思う……っと、あまり長々と話しているわけにもいかないので、作戦指揮は現場に一任する。いいかな、ガーネット少尉?」

「了解しました!」


 露骨にダインが顔をしかめるのを気配で感じながらも、リリアはびしりと敬礼をして振り返る。


「それではすぐに対魔獣殲滅兵器(ABER)に乗り込んで、出撃準備をしてください」


 リリアの号令に、けれど一人も返事をせずに三人はさっさとABERがしまってある格納庫へと向かっていった。


「(やれやれ……)」


 その様子に内心ため息をつきながら、司令は接近しつつある魔獣の姿を映したモニタに目を向けた。


 一方そのころ、出撃に備えてABERに乗り込んだリリアは、すぐに起動準備を済ませると、そのまま全員へと通信を繋いだ。


「皆さん、出撃の前に少しだけ私に時間をください」

『んだよ……。早くしねぇと魔獣が来てるんだろ?』

『そうだよ。のんびりしてる場合じゃないよ?』

『作戦なら道中でも出せる……』


 そうじゃありません、と首を振る。


「出撃する前に、私たちはお互いのことをもっと話し合うべきです。ですから時間が欲しいのです」


 リリアの口から放たれたこの言葉に、三人は驚きを隠せない。


『はぁ!? 何言ってやがんだ!?』

『魔獣が来てるのにそんなのんびりしたこと!?』

『私も賛成できない……』

「聞いてください!!」


 少女の鋭い剣幕に、三人が思わず黙り込む。


「私たちはお互いのことをあまりにも知らなさ過ぎました。これでは私を信用してもらうことも、あなた方を信用することもできませんし、それでは連携もうまくいきません。当たり前のことです」


 少女の必死な訴えは続く。


「けれどそれではダメです。例え一時はうまくいったとしても、やがて連携にもお互いの関係にも綻びが出てしまいます。そうなれば任務の失敗どころか、下手をすれば死者を出してしまうことにもなりかねません。だから私たちはお互いを知ることが大切なんです。お互いのことを知って、絆を深めなければ、きっとこの先も生き残っていくことはできません」


 だから教えてください、と少女は特徴的な深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳を優しく細めながら言う。


「私のことはできる限り教えます。何が好きで何が得意なのか、どんなことが苦手なのか。だからあなたたちも教えてください」


 お願いします、と通信モニタの向こうで深々と頭を下げるリリアに、三人は戸惑いを隠せない。


『とはいってもなぁ……魔獣がすぐそこまで来てるし……』

『そっちの対処はどうするの?』

『お話してて魔獣が到着……冗談にもならない……』

そのこと(魔獣)ならこちらで何とかしよう……』

「ひゃあっ!?」

『ぬぉっ!?』

『うわぁっ!?』

『きゃっ!?』


 突然割り込まれた通信に四人が思わず驚きの声を上げる。

 その様子に少しだけくすりと笑い、司令の話は続く。


『接近中の魔獣の足止めについては、迎撃システムの実践テストをしたいう技術部の申請がちょうどあるので、こちらに任せてもらおう。だから君たちはその間、存分に話し合いをするがいい』


 そんな無茶苦茶な、というダインのツッコミは一足遅く、司令はすぐさま通信を切ってしまう。


「……というわけなので、皆さんのお話を聞かせてください」


 通信モニタ越しにじっと見つめてくる少女の深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳に根負けしたのか、ダインが大きくため息をつく。


『……ったく……しゃあねぇなぁ!』


 乱暴に自分の頭をがしがしと掻くダインに続くように、カールも小さく笑う。


『そうだね。技術部のテストの間は暇だし……』

『どうせならお話しする……』


 クレアもその切れ長な目を細めて微笑み、彼らのその言葉を聞いたリリアがぱっと顔を綻ばせる。


「皆さん……ありがとうございます!」

『んなっ!? べ……別にあんたのためじゃねぇよ! ただ出撃まで暇になったからだな……』

『うわぁ、ダインがツンデレになった!』

『男のツンデレは気持ち悪いだけ……』

「そうなんですね、コランダム准尉は「つんでれ」というやつなんですね」

『誰がツンデレだ! それにそんなことメモってんじゃねぇ! あと……その……なんだ……。とりあえずコランダム准尉って呼ばれるとむず痒くなるからダインでいいぜ、隊長・・

『なんだ……やっぱりツンデレじゃないか……。それと僕のこともカールで構わないよ。隊長さん?』

『私もクレアでいい……。隊長……』

「皆さん…………ありがとうございます!」


 名前で呼ぶことと自分を隊長と呼んでくれたことがよほど嬉しかったのか、リリアが先ほど以上の笑顔を見せる。


『勘違いすんじゃねぇぞ!? 俺はまだ正式に認めたわけじゃないからな!?』

『はいはい、ツンデレはもういいから……』

『そろそろ飽きた……』

『カール!? クレア!? てめぇら!!』

「三人とも仲良しさんなんですね」

『どこが!?』


 こうして彼らは少しずつ自分たちのことを話すようになり、やがて司令から出撃命令が下った時にはすっかり打ち解けていた。


 そしてこの日、リリア・ガーネットが隊長に就任して初めて、彼らのチームは魔獣の討伐に成功し、これを機に彼らはチームとしてまとまるようになっていった。

~~あとがき~~


湊「へぇ……そんなことがあったんだ……」

リリア「ええ。今では懐かしい思い出です……」

湊「しかし、あのダインさんがツンデレねぇ……。これは面白いことを聞いたな……。今度からかってみよっと!」

リリア「やめたほうがいいと思いますけど……」

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