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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第3部 爵位継承編
64/89

第9話 アオイ・シトリンの受難 後編

 どうにか一日目の取材を終えたアオイ・シトリンは、基地から戻る車の中でぐったりとしていた。


「ど……どうにか終わりましたが……。これはぶっちゃけかなりきついですね……」

「まぁ、あなたはよくがんばってると思いますよ? 実際、軍に入った人でも訓練に耐え切れずに逃げ出す人はいるらしいですから」


 隣からしれっと聞こえてきたマネージャーの一言に、アオイはげんなりと肩を落とす。


「そんな激しい現場に私を放り込んだのですか?」

「放り込んだとは人聞きが悪いですね。私は仕事の話を持ってきただけであって、実際に仕事を受けたのはあなた自身ではないですか?」

「持ってきただけって……!? 私を晩餐会とかいろいろで釣ったのはマネージャーさんのほうじゃありませんか!?」

「確かにその通りですが、最終的に仕事を請けると決めたのはあなたですよね? 責任の転嫁は見苦しいですよ?」


 冷ややかな眼でアオイを睨んだマネージャーは、この話は終わりとばかりにかばんから手帳を取り出す。


「それよりも明日は、朝六時に基地へ集合となっています。夜更かしして寝坊しないようにしてくださいね?」

「そ……そんなことはしませんよ! これでも一応、プロですから!」

「そうですか? それじゃ明日はあなたの自宅へのお迎えはなしでいいですね?」

「それはお願いしたいです。私一人で電車で基地へ向かうなんて心細いですから……」


 少しだけ瞳を潤ませ、声のトーンを落として言う。

 アオイが芸能界にデビューしてから覚えたこの技は、基本的に誰にでも効果は覿面だった。


「……仕方ないですね、アオイは……」


 一見クールを装ってはいるものの、若干頬を赤らめるマネージャーの横でにんまりと顔を歪めるアオイだった。


 何はともあれ、何事もなく自分の家に帰ってきたアオイは、疲れきった体を無理矢理動かして風呂に入り、遅い繰る眠気をどうにか誤魔化しながら化粧水で肌の手入れをしてから、のそのそとベッドにもぐりむと、そのまますぐに夢も見ないほどの深い眠りの中へと落ちていった。


 そして翌日の早朝。

 マネージャーによる執拗なモーニングコールでどうにか眼を覚ましたアオイは、もそもそと朝食をとって身支度を整え、おりよく迎えに来たバスへと乗り込んだ。


「う~……眠いです……」


 もともと朝が弱くて早速バスの中でうとうとし始めるアオイの、直し損ねた寝癖を櫛で整えてやるマネージャー。


「(国民的アイドルとしてはこういう姿を人前で晒すのはよくないのですが……、こうしてみるとやっぱりこの子は可愛いですね)」


 普段の大人びた顔とは違う、まだあどけなさが残るその姿を眺められるのはマネージャーである自分の特権だと思いつつ、自分に体を預けて眠りこける少女を器用に操って化粧をしていく。

 そうしてバスが基地につく頃には、「国民的アイドルのアオイ・シトリン」が出来上がっていた。

 後は彼女のやる気スイッチを起動するだけ。


 いまだにあどけない顔で眠り続ける少女に少しだけ名残惜しさを感じながら、マネージャーは優しくアオイの肩を揺らした。


「ほら、アオイ。基地に着きましたよ? お仕事の時間ですよ?」

「ん……むぅ……」


 少しだけぐずり、ゆっくりと眼を開けたアオイは、そのまま辺りを見回して自分の状況を確認していく。

 そして。


「…………ふぅ……よし!!」


 気合を入れるように自分の頬を叩き、一気に意識を覚醒させたアオイの顔は、すっかりアイドルとしてのそれになっていた。

 

「そんなに頬を強く叩いたらせっかくのお化粧が崩れますよ?」

「大丈夫ですよ! それに崩れたらまた直してくれますから!」


 アオイに満面の笑みでそういわれたら断れないと知っているのだろうか、とマネージャーはこっそりとため息をつき、「行ってきます!」と元気よくバスから出て行った少女を見送った。




◆◇◆




「おはようございます! さぁ、今日はどんな訓練を見せてくれるんですか?」


 気合十分とばかりにリリアたちに合流したアオイが、開口一番そう告げたのを見て、リリアは微笑ましいものを見たような顔でくすりと笑う。


「ふふっ。その意気ですよ……っと言いたいところですけど……」


 すぐ後に顔を曇らせたリリアは、手を顔の前に合わせて頭を下げた。


「ごめんなさい! 私自身もすっかり忘れていたのですが、今日は午前中は訓練をしない日なんですよ!」

「…………はぁ!?」


 驚きで間抜けな顔になるアオイにリリアは大きく頭を下げた。


「せっかく朝早くにきていただいたのに申し訳ありません」

「いや……それは別にいいんですけど……。じゃあ今日の午前中は何をするんですか?」

「それはですね……」

「今日の午前中は書類仕事をするんスよ」


 何故かダインが得意げにリリアの言葉を引き継ぐようにでしゃばった。


「書類仕事、ですか?」

「そう……!」

「その通りです。我々は確かに軍人です。でも、だからといってただ訓練や魔獣の迎撃、護衛任務ばかりをしているわけではありません」


 今度はダインの言葉をぶった切るように、カールがメガネを持ち上げながら言う。


「訓練や……」

「訓練や任務なんかで使った弾薬の数、迎撃した魔獣の報告書、護衛任務中の詳細な記録なんかは書類として残しておくんです」


 ついには湊までもが先輩のセリフを奪って話し始め、アオイが混乱しかけてきたところでリリアが締めくくる。


「私たち軍人は謂わば国のお役人ですからね。ちゃんと正しく資源が使われているかどうかを確かめるためにも、こういった書類というものがどうしても必要となるわけです」

「あぁ……そうなんですか……。軍人さんも大変ですね……」


 ぼんやりとした感想を口にしながら基地の中を歩いていたアオイは、ふとあることに気付き、足を止める。


「ん……? あれ? と言うことはちょっと待ってください? 皆さんが書類仕事をしている間、私はどうしたらいいのですか?」

「それなんですが……まさかアオイさんに書類仕事をやってもらうわけにもいかないので、適当に時間を潰してもらうしか……」

「そんな……。じゃあ私がせっかく早起きした意味も……」

「ないですね、申し訳ないです……」


 がっくりと項垂れるアオイの横で、リリアも申し訳なさそうに肩を落とす。

 本当に申し訳ないと思っているのだろう、見ている側が逆に申し訳なるくらいに落ち込んだリリアに、アオイは小さくため息をついてから微笑んだ。

 

「でもまぁ、そういうことなら分かりました。皆さんが書類仕事をしている間は、その様子を軽く取材だけさせていただいて、私たちは適当に基地の中を散策して時間を潰します」


 その意見に「お願いします」と落ち込むリリアの代わりに頭を下げた湊が、一行を案内しようと踵を返す。


「それじゃ、とりあえず僕らが書類仕事をする場所まで移動しましょう」

「おい、ちょっと待てミナト! いつからテメェが俺らを差し置いて仕切るようになったんだ!」

「そうだよ? 隊長がいつもの天然ポンコツに落ち込んで機能しない今、隊を仕切るのはこの僕の役目だ!」

「それは聞き捨てならねぇな、ダイン! 何でお前がサブリーダーなんだよ!?」

「スナイパー馬鹿に隊の指揮が出来るとでも?」

「テメェこそ、近接バカの癖に!?」

「僕はダインと違ってインテリジェンスな近接だ!」

「んだとぉ!?」

「というかその前に私をさらりとディすらないでください!」


 部下たちに思わずツッコミをしながら、リリアも慌てて移動しようとした、その時だった。


 突如としてけたたましい警報音が基地中に鳴り響き、同時に緊急事態を知らせるアナウンスが流れる。


『北門二十キロ位置のセンサーにて接近中の魔獣の反応を感知! 迎撃部隊は直ちに対魔獣殲滅兵器(ABER)に搭乗! 繰り返す! 北門二十キロ位置のセンサーにて接近中の魔獣の反応を感知! 迎撃部隊は直ちに対魔獣殲滅兵器(ABER)に搭乗!』


 それを聞いた直後、先ほどまで弛緩していた隊員たちの空気が一気に張り詰めた。


「皆さん! 聞いたとおりです! すぐに着替えて格納庫へ移動! 出撃準備をしてください!」


 了解、と返事をすると同時に更衣室へと駆けて行く仲間たちに頼もしさを覚えつつ、自分もまた出撃準備をしようとしたリリアを、アオイが慌てて呼び止める。


「ちょ……ちょっと待ってくださいリリアさん! 私たちはどうすれば……!?」


 その問いに、リリアは一瞬だけ思案顔になる。


「あなたたちはとりあえず司令室に向かってください。恐らく待機を言い渡されるとは思いますが、念のためそこで司令の指示に従ってください。そこのあなた!」


 ちょうどおりよく、側を通りかかった基地の職員の一人を呼びとめ、手早く指示を下すリリア。


取材クルー(彼ら)を司令室へ案内してください。よろしくお願いします」


 その指示に敬礼でもって答えた職員に後を任せ、リリアもまたすぐにパイロットスーツへ着替えるために更衣室へと駆け出した。


 一方、取り残された取材クルーたちはといえば、事態の急変についていけずにおろおろとしたまま、職員の案内に従って司令室を訪れ、そこでようやく己の本分を思い出して司令へと話しかけた。


「すいません。この魔獣討伐に取材陣(我々)も同行していいでしょうか?」


 普段は見ることの出来ない魔獣討伐の様子を間近で撮影できるまたとないチャンスに、テレビ屋としての血が騒いだスタッフのその質問を、しかし司令はあっさりと切り捨てる。


「許可できませんな」

「どうしてです!? これは普段は絶対に国民に知らせられない魔獣討伐の様子を伝える絶好のチャンスなのですよ!?」


 食って掛かる取材スタッフを、司令は怜悧な眼で見下す。


「許可できない理由が分かりませんか? 危険だからですよ」

「危険は承知の上です!」

「何の訓練もしていない人間を魔獣との戦闘の真っ只中に放り出せと? そんな危険を我々に冒せと? それに危険なのはあなた方だけではないのですよ? 魔獣と実際に対峙するパイロットたちにも危険が及ぶのですよ?」


 パイロットたちが常に死と隣り合わせの綱渡りをしていることは子供でも知っていることだという顔をするスタッフに、司令はため息をつく。


「私が言ったのはそういう意味ではない。もしあなた方の取材を許可して現場に送り出せば、必然的にパイロットたち(彼ら)は何の訓練もしていないあなた方を守りながら戦わなくてはいけない。それは戦闘に絶対的に必要な集中力を奪う行為だと理解できませんか?」


 冷静に放たれたその言葉に取材スタッフたちが押し黙ったところで、司令はパイロットたちへ通信を繋ぐ。


「さて、今回接近中の魔獣は一体のみだが、相手は飛行型だ。よって、のんびりと事前の打ち合わせ(ブリーフィング)をしている場合ではなかったので、皆には緊急出撃スクランブルをしてもらった」


 同時に司令室の大型モニタに、観測された魔獣の姿が映し出された。

 それは猛禽類を思わせる巨大な翼と鋭い爪の鳥に人の体をくっつけたような、醜悪な姿をした人翼鳥ハルピーと呼ばれる魔獣だった。


 取材スタッフたちが、映し出された魔獣の姿に思わず声を漏らす中、司令は言葉を続ける。


人翼鳥ハルピーは攻撃手段こそ少ないものの、上空からの奇襲が得意な厄介な相手だ。十分気をつけたまえ。作戦指揮は現場判断に任せる。ガーネット隊長、よろしく頼む」

『了解しました』


 冷静に、けれど力強く返答したリリアに満足そうに頷いた司令は、心配そうな顔をしながら画面の中で高機動モードを使って移動するABERを見つめるアオイに目を向けた。


「心配かね?」


 こくり、とアオイは頷く。


「こんな、何の準備もなくいきなり出撃して、リリアさんたち大丈夫でしょうか……?」


 不安で黄金色シトリンの瞳を揺らす少女へ、司令は安心させるように微笑を向けた。


「大丈夫だ。彼らはきちんと訓練を積んだ軍人。そしてガーネット中尉はたくさんの経験を積んだ優秀な指揮官でもある。私が下手に作戦を出す必要もないほどに、な」


 最後におどけるように、不器用に片目を瞑って見せた司令に頷き、けれどもアオイはまだ不安そうに画面の向こうで魔獣と戦闘を始めたABERを見つめ始めた。




◆◇◆




 しばらくして、無事に魔獣を討伐し終えて帰還したリリアたちを、アオイたち取材スタッフ一行は格納庫にて出迎えていた。


「皆さん、お疲れ様でした。お帰りなさい」


 安堵で微笑むアオイへ、ABERから降りたダインとカールがすぐさま駆け寄る。


「俺の活躍見てくれましたか!?」

「はい。ダインさんの狙撃が魔獣を撃ち落したときは本当に凄かったです」

「うっしゃ!!」

「ぼ……僕のは!?」

「カールさんが魔獣に止めを刺したときは思わず手を叩いてしまいました」

「ありがとうございます!!」


 憧れのアイドルが自分の活躍を見て、褒めてくれたことが余程嬉しかったのだろう、これ以上ないくらいの笑顔を浮かべて喜ぶ二人に微笑ましい笑みを浮かべたリリアに、アオイは言う。


「皆さん、本当に凄かったです。私たちが知らないところで、あんな大きな魔獣と命がけで戦って……。私、軍人のお仕事がこんなに大変で危険だなんて思っていませんでした……。もちろん、魔獣と戦ってることは知っていましたけど、あんなに危険だとは思っていませんでしたし、魔獣と戦っていないときでも訓練とかでこんなに大変だなんて知りませんでした。今回の取材で、少しだけですけどその大変さを体験して、皆さんがどれだけ大変な思いをしながらオークスウッド(この国)を、国民たちを守っているのかがよく分かりました……」


 ありがとうございます、と頭を下げたアオイは回り続けていたカメラへくるりと振り返る。


「今回取材したのは軍のほんの一部のお仕事でしかありませんでしたが、少しでも皆さんに軍人さんたちがどれだけ大変な思いをしながらお仕事されているかを伝えられたら嬉しいです。私たちの取材はここで終わりですが、私はこれからも軍の皆さんを出来る限り応援していきたいと思います」


 そう締めくくって頭を深々と下げたアオイ・シトリンへたくさんの拍手が降り注ぎ、リリアが代表してアオイと握手を交わす。


 こうしてアオイ・シトリンの、長いようで短かった軍の取材は終わりを告げた。




 ちなみに後日、今回の取材が放送されたときに、湊へ友人たちからからかいの電話が掛かってきたのは別のお話。

~~あとがき~~


本作品のブックマークが100件になりました。

一つの目標でもあった100件のブックマークに感慨もひとしおです。

これも読んでくれている皆様のおかげです。

これからもよろしくお願いします。

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